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短編集  作者: 木谷未彩
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○ね

死にたい。

そう最初に願ったのは、いつだったけ。

もはや、思い出せない。

あー。でも死ぬなら、最後くらい良いこと、起きないかな。

そしたら、悔いなく死ねるのに。


そんなことを思いながら、適当にTwitterをいじってると、DMの通知がきた。

なんだろう。懸賞でも当たったかな。

その予想は当たっていた。

でも、こんなアカウントフォローしてたっけ?

アイコンを押し、プロフィールページを見ても覚えがない。

フォロワー、俺しかいないし。

「願いが叶うネックレスとか、うさんくせー。そんな物で叶ったら、苦労しねーよ」

でもただでくれるなら、いいか。


詐欺だったら怖いな。と思いつつ、住所、電話番号、名前を、顔も名前も知らない相手に、送信した。



翌日、高校から帰宅すると、母から

「あんた宛に荷物が届いてたから、部屋に置いといたわよ」

と言われた。

「え、ああ。そっか」

今、俺宛に届く荷物は昨日のネックレス以外に、心当たりがない。まさかこんなに早く、届くなんて。

「荷物届く時は、前もって言ってていつも」

母がまだなにか言っていたが、長くなりそうだから、階段を登って自分の部屋に向かった。


荷物。荷物。あ、あった。

物置と化している勉強机の上に、小さな段ボールが置かれていた。

きっと、あれだろう。

段ボールを開けると、昨日DMで見た、ネックレスと、四つ折りにされた紙が入っていた。

紙を開くと、Wordで作成されたであろう文章で


『このネックレスを着けている間に、心の中で願ったことは、全て現実になります。

服が欲しい。恋人が欲しい。お金が欲しい。なんでも貴方の思いのままです。

ですが、使いすぎには注意が必要です。あまり使いすぎると、良からぬことが起こります。

良からぬことの内容は、ご自身でお確かめください。


この商品が貴方の人生に、彩りを添えられますよう、心より願っております』


願いが叶うって、御守り的な物じゃないのかよ。

願ったことが、そのまま叶うなんて、そんなことあるはずない。

それに使いすぎには注意って、何回までならいいんだよ?


まぁ、一回試す分には別に、損する訳じゃないし。

恐る恐る、ネックレスをつけた。

なんて願おう。

そういえば、欲しいスニーカーがあったよな。

二万もするから、諦めたけど。

とりあえず、それを願うか。


スニーカーをください。


心の中で願ってみた。

まあ、どうせ叶わないだろうけど。

適当にTwitterを見ていると。

「ご飯だから、早く降りてきなさい」

母が呼びにきた。

めんどくさい。あまりお腹も減ってないのに。

でも、いらないと言うと

「料理を作るのが、どれだけ大変だと!!」

とか言って怒り出すし、そっちの方がめんどくさい。

俺は、溜め息を吐きながら、リビングに向かった。


「お父さん、遅いだろうし、先食べちゃおうか」

母がそう言った、次の瞬間

「ただいまー」

父が帰ってきた。

「……お帰りなさい。珍しいですね。こんな時間に帰るなんて」

「今日は、仕事が早く終わったからな」

嘘つけ。五人近い不倫相手の誰にも、相手にされなかったんだろう。

母もそれを分かっているから、眉間にシワが寄っている。


それにしても、父があんなに笑顔なんて、珍しいな。

いつも子どもが泣き出しそうな程、無愛想な顔をしてるのに。

「そんなことより、優斗にプレゼントを買ってきたんだ」

どうせ、参考書かなんかだろ。

父が袋から取り出した箱は、さっき欲しいと願ったスニーカーのブランドの箱だった。

まさか。そんなこと、あるはず。

「開けてみてくれ」

箱を開くと、欲しかったスニーカーが入っていた。

まじかよ。

喜びの何倍も、驚きの方が強かった。


本当に願いが叶うなんて……。このネックレスがあれば、俺は幸せになれるんじゃ。

「気に入ってくれるといいんだが……」

「あ、ありがとう……。ちょうど欲しかったやつだよ」

「そうか!よかった!」

父は朝ドラ女優顔負けの、爽やかな笑顔で言った。

「……珍しいですね。あなたが優斗にプレゼントなんて。どういう風の吹き回しですか?」

「もうすぐ優斗の誕生日だからな」

「…………覚えててくれたんだ」

「当たり前だろう。息子の誕生日を忘れる程、歳じゃないよ」


父は俺に興味なんて、まったくないと思ってた。

でも誕生日を覚えてるなら、多少の興味はあるのかもしれない。

やばい。にやけそうだ。


「あなた、食事は?」

「ああ。頼むよ。これからは毎日、家で食べるから」

「……そうですか。多めに作っておいて、よかったですね」

母も嬉しそうだ。

無理もない。父が家で夕飯を食べるなんて、約三年ぶりだろうから。


父が家で夕飯を食べなくなってからも、母は毎日、父の分も作っていた。

結局、父の分も母が食べることになるから、スタイルが良かった母は、今では、ぽっちゃりを超える体型になっている。

母の体重に比例して、父が帰ってくる時間は遅くなっていった。


母が食事を持ってくると、父が手を合わせ

「いただきます」

と言った。

母も俺も、長年言ってこなかったけど、手を合わせ

「いただきます」と言った。


「うまい!!やっぱり、母さんの飯が一番だな!!」

美味しそうにご飯を頬張る、父を見ていると、昔の父を思い出した。

そうだ。昔はこういう人だった。

母にも俺にも優しくて、俺の憧れだった。

……大好きだった。


「……そうですか。おかわりあるので、足りなかったら言ってください」

母の表情が、みるみる柔らかくなる。

「ああ。ありがとう!こんなに美味い飯が毎日食えるなんて、俺は本当に幸せ者だなぁ」

三年間も食ってなかったくせに。そうツッコミそうになったけど、この場に漂う、優しい空気を壊したくなくて、我慢した。


俺もご飯を食べた。

心なしか、いつもより美味しい気がした。


ご飯を食べ終わり、食器を洗おうと席を立つ。

「二人とも、流しに置いといてくれ。俺が洗うから」

「「え!?」」

母と驚きの声が重なった。

「…………あなた、体調でも悪いの?」

母は喜びより、心配が勝ったようだった。

でも、同感だ。さすがにおかしい。

「至って、健康だよ。俺だって、皿ぐらい洗うさ。週末は料理もしてみようかな」

母が泣き出した。

「おいおい。なんで泣くんだよ」

「だって。あなたがそんなこと、言ってくれる日がくるなんて」

「おおげさだなぁ」


やっぱり、おかしい。

これもネックレスの効果なんじゃ。


…………いや、父さんもいい歳だし、改心したんだろ。

家族を大切にする気になったんだ。

そうだ。そうに違いない。


食器を流しに置き、歯を磨いて、自室に戻り、壊したらいけないからと、ネックレスを机に置いた。

ベッドの上に寝転がり、適当にTwitterをいじっていたら、いつの間にか眠ってしまった。



翌朝、目覚めは最悪だった。

息は上がり、全身じっとりと汗ばんでいる。

悪夢を見た。とても恐ろしい悪夢を。

でも、どんな内容だったかは少しも思い出せない。

ただ、悪夢を見たという確信があった。


「….…………学校、行こう」

早くこの場所から、離れたかった。


リビングに降りると

「おはよう。優斗」

父さんがいた。

「え、父さん!?仕事は!?」

いつもなら、とっくに仕事に行ってる時間なのに。

「今日からは、あんまり早く出社するのをやめようと思ってな。部下も気を遣うだろうし」

「そうなんだね」

「ああ」

月に一度くらいしか、会えてなかった父さんとの時間が、こんなに増えるなんて。


「優斗、早くご飯食べちゃいなさいよ」

「あ、うん」

ご飯を食べ、身支度を整えて、自室に戻った。

部屋を出るとき、昨日のネックレスが目に入る。

持っていこうか。でも、校則でアクセサリーが禁止だから、見つかったらめんどくさいな。


迷った結果、学校に持っていくのはやめた。




学校に着くと、「おはようー!」と無駄に元気な声が飛んでくる。

あー、本当に鬱陶しい。

天瀬翔(あまがせかける)

クラスの人気者が俺なんかに、声をかけてくるなよ。

「……おはよう」

「相変わらず、陰気な顔してるな!笑顔でいないと、人生損だぞ!」

「よけいなお世話だ」

「冷たいなー」

無視して、教室に向かうが、隣をついて来る。

俺なんかに構う暇があったら、お前のことを好いてるくれてるやつと、一緒にいればいいのに。

人気者の考えることは、よく分からない。


教室の扉を開けると、真っ先に目に映った女子から、目が離せなくなり、思わず足が止まった。

涼風柚葉(すずかぜゆずは)さん。

絶対、彼女が世界で一番可愛い。

この学校の男の8割は、彼女に恋してるだろう。

もちろん、俺もその一人だ。

あー、可愛いな。涼風さんと付き合えたら、一生幸せだろうなぁ。

入り口で突っ立ったまま、そんなことを思っていると。

「邪魔だ。どけ」

と隣の家に住む幼馴染の、伊藤大和(いとうやまと)に言われた。

「あ、悪い」

そう言って、横にずれると。

「頭が悪いと、歩行すらトロくなるんだな」

と言って、自分の席に向かっていった。


「なんだよ。あいつ。嫌な奴だな」

と天瀬が言った。

「あいつは昔から、ああなんだよ」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもない」

そう言って俺も、自分の席に向かった。


つまらない授業を受け続けていると、いつの間にか1日が終わる。

つまらない、いつも通りの日常。



家に帰り、自分の部屋でネックレスを見る。

俺の人生は、こんなにつまらないんだから、1日くらい、最高の日があってもいいよな?


涼風さんと、1日だけ付き合えますように。


心の底から、願った。

この願いが叶えば、きっと悔いなく死ねる。



翌日、学校に着くと、「おはようー!」と無駄に元気な声が飛んでくるが、いつもほど、イライラしない。

「おはよう」

「あれ、今日機嫌いいな。なにか良いことあったのか?」

「これから、あるんだよ」

「なんだよ。それ」

説明しようがないから、無視して歩き出した。


教室の扉を開けると、真っ先に目に映った涼風さんから、目が離せなくなり、思わず足が止まる。

ここまでは、いつもと同じ。

ただし今日の涼風さんは、俺の彼女だ。

もしかしたら、優しく微笑んでくれたりするかもしれない。

「優斗くん。おはよう!」

「え!?」

「もうー。遅いから、待ちくたびれちゃったよー」

そう言いながら、涼風さんが近づいてくる。

俺の腕を組み、可愛らしく「大好きだよ。優斗くん」

と言ってくれた。

心臓が張り裂けそうな程嬉しいけど、これはまずい!!

1日だけ、付き合ってもらえたら、満足するはずだったのに。

クラス全員の前で、こんなこと言われたら、収拾つかないじゃないか!!


「あ、あの。涼風さん。人違いじゃないでしょうか?」

なんとかしないとと思った俺は、苦し紛れにそんなことを言った。

「ひどいよ!!優斗くん!!大大大好きな、優斗くんのこと、私が間違えるわけないでしょ!!」

終わった。余計に事態を悪化させてしまった。


「涼風さんがあんなやつと?」

「ありえないだろ」

「柚葉ちゃんの彼氏って、たしか……」

「しっ!聞こえるよ!」


クラスメイトのざわめきが聞こえてくる。

大和も「どうやって、脅したんだか」って言ってるし。

天瀬も、信じられないって顔で、俺らを見てる。


どうしよう。ここまでのことを願ったわけじゃないのに。

『本当に?』

あれ今、どっかから声が。


「おい。お前ら、さっさと席につけ」

担任が、やってきたことにより、ざわめきも落ち着いた。

「またね。優斗くん♡」


あー、これから、どうしよう。



授業は全く、頭に入ってこず、気がついたら、放課後になっていた。

「優斗くん。一緒に帰ろう?」

「え、あ、うん」

「早く!早くー!」

そう言って、俺の腕を引っ張る涼風さんが、死ぬ程可愛い。

「ま、待ってよ。涼風さん」

「もうー。今日の優斗くん、ちょっと変だよ?いつもみたいに、ゆずちゃんって呼んでよ」

「ゲホ、ゲホ、ゴホ」

天瀬が咽せた。

そういえば、ゆずちゃんと天瀬は、家が隣の幼馴染とか言ってたっけ。

幼馴染が彼氏に、こんなに甘えてるところを見たら、咽せてしまう気持ちも分かる。

俺も、大和が彼女に甘えてるところを見たら、多分精神的にきつい。


「ゆ、ゆずちゃん」

「なーに、優斗くん?」

可愛い!可愛すぎる!!



俺たちは、手を繋ぎながら、下校した。

あー、幸せだなぁ。

こんな日がいつまでも、続けばいいのに。

いや!だめだろ!!

今日だけ!今日だけだ!

明日から、俺とゆずちゃんは、ただのクラスメイトに戻るんだ。

そうじゃないと、いけないんだ……


「あ、優斗くん。クレープ、売ってる!私、クレープ食べたい!」

「あ、いいよ。食べよっか……あ!!」

「ど、どうしたの!?優斗くん!?」

「あ、いや。あの。本当に、申し訳ないんだけど。今、手持ちが……」

最悪だ!!先週、欲しいゲームを買ったことを、すっかり忘れてた!!

ネックレスに母さんがお小遣いの前借りを許しくれますようにって、願っとけばよかった。

クレープ一つ、買ってあげられないなんて……。


「もうー。いつも払ってもらってるんだから、私が払うよ。だから、食べよ」

「え、いいの?」

「当たり前でしょ。早く、行こう!」

ゆずちゃんみたいな可愛い子は、彼氏が奢らないと怒ると思ってたのに。

可愛いだけじゃなく優しいなんて、なんて素敵な女の子なんだ。


「私はイチゴ生クリームで!」

俺は甘い物、好きじゃないしな。

「ツナマヨで」

「あれ、珍しいね。いつもチョコなのに」

「え!?」

いつもって。ゆずちゃんと食事するのなんて、今日が初めてなのに。

「いつもと違う物が食べたい日もあるもんね!」

「あ、うん。そう。今日はツナマヨの気分で」

「お待たせしました。イチゴ生クリームとツナマヨをご注文のお客様」

「はーい」

ゆずちゃんが可愛らしく返事して、俺の分の代金も払い、クレープを受け取った。

「はい!優斗くんの分」

ゆずちゃんが俺にツナマヨクレープを手渡してくれた。

「本当にごめんね!」

「もうー。クレープくらいで大げさだよ!早く食べよ」

「う、うん」


ゆずちゃんに手を引かれ、俺たちは近くのベンチに座った。

ち、近い!なんか頭から、甘くて良い匂いがするし。

ベンチに座ってクレープを食べるって、なんかすごく放課後デートっぽいな。

「おいしいね!優斗くん」

「うん。すごくおいしい」

「一口、ちょうだい!」

「え!?いいの?か、間接キスになっちゃうけど……」

「当たり前でしょ。変な優斗くん」

「そ、そうだよね!彼氏だもんね!じゃあ、どうぞ」

はむっと効果音がつきそうな食べ方で、ゆずちゃんが食べた。

「お、おいしい?」

「うん。おいしいよ。優斗くんも一口、どうぞ」

ゆずちゃんが俺の口元に、イチゴクレープを持ってくる。

「え!?じゃ、じゃあ。いただきます」

一口食べた。

甘い物は苦手なのに、おいしく感じた。

きっとゆずちゃんが食べ……いや、やめよう。これ以上考えると、変態みたいだ。

「おいしい?」

「うん。おいしいよ」


その後、俺たちは自分の分のクレープを食べた。

ツナマヨもさっき食べた時より、おいしく感じた。


「あー、お腹いっぱい!そろそろ、帰ろうか」

「うん。そうだね」

手を繋いで、ゆずちゃんの家まで歩いた。


ゆずちゃんの隣の家に、天瀬が入ろうとしていた。

「あ、天瀬」

つい、声をかけてしまった。

天瀬は俺たちを見た後、慌てて家の中に入っていった。

無視するなんて、天瀬らしくないな。

急いでたのか?

「優斗くん、どうかした?」

「いや、なんでもないよ」

まぁ、どうでもいいか。天瀬のことなんて。


「ねぇ、優斗くん。明日予定ある?」

「いや、ないけど」

なにも考えずに、答えてしまった。

「じゃあ、映画デートしようよ。一緒に観ようって言ってた映画、明日公開だよ」

「え、あ、いや。明日は予定が」

「え、今予定ないって、言ったよね?」

「うっ!」

どうしよう。今日で終わりにしないといけないのに。

「優斗くん。もう私のこと、好きじゃない?」

ゆずちゃんが涙目で聞いてきた。

「そんな訳ない!ゆずちゃんのことは、一生大好きだよ!」

「じゃあ、なんで!?予定もないんだよね!?」

「それは……」

あと1日くらい、いいんじゃないか?

ゆずちゃんも、こんなにデートをしたがってるんだし。

あと1日くらいいい思いしたって、バチは当たらないんじゃ。

『そうだよ。もっと自分に素直にならないと』

そうだ。俺はゆずちゃんとデートがしたい。それだけで、良いじゃないか。


「やっぱり、行こう。映画」

「本当?」

「うん。もちろん」

「やった!大好きだよ!優斗くん!」

「俺も大好きだよ」

抱きついてきた、ゆずちゃんを優しく抱きしめかえした。

五分程、そうしていただろうか。

「そろそろ、門限だから帰るね」

「あ、ごめんね!引き止めて!」

「ううん。嬉しかった」

そう言って微笑むゆずちゃんに、どうしようもなくキスしたくなった。

今なら、雰囲気も悪くないよな。

勇気をだせ!俺!


「じゃあ、またね」

そう言って、ゆずちゃんは玄関の方へ、歩いて行った。

「あ、うん。またね」

俺がそう言うと、嬉しそうに笑い、扉を閉めた。


まぁ、いいか。キスは明日で。

映画館の方がムードもあるだろうし。



その日の夜。

ネックレスの願いで、ゆずちゃんと付き合う日を一日伸ばしてもらった。


翌日、母さんからお小遣いを前借りし、値段が高めの美容室に行った。

髪型だけでイケメンになるなんて、美容室が客を呼び込むための、嘘だと思っていたけど、あながち嘘ではないのかもしれない。

切りに行くのが面倒で、もっさりとしていた髪をスッキリさせると、それなりにカッコよくなった気がする。


買うだけ買って、着る機会のなかった服とイヤリングと、迷った結果、願いの叶うネックレスをつけて映画館に向かった。

映画館には、約束の30分前に着いた。

早く着きすぎたけど、ゆずちゃんを待たせるよりずっといい。

それにゆずちゃんも、約束より早めに来るタイプな気がする。


「お待たせー!優斗くん!」

約束の時間の15分前に、ゆずちゃんが走ってやってきた。

「まだ時間じゃないから、走らなくていいのに」

「だって少しでも早く、優斗くんに会いたかったんだもん」

可愛い!可愛すぎる!!

「じゃあ、行こうか」

「うん!」


ゆずちゃんがずっと俺のこと、好きならいいのに。

そしたら俺もゆずちゃんを、一生かけて幸せにする。

ゆずちゃんだって将来、変なチャラ男と付き合うことになるより、俺みたいな真面目な男と一緒に居た方が、幸せになれるんじゃないか?

『そうだよ。だから、ほら、願って』

ゆずちゃんの将来のためにも、願ってあげるべき……

「優斗くん!優斗くん!」

「え!?」

「どうしたの、ボーッとして、お熱ある?」

そう言って、ゆずちゃんは俺のおでこに手を当てた。

「ちょっと、熱い?」

「いや、違うよ。これは、ゆずちゃんにドキドキして」

「優斗くん。じゃあ私も、お熱あるかも」

「え……」

「ずっと優斗くんに、ドキドキしてるから……」

「ゆずちゃん」

キスするなら、今なんじゃ……

「ゴホン」

後ろのおじさんに、咳払いされた。

「ご、ごめんなさい!」

忘れてた!今、映画のチケット買ってたんだった!

「どの席にする?」

「真ん中らへんにする?」

「そうだね!」


お金を払う、場面になった。

ゆずちゃんが財布を取り出した。

「いいよ。俺が払うから」

「いつも払ってもらってるし、自分の分は自分で出すよ」

「昨日、クレープ買ってくれたじゃん」

「クレープと映画じゃ、値段全然違うでしょ」

「お願い。払いたいんだ」

これが最初で最後の休日デートなんだから、デート代くらい出したい。

「優斗くん……。わかった。いつもごめんね」


俺たちはチケットを買い、売店に移動した。

「いつも通り、キャラメルポップコーンとオレンジジュースでいい?」

「えっと……塩味とコーラがいいかな」

「あれ、珍しいね。じゃあ、ハーフ&ハーフのにしよっか!」

「うん……」

なんでゆずちゃんは、俺が甘い物好きだと、思ってるんだろう。

まぁ、どうでもいいか。そんなこと。

ゆずちゃんとデートできたら、それで。


売店の代金も俺が払い、映画館の座席に移動した。

俺たちが観る映画は、女子高生を中心に人気のラブコメ映画だ。

正直、全く興味がない。

まぁ、しょうがない。

最初で最後のデートなんだから、ゆずちゃんが観たいのを観てあげないと。


映画は案の定、面白くなかった。

やばい。寝そうだ。

あ、キスシーン。

どんな顔で観てるのか気になって、ゆずちゃんを見た。

上目遣いで、俺を観ていた。

これってそういうことだよな。

顔を近づけると、ゆずちゃんが目を閉じた。

キスをした。

ゆずちゃんの唇はとても柔らかくて、なんかもう。やばかった。

映画のキスシーンが終わったタイミングで、唇を離した。

ゆずちゃんは、嬉しそうに微笑んで、俺の手を握った。

映画自体はつまらなかったけど、人生で一番幸せな日になった。


映画が終わった。

「面白かったね!」

「え、ああ。そうだね」

「この後ね、優斗くんがしたいって言ってたゲーム買ったから、家にこない?」

「うん。行くよ」

「やった!嬉しい!……あとね、今日家に誰もいないから……」

「え……」

ゆずちゃんは顔を真っ赤にして、歩き出してしまった。

それってそういう、意味だよな!?

どうしよう。なんの準備もしてない。

いや準備とか、そういう問題じゃないだろ!?

いくらなんでも、それはダメだって!!

でもあんなに可愛い顔で迫られて、ちゃんと断れるかな……

いや、断れるかなじゃない!!断るんだ!!


そんなことを考えながら歩いていると、あっという間にゆずちゃんの家に着いてしまった。

「入って」

「お、お邪魔します」


2人掛けのソファに座り、ただ2時間ゲームをした。

考えすぎだよな。そら、そうだ。

安心したような。ちょっと、残念なような。

いやいや、よかったんだよ。これで。

そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、ゆずちゃんが頭を俺の肩に乗せた。

「…………あ、あの、ゆずちゃん?」

「私ね……優斗くんのこと、大好きだよ」

そう言って、俺の手を握った。

「お、俺も大好きだよ」

「嬉しい。ねぇ私ね、優斗くんなら…………いいよ」

「な、な、な、な、な、なにが」

わかっているけど、わからないふりをした。

「もう!わかってるでしょ!イジワル……恥ずかしいから、言わせないでよ」

これってやっぱり、そういう意味だよな!?どうする!?急用が……とか言って帰るか?

でも、俺から言った訳じゃないし。

ゆずちゃんがしたいって言うなら、してあげるべきなんじゃ。

「ねぇ、優斗くん、しよ?」

上目遣いで言ったゆずちゃんに、理性が崩壊しそうになる。

そうだよ。しちゃえばいいんだ。

ゆずちゃんだって、それを望んでる。

『そうだよ。彼女の望みを叶えてあげなよ』

ゆずちゃんをソファに押し倒した。

「優斗くん……」

とろんとした瞳で俺を見つめるゆずちゃんが、愛しくてたまらない。

ゆずちゃんにキスをしようと、顔を近づける。

可愛い。可愛いゆずちゃん。俺の。俺だけのゆずちゃん。

これでいい。これでいいんだ。

これで……良い訳ないだろ!!!!

あと数ミリで触れそうだった唇を、慌てて離した。

「優斗くん……私のこと、嫌い?」

「大好きだよ」

「じゃあ、してよ」

「…………」

「私のこと、好きじゃないの?」

「……こういうことは、高校を卒業してからだと思います」

「え……」

「今もしものことがあっても、ちゃんと責任とれないから、高校卒業するまでは待って欲しいです」

なに言ってるだ。俺は。

高校卒業どころか、俺たちは今日で終わりの関係なのに。

「……じゃあ、高校卒業するまでは、絶対に別れちゃだめだよ?」


もう、いっそ。正直に言おう。

ゆずちゃんが俺を好きな気持ちは、偽物だって。

俺が付き合いたいって、願ってしまったからだって。

嫌われるだろうけど、元々好感度なんて0だっただろうし。

別にいいじゃないか。

「あの、ゆずちゃん!」

「なーに?優斗くん」

ちゃんと本当のこと、言わないと。

早く、言わないと……。

「ずっと大好きだよ」

「私も、だーいすき」

そう言って、ゆずちゃんが抱きついてくれた。


言えなかった……。

こうなったら、俺が責任を取って、ゆずちゃんを一生、幸せにしよう。

「優斗くん……」

ゆずちゃんが俺の名前を呼んで、顔を近づけてきた。

キスをしながら、ネックレスに願う。


ゆずちゃんが永遠に俺のことを、好きでいてくれますように。



翌日、俺は不安な気持ちで登校した。

ネックレスの効果が突然無くなって、ゆずちゃんが俺のこと、好きじゃなくなってたらどうしよう……。

俺はもう、ゆずちゃん無しじゃ生きていけないのに。


「おはよう!優斗くん」

そんな不安をかき消すように、ゆずちゃんが抱きついてくれた。

「おはよう。ゆずちゃん」

そんな俺たちを見ていた、クラスの男子が声をかけてきた。

「二人が付き合ってるなんて、嘘だよな?タチの悪い嘘は今すぐ辞め」

「いや、本当だよ」

「お前みたいな奴が、涼風さんと付き合える訳!!」

「優斗くんに酷いこと、言わないで!!

優斗くん、気にしなくていいよ。優斗くんの素敵なところは、私がたくさん知ってるからね」

「ありがとう。ゆずちゃん」


「まじで付き合ってんのかよ」

「信じらんねぇ」

「優斗くんだっけ?なんかかっこよくなってない?私、ありかも」

「髪、切ったからかな?」

クラスがざわついたが、先生が来ると落ち着いた。


ゆずちゃんのことばかり考えて、授業が全く頭に入ってこなかったけど、それすら幸せだった。


昼休み、移動教室から帰ってこない、ゆずちゃんを探しに行った。

ご飯、一緒に食べようって言ってたのに、どこに行ったんだろ。

しばらく歩いていると、中庭で天瀬と話しているのを見つけた。

なんの話だ?

盗み聞きなんてよくない。

そんなことは分かっていても、好奇心が勝った。

バレないように近づき、聞き耳を立てる。


「なんでいきなり、別れなきゃなんだよ!?」

「仕方ないでしょ。あんたより、優斗くんの方が好きになっちゃったんだから」

「たしかにあいつは良いやつだけど!でも……」

「私たちはもう、他人同士なんだから、あんまり話しかけないでよね。優斗くんに心配かけたくないし」

「…………….わかった。幸せになってくれよ」

「あんたなんかに言われなくても、優斗くんと付き合ってて幸せじゃないはずないでしょ」

「…………そっか。なら、よかった」

泣きそうな顔で笑う天瀬を、俺はそれ以上見てられなかった。


どうしよう。

ゆずちゃんに彼氏がいたなんて。

当然といえば当然だ。

あんなに可愛いゆずちゃんに、彼氏がいない方がおかしい。

なんで彼氏がいる可能性すら、考えなかったんだろう。



「あれ、ここでなにしてるんだ?」

天瀬に声をかけられた。

「もしかして、さっきの話聞いて」

まずい。無理があるけど、聞いてないって言うか?

馬鹿みたいに人が良いこいつなら、信じてくれるかも。

でも、天瀬の善意を踏みにじる気には、どうしてもなれなくて俺は頷いた。

「……そっか。あんまり、気にすんなよ。

俺は、お前ら二人が幸せならそれでいいから。

それに俺、意外とモテるからさ。そのうち、ゆずちゃ……涼風さんより、可愛い女の子と付き合って、お前らよりずっと幸せになってやるから。だから、気にすんなよ」

泣きそうな顔で、そんなこと言うなよ。


なにか。なにか言わないと。

なにを言ったらいいか、少しも思いつかなかったけど、黙ってるよりはマシだと口を開いたとき、チャイムが鳴った。

「うわ、予鈴鳴った。急がねーと。

お前も、早く戻れよー」

天瀬が教室の方へ走っていく。

喋ろうと思ったタイミングで、チャイムが鳴って心底安心した。

俺は、どこまでも最低だな。



翌日、「おはようー!」と無駄に元気な声が飛んでくる。

いつもは、鬱陶しくてたまらない声に、今日はとても申し訳なかった。

「おはよう」

「あんまり、陰気な顔すんなよ。涼風さんも悲しむぞ」

「……ごめん」

二人で教室に向かった。


そういえば、俺が甘い物好きだって、ゆずちゃんが思ってたのって……

「天瀬」

「ん?どした?」

「いきなりで悪いんだけど、甘い物好きか?」

「本当。いきなりだな。別にいいけど。

好きだよ。特にチョコレートが好きだな」

「……やっぱり」

「ん?なにが?」

「いや、なんでもないよ」

「なんだよー。高級チョコレートでも、プレゼントしてくれるのか?」

「そうだな。今度、買ってくるよ」

「いや、冗談だって。いつものお前なら、なんでお前のためにそんな物買わなくちゃいけないんだよとか言うだろ。

頼むから、いつも通りいてくれよ」

「……ごめん」

罪悪感でいっぱいですって顔をするのが、一番タチが悪いのは分かっていたけど、どうしても笑えなかった。


「おはよう!優斗くん」

教室でゆずちゃんが、声をかけてくれた。

嬉しさ半分、申し訳なさ半分で、どうしたらいいのかわからない。

「なんだか優斗くん、元気ないね。まさか」

ゆずちゃんが、俺の隣にいる天瀬を睨んだ。

「違うよ。ちょっと家で、悪いことあってさ」

俺は嘘を吐いた。

「そうなの?私でよかったらいくらでも話聞くからね」

「うん……ありがとう」


可愛い。可愛い。俺のゆずちゃん。

そうだ。ゆずちゃんが天瀬と付き合ってたなんて関係ない。

俺が天瀬より、幸せにしたらいいだけだ。




…….……できるのか?俺なんかに。

悔しいけど、天瀬はいいやつだ。

元カノの新しい彼氏にも、笑顔で話しかけてくれるほどに。

俺が天瀬よりも、幸せに……





無理だ。

できるはずない。

情け無さすぎて、泣き叫びたかった。

その日の夜、俺はネックレスに願った。


ゆずちゃんと別れたい。


これでいい。これでいいんだ……。


翌日、「おはようー!」と無駄に元気な声が飛んでくる。

今になって気づいた。

俺はこの挨拶に、わりと救われていたんだ。

「おはよう」

「ん。よかった。今日はわりと元気そうだな」

「天瀬」

「ん?どした?」

「いつも、ありがとうな」

「本当にどうしたんだよ。気味悪いな」

「失礼だな。お礼言っただけだろ」

「こちらこそだよ。優斗」

照れ臭くなって、早歩きで教室に向かった。

「そんなに急ぐなよー。優斗。優斗ー。優斗くーん」

「うるさい!!」


教室に入ると、ゆずちゃんと目が合った。

ゆずちゃんとはただのクラスメイト。

数日前まで、当たり前のことだったのに今ではひどく苦しい。

でも、これでいいんだ。

ゆずちゃんも、俺なんかより天瀬といたほうが幸せだろうし。

「おはよう!」

きっと彼女は、俺なんかに目もくれず天瀬の名前を呼ぶんだろう。

「優斗くん!」

「なんで……」

「どうしたの?優斗くん。具合悪い?」

「……夢?」

「もう!そんな訳ないでしょ!変な優斗くん」

嬉しそうに笑う彼女が、愛しくてたまらなかった。

でもなんで。たしかにネックレスに願ったはずなのに。

まさか、心から願わないといけないのか?

そんなの無理に決まってる。

こんなに可愛いゆずちゃんと、別れたいなんて。

仕方ない。こうなった以上、俺がゆずちゃんを一生かけて幸せにするしか……。

ゆずちゃんの笑顔は、俺が守る。





ゆずちゃんが、俺に甘い物を勧めるたびに腹が立った。

ゆずちゃんが、俺と交わしたことのない約束の話をするたび、息が詰まった。


ゆずちゃんの記憶を、何度も変えたいと思った。

でもダメだ。これ以上、俺の身勝手でゆずちゃんを変えたら……。

でも。でも。ねぇ、ゆずちゃん。

俺のことを好きになってよ。


「あ!優斗くん。この映画、明日公開だって!前に観に行こうって約束」

「してないよ」

「え、もうー!なに言ってるの。したでしょ」

「してないよ」

「優斗くん。最近おかしいよ?急に味覚も変わったし、約束何個も忘れてるし……。どうしちゃったの?」

「俺はどうもしてないよ。どうかしてるのは、ゆずちゃんの方だよ」

「どうしてそんなこと言うの?ひどいよ!優斗くん……」

「酷いのも、ゆずちゃんの方だよ。

俺、お小遣い少ないのに、毎回奢ったり、たくさん尽くしてるでしょ。それなのにいつまでも天瀬のことばっかり……」

「私毎回、割り勘でいいって言ってるじゃん。それにあいつのことなんて、もう好きじゃないし」

「ゆずちゃんは嘘吐きだね。

あー、もういいや。疲れちゃった。もう、どうでもいいや。バイバイ。ゆずちゃん」

「嫌だ!別れたくないよ!」

「別れないよ。ただ、ゆずちゃんのいらない記憶を消すだけだから」

俺は首に巻いたネックレスに願った。


ゆずちゃんが天瀬との記憶を全て、忘れますように。

 

「あれ、この映画……。こういう映画、優斗くんあんまり好きじゃないもんね。二人とも楽しめる映画探そうか」

「うん。……大好きだよ。ゆずちゃん」

「私も大好きだよ!優斗くん!」


これでいい。これでいいんだ。ゆずちゃんも幸せそうに笑ってる。


だからこれでいい…………はずなんだ。



その後、俺は平穏な日常を過ごした。

平日の朝は、天瀬と挨拶と他愛もない話をして、休みの日はゆずちゃんとデートする。

この日常さえ続いてくれれば、あとはもうなにもいらない。



ある日の休み時間、ゆずちゃんとお揃いで買った、シャーペンを床に落としてしまい、拾おうとしたところで誰かが踏んで割った。


顔を上げて誰か確認したら、幼馴染の大和だった。

「おい今、わざと踏んだだろ」

「言いがかりだな」

「嘘つけ。シャーペンの近くから、明らかに歩幅がおかしかったぞ」

「……仮にそうだとして、それがどうした?たかがシャーペンくらいで。お前はシャーペンすら満足に買えない程、貧乏なのか?」

「値段の問題じゃねぇんだよ」

「ふん。そんなに大事なら、学校なんかに持ってくるな」

大和が自席に向かって、歩いて行った。

「お前な!」

後を追おうと、立ち上がると。

「もういいよ!優斗くん。また今度一緒に、新しいの買いに行こう?」

ゆずちゃんが不安げな顔で、止めにきた。

「……うん。わかった」


大和のやつ、本当にムカつく。

あいつは昔からああだ。人に謝るということを知らない。

人が買ってもらった新作のゲームを、当たり前のように借りパクするし。


思えば、父さんが優しくなくなったのも、あいつが原因だった。

俺は頑張って、テストで90点代を取ったのに

『大和くんは、100点なのに、なんでお前は、こんな点数しか取れないんだ!!』って怒られて……。

そのせいで、勉強も嫌いになって、今じゃどうしようもない落ちこぼれだ。


そういえば初恋の女の子も、大和のことが好きだったな。


なんでいっつも、お前は俺の幸せを壊すんだ?

お前さえいなければ、俺の人生もうちょっとマシだっただろうに。

お前さえ。お前さえいなければ。

大和なんて

死ねばいいのに。


次の瞬間、大和が血を吹き出して倒れた。

教室中に悲鳴が響く。


本気で死んで欲しい訳じゃなかった。

ただ心の中でつい、思ってしまっただけだ。


「なんで…………」

恐る恐る、自分の首元を見ると、あのネックレスをつけていた。

なんで!!学校には、持ってきてないはずなのに!!


ふと脳裏に、ネックレスの説明書に書かれていた言葉がよぎった。


『使いすぎには注意が必要です。あまり使いすぎると、良からぬことが起こります。

良からぬことの内容は、ご自身でお確かめください』


まさか、良からぬことって……。

急いでネックレスを外そうとするけど、外れなかった。

「クソ!!早く、外れろよ!!」

「おい。優斗。幼馴染があんなことになって、取り乱す気持ちも分かるけど、ちょっと落ち着けよ」

「天瀬。助け……」

『人殺し』

「違う。俺は、殺してなんか」

「誰もお前が殺したなんて、思ってねぇよ」

『人殺し。人殺し。人殺し。人殺し。人殺し』

「違う。違う。俺は、俺のせいじゃ……」

「優斗。お前本当に、大丈夫か?」

『ひ・と・ご・ろ・し』

「うるさい!!俺をそんな目で見るな!!」


次の瞬間、天瀬の目がぼとりと落ちた。

教室中に悲鳴が響く。


「い、今、あいつが見るなって言ったら、天瀬の目が落ちて……」

「と、とりあえず、逃げないと!!」

教室の扉に向かって、生徒が走り出した。


やめろ。俺を一人にしないでくれ。


「な、なんでだよ!!扉が開かねえ!!」

「おい、俺と代われ!!クソ!!なんでこんなに、固いんだよ!!」


クラスメイトの視線がしだいに俺へと移る。

ゆずちゃん以外の全員が、悪魔のような顔で俺を見ていた。


やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。


もういい。俺をそんな顔で見るなら、俺とゆずちゃん以外の全員

「死ね」


次の瞬間、クラスのほぼ全員が、血を吹き出して倒れた。

教室からは、誰の悲鳴も聞こえない。


「嫌だ。もう、全部、全部、嫌だ。俺は……俺は、どうしたら」

「大丈夫だよ」

蹲る俺を、ゆずちゃんが優しく抱きしめてくれた。

「ゆずちゃん……」

「私はなにがあっても、優斗くんの味方だよ」

ゆずちゃんは涙で滲んだ視界の中でも、天使のように美しかった。

「もういい。俺は、ゆずちゃんさえいればそれで」

「私も優斗くんさえいれば、いいよ。大好き。優斗くん」


ああ。ゆずちゃんはいつだって優しいな。

ゆずちゃんが本当に好きなのは、天瀬なのに……。

可哀想なゆずちゃん。

出来ることなら、ゆずちゃんを自由にしてあげたいけど出来ないから。

だから俺が責任を持って、ゆずちゃんを一生幸せに。


「あれ……。私、なにして」

「……ゆずちゃん?」

「は?なんであんたなんかに、ゆずちゃんって呼ばれなきゃいけないの?ゆずちゃんって呼んでいいのは、(かける)くん、だけなんだけど」

「な、なに言ってるの?ゆずちゃんがゆずちゃんって呼んでって言ったんじゃん」

「は?私がそんなこと、言うわけないでしょ。気色悪い」

「ゆ、ゆずちゃん。いきなりどうしちゃったのかな?さっきまで俺のこと、大好きって言ってたのに」

「陰キャの妄想も、ここまでくると犯罪ね。

ていうか、この部屋、臭いんだけど……」


ゆずちゃんが、後ろを振り返る。

そこには、大量の死体が転がっている。


「いやーーーーーーーーー!!!!」

「ゆずちゃん、大丈夫だよ。ゆずちゃんは、俺が守るからね」

(かける)くん……翔くんは!?」

ゆずちゃんが、辺りをキョロキョロ見渡した。

焦ってるゆずちゃんも、可愛いな。

「いた!!よかった!!(かける)くん!!」

ゆずちゃんが天瀬の体を起こす。

天瀬には、目がない。


「い、いやーーーーーーーー!!!!」

ゆずちゃんが尻もちをついた。可愛い。

「…………きゅ、救急車」

ゆずちゃんが制服のスカートから、スマホを取り出す。

だめだよ。ゆずちゃん。せっかく二人きりなんだから、他人なんて呼んじゃ。

「な、なんで……。なんで、圏外なのよ!!」

ゆずちゃんが、携帯を床に投げつける。

あーあ。割れちゃった。

あとで、プレゼントしてあげないと。


「あ、あんたが!!あんたが全員、殺したの!?」

「違うよ。俺じゃなくて、このネックレスのせいなんだ」

「なに、訳の分からないこと言って!!返してよ!!私の(かける)くんを返してよ!!」

「なに言ってるの?ゆずちゃん。ゆずちゃんには、俺だけいればいいって言ってたじゃない」

「あんたなんか、いらないわよ!!」

ゆずちゃんが泣きながら、天瀬の手を握った。

(かける)くん!!翔くん!!死なないで!!翔くん……」

「ねぇ、ゆずちゃん。幼馴染がそんなことになって、取り乱す気持ちも分かるけど、ちょっと落ち着いて」

「うるさい!!あんたは……あんただけは、絶対に許さないから!!今すぐ、死になさいよ!!」

「……そんな簡単に死ねなんて言って、本当に死んだら、どうするの?人はね簡単に死ぬんだよ」

「だから、死ねって言ってんの!!人を殺しといて道徳なんて、語るんじゃないわよ!!」



「こんなの……ゆずちゃんじゃない」

なんで彼氏の俺に目もくれず、そんな奴の手を握ってるんだ!!

この女は、偽物だ!!

早く本物のゆずちゃんを見つけてあげないと!!

偽物のお前は、死ね。


偽物は、血を吹き出して倒れた。


「あはは。あはは。あはははははははは。みんな、みんな、死んだ!!あははは……ははは……」


あれ、こんなことが、俺の願いだっけ?

違う。俺の。俺の願いは。



そうだ。「死にたい」

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