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~花はオチコボレ脱出、大はヒキコモリ脱出、魔女は老後の楽しみを得たと言うお話~


0.はじめに


魔法が支配する国 箔妖国。

そこには、その使い手であるエリートが集う魔法学校とはまた別に、

その特殊なノウハウの技術を学んで伝承しようとする 魔法工業専門学校(魔工専)というものが存在した。


魔法使いが個々の能力に依り編みだした魔法を研究し手法化して、多くの人々が広くその恩恵を受けられる形にするのが魔工専の役割であり、長年の功績は世間に認められてはいたが、

魔法学校のエリート達の前では、それは創造性の無いただのサル真似と罵られ、学校格差ではヒエラルキーの下の下に位置付けられていた。



1.


「お前は、ほんっっっとーーーにダメだな。」


魔工専もの作り科の、日当たりの悪い校舎では、

今日も、沙鷺宮(ささぎみや)先生の呆れた声が教室じゅうに響き渡っていた。


「オマエは何で、魔法のランプすらまともに作れないんだ?

こうやって、エアロスティックで空に浮かして思いっきり回して、最後に魔法の結晶振りかけて、EV呪文を10文字唱えたら、出来あがるだろ?」


「ちゃんと、言われた通りやりました・・。」1年A組17番 檜扇谷ひおうぎだに はなはただ項垂れた。

入学してから、この先生に怒られなかった日は無くて。

周りのクラスメイトも、ひそひそと嘲笑っているようで、ホント身の置き所が無い。


机の上には、ぐちゃぐちゃの芸術的な器の中に、ひまわりのような花が所狭しとささっていた。言わずと知れた、自分の作品。


「やり直し!お前だけ、居残りだ!課題が終わるまでだ。わかったな?

奥の使われてない理科室に移動しなさい。そこは、居残り専用だから、ずっと使ってても大丈夫だ。出来るまで帰れると思うなよ。」

今日も変わらず、沙鷺宮先生の非情な声が響き渡る。


「はい・・。」花は絶望的になる。

・・・ああ、どうして、みんなみたいにうまく作れないんだろう。沙鷺宮先生にいつも呆れられて怒鳴られて、入学以来ベコベコだった。誰に対しても、オドオドしてしまう。

こんなことになるのなら、この学校を選ぶと言った時に「え?檜扇谷さんは料理学校の方が向いてると思うよ。」と言った中学の時の担任の助言に従って、ソッチに行っておくべきだったかしらと、ひっそりとため息をつく。


「でも料理だと、それを食べる人しか喜ばせられないけど、魔工専にいって、役立つ道具を作って、もっともっと多くの人を喜ばしたいんです!」そんなこと言ってた在りし日の自分を思い出す。在りし日て?


こんなに魔法の道具作るのが難しいなんて、知らなかったし。才能も無いみたい。

もう、キレて辞めますって言って帰ろうかな・・。転学とか、頭をよぎる。


授業終了の鐘が鳴って、

「いつも災難だね。じゃあ・・」「がんばってねー。」

適当に言いつつ、クラスメイトが汚い出来損ないの物でも見るように目を逸らし、去って行く。

もう、本当に心が折れる。イヤになっちゃう。

これって、高校デビューに失敗ってヤツ?ああ、中学の頃は楽しかったなぁ。


隣のクラスにいる中学時代の友達のサチも、今の時間さっさと部活に行っちゃっただろうな・・。

最初から居残り続きで、部活にも入りそびれたし。体動かさないから、ますますストレス溜まるよー。

誰もいない理科室で花は1人、また魔法書と首っ引きで魔法のクレイを捏ねていると、

さっき自分が作った器の花が歌い出した。


♪幸せを運びましょう♪あなたに・・

1粒が10粒に。10粒が100粒に。幸せの種を。


それを見て、花は思わず微笑む。

「お花さん、素敵な歌を、ありがとう。」「なんのなんの。私は幸せを運ぶ花だからね。」

「でも、どうして喋れるの?」花が不思議そうに聞くと、

「お前が作ったからじゃないか・・・花が作ったお花ってな。ウケるじゃろ?」「そんなに面白くもないけど。でもえ?そーなの?でも先生にはアナタ話しかけなかったよね?」「だって、受け取れない人には伝えられないものだから。信じない者にとっては、目の前の事でも見えないようにね。」「ふーん?」アナタ、なんだか禅問答のようなことを言うのね?


そして花はまた一生懸命、教わったとおりの手順で、最後に「えい!」呪文をかけると、今度はフライパンになってしまった。


「違うでしょ?」出て来たフライパンにそう詰め寄り、もう一度!もう一度だけチャンスを上げるわと話しかけて、最後に「えい!」呪文をかけると、

今度はフランスパンに姿を変えてしまった。


「何で?名前は似てるけど・・?

でも、しょうがない。ラスクにして、食べようかな。お腹すいちゃったし・・。」


そう、外はもうとっぷりと日が暮れて、いつのまにやら星が瞬き出していた。


そういえば、今日は高菜史(たかなし)先生は姿を現さなかった。薬科の先生で、

いつもは、怒られていると途中で見かねてやってきて、「沙鷺宮先生、出来るまで残れって?それは厳しすぎるよ。僕が言っておくから檜扇谷さん、いいから早く帰りなさい。」と、解放してくれたんだけど・・。

先生、出張かな・・?


「誰の許可も出ないのに、勝手に帰るわけにはいかないし・・。」

花は、理科室の備品庫の引き出しを開けて、ナイフを取り出す。

もう居残りもここまで極まれりだと、

勝手知ったるナントカで、アルコールランプに火をつけて、シャーレで材料をまぶし、

ピンセットで挟んで炙るように焼く。


♪砂糖ひと匙、ラララ シナモンひとさじ ふふふ 幸せの始まり・・

花の横でお花が踊って歌ってる。



そこに突然一陣の風が吹いてきて、アルコールランプが消えた。

そして、ガラガラガシャンと突然キャビネットの戸が開く。


「え?」


蛍光灯が不気味に点滅を繰り返し始め、生暖かい風が頬を撫でて、

標本たちが転がり出て踊りだし、誰かに見詰められている気配をぞわっと感じ、

消え入りそうな女の人の声がふふふふふと、聞こえだした。


「お、おばけ?」あーん、どうしよう。

先生に怒鳴られ、居残りで、しかも夜の学校でおばけにまで遭遇って、あんまりだー!


しかし、花の作ったお花たちが、そんな不気味さに対抗するように突然明るく歌いだした。


♪幸せの種を播きましょう♪悲しくても・・

1粒が10粒に。10粒が100粒に。幸せの種を。


その声に圧倒されるように、不気味な音がすーっと汐が引くように消え去り、

またまた唐突に、前触れ無くバチっと灯りが元に戻る。

「まだ帰らないのか?こんな夜遅くまで。家の人は心配しないのか?」

真横に、白衣を着た、長身でメガネを掛けた知らない男の人が立っていた。


「え?」思わず、飛びのく。

あ・・お化けが消えたのは嬉しかったけど、この人も何者?


「課題終わって無くて・・終わるまで帰るなって・・沙鷺宮先生が。」花がそう言うと、


「もう職員室、誰もいなかったよ。居残り言った先生も帰ったんじゃないの?」

「えーーーっ!」一言言ってよ。ひどいよ。


ふと目の前を見ると、消えたアルコールランプがまたついていた。ラスクのいい匂いがする。


「あなた、どなたですか?」「ああ僕?・・そうだな・・みんな僕の事、理科室の主って呼ぶけど。」

「住んでるんですか?」花は、宿直の用務員さんかしらと思って尋ねた。

「まあ、そんなとこ。」

「でも昼間は、いないですよね?」尚も不思議そうに尋ねると、

「陽を浴びると、溶けちゃうんだよ。」

・・・え?人間みたいに見えるけど、実は吸血鬼?一瞬花の身が硬くなった。

それを見て、その男は花の考えたことが分かったのか、可笑しそうに

「大丈夫。血は吸わないからね。それにしても、君の魔法すごいね。ラスクおいしい。もっと頂戴。」

横でいつのまにか、つまみ食いをしていた。


「魔法?私は言われたとおりに、課題をしているだけなんですけど。え?ラスク食べるんですか?」「そう、僕って、ラスクが大好きな吸血鬼だったり・・して。」


やっぱり、吸血鬼?花が、また目に見えてギクっとして、後ずさりすると、

「もう、騙し甲斐のある子だな。僕はただの幽霊だよ。」


「え?幽霊?」「そう。本当は、いないんだよ。でもいるから幽霊。にしても、おいしいね、これ。とっても幸せな味がする。」といいながら嬉しそうにラスクを次々食べている。

「幽霊さんなのに、もしかしてお腹減ってるの?良かったらもっと食べていいよ。」

花がそう言って勧めると、

「ありがとう。なんだかこんなの久しぶり・・。」相好を崩して、幽霊さんはラスクを頬ばる。その姿、何だかかわいい。


「ねえ君って、最近ずっと残されてたみたいだね?」ひとしきりラスク食べてお腹いっぱいになったのか、幽霊さんが馴れ馴れしく話しかけてくる。

「ええ、毎日です。課題出来るまで家に帰るなって。でもいつまでも出来ないから、昨日までは他の先生が気を使ってもう帰りなさいって執り成してくれたんですけど、今日はその先生も来てくれなかったから。」

「じゃあ、ラスクのお礼に、僕が課題を作ってあげようか。」「え?でもそれじゃ、私いつまでも上達しないわ・・」花は真面目に固辞したが、「だからって、毎日残されても同じなんじゃないの?」と幽霊さんは意地悪く言う。

「そう言えば、そうですね?」顔を見合わせて笑った。


「今日の課題は何?」そう聞いて、「なんだ、簡単だよ。」その男は手を広げ、一瞬で魔法のランプが現れた。

「これで帰れるだろ?早く帰りな。気を付けて。」「あ、ありがとうございます。」


「でもさ、こんなおいしいものがいっぱい作れるのに、課題は出来ないって、君って不思議な子だね。」

呟くように言って、幽霊さんは、残っていたフランスパンの端までつまみぐいしていた。



その時、突然扉を開ける音がガラッと響きわたった。

「檜扇谷、どうだ。出来たか?」

そう言いながら、ちょっと顔が赤くて酒臭い沙鷺宮先生が近づいて、花の手元を見て、また怒りだした。

「って、なんだ、パン食べてるとか?課題はどうした?」

そういう先生は、どうみても食事後みたいだけどねぇ・・。

でも真面目な花は、必死に弁解する。

「違うんです、先生。

課題作ってたら、今度はフランスパンになっちゃって。

仕方ないから、さっきここにいた男の人と食べてて・・あれ?どこ行っちゃったの?」


キョロキョロ探したが、誰もいた気配もなく・・

そこには、ぽつねんと課題のランプが置いてあるのみだった。

沙鷺宮先生は、それに目敏く気づくと、

「何だ、作ってあるじゃないか。おお、上出来だ。お前だって、やればできるんだな。

にしても、さっきからなに訳の分からないこと言ってんだ。もう遅いから帰れ!鍵閉められるぞ!」


「はい。すいません、帰ります・・。」


一方的に怒られて、学校から追い出されてしまった。それって、何だか、理不尽。




魔工専の七不思議を教えてやろう。


まずグランドには、箒やちりとり掃除用具が、夜走りまわり、

焼却炉の中から、声がする。

花が咲く頃には、校内にはお化けが飛びまわり、

理科室には、幽霊が住んでいるらしい。

天才は、忘れたころにやってくる。

生徒会長になると、地下室への階段が現れる。

魔法学校と仲が悪い。なぜこんなに悪くなってしまったのか。それは謎だ。


これで、7つ!


2.


沙鷺宮先生に学校を追ン出され、

花は、自分の作った不思議なお花と、ラスクの余りをカバンに突っ込み、ふらふらと

家路についた。


「お父さん、まだ帰ってないだろうなぁ?」

お母さんが、何年か前に病気で亡くなって、

その頃から父は、どんどん家に帰って来なくなった。寂しくて、バーのはしごをしたり、賭けごとに手を出したりしているようで、家に戻るのは、いつも深夜を過ぎた御前様。


食事を作っても、誰も食べてくれないと虚しい。

家に戻っても多分、1人。

とぼとぼ歩いていると、

突然目の前に人が・・道の真ん中に小さい腰の曲がったおばあさんが飛ばされてきた。・・・


「何ごと?」あわてて、花は、おばあさんをキャッチして、その勢いのままゴロゴロと地面を転がる。


なんとか止まって、「あんた。大丈夫かい?」

上に乗っかったおばあさんが、花にすまなそうに聞いた。

「え・・ええ、何とか大丈夫です。」でも、両手両足は擦りキズだらけ。

制服も、砂にまみれて真っ白になってしまっている。


もう、今日は何て日なんだろう?居残りのまま忘れ去られるわ、残されてオバケに会いそうになって代わりに会った幽霊さんは消えて、先生には追い出され、帰り道では、飛ばされてきたおばあさんをキャッチするなんて。


花の上に乗ったまま、おばあさんは、

「え?その制服、魔工専の子じゃな。

なんと、魔工専の子に助けられるとは、私も落ちぶれたモノじゃ。」

そう言って、花を上から下まで不思議そうに見ていた。


うわっ、感じ悪!


「どうも何か魔法をかけられたみたいで、飛ばされてしまった。おおかた、操り系の呪文でも唱えられたんじゃなぁ。若いうちなら、その瞬間相手にそのまま返して、投げかえせたのに。年は取りたくはないもんじゃわ。

油断も隙も無い。こんな年寄りをなぁ。助かったよ、ありがとう。」

一転、しおらしく謝られる。案外、悪い人じゃない?花は思って、


「ケガ無いですか?家まで送りましょうか?」立ち上がれないおばあさんに手を貸す。

「お前さんの方がダメージ大きかったんじゃないか?なのに、すまないねぇ。私ゃしたたか腰を打って、立ち上がれないんじゃ。送ってくれるか?」


そして花は擦り傷だらけの痛い体をムチ打って、おばあさんをおんぶし、そのおばあさんの指図で家まで送ってあげた。

家の中までお邪魔すると、片づけられた部屋の片隅に、おじいさんの黒縁の写真が飾られていた。

「夫がだいぶ前に亡くなってしまってな。だんだんに寂しいことじゃよ。」


こたつの傍らの座イスにおばあさんを下ろし、その寂しそうな横顔を見て、

花は思わず、

ねぇ、おばあさん、これいる?と、

カバンから、自分の作ったお花を出す。

「学校の課題で作った失敗作なんだけど・・」

「おや綺麗だねぇ・・くれるのかい?部屋が明るくなるようだ。ありがとう。」

おばあさんのお礼に、お花が口々に答える。

「こちらこそ、おほめ頂いて、ありがとうございます。」

「え?喋るのかい、この花?」おばあさんが面白そうに笑った。


「何でか、喋るお花が出来ちゃって・・」

「そうなのかい。これはいいわ。お話し相手にもなってくれそうだね。」


いいよ、マダムイキシア!話そうよ。お花が喋りかける。

「私の名前まで知ってるなんて、こいつら生意気な花だね。」

邪悪な魔法使い、マダムイキシア、誰だって知ってるよ。

「ほんっっっと、ナマイキだよ。」

でも、本当は心の優しい、マダムイキシア。歌うようにお花が続ける。

「やっば、ナマイキ・・。」おばあさんが、ぼそっと呟く。


「おばあさんって、魔法使いなの?」花が聞くと、「ああ、そうだよ。」つまらなそうに返事があった。

「お花の言葉を受けとれる人なのね?」とまた花が聞く。「ん?ああ、そうだね。魔法使いは、いろんなものと喋れるよ。

若い頃は、結構ぶいぶい言わした魔法使いだったんだよ。夫とも魔法学校で知り合ったし。」「えー、そうなの?」

もう一度飾られてる写真を見た。優しそうなおじいさんが写っていた。


そうかい花ちゃんと言うのかい。課題が出来なくて、こんな遅い時間まで居残りねぇ・・事情を話すとそんな相槌を打ってくれて、

「こっちも失敗作なんだけど・・」ラスクを取り出す。「まあおいしいねぇ。ありがとう。お腹減っててねぇ」

おいしいおいしいと、おばあさんは、残り全部食べてしまった。


花が台所に行って、お茶を淹れていると、

「お前さんは、不思議な子だね。魔工専に通ってるのかい?」おばあさんが尋ねた。


「ええ、もう止めようかなと思う位、オチコボレてるんだけど・・。先生にはいつも怒られて、居残りさせられて・・」しょんぼり訴える。


「そうかい。でもわたしが見る限りあんたには、魔法力があるように見えるよ。」

このお花とラスクは・・課題の魔法のランプ作るより、すごいんじゃないかい?そうも言ったが、


「おばあさん、それは、買い被りよ。」本当に、だめなの・・目がうつろだった。無理もない、この1ヶ月というもの、沙鷺宮先生の叱咤を毎日受け続けて、ベコベコにヘコまされているのだから。


「そんなことない、自信をお持ち。先生の目の方が、節穴なんだよ。」


そう言って、おばあさんは、ひっそりとため息をついた。

・・・この子は、自分の魔法の力に気が付いてないようだな。見る限り、誰かが幼い頃、封じたね。その記憶も消されているようだし。言ってやるべきか?

でも、誰が何の目的で、力を封じたのか?それがわからないうちは、余計なことは言わぬが花かねぇ・・・


「ホント学校って所は、不思議だねぇ・・。先生次第だからねぇ。私も魔法学校では、いろいろと大変だったけど。」

最後は本当に独り言のように小さくぶつぶつと呟いていた。


「いっそ、そのわからずやの先生に、私が仕返しに術をかけてやろうか?」思い余ったのか、おばあさんはそう提案したが、「おばあさん、そんなのダメです。」花はあわてて止める。

「ダメかい?」「ええ・・道理が通った話には思えないですよ。」

「なんと・・若いモノに、道理を持ちだされるとは思わなかった。わしの方が大人げないってことだわね。」ひゃっひゃっひゃっと可笑しそうに喉の奥で、おばあさんは笑う。


「まあ、わしが何か手助けできることあったら、言っておくれ。一応、魔法使いの端くれだし、かなり老いぼれて邪悪だけど、まだまだできることはあるのでな。」

「その気持ちだけで、十分!そう言ってもらえて、おかげで頑張れます。」花が嬉しそうに言うと、


「いい子だね。まあ、あんたが、そう言うなら、大丈夫じゃろう。まあ、また暇があったら寄ってくれるか?お礼もしたいし。」


ええ、また来ます・・お元気で・・と花は、おばあさんの家を後にした。




3.


「今日も残されてるの?」


理科室の奥から、昨日も会った白衣姿の、長身で眼鏡をかけた男がまた現れた。

音も無く、すっと横に立っていてドキリとする。


「ラスクの好きな幽霊さん、こんにちは。昨日はどこ行っちゃったの?」

花が、突如感じた心臓の高まりを隠すようにそう聞くと、

「先生には、ちょっと会いたくないからね。幽霊だけに、自由自在にすぐ消えられるのさ。」と嘯いている


花は、幽霊さんのその眼鏡の奥をじっと見詰めた。ん?と見返す、その涼やかなまなざしに何だか魅了される。もっともっと胸がドキドキしてきた。え?どうして?私何か、術でもかけられた?



「で、今日の課題は何なの?」と幽霊さん。


「魔法の絨毯なんだけど・・。」


「で、何になっちゃった?」

何だかわくわくした表情を浮かべながら、また幽霊さんが聞いて来た。


ん・・機織り機で、織った先から、アップルパイになって行っちゃって。


わーいと言うように、幽霊さんは、お皿を差しだした。

「頂戴!」


1口食べて、「最高だよ。君のアップルパイ!」


じゃあ、替わりに僕は・・と、幽霊さんの手が動いた。するとそこに、本物の魔法の絨毯が飛び回っていた。何枚も。いや、こんなにいらないし・・。花の言葉に、

ふふって笑った幽霊さんが指を鳴らずと、すとん!と1枚だけ残って、巻かれて置いてあった。


「この前から思ってたけど、幽霊さん何で、そんなにすごいんですか?」花は、ため息をついた。こちとらずっと手こずっている課題を一瞬にして、解決させるって・・すごすぎ。


「すごくなんかないよ。僕は、魔法使いのなれの果てだから・・。」

幽霊さんのそんな寂しそうな横顔に、花の胸がキュンとなる。

どうしたんだろう今日の私。何だか心が落ち着かない・・。



「でもそういえば・・幽霊さんは、どうして・・ここにいるの?」花は、尋ねた。


幽霊さんは、ちょっとためらっていたが、教えてくれた。

「探しているモノがあって、どうしても見つからないんだ。

みんな諦めろって言ったんだけど、諦め切れ無くて。ここにならあるかなと思ったんだけど・・。」


「それで、思いが残って、幽霊に?」花の問いかけに、「ん・・、まあ、そんなとこ。」ぞんざいに答えて、


「おいしいね、このアップルパイ。もっと食べていい?」いつのまにか半分以上無くなっていた。

「今日は、アップルパイの好きな幽霊さんなのね?」花は、くすくす笑った。



そこに突然戸がガラっと開いた。あ、薬科の高菜史先生。人好きする、まんまるの瞳が覗く。


「檜扇谷さん、昨日遅くまで残ってたんだって、ごめん。僕、昨日は呼び出されて早引けしていなくて・・。

沙鷺宮先生には僕から言っておくから、今日は、早く帰りなよ。」

優しく声をかけてくれる。


「先生。あの・・もう・・一応課題、出来たので帰れます。」花がそう伝えると、


「ああ、出来た?よかったね。」「ええ、手伝ってくれる人がいて・・」

幽霊さんに全部作ってもらってて、少し良心が痛んだけど、そんな言い方をした。


すると高菜史先生は、手伝ってくれる人?と、表情を硬くして、聞き咎めた。


「もしかして、会ったの?」「え?」「幽霊に・・」「は、ハイ。」花は正直に答えた。

「そうか。やっぱり来てるのか。困ったものだな。あいつには、注意しなよ。」「え?どうしてですか?」

「困った奴なんだよ。ホント、何を考えているのか。

噂では、魔法学校で司祭との戦いに敗れて、魔工専に潜んだって話だよ。何かノウハウを盗んで、復讐を目論んでいるみたいでさ。何も奪われないように、俺達も注意しているんだけど。」


「そうなんですか?」そんな悪い人には見えなかったけど・・と、しょんぼりする花。

「だから君も、早く帰りなさい。会っても、余計な事話したらいけないよ。

沙鷺宮先生は、あたまっから学校の七不思議なんてナンセンスだって信じないから、君をこんな部屋に放っておいて平気だけど・・やっぱり危なかったな。早く帰るように。」

「はい、わかりました。」素直に答える、花。

そうか、それで高菜史先生、もしやこの部屋にいる私の事、過敏に気をつけてくれてたのかな?


高菜史先生が姿を消すと、速攻幽霊さんが現れた。


「また消えてた、幽霊さん。」「イヤな話、されてたからさ。」「本当なんですか?」「一部は本当、一部は嘘。」幽霊は、そう投げやりに言う。

花が、その言葉の後をじっと待っているのに気付いて、幽霊は続けた。

「ん・・戦いに敗れたのは本当。でも、復讐なんて誓ってないよ。僕はただ探してるだけだから。」


「見つかりそうなんですか?」「さあ。どうかな。もう探すことにも疲れてきたし・。」幽霊さんは、つまらなそうに言う。

「もしよかったら、私もお手伝いしますよ。」花の申し出に、

「ありがとう。でもさ、最近もうどうでもよくなっちゃって。

戦いに負けて悔しかったことより、失くしたものの多さに、嫌になっちゃったんだ。全てが・・。」

「元気出してください。」今度は私が励ます番だから・・花がそう言うと、

「探しているモノが見つかれば、消えるよ。迷惑なんてかけない。約束するから・・だから、これからも君のお菓子、毎日食べに来ていい?」


「ああ、なんだ。そんなこと。いいですよ。

私も嬉しいの。食べてくれる人がいる方が・・作り甲斐があるし。」

でも探し物が見つかったら消えてしまうんだと、それに気付いて花の心の隅が針で刺されたようにチクンと痛んだ。


じゃあ、また明日。幽霊さんさようなら・・。そう言って別れる。


「夜道気をつけてね。送って行ってあげたいけど、僕、学校から出られないんだ。」

かわりに、はい、おまじない。幽霊さんの大きくて綺麗な指が動く。

制服の裾に、不思議な模様が浮き出た。


何やったんですか、幽霊さん?

「ん?安全に帰れるおまじないだよ。」幽霊さんは、笑っている。

ここで幽霊さんに出会ってるのに、この上私、夜道に何か怖いモノでもあるというんですか?花がからかうように、ふふふと笑って言うと、


「何って、夜道で怖いモノは幽霊じゃない。一番怖いのは、人間さ。」そう言うだけ言って幽霊さんは消えた。



沙鷺宮先生に課題を提出して、

そして帰り道、アップルパイの残りを持って、花はマダムイキシアの所を訪れた。


「また来てくれたのかい。うれしいよ。おおっ今日はアップルパイかい。」


写真の周りを埋めるように、部屋にはどんどんお花が増えていた。

お花は、口々におしゃべりをしていて、「うるさい、少し黙りなさい。」そう言いながらも、

マダムイキシアは上機嫌だった。

「お前さんのおかげで、元気が出たよ。調子もよくなってね、魔法もずいぶん復活さ。」そう言いながら、ふと花の制服の裾に付いた模様に気付き、

「あれま?これはまあ手の込んだおまじないだねぇ。

これを書いた子はだれだい?」そう尋ねられた。


「ええ・・理科室に住む幽霊さんが、夜道安全なおまじないだって・・。」と答える花。


ぶぶっと吹きだしたマダムイキシア。まあまあ、そういうことにしとこうかね。

じゃあ私も、便乗して、書いとくか。また手をかざして、模様を増やした。


「何ですか?本当は、夜道のおまじないじゃないの?」不審そうに花が聞くと、


「まあ、当たらずとも遠からずだね。これはね。好きな人の無事を祈るおまじないだよ。

幽霊、お前さんに惚れたみたいだね。」そう、ひやかされ、花の喉に壮絶に、アップルパイが詰まる。ごほっごほっ。


違います。多分、お菓子毎日作る約束したから・・お菓子食べたいから多分、そんなことを・・ とごにょごにょ言い訳する花。


「まあ、そういうことにしとこうか。

その幽霊の正体、私は知ってるよ。魔法使いだよ。名前は、木全大きまただいという。魔法学校の首席で、優秀な生徒だった。

あんな不幸なことさえなけりゃ、今頃は飛ぶ鳥を落とす勢いで、

バリバリ活躍してたんだろうけどね・・」そう言葉を濁す。


「不幸なこと?」花が問い掛けると、


「戦いでさ、大事なモノを失ってしまったんだよ。

でも今となっては、私にもわかるよ。喪失感だ。

大事なモノは、大切にしておかないと、後悔するね。尾を引くよ。

でも、大事だと心底分かるのは、失くした後だからね・・。」



「大事なもの?」「わかるのは、失くした後?」

花は呟いた。


4.


「檜扇谷さんって・・。」休み時間、珍しく近くの席の女の子に話掛けられた。


「何ですか?」何だか少しおどおどしてしまう。

クラスには、今のところ親しい人は全くいなかった。何より毎日、沙鷺宮先生にボロくそに言われ放題。誰も花を遠巻きにしている状態だから。


「檜扇谷さんって、中学、瀬戸橋せとはしさんと同じだったんですよね。」「ええ。」


ああ、瀬戸橋っち?薬科に来てたな。1年生ながら推されて生徒会長に立候補するとかしないとか・・噂に上がっているのは聞いたけど・・


「何だか、生徒会長にはもっと適任がいるから固辞したっていう噂なの。そして本人は副会長に立候補したって。でも、その適任って言われてる人がわからなくて。話を聞く限り、女みたいで、もしや瀬戸橋さんの恋人?って持ちきりだし。

それって、本当の所どうなの?瀬戸橋さんって、誰と付き合ってるの?知ってますか?」


う、うーん、せっかく話しかけてもらったけど、

知らないことばかり。世間からもすっかり乗り遅れているな、私。

「うーん。瀬戸橋っ・・君って、中学時代に付き合ってる人はいなかったけど・・」呼び捨てにするのもなんかマズいかと、とりあえず君をつけてみたり・・。

そう言うと、「じゃあ、最近付き合いだしたの?同じ薬科の人なのかなぁ?」

「ごめんなさい、私にはそれ以上わからないわ。」花がそう言うと、

何だかガッカリした風で、お礼もなく、その子は離れて行った。


なんかお役に立てないってことで、こっちまでしょんぼりしてしまった。

瀬戸橋っち。どうしてんだろ。中学時代はグループで仲良く遊んでいた。でも携帯の番号すらも知らないよ。個人的には付き合いないし。

しかもこちとら毎日居残りさせられて、入学以来、顔合わす機会すらなかったわ。



「ふーん。」花のとりとめのない世間話を聞きながら、

幽霊さんはシュークリームを食べていた。


「おいしいな。クリームは甘さ控えめ、シューはさくさくで。」クリームをぺろっと舐める。


「で、何?薬科の瀬戸橋って子がどしたって?」


「聞かれたけど、わかんないことばかりで・・。つきあってる人いるのかとか、生徒会長立候補の真相とか・・。」「知りたいの?」「まあ、同じ中学出身だから、ちょっとは気になるっていうか・・。」


ふーん。幽霊さんは、少し考えていたが、ふっと溜息をついて、

「ちょっと妬けるけど・・いいよ。君の為なら・・明日までに調べておく。」

そう一気に言った。


「え?そんなことできるの?」「幽霊だもの・・姿消すの自由自在だし。噂のキャッチとか、簡単さ。」


でも幽霊さんはふと真顔になって花を見詰めて、

「でもさ、本当は・・君。」「何ですか?」「友達が欲しいんじゃないの?」

図星を突かれた。

「うん・・それは確かに。高校デビュー失敗しちゃったから・・。

だいたい最初から、酷いんですよ。課題出来なくて、ボロクソで、居残りしろって、

問答無用で・・放課後、友達と知り合う暇もありゃしない!

でも幽霊さんや、あと、帰り道に知り合ったおばあさんもいて、

最近は前より楽しいから。そんなに気にしないで・・。」


「まあ確かに・・友達と思っても裏切られることもあるし、

作ろうと思っても出来ないのが友達だけど・・。」と意味深なこと言う幽霊さん。


「じゃあ、幽霊さんが友達になってくれたらいいのでは?」花の言葉に、「もう、友達だと思ってたけど・・な。」そうちょっと寂しげに幽霊さんが答える。でも何か思いついて、気を取り直し、

「そうか友達。じゃあ、君の事、これから名前で呼ぶことにするよ、いいよね?花。」

そう呼びかけられて、何だか花の顔が真っ赤になる。「え・・ハイ。」「僕の呼び名は、幽霊でいいけど・・さ。」


じゃあ、課題出して帰ります。そう言って花が立ち上がろうとすると、

あ・・ねえ花、もしかして昨日帰り道に、その知り合ったって言うおばあさんと会ったの?

何故か、花の制服の裾にある模様を見ている。


「ぼくの上に、もう一人上書きしている女がいるから。

これ見よがしに挑戦的に、かわいい花のことは私も守ってるわよ・・って僕の事嗤ってるんだ、憎たらしい。二重に魔術かけられてるんだよ・・。

その人って、魔法使いだよね?」幽霊さんは花を問い詰める。

え?何?

問われて花は考えて、「ああ、マダムイキシアのこと?」


「え?マダムイキシアだって?そのおばあさん?」幽霊さんが、怖い顔をして尋ねて来る。「どうやって、知り合った?」道で飛ばされてきたのをキャッチして、云々と花が説明する。

幽霊さんの表情がだんだん強張って、

憎々しげに、「花、そのおばあさんにはもう会わない方がいい。」そう言い放った。


「え?・・ただのやさしいおばあさんに見えましたけど、

倒れて困ってたし。会っちゃいけないって、どうして?」


「邪悪な魔法使いだよ。昔の恨みで魔法仕掛けられるなんて、碌なもんじゃないし。」と何だか幽霊さんは忌々しいものでも口にするように声を潜めた。「近づいたら、花がとばっちり受けるよ・・。」 「でも・・そんな風には見えなかったし、私の事励ましてくれて・・何か力になれることあったらって言って下さって。

幽霊さんのことも知ってましたよ。魔法学校の首席だったって。

あの子はかわいそうだって。あんな不幸なことが無かったら、今頃は大活躍してだろうにって。」


幽霊さんは、頭を押さえた。

「君の欠点は、人を信じすぎる所かな?

なんだよ、かわいそう?あんなことが無かったら大活躍だって?その元凶のくせして。」憎々しげに、言い放つ。


「よくわからないけど・・何か、誤解があるんじゃないですか?

それにマダムイキシア、

連れ合い亡くされたらしいしお年も召しているし。ご本人も、若い頃は酷い事をやってきたと口では言ってたけど、でも全然そんな悪い人には見えなくて。私の作ったお花たちだって、本当は心の優しいマダムイキシアって言ってたし。」

花はあーだこーだと言い募る。

幽霊さんは、そんな花にそれ以上は強く言えなかったか、しぶしぶ引きさがった。

・・でも、憎き大司祭の奥方、伝説の魔女マダムイキシア。何なんだよ、何の目的で、周りをウロチョロしてんだよ、全く。




5.



「おいっ!花!待ってたんだよ。久しぶりだな。このところ、ずっと何してたんだ?」


校門の前で、待ち伏せしていたのは、見慣れた茶髪、学生服のズボンをさりげなく腰パンにし、周りの女子の間ではカッコイイって評判の・・瀬戸橋だった。


「お前に用があって・・、校内じゃ全然会えないしと思って待ってた。待ち疲れたわ。」中学の頃から・・いやいや小学校の頃から全然変わらない、何だか少しバカにしたような眼つき。


「瀬戸橋っち、ホント久しぶりだね。

まあ、もの作り科と薬科じゃ、校舎違うし、会えなくても不思議じゃないけどね。

何か用事だった?」

薬科のゴージャスな建物の陰に隠れるように、もの作り科の校舎がある訳で。

そっけなく花が言うと、


「ああ、生徒会長に立候補してくれよ。」突然そんなことを。


ええーーーっ、ナニヨソレ?花の、目がテン。


「中学時代、部長会ではいつもお前がバリバリみんな引っ張ってたし、お前の方が、適任だと誘いに来た。

もう高校では、あっちこっち断り切れないことばかりでさ。俺これ以上、目立ちたくないんだよ。助けると思って引き受けてくれよ。」


・・・確かに中学時代、瀬戸橋はバスケ部の部長で、花は家庭科部の部長で。

二人が行ってた中学には生徒会組織は無く、部長会が仕切っていた。


「部活の先輩が選管でさ。

なんだかとある問題のある人が立候補するので、

対抗に誰が出ないとヤバいって、俺に話が来たんだけど、さすがに勘弁して欲しくて。

そしたら、じゃあお前は副会長で許してやるから、代わりに誰か生徒会長候補立てて来いって言われて、お前の名前出した。

だって、お前、部長会じゃ、いつもまとめ役だったじゃん。」


「だからって・・。

でも瀬戸橋っち、私が聞いた話では、その噂に尾ひれついてたよ。

瀬戸橋っちが生徒会長固辞したのは、別の適任の人に譲ったせいで、

その譲った相手が瀬戸橋っちの恋人だって。」


「ああ、恋人・・。その噂も困ったもんだな。それはさぁ・・。」嫌そうに瀬戸橋がそこで言葉を区切る。


え?どういうことなの?花が寄っていくと、じつはよぉ・・と耳元で打ち明ける。


「入学早々、変な女に目ぇ付けられちまって、

断るために、恋人いるってことにしたら、そんな噂が独り歩きしちまってさ。」


え?ということは、と花は錯綜したいろんな情報を合体させて、一瞬でショートした。


「ソレって、いろいろ無理――――っ!」花は、叫んだ。


「そこをナントカ頼むよ!頼めンのって、お前くらいしかいないし。

生徒会長って、めちゃくちゃ忙しいんだってよ!

お前さ、高校入ってから部活も入って無いって言うじゃん。時間余りまくりだろ。よくねーよ。もったいねーじゃん。それに、

お前って相変わらずで、カレシも出来そうに無いしさ、暇だろ。」


そんな失礼な発言の瞬間、急に瀬戸橋が頭を押さえて蹲った。

「痛っ・・な、なんか後ろから急に殴られた・・。」「え?でも、誰もいないよ。瀬戸橋っち大丈夫?」あんたの頭の方が・・という言葉は呑みこんだが。


瀬戸橋はまだ不思議そうに周りをキョロキョロ見回していたが、

「会長もアリエナイし、それに更に立候補なんてしたら、瀬戸橋っちの恋人に間違えられちゃうじゃん。めっちゃヤダ。」花がそう困った顔でいうと、


「大丈夫だよ。お前みたいな女らしさのカケラもねぇの、ぜってー好みじゃねえし・・俺が否定しまくるっつーの。」と瀬戸橋が言ったと同時に、


パッコーンっと付き抜けるような音がして、瀬戸橋はまた前に倒れ込んだ。


「やっだー、どうしたの?瀬戸橋っち」花が心配そうに駆け寄る。


「いってぇー、なんなんだよー。」わけわかんなくて、瀬戸橋はなおさら、不審そうに周りを見回したが、誰もいない。

気味悪そうに、「じゃあ、頼んだぞ。明日、返事くれ・・」と、瀬戸橋は逃げるように走って去って言った。


残されて花は、ふと思い浮かんだ。

え・・もしや、殴ったのって、幽霊さん!?





「でも、考え方によっちゃ、生徒会長に立候補ってのは、いいかもしれないね。」


マダムイキシアも、花お手製のシュークリームを見て狂喜乱舞して、

1つ手に取って、うっとりと食べながら言った。


「大体、先生方のお前さんに対する態度が気に食わない。

課題出来ない位で、劣等生扱いなんて、サイテーだよ。

ここはビシッと、スゲー出来る所を見せつけて、ぎゃふんと言わせてやりたいものだからね。」


マダムイキシア・・あのぉ・・おばあさん。ぎゃふんて何ですか?花の問いかけに、


え?ぎゃふんって知らないかい?まあ、それはいいとして・・

「そーだねー、生徒会長になって、家庭科を復活させるのも手じゃないかい?

急にカリキュラム変更が無理なら、文化祭で料理コンテストでもいいし、そしたら、花ちゃんも、

この学校でやりやすくなること請け合いだ。」


「でも、生徒会長に出ても、私が当選するわけないです。」ソコでしょう?私なんか無理。そんな花に、


「いや・・それは、私も何か手助けするからさ・・花ちゃんがスゴイってわからせたらいいんだろ?」

マダムイキシアが、突然意地の悪い顔をして、ニヤリと笑った。


嫌な予感が、ゾクっと・・。



そして翌日。

「僕は反対だな。」「そうですよね。だいたい無理ですよね。幽霊さん。」

花はそう言って、その反応に機嫌良く相槌を打ったが、


「いや、無理じゃないし、僕だって、

花が素敵な子だってことが、周りに伝わらなくてもどかしく思ってるよ。

でもさ、

今のまま、僕だけの花でいてほしいって気もしてさ・・。」

そう言って、眼鏡を外し、

涼やかな目を、キラリと輝かせて、何だか熱っぽい眼差しを向けられた。


え?幽霊さんって、こんな人だった?戸惑って焦る。


「ねぇ花、僕は、君のことが・・」

なんか話が、違う方向に及びそうで、花は一瞬で汗が出た。

「あ、あ、そーいえば、幽霊さん、昨日言ってた、瀬戸橋君の噂は、わかりましたか?」

突然話を逸らせた。


すると一転幽霊さんは、面白くない表情になった。

「ん?ああ、昨日そいつと花と会ってたじゃん・・。直接聞いたんだろ。」何をしらじらしく・・という目を向けられた。って、知ってるってことは?


「てことは、瀬戸橋っち叩いたのは、幽霊さん?」問い詰めたが、「え?何の事かな・・。」

あくまでしらばっくれるつもりのようで。


ううっ状況証拠は揃っているのに、証拠不十分。しばらく睨んでいたが、妖艶な目で微笑み返されて、

花は、それ以上問い詰めるのを諦めた。

「まあいい・・わ。それと、そういえば幽霊さん、探し物は、みつかったの?」そっちも気になる。

でも幽霊さんは、再び熱い視線で、

「探し物なんか、どーでもいいよ。もう魔工専すみずみまで探したけど、見つからないし。

僕はここで、毎日君のお菓子を食べてずっと過ごしたい・・。それがこれからの僕の望みのすべてさ。」


ええええええーーっ 嬉しいけど、だけどそれは、堕落?じゃなくて?


期待に満ちた眼差しを向けられて、

花は、おずおずと用意していた、今日のお菓子を差しだした。


「わぁ、かぼちゃプリン!ア・ラ・モード!ぷるぷるしてる!」幽霊さんが喜んだ。

口にいれると、とろーりと蕩ける。おいしいよ、コレ!


やっぱり花、最高!

そんな幽霊さんの笑顔に微笑んだ。




6.


帰り道、昨日と同じ門の所で瀬戸橋が待っていた。

「おい、返事!」偉そうに尋ねて来る。


「無理だよー、瀬戸橋っち。昨日言い忘れたけど私、

もの作り科では、いつも先生に怒られる劣等生で、

生徒会長なんて、考えられないって。特に沙鷺宮先生には、身の程弁えろよって笑われちゃう。」


「えー?なんか、らしくねー。

そんなのお前の力なら、全部吹き飛ばせるだろーがよ。もったいねーよ、ホント。

応援してやっからよ。とりあえず、立候補してみろよ、な、な、悪いようにはしないから。」

瀬戸橋は、焦ったように言い繕う。


「何よ、その言い方。無理って言ってンじゃん」花は断ったが、


「ワリィ、もう立候補届出して来たから。とりあえず、出てみてくれよ。

な、頼んだぞ!」

そう言って、そして、昨日のように殴られてはかなわないと、スタコラサッサと逃げ出した。


「ちょっと、待ってよ、瀬戸橋っち!ナニヨソレ!」追いかけようとしたが、逃げ足の方が速かった。



「結局、立候補かい?」


かぼちゃプリンをスプーンでひと掬いとって、

大事そうに舌の上に乗せて、ぷるぷると、マダムイキシアは目を瞑って味わっていた。

「うう・・とろとろの甘さが・・いいねぇ。」しっびっれっるぅ。


「もう、酷いんですよ、瀬戸橋って・・小学校の頃から一緒なんですけど、

ずっと何が気に入らないのか、目の敵にされてて。」


「はは、それって、ただの仲良しにしか見えないけどね。

まあでも結局立候補は、花ちゃんの為になる気がするよ。頑張ってみたら・・。」はははは、笑ってマダムイキシアは、上機嫌に、まだプリン・ア・ラ・モードの世界に浸っていた。


「でも、いろいろ大変なんです。選挙運動期間は2週間あって、ポスター作んなきゃいけないし、結構お金もかかるし。」

そう言い募る花に、


「ああ、そんなくらい。」そう言って、マダムイキシアは手を振り上げた。

瞬間、ポスターが、上からどさどさっと落ちてきた。

「まあ、こんなもんかね。あと何かいるなら、言っておくれ。」

拾って1枚見たら、花のベストショットに、生徒会長候補 もの作り科 檜扇谷花って。

キャッチコピーは、「デコレーションケーキのように美味しくて楽しい学校に!」



もう、マダムイキシアーーっ! ヒトゴトだと思って!




朝一番の授業。


「オイ、聞いたぞ、檜扇谷。生徒会長に立候補したんだと?お前がか?」


うわっ、一番知られたくない人に・・そう、沙鷺宮先生だった。


「誰でも出りゃいいってもんじゃないんだぞ。課題もロクに出来ないお前が、

生徒会長なんて、務められる訳ないだろうが。

それにな、知らないのかもしれないが、生徒会長は薬科から選ばれるものなんだ。

もの作り科から選ばれたことは、ただの1度も無い。身の程をわきまえろ。」


何だか、ムカって来た。クラスの周りの人も、この言い草には、みんなムカって来たみたいだった。

でも、花は、つとめて冷静に、

「先生・・これは薬科の瀬戸橋・・君が、私の事勝手に立候補させちゃったんです。

今日選管に、取り下げのお願いしてこようって思ってます。」

そうしおらしく答えると、


「何だ、そういうことか。そいつの、イヤガラセなんだな

納得だ。お前みたいな出来そこないが立候補しても、1票もとれないわな。はは・・でも自分が入れるから1票は取れるか。」何が面白いのか、1人で笑っている。


すると、そこに、

パッコーン!とすごい音がして、沙鷺宮先生がつんのめって、どさっと倒れた。


「おいこら、何する?」目の前の花を睨む。


え?何も何も・・と花は両の手のひらを左右に振る。「こら、檜扇谷!」そんな怒鳴り声に今度は、


ボカボカとタコ殴りの音が・・「うっくっ・・」沙鷺宮先生がのた打ち回る。

「やめ・・うっ・・こら・・ぐっ・・」

クラスのみんな、何ごと?と、吃驚して、目を見開いたまま。


うわっこれって幽霊さんだ・・花は焦って、


「沙鷺宮先生、私に謝って下さい。早く。そしたら、止まりますって。」きっと・・多分。


「何だ?」殴られながら沙鷺宮先生が問い掛ける。


「とりあえず形だけでも、先生が私に今まで吐いた暴言の数々、謝って、お願い。」花が懇願する。何か変だけど。


「何を言ってんだ。バカか?」沙鷺宮先生がそういうや否や、「うぎゃーーーー!」断末魔の叫び声。

体のどっかを力一杯握られたようだ。


「ああ、まあ、確かに少し言い過ぎたかもな。檜扇谷、悪かった。」先生がとりあえず口だけの謝罪を行うと、

その瞬間、もの見えぬ暴力はパタッと収まった。


花は、ほっと胸を撫で下ろす。でも次に、

「これは、全部、お前のせいか?」ふらふらと立ち上がってまた憎々しげに、沙鷺宮先生が言い放つと同時に、また、ばしっ!と、足を払われたように、倒されて床に這いつくばった。


「もうやめてください。余計な事言わないで。」そう言って、花は沙鷺宮先生を庇うように、上に立ちふさがった。「もう、やめて!死んじゃうじゃん。」宙に向かって言い放つ。


そして花に庇われた形の沙鷺宮先生を振り返り「大丈夫ですか?」尋ねると・・先生は、不気味なモノでも見るように花を見つめていた。



「ねぇ、檜扇谷さん。私、胸がスーーッとしちゃった。」「そう、最高だったわ!」


「ホント。沙鷺宮先生が謝罪するなんて、雪でも降りそうだよ。ねえ、あれって、どうしたの?魔法?」「魔法ではないんだけど・・暴走してて止められなくて・・。」花はワケのわからない言い訳をしていたが、


「いい気味だったよねぇ。」クラスの皆が、口々に楽しそうに言い合っていた。


「沙鷺宮先生ってさ、ずっと酷いなって思ってたの。ごめんね、檜扇谷さん。言いだせなくて・・」「味方しなくて、ごめんね。」「見てただけで、ごめんね。」

花は、クラスメイトみんなに口々に謝られた。


「でも、ねぇ、ホントなの?生徒会長に立候補って」「生徒会長、やってよ!」「そうよ、手違いでも何でもいいじゃん。もの作り科みんなで、応援するから。」「そだよ、投票するよーーっ」そんなことも散々言われて、盛り上がっていた。




「幽霊さん!」


無心に、みたらしだんごを食べている幽霊さんに、

「沙鷺宮先生をボコボコにしたの、幽霊さんでしょ?」問い詰める


たまには和菓子もおいしいね・・蜜が絶妙だよ。そんなこと言いながら、

「だって、あいつ、あまりに酷すぎるよ。」幽霊さんは、むっとした。

「花が許したって、僕が許さない。」


「気持ちは、嬉しいけど、でもダメよ。暴力は。」優しく教え諭す。どっちが年上?

「じゃあ、あんな奴には、どうしろって言うんだよ?」

「そりゃ、腹立つけど・・でも力に訴えてもダメなの。暴力には暴力で返される・・それは虚しいだけです。しかも幽霊さん見えないのに一方的に、卑怯ですよ。」

「でもさぁ・・聞いてられなかったんだよ。」

花よりももっと辛そうな幽霊さんの表情に、心が痛む。ごめんなさい。それと同時にありがたくて涙が出る。この感情は、何なのかしら。


「私も悪かったのかも。言い返しもせずに、言われるまま自信なくなって、オドオドして・・。

先生を見返してやるぐらい、何か頑張れば良かったのに。課題は無理でも、何か他の事で・・。そうか、頑張ってみようかな。」花が顔を上げた。


え?花?

「私、立候補することにしました。」花は、幽霊さん相手に、静かに宣言した。


「え?」ヤダ・・今度は、幽霊さんがダダをこねる番。

「君のお菓子をここでずっと食べていたかったのに・・。」


「ごめんね。楽しかったし、ずっとこれでもいいと思ってたけど、

でも幽霊さんだって、自分の目的忘れちゃったらダメでしょう。

ずっとこのままでいられるはずもないんだもの・・。」

思わず見詰め合う。二人、何かの予感に、寂しさがこみ上げて気が遠くなる。

「花・・。」幽霊さんのかけた言葉と同時に、

「それに、あのね。高菜史先生に、あのあとまた幽霊に会ってるのかって、聞かれて、

会ってないって、嘘ついたんだけど。」

ああ、あの、いつも顔覗かせる先生だね、幽霊さんが言う。


「でも私がそう答えたら、高菜史先生疑わしそうな表情で、

『そんなはずないだろう。君が、あいつの探しモノに、協力してるのはバレバレだよ。

君は、幽霊に騙されてる。もう会うのやめなさい。これは忠告だ。』

そんな風に言われたの。そして、

『あいつの探しているモノは、魔工専に確かにあるよ。君が生徒会長に立候補したのは、幽霊に頼まれたんだね?』って、ぼそっと告げられたの。」


「え?それって・・。どういうことだ?」

「高菜史先生は、何か知ってるみたい。」


あるいは、罠か?


幽霊さんが考え込んだ。



7.


「だから、もう当分お菓子作りはお休みね・・。」

花のかけた言葉に、

マダムイキシアは、そうかい、そうかいと、名残惜しそうに、みたらしだんごを一心に食べていた。

手がべたべた。花は濡れ布巾で手を拭いてあげた。


「他に誰が立候補したんだね?」手を舐めながらマダムイキシアが聞く。

「薬科から二人。2年の違和佐さんと柿副さんとおっしゃる方で・・。」


薬科の違和佐さん。聞く所に依れば、留年10年生。

「この学校の事なら、何でも知ってるぜ!何でも聞いてくれ」

そんなキャッチコピーが躍る。沙鷺宮先生は隠しているが、血のつながった実のお兄さんらしい(それゆえ沙鷺宮先生は、本意に非ず、薬科ではなくもの作り科の方に配属になったという裏事情らしい)。毎年立候補していて、生徒会長選のことを知り尽くしているアルイミ常連。

そしてもう一人の強敵、同じく薬科の柿副さん。柿製薬会社の御曹司で、

「魔法学校が何だ!魔工専の誇りを持とう」そんなキャッチが踊る。


「ああ・・柿副って、あの柿財閥かい。

それは、金あるね。強敵だね、アソコは。魔工専を影で牛耳ってるという噂だし。父親は、OB会の会長だろ?」

マダムイキシアは、気合を入れて、

「そりゃ、いっちょ、やんなきゃね!」息巻いている。


「何する気?」


「ワシが、魔工専に攻めて行って大騒ぎをおこし、みんなを恐怖のどん底に陥れて、それを花ちゃんが救うのよ。

一気に、ヒーロー!当選、間違いなし。」


「止めて・・。」花は、静かに言った。


「ダメかい?」不満そうなマダムイキシア。

「ダメ!そんなことしたら、おばあさん悪者だし。そんな皆を騙すような事・・ダメです!

それにそんなことしたら私、これからおばあさんに会えなくなってしまうじゃないの!絶対しちゃダメ・・約束よ!」


「ワシはほっといても別に悪者じゃし、いい案だと思ったんじゃがな・・。」まだ未練がましそうに言うマダムイキシアに、


「絶対しちゃダメ!わかった?やっても無視するから・・ね。」小さい子を諭すように、花は冷たく言い放った。



しかし先に仕掛けてきたのは、違和佐だった。


平和な放課後風景に、突如巻き起こる嵐。

グランドを走り回る銅像。掃除用具。お化けの群れ。

部活練習中の生徒は逃げまどい、各所で悲鳴が上がっていた。


「ええ?まさか・・マダムイキシアが?」心配になって花はグランドへの階段を駆け下りた。


しかし、そこにいたのは、若い男で別人。花は、ほっと胸を撫で下ろす。

「魔工専、気に食わない。君達は、魔法学校に盾着くな。」

その男は、そう棒読み風に一方的にケンカを売って、魔法の杖を振りかざしていた。


グランドに疾風が巻き起こり、なにもかもが宙に浮く。

先生も部活中の生徒も、ぷわぷわ空を舞っていた。


「あーー おろしてぇーーー!」「怖いよーー!」みんな大パニック。

「魔工専、ナマイキだ。みんなみんな吹っ飛ばすぞー!」


そこに突如声が。

「おお、やってきたぞ、俺だよ、違和佐だ!みんな助けてやるぞーー!」

校舎の上から拡声器でがなり立てている。


「おおーい、魔法使い。俺を誰だと思っている。薬科の違和佐だ!

生徒会長に立候補した、あの違和佐だぞ!この学校の事は何でも知ってるぞ!魔工専の七不思議って知ってるか?知らない奴がいたら、俺の所に聞きに来い。教えてやるからな!

というところで、

お前なんか、一撃で、やっつけてやる!」


しかしそこで、急にむぎゅうと拡声器の声がトーンダウンして、

「だれだ、離せっ離せ。段取りが・・段取りが狂う・・」くぐもったそんな声の後、途絶えた。


屋上からの声が止まってやめ時を見失ったのか、グランドの魔法使いの男は困り顔で、その後も屋上をちらっちらっと眺めながら、術を繰り出し続けていた。生徒達は相変わらず宙に浮いている。


そこに校舎から、我慢できず花が飛び出して来た。


「止めて!何でウチの学校に、こんなことするのよ。文句があるなら、言葉で言いなさいよ!」

「誰だ、お前は?」「誰でもいいじゃないの。何が目的なの。」詰め寄った。

「邪魔立てする奴は、容赦しない。お前も宙に浮かせてやる。」

そう言って、その男は杖を振り上げたが、


逆にその魔法使いの若い男の体の方が宙に浮いた。


「なんだ、お前・・何した!」「え?別に・・何も・・」花もその事態に吃驚して、目を瞠った。

「うわーー止めてくれ。俺は高所恐怖症なんだ。下ろしてくれぇぇぇぇ。

どうしたら・・どうしたら下ろしてくれるんだ・・」男はパニくっていた。


「も、もしや、幽霊さんがやってるの?」花は、キョロキョロする。


そのうちに、その魔法使いがぶんぶん振り回される。ジェットコースター並みに。

「やめろーーー!もう、許してくれぇ。違和佐様に頼まれたんだぁーーああーーーお願いだーー止めてぇ。もうしません。しないからー許してぇぇぇぇぇ」絶叫して、内情をぶっちゃけていた。


思わず花は、朝礼台に駆け上がり、「もう許してあげて!」大声で叫んだ。

その瞬間、空が炸裂する様な音がして、何か細かい粒が降ってきた。


と同時に、宙に浮いてた人達は、皆、優しくすとんと地上に落とされた。

その魔法使いも、そしてその術で浮かされていた先生と生徒達も。

そして次に、その人たちの口へと、その細かい粒・・飴が降りこんできた。


「あれ?何かあまーい!」「ナニコレ?」みんなを幸せな気持ちにさせる味。

やれやれ・・事態がおさまって、花はほっとしていた。


すると我に帰ったのか「覚えてろー!」なんだかベタなセリフを残して、魔法使いが駆け出し、

校門のあたりで突然に消えた。

屋上からは、「檜扇谷花、手柄横取りするなーーーっ卑怯だぞ!」と悲痛な声が掛る。


そして、朝礼台に残された花は、みんなに質問攻めに合う羽目になった。


「違和佐の仕掛けなの?めっちゃ迷惑。」「屋上で、どうしたのかしら?」

「ありがとう。檜扇谷さんって、勇気あるのね。」「あの飴どうしたの?魔法?すごいね。」

「檜扇谷さんのおかげだわ。」「カッコイイ!」「檜扇谷さんがいなかったら、危なかったわ。」


「違うの、違うの。」私じゃないのに・・と、騙しているようで、胸が痛み、違うと言いまくっていたが、

名声は、一気に上がってしまった。




8.


立候補公示より10日目にある、演説会の日がやってきた。

花が、理科室に入っていくと、

「どう、調子は?」少し不機嫌な幽霊さんが、いた。


「ずいぶん会えなかったですね。」花が言うと、

「いろいろと気になることもあったし、調べてたんだ。生徒会長と僕の探してるモノとの関係とかさ。」と幽霊さん。

「わかったの?」「うーーん、あと一歩なんだけど、辿りつけない。」幽霊さんは、溜息をついた。

「ところで前に、違和佐さんの雇った魔法使い、振り回したの、幽霊さんだったの?」花が聞くと、


「うん。」言葉少なに、頷く。


「何で?私が立候補するのに反対だったんじゃないの?」「だって、花が勇気を出して、やるって言ってるのに、応援しないなんて・・そんな心の狭い人間だと思われたくないし・・。君の事は、いつも守ってるよ。

でも、あの時のドロップス食べ損ねて、それはすごく残念。」

何だ、それで不機嫌だったの?花は気付いてポケットを探り、

「あ、1つまだ残ってる。」ハイ、あの時の。・・そう言って、幽霊さんに向かって、飴を放り投げた。

幽霊さんは、それを口で器用にキャッチして。「ありがと。甘いね・・何だか幸せな味。」と微笑んだ。


その時、高菜史先生が顔を覗かせた。

「檜扇谷さん、いる?」「あ、ハイ・・」慌てて返事した。

幽霊さんは、素早く消えたようだった。


「丁度良かったよ。こっち来て。」と高菜史先生は言うや否や、

寄って行った花を背後から羽交い絞めにして、躊躇なく首筋にナイフを突きつけた。


「幽霊、逃げるな。魔法も使うなよ。使ったら、この女の命は無いモノと思え。

それにお前は消えてて見えてないと思ってるだろ。だがな、魔工専では、特殊なコンタクトアイを開発したんだ。お前の行動は、僕らの眼にはほぼお見通しだ。泳がされていたんだよ、お前は。」


「な、何なの、高菜史先生?」先生の突然のキャラ豹変に、戸惑う花。


「花に危害を加えるな。卑怯だぞ。」幽霊さんが消していた姿を現す。

「魔工専に隠れて、コソコソ探り回ってるお前から、卑怯という言葉を聞くとは思わなかったなぁ。」扉の陰から現れたそこには、もう1人の会長立候補者柿副の、見目麗しい姿が。


「2人とも、来てもらおう・・」

観念した幽霊と花が連れて行かれたのは、物理実験室だった。


「主任、やっと押さえました。」「ああ、御苦労。」

何名か、薬科の先生がスタンバっていた。それは、柿財閥に群がっている先生たちの一派のようだった。


柿副が口を開いた。

「手荒なまねをしてすまないな。

別にそんなたいした取引を持ち出そうというつもりは無いんだ。

檜扇谷花君が、立候補を取り下げればそれでいい。どうしても今回僕が生徒会長に就く必要があるんだ。プロジェクトが密かに進行中なのでね。

そして幽霊・・君の名は、木全大と言うんだね。当時魔法学校首席の優秀な魔法使い。将来を嘱望されながら、でもそんな驕りを不安に思った魔法学校が卒業試験と称して大司祭と戦わせた。で、結果負けた君は、ヒキコモリになった。

それから君は魔工専に潜んで大司祭に仕返しを企てていたようだが、残念ながら大司祭は亡くなり、そっちはもう無理になったんだね。

だから今度は憎い魔法学校に仕返しするために、魔工専に協力してくれという話だよ。」

主任と言われていた先生が、話を引き継いだ。

「もともと、君が大司祭に負けた時から、

魔工専に協力すれば、例のモノを渡してやると持ちかけていたものを、

それを君は、撥ねつけ続けてきたようだね。でも、もういい加減諦めたらどうだ?」


「協力って何だよ。交換条件をチラつかせ魔法学校から魔法書を持ち出せとか、魔法のメカニズムを研究するために、人体実験の被験者になれとかそんな酷いことだろ。

だいたい、僕の大事にしていたモノを奪って、それをエサに魔工専は僕をおびき寄せたわけで、そんな所に協力できるわけ、無いじゃないか!」

木全大は、叫んだ。


「事情は全く知らないけど、魔工専のやってることって勝手に見えます。

だいたい魔法学校の発展が無ければ、魔工専の発展も無いじゃない。共存の道を探ることこそ必要でしょ?戦いを唆すのは変よ。そんなことも分からないなんて・・。

それに幽霊さんをヒキコモリなんて決めつけて、そんな言い方するのってひどい。

誰だって、ショックなことあるし、休みたい時ってあるわ。

それに、私は立候補を取り下げたりしません。」花は毅然として、言った。


「君たちが二人、共謀していることは、すでに掴んでるよ。」相手はそう決めつけてきた。


共謀?言われて二人は、顔を見合す。二人でやってたことなんて、

居残り中に課題手伝ってもらったり、お礼にお菓子作って食べてもらってただけなんだけど・・?


「要求は、呑んでくれるかね?」

「いやよ」「断る!」花と大の二人は、声を揃えて言った。


それならしょうがない・・と、相手は、

「この部屋は、もの作り科が開発した、魔法を唱えてもそれを即座に反対呪文で全て撥ねつけて無効にしてしまう部屋だ。

薬科と違ってもの作り科は、あまり金にはならないが、なかなかいいものを開発するようになったな。

しばらく二人で、ここにいてもらおうか。選挙運動期間が過ぎるまで。

その間、檜扇谷花君は、先日の事件で学校を騒がせたという理由で停学処分ということにしてもらおう。」


「えーー、あの事件は、違和佐さんが企てたんじゃないですか!」花は、異議を申し立てた。


「でも、そのあとその幽霊を使って、人気を独り占めにしたのは、君だろ?」


「ナンカ違うわよ!」花は言ったが、もとより聞き入れられる訳も無く、寄って来た先生たちに、手錠をされて転がされた。幽霊さんも厳重に反魔法処置の手錠をされていた。


「あと、あの瀬戸橋という生徒ともケンカして別れたという、噂を流すのがいいな。

だけどあの生徒に聞いたら、その噂に関しては、別に好きにすればいいって言ってたぞ。恋人じゃなかったのか?」


「違うわよ!」仲良い友達ではあるけど。もう、いろいろ間違ってるって!




9.


「ごめんね、花。」軟禁された部屋で幽霊さんがすまなそうに謝った。


「別に悪いのは、幽霊さんじゃ無くて、この学校よ。何か変なの。

特に薬科のあの一派。何を考えているのかしら?」


「うん。確かにこの前から不穏だよね。」


殺風景な部屋。幽霊が、花の傍に近づいてきた。花が見上げると、端正な顔がすぐ真近にあり、焦って下を向いた。


「あのさ花・・打ち明けるけど、

僕が探していたのは、剣だったんだよ。生まれてすぐに母が僕に与えてくれた剣。

魔法使いの資質が現れると、この国ではすぐに親から引き離されて養成所に入れられてしまうだろ?

だから母がせめてもと持たしてくれた、ずっと僕を守ってくれていた剣。

辛い時も楽しい時も、ずっとそばにいたんだ。

それが、大司祭との戦いに敗れた時、僕を庇って砕け散ってしまった。

その時から頭が真っ白になって・・何も出来なくなって・・

しかも、粉々になったカケラすらも奪い去られ、戻った時には跡形も無くなってた。

その後聞いた噂で、

どうやら研究の為に持ち去った奴がいて魔工専に運び込まれたらしいって、

それで僕はここに潜りこんだ。」


「そうだったの?」


「うん。そして探してたんだ。でもずっと見つからなくて、

でもそんな時、君と出会えた。それからは、毎日とても楽しくて、探していることも忘れてしまった位だよ。そして、君と同じく、僕もこのままじゃいけないって思ったんだ。

ありがとう。

だから、恩人の君だけでも、絶対選挙期間に間に合うように、外に出してあげなくちゃって思う。」


幽霊さんは、そう言って何度も縛られた不自由な手で魔法を掛けようと試みていたが、

「ダメだ・・掛けても掛けても、反対呪文が返って来て、打ち消されてしまう。」

ガッカリと項垂れた。


「いいです。幽霊さん、無理しないで。

もともと生徒会長なんて、当選するとも思って無かったし、私はいいの。

どんなに変な噂流されようが、気にしないわ。

私こそ、幽霊さんを魔工専の魔の手に掛けられないように、無事に返してあげたいです。」


「ありがとう、花、僕は別に何もいらない。ただ、君が・・。」え?幽霊さん・・

「無事で・・楽しく元気に過ごしている姿を見たいんだ。」

そう言うと、熱い視線で見詰められた。その優しげな瞳に、胸が痛いくらい高鳴る。

「嬉しいです。私も幽霊さんの為に剣を探し出してあげたい。」


「ねぇ、君に触れたい・・」幽霊さんが切なそうに言った。「だけど・・僕は・・君に触れるだけの資格が無い」なさけないヒキコモリで・・そんな言葉に、

「私も触れたいです。だけど、無理なのね。」幽霊だから・・実体が無いから・・花は、そんな意味を込めて。


「じゃあせめて、名前を・・大って呼んで、僕のこと。」

「え?・・大・・さん?」戸惑いながら口にすると、「ありがとう、花・・」大の切なげな表情に、一転嬉しそうな色が浮かび、花は一瞬で赤面した。


そんな時、ドアの向こうで声が聞こえて来た。


「ちょいと、私は花の保護者だよ。何だよ、通しな!」

ガシャーンと音がする。来た、マダムイキシア登場だ。


昔あの子に貰ったお花たちが、助けに行ってと騒いでんだよ。花をどうしたのさ。お前ら、皆殺しだよ。


暴風吹き荒れる音が近づいて来た。乱暴に戸がガチャーンと開く。


「花、無事かい?それにそこの幽霊・・木全大かい。久しぶりだね。」


「来ちゃだめだ、マダムイキシア!」そう大が叫ぶのと、

「おばあさん、だめ!この部屋に入っちゃ!魔法効かなくなるのよ!」同時に花は叫んだが、

何人かがマダムイキシアに群がり、

思いっきり部屋に押し籠められて扉を閉められた。マダムイキシアは、勢いで、ただ床を転がった。


「何だよ、老人相手に乱暴な!」マダムイキシアは、扉を叩くも、虚しく閉ざされた扉の向こうから、


主任と呼ばれる先生が、

「悪く思うな。なんだ?悪名高きマダムイキシアまで掴まったのか。スゲーな。

魔法使いホイホイみたいだな、この部屋。

木全大と、マダムイキシア、引きこもりとロートル、丁度具合のいい魔法使いの見本が二人も揃ったじゃないか。どうせ世間じゃもう用済みだろ。魔工専の発展の為に、研究されて、役に立った方が本望じゃないのか?」


ギリギリギリ・・部屋には、マダムイキシアの歯ぎしりが響いた。



外では、演説会が行われていた。


意味不明のうだうだとした演説の後、

どこのライブ会場だ?というような、

お揃いのレオタード姿のかわいい女の子の一団が出て来て、

アイラブアイラブアイラブ違和佐!と足を振り上げて、踊りが終わり、

違和佐が手を振って壇上から降りてきた。


次に檜扇谷花さんですが、来ておられませんので・・と言った司会に、

瀬戸橋がつかつかと歩み寄って行き、マイクを奪った。

「推薦人の瀬戸橋です。代理として一言言わせて下さい。」と、

みんなの拍手を味方に、強引に壇上に立つ。


「なあ皆、聞いてくれ。

生徒会長候補 檜扇谷花。訳あって、今ここには来れない。

先日、学内を扇動させた張本人とされて、謹慎を受けているんだ。

でも、みんな知ってるだろ?あれは、檜扇谷がやったわけじゃない。」

そういうと、聴衆の中から、そうだそうだ・・とシュプレヒコールが巻き起こった。


カッコ良かったよ!降ってきた飴、おいしかったわ!そうそう魔法使い、ブン回して!

助けてくれた。魔法使い雇ったアノヒトが処分されてないのに、何で檜扇谷さんが?ひどいよ!


「こんなの絶対おかしいだろ。学校としては、もの作り科から生徒会長が出るのは想定外だとも言われて、俺ンところにも、推薦を取り下げろと、散々脅しが来ていた。

でも、檜扇谷も俺も引くつもりなんて、無い。

俺は檜扇谷とずっと同じ学校で、幼馴染なんだ。ほんとうにいい奴で、

小さい頃から、弱きを助け、強きをくじく。悪い奴には立ち向かい、

真っすぐで、正義感が強くて、

ある年、えこひいきする先生がいて、ある生徒が苛められていたときは、先生のすることはおかしいとクラスを一致団結させて、立ち向かった。

まあ、はっきり言って異性としての魅力は感じないし、女としては、アレなんで・・俺の恋人という噂は全くのデマなんだけど・・本当に、いい奴なんだ。」

そういうと、聴衆から笑いが巻き起こった。


「あいつは言ってた。魔法学校と魔工専を姉妹校にして、もっと風通しをよくしたいと。

そして、薬科ともの作り科、ここの垣根もとっぱらい、もっと自由に学べるようにと。

それに科目も魔法だけでなく、家庭科や体育、美術や音楽、そんな科目も自由に選択できるような学校に変えたいと。歌声が響く魔工専、お菓子が焼けるいい匂いがする魔工専、そういうのってワクワクしないか?そんなこと考えている奴って、なかなかいないだろ?

この学校の生徒会長は、あいつしかいない。みんな、よろしくお願いします。」

割れんばかりの拍手をあびて、瀬戸橋は壇上から下り、代わって上って来る柿副と鋭く睨みあい、火花が飛んだ。




10.


ねえ、大さん。マダムイキシアとお話、しないの?


「そんな奴と話なんて、したくない。」

「別に話したくなかったら、話さないでいいんだよ。」


押し黙った二人に挟まれて、花は困っていた。

何か誤解があると、思うの。ねえ、大さん。そう言ったが、


「なんだよ?

そこのばあさんは、今まで何だって思うように操ってきたんだろ。

あの天下の大司祭が、邪悪な魔法使いの奥方を持つということで、

そのせいだったんだろ、大司祭が、僕との対戦を拒めなかったのは。て、結局僕がここにいるのも、ばあさんのせいじゃないか・・。

大司祭の奥方に収まったのだって、どんな手を使ったのか。色仕掛けか?どんな錯乱魔法使ったんだよ?」


「嫌なことを言う子だね。どんな風に思われても、あの時は、しょうがなかったのさ。

誤解をされたって貫きたいことはあるんだよ。

大司祭は、名誉より私を選んでくれた。バカな男だったよ。

ホントに・・私の事なんて、捨てておけば良かったのにさ。」


「え?おばあさん。夫とは、魔法学校で一緒だったって?」前に言ってたけど、それは?と花は尋ねた。


「ああ、大司祭と私は、魔法学校の同期で。ずっとライバルだった。

いつもいつもトップを争っていた仲だ。

でも、ずっとお互い、好きだったんだよ。気付くのが遅すぎたんだけどね。」


「わたしゃ、ヤケになって、悪名高い邪悪な魔法使いになり下がって。

大司祭と再会したあとも、こんな私じゃ迷惑がかかると、何度も前から姿を消そうと思ったんだ。

でも、出来なかったんだ。お互い。

それに大司祭も、大、お前との対戦を引き受けざるを得なくなったが、

別にお前を必要以上に痛めつけるつもりは無かったんだよ。」


「にわかに、信じがたいけど・・。」大は吐き捨てる。


「別に、信じられないのなら、信じなくても良い。

だけど、あの戦いには、何かが仕掛けられていた。今思えば魔工専の策略だったんじゃないか?最初からお前に目を付けていたからね。

お前さんは、その持っている力に比べて、若さゆえの不安定な所があったからね。付け込みやすいと見られていたのさ。

それで、

お前の大事なルイーズベルは、察知してお前を守るために砕け散ってしまった。それは悲しいことだし、防げなくて申し訳無かったと大司祭も言ってたよ。」


「ルイーズベルって?」花の問いかけに、「僕が大事にしていた剣の名前さ。」大は答え、

ルイーズベルはそれを察知してだって?そういえばあの時・・と、何か感じることがあったのか、大はマダムイキシアを見た。



「ねえ。誰も人を傷付けずに生きることなんてできないんだよ。後悔は、後に悔いるから後悔なんだ。先には分からない。大司祭・・あの人のことを許しておくれよ。

そしてお前も、引きこもってないで、早く新しい目標を見つけておくれ。失くしたものは、しょうがないじゃないか。新しく得るものを探しておくれ。

いつになっても、遅いなんてことは無いんだからさ。

私も大司祭といられたのは、そんな長く無かったけど、最期は幸せだったよ。だからさ、お前も、心ねじまげてごまかすことのないようにおし。しっぺがえしをくらわないようにね。」


「余計な御世話だよ、マダムイキシア。」言葉こそ不機嫌だったが、大はいつものような優しい眼差しに戻ってた。


「年寄りは、お節介なものさ。何も残せないんだもの。せめて言葉くらい残しても、よいだろう?」急に、マダムイキシアの目が潤む。


「叶わないことなんて、いっぱいあるよ。魔法なんて使えたって、大したことはない。

大好きな人を、永遠に独り占めは出来ないし、

なまじ自分の好きなようにふるまえるから、却って幸せが逃げて行ったりすることもある。不自由な中に幸せがあるってことが、何で若い頃はわからなかったのかねぇ。

ああ、花ちゃんのような娘が欲しかったよ。

亡くなったお母さんの無念がわかるよ。きっと離れたくなかったんだろうね。」


「急に、何の話?」謎かけのようなマダムイキシアの言葉に、花は尋ねた。


「多分・・だけど、

花ちゃんのお母さんは、生まれた自分の子どもに魔法使いの資質を見出して、

でも知られたら、自分から離されて養成所に入れられてしまう。そう思って、魔法力を封じ込めたんだね。」


「え?!」多分、邪悪な・・私の様な魔法使いに頼みに行ったね。よく頼まれたんだよ、私も・・子どもの魔法力を封じてくれって親から、ね。マダムイキシアが言いにくそうに口にした。


「気がつかなかったか?

だから花ちゃんは課題をしようとして、同じような手順で呪文を掛けても、一般の人と全く違うモノが出来あがっただろう?」捻じ曲げられてたんだよ、もともとの力を。


「そういうことだったんですか?」封じ込めた・・力?花の驚きに、


「やっぱり。そうか・・。」大も頷いていた。いつも君の心の様な澄みきったおいしいお菓子が作られるのが、不思議だったんだ、と。


花ちゃんも、不自由だったろう?もういいんだよ、お母さんも亡くなったんだね。だから、心のままに自由になるがいいよ。

「今こそ、解き放つべきだ、その力を。」マダムイキシアが手を振りかざす。


「大、あんたも力を貸しな。」「もちろんだよ。マダムイキシア!」

二人の間に今まであったトゲトゲしい空気は、消え去っていた。


「解くには、魔法力を使うんじゃなくて、思念を使うんじゃ。魔法学校で習ったじゃろ?アレじゃよ。」「もう、くどくど言わなくても、分かってるって。僕を誰だと思っているんだよ。」「変わっとらんなぁ。そういう所が、お前のダメな所じゃよ。素直にハイって言えばいいじゃろうに。」「もう、煩いなぁ・・。」


そうして花を挟んで、マダムイキシアは右から、大は左から力を及ぼして、

花の奥に固く閉じられた扉の鍵をこじ開けにかかった。そして二人の力は、花の中で手を結んで届き、鍵が外れた。


「これが、私の?力?」

花のかざした手からは、色とりどりのお花が咲き、鳥が囀る。

部屋に掛けられた反対呪文の作用で、魔法力はすぐにかき消されていったが。芳しい香りだけは残った。胸の奥まで吸い込み、いろいろ大変だったことや、母の気持ちを思って、花は少し涙ぐんだ。


「魔法力はかき消されるけど、思念は消されないということか。そこまでは対応してないんだな。」大が気付いて言い、

「じゃあ、3人で思念のその力を合わせてみたらどうだろう?」

「ヒキコモリとロートルとオチコボレパワーじゃな!」可笑しそうに、マダムイキシアが息巻く。

「いざ!念じるんじゃ。」


三人の思念を中央に集め、それは合わさると次々増幅されて、見る見るうちに部屋いっぱいにパワーが満ちた。せーの!と号令でそれを一瞬で壁の一点へと集中させる。

二人の手錠もいつのまにか外れて、

魔法が無効化すると言われていた部屋の壁が、許容量をはるかに超えたのか、見るも無残にバリバリと破れ、最後にパキーンと崩れ落ちていった。




11.(最終話)


三人は部屋を出た。

見張りの先生たちは逃げ出したようでもぬけの殻。

風に乗って歓声が聞こえて来る方向へ、走って行った。


「檜扇谷さーん、生徒会長当選よーー!」「おめでとーー!!」「やったぜ!ダントツだよ。」

「瀬戸橋さんの応援演説、かんどーだったのよ。」

そこでは、興奮気味のみんなに迎えられた。


瀬戸橋が、その中心におり、

「ごめんな。変なことに巻き込んじまって。もの作り科がナントカなんて事情、俺は知らなかったんだよ、許してくれ。」


「うんん、瀬戸橋っちのおかげで、私もいろいろと頑張れたし、

それに私これだけ姿消してたのに当選したのって・・瀬戸橋っちが頑張ってくれたってことでしょ?」


「いいや、お前の力だよ。」「そんなことない。」花が言うと「おお、よくわかったな。実は俺の力だ。」瀬戸橋がお茶目に言って笑う。

そんな二人のやりとりに、つまらなそうに大が割って入る。

「やっぱ何か、仲良いんだね。やっぱり二人って、付き合ってんじゃないの?」


「やめて!」「ちげー!」そんな二人の声に、大は少々苦笑い。



「花、僕だって、頑張ったんだよ・・。」そんな大が掛けた言葉に、

「え?お前、誰だ?」横から瀬戸橋が不思議そうに尋ねる。


「ああ、僕。木全大。理科室の幽霊と言われてた。前に、君の事、校門の所で、叩いてごめんね。」あまり謝っている風も無く、そうしれっと挨拶した。

「あれは、お前だったのか!」「だって、花の事をカレシも出来るわけないとか、女らしさのカケラも無いとか・・言いたい放題で、酷いよ。」


「ははは・・つーことは、お前花に惚れてるんだな。モノ好きな。」

そんな言葉に、大がまた拳をふりあげると、瀬戸橋が防御する。「やめろって!」「何だよ、気にくわない奴!」「応援してやるって言ってんだろー」どう見ても、二人はじゃれあっていた。


そんな喜びに水を差すように、そこに何故かもの作り科の沙鷺宮先生が立ちふさがる。

「俺は檜扇谷花の生徒会長など、認めんぞ。

だいたいお前が休む前に出した課題はどうした?やってないだろう?」


ナニソレ?あのねー、好きで休んでたんじゃないのよ。軟禁されてたっつーの!

花はそう文句を言いたかったが、そうだ力目覚めたもん、きっと出来るわよと、

「課題何でしたっけ?」と尋ねた。先生が苦虫をかみつぶしたように、魔法の鏡だと答えると同時に、


「鏡よ、出でよ!」と、花は手を振りかざす。


すると、地を揺るがすような音がして、空から鏡のカケラのような、色とりどりのクッキーが何枚も嵐のように降ってきた。みんな「またお菓子、キターーーー!」とグランドに走り出て、狂喜乱舞でキャッチし出す。口に入れて、「さくさくで、おいしーー!」「サイコー!」


それを見て、「やっばり、ダメじゃないか。」とせせら笑う沙鷺宮先生。しかしその後ろには、巨大なクッキーマンが忍び寄っていた。

「ねえ、僕を食べてよ。食べてってば。」とまとわりつき、

「うわっ、何だこいつ?やめろっ離せ、離せってば・・。」そのまま沙鷺宮先生は、下敷きになった。

それを屋上に座ったマダムイキシアが、花の出したクッキーをさくさく噛み砕きながら、

くっくっくと笑って見ていた。



そしてそんな騒ぎをまったく意に介さず選管は、

生徒会長は、檜扇谷花さんに決まりましたと改めて紹介し、

次には学校長から大切なお知らせがあります、と、好き勝手に花を誹謗したものに睨みを利かせる。



「今回の生徒会長選挙に際して、重大な選挙妨害がありました。信用棄損、威力妨害などについて、厳重に処罰を行う所存です。関係者は、心しておきなさい。」

重々しい声に、薬科の先生たちが、震えあがる。

「それと昨今、生徒の素晴しい資質を見抜けない先生が増えているようで、困りものです。見抜けないすなわち、本人に先生の資質が無いということに気付かないようですね。そちらも、厳しい査定を覚悟するように。」

今度は、もの作り科に緊張が走った。



そして、

さあ、こちらへ。花は選管の先輩に導かれ、何かを渡された。


「これは?」「魔工専に代々伝わる、ひみつの鍵が入っている箱です。

生徒会長で、これが開けられた人だけが、秘密を手に出来ます。」


その時突如、柿副が乱入して来た。

「その箱を渡せ!」しかし選管は、柿副の言葉を断固拒否する。

「ダメです。これは、生徒会長のもの。他の人が手にしても、ダメなんです。魔法が掛っていて、箱も人を選びますから。」


「くそう。我こそは、伝えられている全ての武器に、

研究成果である魔法使いのメカニズムから抽出した魔法力を注ぎこんで力を与え、

そして魔法学校と全面対決して、今こそ魔工専が頂点に立つ時なのに!

邪魔しやがって。」


「そう。そんなプロジェクトだったの。

虎視耽々と幽霊さんを狙って陥れて、大事にしている武器を奪ったり、

あわよくば捕えて人体実験でその魔法を研究しようとしていたのね。

そしてそれは、歴代の生徒会長に脈々と受け継がれていたのかしら?」花は、厳かに言葉を返す。


「そうだ。そこまでよく分かったな。

はは、でもその鍵は開けられないだろう。

課題も出来ない劣等生のお前の力では無理だよ。

魔工専の研究成果である、あらん限りの魔法をかけてあるらしいからな。

無能な生徒会長の代に鍵が開かなければ、

また次の代に先送りされるだけのこと。」柿財閥の御曹司は、愉快そうに言った。


「バカじゃないの?

魔法学校と全面対決なんて、そんなの流行らないし、アリエナイ。

そんな時代は終わり!私が終わらせます。」


そう宣言して花が手に取ると、それだけでその箱は待っていたように、軽々と開いた。

そして中に入っていた鍵が煌めいて閃光を放ち、地下室への階段が突然に現れた。


何コレ?目を瞠ったが、それ以上に吃驚することに、

あれ?誰も動いてない?動いているのは、私だけ?花は気付いた。


見回せば、時が止まっているように、周りは誰も微動だにしない。

柿副も目の前で嗤いを浮かべたまま止まっていた。

花は、少し考えて懐よりマジックインキを取り出すと、柿副の顔に、「バカ」と大書きした。それでも気が済まないので、鼻の下にひげを描き目の周りを隈取りした。


それから1人階段を踏みしめて、降りて行くと、

地下室があり、そこにはキラキラ輝く剣が何体も収められていた。

他にも、盾、鎧など、武器の工場のようだった。


「やっぱり、大さんのルイーズベルは、ここに眠っていたの。そうなのね。」話しかけると、1つが答えるようにキラリと光った。

それを手に取って、胸に大事に抱える。そして慌てて地上に出た。さっきの鍵を箱に戻すと階段は掻き消え、時は動きだし、花は大を探して学校中を駆け巡った。


さっきの喧騒はどこへやら、いつもの風景だった。(どの時間に戻ったんだろ?)

理科室に、いつもの白衣の姿を見つけて、

「はい。大さんが探していた、ルイーズベル。生徒会長だけが入れる秘密の地下室にいっぱい眠ってた。」そう言って、渡した。


大はそれを戸惑った手で受け取って、

「ああ、ルイーズベル。そうだ、こんな形だった・・。

でも、おかしいな。ずっと長年一緒に過ごしていたはずなのに、少し離れていただけで、もうすっかりその形の記憶が薄れかけてしまっている・・。

ああ、それに・・残念だけど、花これは、紛い物だよ。レプリカだ。」

「え?そうなの。」

「多分、魔工専は、僕のルイーズベルの破片を拾い集めて復元したんだね。そして量産しようとしたのかな。そこまでは成功したのだと思う。

だけど、表面は真似出来ても、あの剣に込められた思いは一つだけ。そして、

それはあの時に、潰えたんだ。

だから、この剣、見た目だけは似ててもオモチャと変わらない。

懐かしい。懐かしいけど・・これは似て非なるものだ。」


大の寂しそうな横顔に、花は胸が痛んだ。そんな、せっかく見つけたと思ったのに。

がっかりしている花に、大は笑顔を向けて、優しく声を掛けた。

「でもありがとう。これで諦めがついた。僕は、今まで、何を探し求めていたんだろ。

そんな間に、もっと大事なモノを、見つけていたのにね。気付かない所だった。

気付かせてくれて、本当にありがとう。だけど、

これで僕が、この学校にいる理由も無くなってしまった。だから、もう消えるね。」涼やかな瞳で、キッパリと言い。


「だけど、君の良さをみんなにわからせる手伝いができて、それはとても嬉しい。花、生徒会長頑張ってね!」そう、穏やかな優しい眼差しで、告げられた。


花は、大のその言葉に取り乱した。

「いやです。消えないで。理科室に行っても会えないなんて・・やっぱり嫌。」


「でも、もう君はオチコボレでも無い・・課題に悩まなくても大丈夫だし、みんなの人気者で、僕なんていなくても、元気に楽しく過ごせるし・・。」


「でも、全部大さんやマダムイキシアのおかげよ。」


「違う・・僕たちはきっかけを与えただけ。全部君の力だよ。」自信を持って。大の瞳が告げていた。


「でも・・課題は相変わらず出来ないよ。何でかな?みんなお花とかお菓子になっちゃうの。やっぱり言われた物を作るっていう才能は無いみたい。

魔法の制御も難しくて、みんなにも勧められたし、来年は、魔法学校に編入してやり直そうかな・・なんて思ったりもするの。ただ、魔法学校と魔工専の姉妹校化を実現して、自由に編入できるように整備するのが先だけど。でも学校長が協力して下さるって。」


「それはいいね。君の魔法力をもっと伸ばして、魔法学校で開花させるといいよ。」

大は、そういって、とても嬉しそうににっこり笑った。


「どうしても、消えちゃうの?」


「そう。幽霊だからね。いるはずもないものがここにいつまでもいるわけにはいかないし。」


「そう・・。なんだ、そうなるんだったらワタシ別に、ずっと劣等生で良かったのに。居残りして、幽霊さんに会うのがずっと楽しみで・・」


「え?そう?じゃあ、余計なことしちゃった。僕もずっと君のお菓子を食べ続けていたかったのに。でもね、消えるって・・それは、決めたから。」

最後はとても寂しそうに、大は告げた。


「もう、会えないの?」花が涙ぐんで尋ねた。


大が、「ああ」ここでは、と言いかけた時、「嫌、会えなくなるなんて・・」と、花が蹲り、「やだ、消えないで・・」目元からうるうると涙溢れて頬を伝っていた。


その目の前の花のあまりのかわいさに、大はつい魔がさしたようだった。

「・・そういえば、消えない方法が1つあるんだけど、花やってみる気ある?」おずおずと切りだした。


「なんですか?」私でお手伝いできることなら・・花の必死の目が見上げる。


「あのさ理科室の幽霊は・・大好きな人に、口づけされたら・・実体化出来るんだって。」

「だいすきな・・?」「そう、僕の大好きな君が、僕に口づけてくれたら・・」

そう言いながら試す様な眼差しで見詰め返す大。


「ホントに?」「うん・・」「え?でも・・」「ダメ?」「だって・・」「そうか」大が、がっかりしたような表情を浮かべると、花は一大決心をしたようで、

「わかりました!目を瞑ってて。」そう言われて、大は、目を瞑って待つ。

なかなか動きが無い。薄目を開けると、

まさに今、花が意を決して、真っ赤な顔をして近づいて来る。茹でダコみたいでかわいいって思って・・もうだめだった。

大は手を延ばして、花を捕えて引き寄せる。そして唇が触れあった・・しびれが伝わる。あたたかい熱がじんわり広がっていく。


「ありがとう!」大はそのまま花を両手でぎゅっと羽交い絞めにした。

「きゃ・・あの・・え?」捕まえられてびっくり、花は目を見開いている。

「ほら、実体化しただろ。」

え・・え・・幽霊さん、あの? だって私、キスする前に、実体のある手に捕えられてしまいましたけど?と。


「もしかして・・もともと幽霊じゃ無かったとか?」はっと気が付いて花が言うと、

「よく気づいたね。ご明察!」「嘘付き!大さん、私を騙したんですね・・。」

「ん?何のこと?」

「だって、大さんは最初から幽霊じゃなくって・・」


「みんな僕の事幽霊って呼ぶのは・・ニックネームみたいなものでさ。

いないはずなのに、いるから幽霊。魔法のマントで、消えたりするし。

え?騙そうとした訳じゃないよ。

花だけじゃない?勝手に幽霊は実体がないものだってそう信じていたのは・・。」


「でも、私、あの時、大さんが本当に消えてしまって、もう二度と会えないと思ったから・・。キスしようとしたのに・・。」と顔真っ赤っか。


「まあこの理科室で会う事はもう叶わないけど、

さりげなく別の所で会って、驚かそうと思ってただけなんだ。ナサケナイ今の姿じゃなくて、もっと格好良い姿で、魔法学校でとかさ。

でも、あの時、

君があまりに真剣に信じてるのがかわいくて、一時も待てなくなってしまった、だから。」


「だからって・・大さんの意地悪」そう言って花は、ぷんぷん怒って手を振り回し、

大を振りほどいて離れて行こうとした。


すると大は、慌てて花を追いかけ、後ろから捕えて向きを変えて、

「じゃあ、どうしたら許してくれる?」と言うや否や、唇をとらえて甘くついばんだ。

突然で、花は、うぐって息が詰まっている。

「許してくれるまで、止めないよ」なんてふざけて顔を覗きこまれる。

そして、

「まだのようだね・・じゃあ・・。」とまた唇を合わされる。

ひやっとした唇の感触は、何だか心臓が爆発しそうで。それなのに、貪るように動いて、

花の息の根を止める勢い。やめてって言わないと、エンドレスでやりそうだったので、


「あー、もう許します。許すから止めてぇ・・。」

と言うと、大は一転不満そうな表情になって、

「止まらないんです。誰かが呪文をかけたみたいで・・」と、しれっとして、全然離そうとしない。


「誰が、そんな呪文かけたの・・?」と花が口にすると、

「君に決まってるじゃないか・・全く・・無自覚ほどたちが悪いモノないよなー。」と

いつまでもいつまでも口づけを落とし続ける。


「大さん・・やめてってば・・ねぇ・・うぐっ・・これって・・いつまで・・?」


「さあ・・飽きるまで・・かな。」




・・まあまったく。あの大にもしょうがないわな。長い間相手に触れられなかった反動かね。

仲の良いこって!

マダムイキシアは、屋根の上にいて、ひゃっひゃっひゃと笑っていた。


探し物ってのはね。探すのを止めた時、見つかることもよくあるって話だね。



(了)

===




オマケを1つ


SS「理科室の幽霊」スピンオフ(ちょっとだけ)



「花ちゃん、魔法学校に転学して、どうだい?楽しいかい?

それと、大ともうまく行ってるのかい?

聞く所に寄れば、大は特別に卒業試験時からの復学が認められて、

無事卒業、その後修習生になって、今は魔法学校の先生を一時的に務めてンだろ。」


「ええ、大さん、復学できてほんとうに良かったです。

でも・・

あのね、マダムイキシア。

大さんったら、最近おかしいの。

前は、あんなにベタベタしてきて・・私がお菓子作って行くと、必ず、

お菓子よりも花が食べたいなんて、迫って来てたのに、

最近は、すごくそっけないの。

人目を気にしながら、一瞬お別れのキスすると、送って行くよって、すぐ家に帰そうとするし。

それ以上してくれないし・・。」


マダムイキシアは、その時飲んでいたワインを、ぶぶっと吹きだし、最高に大笑いすると、

「はあ、熱すぎて、聞いてられないわい。

年寄りに向かって、ノロケはやめてくれよ。まったく笑いが止まらなくなるからねぇ。」

なんだよ、それ以上してくれないってさ。全く・・若い子は、慎みってもンがないのかねぇ。


「何よ、マダムイキシア・・私は本当に悩んでいるのに・・。

もしかしたら大さん、私に飽きちゃったのかと思って。

こんなこと、誰にも相談できないし・・。

第一、私たちの関係、秘密なの。先生と生徒になっちゃったから。」


「だからじゃないか。

大は、自制してるんだよ。かわいそうに・・御馳走を前に、待て!なんてねぇ。

お前さんが卒業するまでかねぇ。」


「でもでも・・私なんかよりもっと気に入った人が出来たのかもしれないし・・。

クラスでずっと綺麗な子たちで、先生先生って迫ってる子いっぱいいるのよ。」



「アリエナイね。」キッパリとマダムイキシアは、言い切った。


「どうして?」「どうしてと言われると・・まあ、長年のカンだ。

どうしても疑うなら、迫ってみたらいいよ。

タンクトップに、ホットパンツで、ぴとって体押し付けて、大さぁん・・私寂しいのと、

耳元で熱い息かけてみなよ。

全く・・そしたらあやつがどうなるのか、見ものだね。」


「もう、マダムイキシアったらぁ。」真っ赤になって、花はキョドりながら、思わず立ち上がった。

「真面目に相談してるのに。もう、知らないっ」

あ、じゃあさようなら。また明日来るね・・と、花は帰って行った。



その後ろ姿を見送ってマダムイキシアは、

「やれやれ・・大も大丈夫かね。

もしかして、これもあやつに与えられた試練の一環なんだかね。」そう言って、「かわいそうに。どこまで我慢できるかのう。」想像して、ひゃっひゃっひゃっと笑い、

ひとしきり笑いが収まったあとには、

「これはぜひ今度見に行かねばなるまいの。」と、埃だらけの箒を探し出すと、手入れをバサバサ始めた。



(了)

===

(カゲの声)マダムイキシア、老後の楽しみ(笑)。



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