6.顔にも季節があるらしい
「しょーこさん、おはよー」
「ハッ!寝てた!!」
「朝ですよー!」
明るい声に飛び起きると、ドアから白いワンピースを着たポニーテールの少女がちょこんと顔を出していた。
「うわ、可愛い天使がおる。お迎えありがとうございます」
「しょーこさん、寝ぼけてます?」
天使のあきれ顔を見ていたら、昨晩の記憶がよみがえってきた。
「あ、ヒナちゃん。おはよー。起きてもやっぱり異世界か……」
「夢じゃなかったですね」
「そのワンピース、よく似合ってる」
ヒナちゃんは、えへへと照れながらスカートを揺らしクルリと回転した。
「しょーこさんも早くお着換えしましょうよ!クローゼットみてください、どのお洋服もすごい可愛くて!」
朝から元気ハツラツな女子高生に、だるおもな身体を引きずってついていくと、クローゼットにはフリルたっぷりのブラウスや淡いピンクのレースワンピースがかかっていた。
「……なんか昔の少女漫画みたいなちょうちん袖だね」
「パワショル、かわいくないですか?」
「パラハラしか分かりません」
「パワーショルダー系!流行ってますよ」
「強肩がブームなの」
「これ寝ぼけてるな。しょーこさん、どれにします?!お揃いにしちゃいます?」
双子コーデ!と嬉しそうに、ヒナちゃんが同じ形の白いワンピースを出す。
落ち着いてくれ、私がそれを着たら双子ではなく、美少女と背後霊である。
「私は昨日のジャージでいいわ、まだあれ1日しか着てないし」
「いやだめでしょ。てか、今日偉い人と会うなら、ちゃんとした格好してたほうがいいんじゃない?」
「おっしゃる通りです」
女子高生の正論に、ぐうの音も出ない
「えー、じゃあペプラムのセットアップは?」
「ん?アブラハムのアップ?」
首をかしげていると、ひなちゃんは若草色のシンプルなツーピースを引き出し、鏡の前で私に当てる。
「このアップルグリーン、綺麗。めっちゃいい感じ」
「緑なんて着たことないよ。いや、これは事故でしょ」
鏡をみるとボサボサな髪に疲労が色濃いアラフォーすっぴん顔を、朝の陽ざしが残酷に照らし出している。
明るいグリーンの上下なんて着た日には、川が干上がって陸に迷い込んだ河童と間違われかねない。
「もうちょっと地味な色ないかな、明るい色だと顔が浮いちゃうってゆーか」
やんわり拒否すると、ヒナちゃんのぱっちりおめめがきらりと光る。
「しょーこさん、私が顔つくってもいいですか?」
「どうした、急なパン工場長」
「私メイク、めっちゃ好きで!自分がするのも人にさせてもらうのも大好きなんです」
やらせてください!と手を引っ張られ、化粧台の前に座らせられる。
カウンターには化粧道具が一通りそろっているようだが、ひなちゃんは学生鞄の中から大きなポーチを3つ取り出すと、中からさらにコスメを取り出し鏡の前に並べはじめた。
「すごい数だね」
「ほとんどプチプラだけど。お姉ちゃんがデパコスのカウンターにいるから時々お下がりもらえるの」
ひなちゃんはさて、と笑顔になった。
あー、女の子がはりきってるの、可愛い。
「なんかNGとか希望あります?」
「メイク詳しくないからなぁ、できるだけ控えめでお願いします」
「はーい。しょーこさんはブルべ夏かな」
「ん?夏のブルペン?甲子園ね、毎年泣いてる」
「ベースはベージュ系重ねて陰影つけて、ハイライトいれて、チークは青系ピンクで」
「ねぇそれデーモン閣下みたいにならない?」
「ピンクラメで涙袋つくって」
「涙袋……?私の顔のどこにそんな袋を?だいじょうぶ?」
「とりあえずグレージュ系のアイパレがよさそうかな」
「アイパレ?夜もヒッパレ……?」
「リップはモーヴ系かな」
「ムーブ?ダイハツ?」
「ハイハイ。眉毛書くから動かないで~」
言われるままに目を閉じ、まな板の上の鯉になること数分。
誰かに顔を触られることが久しぶりで、少しむずがゆい。
「できました!」
目を開けると、鏡に映っていたのは先ほどの悲しい目をした川の妖怪ではなく、女子アナ風の優し気なお姉さんだった。
「これが…私…?」
驚愕のあまり、うっかりテンプレなセリフを言ってしまう。
「私、異世界に生まれ変わっちゃったの……?」
「いや、メイクの力ですね」
「目の下にずっといたクマが消えて、優しい顔になってる…」
「ふふふ、昨日からもっとしょーこさんの雰囲気に合うメイクあると思ってたのー」
「すごい腕前だね!我ながら見違えたよ!ありがとう」
髪もふんわりとまとめてもらい、いつもより綺麗であか抜けて見える。
どこか落ち着かず、そわそわしていると、タイミングよく扉がノックされた。