4.スマホのことケータイって言う人全員仲間
(せっかく明日からお盆休みだったのに)
一升瓶に寄りかかり、ガックリと肩を落としていると、その様子をみた男性が気を遣ってくれる。
「重そうですね。持ちましょうか」
「これは私のアイデンティティ、人生の相棒なのでお気になさらず」
「ただの酒瓶では」
瓶をぎゅっと抱きしめると、女子高生につっこまれる。
「お盆はこの子と過ごそうと思ってたのよ」
「うわぁ」
「それは申し訳ない」
絶対申し訳ないなんて思っていない声に、ふんっと鼻を鳴らす。
(それにこの花の香り、気になる。「初恋の香り」のヒントになるかもしれない)
複雑で、不思議な香りだ。
温室を出る前にもう一度と香りを深く吸い込むと、おじさんと目が合った。
愛想笑いをすると、にこっと笑いかけられる。
「この花、気に入ってくれましたか?スノードロップという品種なんです。」
「ええ、見た目も可愛いし香りがとてもいいですね。初めてなのにどこか懐かしくて。」
花を褒めると、嬉しそうな顔をする。
はにかんだおじさんの目元がくしゃっとして、意外とカワイイとか思ってしまったのは、疲れ目のせいなのか。
「最近ようやく安定的に栽培できるようになってきました。」
「珍しいお花なんですか?」
「えぇ、王城とここにしか生息していません。」
「それは貴重なお花ですね…。」
うーん、これくださいとは言いづらいな。
滞在中また来れるかな。
温室を出ると、美しい庭園が広がっていた。
2つの月に照らされた花々はどれも瑞々しく、丹精込めて世話をされていることがわかる。
妖精が飛び回っていそうな、幻想的な風景だ。
「すごい綺麗……」
「エモい」
美しい造園に見惚れながら、おじさんについて歩いていると、花々の華やかな香りに交じって、少し甘い潮の香りがした。
「海が近いんですか?」
「えっ、なんで?」
「よくわかりましたね」
少女が驚いた声をあげ、おじさんは感心したように頷いた。
「少し潮の香りがするから」
「ここは海に面した国になります。鼻がいいんですね」
「クンクン、んー?わたし全然わかんないです。すごーい!」
「いやいや、職業柄つい」
「あっ、わかった!お姉さん、麻薬とか探す仕事でしょ?!」
「えーとそれは警察犬のことかな?私は調香師をしてるの」
「調教師?」
「犬から離れようか。調香師だよ、うーん、香りを調合する人」
そんなことを話していると、おじさんがくるりと振り返った。
「2人は、もともと知り合いなの?」
少女と目を見合わせ、首を振る。そういえば自己紹介もしてなかったな。
「お姉さん、お名前は?私はヒナ!高校1年生」
「山本です」
「……からの?」
「昭子です」
(自己紹介で下の名前なんて、久しぶりだわ)
なんだか照れくさくなる。
「しょーこさん?ちびまる子ちゃんに出てきそう!激レアネームだね」
「1980年代生まれは大体、〇〇子がつくからね……」
「あれ、ママと同世代?」
「やだヒナちゃん、異世界の話してる?」
「令和の話だよ」
薔薇のアーチをくぐった先に見えたのは、白亜の豪邸だった。
「すごいお屋敷!ランドみたーい!おじさん、実は王子様?」
「まさか。あぁ、私のことはミカと呼んでもらえれば」
おじさんと呼ばれた男性は苦笑する。
「ねぇねぇ、ミカさん!写真撮ってもいい?」
「自宅だと思って、どこでも好きにしていいよ」
「やった!」
早速ひなちゃんは携帯を取り出し、シャッターを押し始める。
年相応にはしゃぐ姿が可愛らしく、思わず隣のおじさんと目を合わせて微笑んでしまう。
(高校一年生か、当時はもう大人だと思ってたけど、今見るとまだまだ子どもだなぁ)
「あ、SNSには特定されるものあげないから安心してねー」
「さすがのネットリテラシー!って異世界なんだから、そもそも電波ないでしょ」
もぅイマドキなんだからと笑うと、ひなちゃんは、きょとんした顔をする。
「え、5G入ってるよ?さっきチャットきてたし」
「まてまてまて」
スマホを見せてもらうと確かに電波が入っている。
「ここほんとに異世界?」
「へぇ。そちらの世界と魔導周波数が同じなのかもしれないな」
「どういう理屈なの……」
ひなちゃんが目を輝かせる。
「この世界、魔法があるの?ミカさんも魔法使える?」
「残念ながらこの世界で魔法を使える人間はいないよ。昔は魔法使いがいたらしいけど。
ここ数百年で大気中の魔素が薄くなってきて、今魔素で動くのは、魔素効率の良い魔道具だけだな。この国では、水や明かりなんかのインフラはすべて魔道回路を利用して動いている」
「太陽光発電みたいなもんかしら」
「あなたたちを召喚したのも魔道具だ」
「なぁんだ、魔法少女デビューしたかったのになぁ」
ひなちゃんは口を尖らせた。可愛い。
ほっこりしていると屋敷のほうから女性の声がした。
「ミハイル様!」