3.夢見る少女じゃいられない
「ここにいたのか」
息を切らして呆然とつぶやいたのは、首にタオルを巻いた作業服の男性だった。
見た目は私と同年代くらいか、伸びた背筋に長い手足、すっきりと整った顔立ちには清潔感がある。
「キラキラ王子様じゃなかったかー」
「まぁ人生そんなに甘くないのよ」
「おかしいな~」
小声でこそこそ話をしていると、男性が近づいてくる。
とっさに女子高生を背にかばい、酒瓶を構えると
男性は少し驚いた様子で、その場で立ち止まり両手をあげる。
「安心してください、あなた方に危害は加えません」
穏やかな口調で語りかけてきたおじさんに見惚れてしまったのは、好きな俳優にどこか似ているからかもしれない。
(悪い人ではなさそう……むしろ良い人そうというか)
おじさんも私に視線が釘付けで、しばしお互いみつめあう状態になる。
(どこかで会った…?ハッ、まさか私にヒトメボレ!??)
両手で頬を抑えると、スルメが口の端からはみ出ていた。
そりゃ、ガン見するわ。
ごっくん。気を取り直して質問する。
「あなたは異世界の方、なんですか」
男性は頷く。
「ここはあなた方とは異なる世界にある、トライメライ王国です。あなた方の同意なく召喚してしまい申し訳ない。本来であれば王城で国賓としてお迎えするはずが、手違いでこちらに着いてしまったようだ」
不時着あるある、と女子高生がうんうん頷いている。あるのか?
「この世界の維持のために、異世界の力をお借りしたい。話だけでも聞いてもらえないでしょうか」
「それより、私たち元の場所に帰れるんですか?」
「あぁ、もちろん。いつでもお帰りいただけると約束する」
誠実に頭を下げる男性に、少し拍子抜けする。
「なんだ、元の世界に帰れるんですねー」
「昔は一方通行のブラック転移だったが、今は往来可能のホワイト転移だから安心してくれ」
「よかったー」
「夜も遅いし、今日はこちらで休んで、詳細は明日、関係者がそろってから説明させてくれないか」
女子高生はのんきにおじさんと談笑している。
おかしいでしょ!
「この子は未成年なので、いったん元の世界に持ち帰り検討させていただきます」
意訳:子どもを今すぐかえせ、2度と呼んでくれるな
社会人スキルでやんわり拒否すると、袖を引っ張られた。
「お姉さん、私とりあえず話聞いてみるよ」
「いやいや外泊なんて、おうちの方が心配しちゃうでしょ?」
「うちの家族、いま海外にいるから。むしろ家に一人でいるより安全かも」
それを聞いた男性がいう。
「この国は治安もいいし、屋敷は女性の使用人ばかりだし安全ですよ」
「使用人!?」
「異世界体験、面白そうだし私は残るよ。お姉さんはどうする?帰っちゃう?」
女子高生が小動物のように見上げてくる。
こんなに母性をくすぐられるのは、小学校で飼っていたチャボの餌やり以来である。
うぅ、これは反則でしょ。
(さすがに未成年を一人にできないよな)
振り上げていた酒瓶をおろして、ため息をつく。
「部屋は一緒にしてくださいね」
「ありがとう。滞在中は、お二人が快適に過ごせるよう努力するよ。どうぞこちらへ」
おじさんはにこりと笑うと、私たちを温室の外へ誘った。