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二人だけのフォークロア  作者: こす森キッド
8/11

二人だけのフォークロア エピローグ.(終)

エピローグ.



 主が願いさえすれば魔人のチカラは変幻自在であることと同様に、その日常も日々の風に揺れながら途切れることなく続いていく。

 ただ、人間生活における尺度を当てはめることによって、一応の区切りをつけることは可能である。


 あの満月の夜を境に、僕たち二人の間では新しいルールが設けられた。

 いつもよりもやたら肌がツヤツヤしている彼女が満面の笑みで言う。

「魔人にされる側も、結構良いものでしょ?」

 なんだかんだで、魔人から人間に戻った僕は、その言葉を否定できなかった。

 自分以外の“何か”に仕えるという、喩えようのない甘い感覚が、二人の間では共有されていた。

 そんな訳で、その日以降、交互に互いを魔人化させて楽しもうということになった。



 なんと言うことはない、三日月の夜。

 その日は、僕が彼女を魔人にすることになっていた。


「ちょっとね、実は今日、僕、企んでることがありますよ」

 だいぶ前に彼女にも話したことがあるのだが、僕は正直サプライズというものが苦手なのだ。

 彼女も、その気持ち分かるかも、とのことだった。

 そんな訳で、事前に告知してしまう。

「えっ、何なに?

 怖い怖い。 

 もしかして私、すごくいかがわしいことされちゃう?」

 分かりやすく怪訝な表情をしながら、自分の身体を両腕で抱えてガードを固めている。

 どの口がそれを言うのか……。


「いやいや、悪いようにはしないから。

 ほれ、ちこうよれ」

 手中の香炉を擦って、その中に彼女を収める。

 シュルルルルと彼女の身体が吸い込まれて、香炉がピンク色に染まったのを見届けて、再度香炉を擦ってヒカリを呼び出す。

「お呼びいただきありがとうございます、ゆうき様♡

 なんでも一つ、願いを叶えて差し上げましょう」

 両目にハートマークを浮かべた彼女が姿を現す。


 さて、今日の願い事だが、実は前々から考えていたことだった。

「その状態のまま、ヒカリも香炉を擦ってみてよ」

 一瞬、彼女が瞬きをしたように見えたが、程なく僕の命令を実行に移した。

「……承りました」

 香炉を僕に向け、本体を擦る。

 次の瞬間、今度は僕が、香炉に開いたもう一つの穴へ吸い込まれていく。

 香炉の中では、彼女のピンク色が既に渦巻いていた。

 そこに僕も混ざり合い、ネイビーとピンク、マーブルの螺旋を描いていった。

 ここまでくれば、彼女も僕が何を考えているのか、察しがついただろう。

 心配しなくとも、こうして混ざり合った僕らは、互いの感覚が自分のことのようによく分かるのだった。


 まもなく、外界から、誰かが僕を呼んでいるのが分かった。

 ──浮上。

 言うまでもなく、僕を呼び出したご主人様は、もう一人の香炉の魔人。

「お呼びいただきありがとうございます、ヒカリ様……♤」

 彼女の目のハートマークの奥、僕の目に浮かんだスペードマークが見えた。

 そのスペードマークの向こう、彼女の目に浮かんだハートマークが見えた。

 そのハートマークの向こう……。


 今、香炉に開いた二つの穴、その一つからはヒカリが、もう一つからはユウキが顕現していた。

 ゆうきの『香炉を擦ってほしい』という願いが成就した以上、ヒカリは元のひかりに戻るはずであった。

 しかし、今香炉の中では、ネイビーがピンクと混ざり合って離そうとしない。

 そのため、香炉の魔人が、同時に二体存在しているという本来はあり得ない状況が実現していた。


 聞く前から分かりきっている質問を、ユウキはヒカリに投げかける。

「あなたの願い事は、なんですか?」

 ヒカリが目を見開く。

 魔人という存在は変幻自在で、そんな二人にとってはもはや、空間や性別などという制約すらないも同然だった。

 気づけば、二人の身体は成層圏さえ超えていた。

 眼下には、僕たちの家も、会社も、国際空港も。

 僕たちが通った大学も、私の九州の実家も、列島も。

 私が香炉を買ったあの店も、島も大陸も、星の自転も。

 ここからは全てがよく見渡せた。

 しがらみも、認識枠組みも、境界線なんか全部飛び越えて。

 ステレオタイプで固められた衣装なんか、脱ぎ捨ててしまって。


 部屋のスピーカーで再生したまま忘れてしまっていた、聞き慣れた曲がここまで聞こえてくる。

 僕たちの宇宙では、音が聞こえるのだ。

 地上に戻ったら、忘れないうちにオフにしとかなきゃ。


“Let’s just get high enough to see our problems

Let’s just get high enough to see our fathers’ houses”


 遠くに見えていた三日月の、その欠けていた部分が徐々に満ちていき、やがてその全貌が見えてきた。

 

 ヒカリが今から言おうとしている願い事を、ユウキはもう知っている。

 せっかく仕えるのなら、香炉でもなくランプでもなく、指環に──。

 惑星の真円の向こう、恒星の光が見えてきた。

 それは、二人が交際を始めてから、千一回目の太陽。

 


「これからもずっと、幸せでいさせてくれますか?」

 魔人の表情も変幻自在な時代になったようだ。

 ポーカーフェイスはとうに崩れ、笑っているのか泣いているのか、もう分からない。



“The day I die, the day I die

Where will we be?

The day I die, the day I die

Where will we be?”



自分で文章を書き始めて二ヶ月ちょっと経ちました。

ここまでで、自分が前々から頭の中で構想を温めてきた内容は一通り書き切れたかなと思います。

今後も、余裕があれば細々とでも書いていければ、と思っています。

ここまで読んでいただけた読者の皆さんに、心より感謝申し上げます。


主な参考書籍

◯西尾哲夫(2011).世界史の中のアラビアンナイト,NHK出版

◯西尾哲夫(2007).アラビアンナイト─文明のはざまに生まれた物語,岩波新書

◯司馬遼太郎(2005).【ワイド版】街道をゆく(25) 中国・閩のみち,朝日新聞社


歌詞の引用元

◯ The National /Day I Die(2017)

◯ The National /Bloodbuzz Ohio(2010)

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