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二人だけのフォークロア  作者: こす森キッド
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二人だけのフォークロア 4.

4.



 願いを言った矢先に気づいたのだが、よくよく考えれば魔人化した彼女には揉む脚がないではないか。

 しまったどうしようと思っていると、実体なく揺らめいていた彼女の脚が徐々に凝結し、元の人間だった時と同じ形の素足が現れた。

 この一連の変化過程に僕はまたビックリした。

 まるでVRだとかARだとかの映像みたいだったが、そうだとしたら出来が良すぎる。

 脚まで実体化を完了した彼女の姿形は、普段のそれとほとんど変わらなくなっていた。

 彼女の知り合いが見れば、『日焼けサロンにでも行って、コスプレでもしているのかな』程度にしか思わないだろう。


 そんな半裸に近い格好の彼女は、いつものように居間に敷かれたカーペットの上、僕の目の前に寝そべった。

 今の彼女が身につけている衣装は、ただでさえ布の面積が小さい。

 その上、太腿にかかる部分のヴェールを外し、顔の前に手を組んでうつ伏せに横になってしまうと、側から見ればいよいよ裸も同然だった。

 大事なところは流石に隠されているが、お尻は結構な面積が布地からはみ出してしまっている。

 思わずそこから視線を上体に逸らすと、今度は彼女の小さくはない双丘が、柔らかくムニュっと潰れて両横側に広がっているのが視界に入り、釘付けになる。

 ここに至って僕は、あれぇ?と思う。

 おかしいな?

 なんか、エッチだぞ?



 一応、ここで補足しておく。

 僕がひかりのことを“エッチ”だと思ったことは、今までに数えきれないくらいある。

 スタイルや肉付きが大変に良いのは勿論あるが、加えて本人がしばしば見せるあどけない仕草と相乗して、そのコケティッシュさを際立たせているのだ。

 それに交際を始めてからもだいぶ経つし、そういう二人の間には、まぁうん、既に色々あるよね。

 でも、なんと言えばいいのだろう、今のこの目の前の“ヒカリ”からは、まるで“画面の向こう”を見ている時のようなエッチさを感じる……。

 格好も相まって、そういうピンクな気配が増幅しているというのも間違いなくあるとは思うが……。


 ふと、彼女と面識を持つよりも以前、彼女のことを噂話の内容でしか認識してなかった時のことを思い出す。

 そういえばあの時の僕は、一方的に彼女を“画面の向こう側の存在”として見ていたのではないか。

 容姿も、振る舞いも、周りからの視線も、全てが彼女の“華”を色付けることに寄与していた。

 自分とは、別世界の存在なのだと。


 しかし、関わりを持つようになってしまえば、それが間違った考えだったのだとすぐに分かった。

 彼女は、どこまで行っても、僕と同じ世界の人間だった。

 趣味や生い立ちが似ていたからとか、そういう話じゃない。

 “僕と同じ、世界のルールの中で生きている”というのが分かったということだ。

 ただ、“それぞれが仕えていたものが違った”というだけのこと。

 そしてその上での、彼女自身の努力。

 それに気づいてから、僕はなんだか、それまで色々一人で考え込んで息苦しく生きていたのが、急に気持ちが楽になった気がした。

 彼女のおかげだ。

 逆に彼女の方でも、後から聞いた話では、僕の中の何かに感化された部分があったという。

 そういう意味で僕たちは、互いにとって“鏡”のような存在であるようだった。

 今でも、互いの中に新たな発見をし、自分を見直す教師とする関係性が続けられているのではないかと思う。



 さて、翻って、目の前のこの爆裂エッチなヒカリである。

 もはや、そういう“企画”の世界、本来自分とは交わらないはずの座標からワープしてきたかのような絵面ではあるが。

 しかしこの彼女の姿は、同じ世界で僕と時を共にしてきたその人のものである訳で。

 間違いなくそれは、僕たちが生きてきた世界のその延長線上に存在するのだった。

 自分の中で、“画面の中のヒカリ”と“同じ世界に生きるひかり”、その境界線が急激に曖昧になっていくのが分かる。

 結果、うつ伏せになったその後ろ姿に僕は、“自分達の世界が画面上に映し出されているのを眺めているような”、そんな不思議な感覚を覚えているのだった。

 このマンションのこの一室だけ、非・日常空間の異世界に転移してしまったかのような。


 僕の言いたいことをまとめると、今のヒカリには、いつものエッチさにいつもとは違うエッチさまでもが上乗せされ、結果エッチさが倍増して見え、オーバーフローを起こしかけているのだった。

 だんだん、自分の中で“エッチ”がゲシュタルト崩壊を起こし始めた。



「いかが致しましたか?

 私の準備は万端でございますが」

 一向に身体に触れてこない僕を不審がって、彼女が声をかけてくる。

 寝そべったままこちらを振り返るその体勢が、なんとも色っぽい。

「ん、これは失礼。

 では、参りましょうか」

 急かされて、何故か僕まで畏まった口調になってしまった。

 いそいそと彼女の足元にしゃがみ込む。


 いつものように、まずは足裏から。

 うわぁ、結構凝ってるなぁ。

 弾性を感じさせない流動的な形で漂っていた足先だが、人間の形に凝固し直すと、その触感は馴染みのある人肌のそれに戻っていた。

 やはり、向こうで長い距離を歩き回ったに違いない。

 彼女は、女性の中では比較的筋肉質だと思う。

 体積が大きい分、疲労が溜まって固くなった筋肉の感触が、僕の指にも伝わってくる。

「あぁ〜、そこ、そこ、です。

 あぁ〜……」

 ここまで恭しい態度を崩そうとしなかったヒカリだが、僕の指圧による気持ちよさには耐えきれず、完全に気の抜けた声を出してしまっている。

 彼女からのフィードバックを受け、僕も頭にチラついていたおピンクな気分がだんだん遠のき、マッサージに神経を集中させていく。


 土踏まずから足裏の外周へ、広げるように。

 彼女は出先ではシチュエーションに応じて、ヒールのついた靴と平らな靴とを使い分けているという。

 四六時中ヒールを履いている訳ではないとは言え、移動時間が長いことも考えると相当負担が掛かっていることが窺える。

 踵の次はふくらはぎ、やはりここも相当固くなっている。

 強い力を加えすぎると、後日に揉み返しがくる。

 筋繊維を傷つけない範囲内で、心地良さそうな力加減に調整する。

「あぁ〜気持ちいい、です……♡

 もっと、もっと強くお願い、します」

「これくらいで我慢して」


 ふくらはぎの上、太腿にかけて流すように。

 特に膝の裏にはリンパ管が太くなっているところがあり、ほぐしてやるとむくみや冷え症に効果があるという。

 すなわち、ガチのリンパマッサージである。

 ガチの、ってどういうことだろう。

「あいたたたたたっ!でございます、です!」

「おっとごめん。

 しかしだいぶ滞ってるねこれね」

 痛さのあまり、彼女は一瞬キャラを見失いかけてしまっているが、これは大丈夫なのだろうか。

 床に押し付けられていた胸の肉が、彼女の悶絶に合わせてタプンタプンとのたうっていた。

 仕事で動き回っているので運動不足ってことはないだろうが、向こうで脂っこいものでも食べすぎたのかもしれない。


 さて、最後は臀部。

 お尻までほぐしきって終わるのが、いつものパターンである。

 面積が大きいこともあり、基本的には僕が椅子に座り、足の裏を使って彼女のお尻をマッサージすることが多い。

 ……正直、手を使う日もなくはないのだが、今日は彼女を人間に戻すという目的も兼ねているので、変わったことはしない方がいいだろう。

 いつも通り、足の裏でやることにする。

 大事なところを薄グレーの布地で隠したお尻を、踏み踏みして揉みほぐす。

「………………」

 先ほどまでとは打って変わって、彼女はシーンと沈黙している。

 あんまり気持ちよくないのだろうか。

「力加減はどう?」

「……丁度良いです。気持ちいいです」

 こちらを振り向かずに応える。

 うむ、気持ちいいなら良かったのだが……。

 こんな風に彼女が黙っている時というのは、いつもだと大体ご機嫌斜めになっている場合が多いので、ちょっと不安になってしまうよね。


 ともかく、これにて揉みほぐしは完了。

 彼女は立ち上がり、脚を曲げたり伸ばしたりして身体の調子を確認している。

「ふぅ……、大変気持ちようございました。

 脚もだいぶ軽くなりました、ありがとうございます。

 これにて、ゆうき様の願いは成就でございます」


 彼女がお辞儀をした次の瞬間、ボワンっと化学反応によって起きる白煙のようなものに彼女が包まれたかと思うと、そこには元に戻ったひかりが立っていた。

 パーカーとスウェット姿で、肌の色も一瞬のうちに元通りになっている。

 それを見て僕は、ようやく一安心していた。

「あれっ……、私、どうしたんだろう?」

 彼女はわざとらしいくらいにパチパチと瞬きをして、いかにも意識が飛んでいたかのような、戸惑う素振りを見せている。

 その様子を見るに、香炉の魔人になっていた時の記憶は残っていないようだ。

「出張の疲れが溜まってるみたいだね。

 晩御飯済ませたら、今日は早いとこ寝てしまおう」

 僕は内心、香炉に吸い込まれて魔人に変えられていたことを教えようか迷ったが、結局教えるのはやめておくことにした。

 テーブルの上の香炉も、いつの間にか元通りの青銅色に戻っていた。

 中身も空になっており、効果を発現したことによって何か損傷や消耗が発生した形跡もない。

 これはどうやら、何回でも使いまわせるらしいと直感で悟った。

 食卓の向かい側の彼女に、香炉の魔人だった時の残像が重なり、離れない。

 これは良い物が手に入った、と考えている自分がいた。

 彼女が買ってきたお菓子の味は、随分甘く感じられた。


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