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二人だけのフォークロア  作者: こす森キッド
11/11

スンマの森 3.(終)


✳︎



「──なーんてこともあったよねぇ、ユウキ君?」

「…………確かにそんなこともございましたね」


 魔人となった姿の僕は、ひかり様の問いかけに声だけで応える。

 そう、あれは、『人間を魔人化させてしまう』という香炉の秘密を彼女はまだ知らない…………と僕が思い込んでいた頃のことだった。

 あれからなんやかんやあって、僕と彼女とはお互いを交互に魔人化させて楽しむようになったわけだけれども……。


 今日は、ひかり様が僕を魔人にして言うことを聞かせる日ということになっていた。

 次の試験も少しずつ近づいてきたし、できれば勉強に充てる時間がもう少し欲しいんだけどなぁ、なんて彼女に交渉してみると。

「えー……。うーん、しょうがないなぁ。じゃあ、間をとって、こうしようか」

と言いつつ、こちらの返事も聞かず問答無用でキュッキュと香炉を擦り始め、僕は香炉の中に吸い込まれて魔人化してしまった。そうして今、僕は魔人化した姿のまま、カーペットの上のローテーブルの上にテキストや問題集を広げて勉強している訳なのだが……。


「…………あのー、ひかり様?

 私の背中から離れていただくことは叶いませんでしょうか?

 気が散って問題に集中することができないのですが……♤」

「だーめ。これでも私、譲歩してあげてる方なんだよ?

 ユウキ君は自分の勉強ができる。私はユウキ君の成分をたっぷり摂取できる。これでWin-Win、互いの利害が一致した最適案なんだから。

 私も魔人にされた状態で問題解かされたことあるんだし、ユウキ君にも同じような目に遭ってもらわないと釣り合わないでしょ。

 それともまさか、ユウキ君は私にこんな風にされて、それで変な気分になっちゃうような変態さんだったのかな……?

 ほらほら、そんなこと言ってる間にさっさと解いちゃえばいいじゃん。これとこれと、あとこれも解いたら私のお願い成就ってことでいいから」

「…………かしこまりました♤」


 ひかり様は絶対折れてくれなさそうなので、僕は仕方がなく言われた通りに目の前の問題を解こうとするが……。

 背後から、彼女にムギューっと身体を抱きかかえられており、その肢体の柔らかさに意識が持っていかれてどうしても勉強に集中することができない。

 僕の成分を補充するという名目で、カーペットの上、僕のすぐ後ろに腰掛けて、両脚を僕の腹部に、両腕を僕の胸元に回してガッチリ抱え込んで離さない。

 もう、今僕の背中には色々な種類の柔らかいものがギッチギチのムッギュムギュに押し付けられていて、ご主人様に逆らえない今の僕にとっては、勉強しようがしまいが、これを続けられるだけでもなかなか拷問である。

 おまけに、どこまで意図的なものかは分からないが、彼女が指定してきた問題はいずれもよりによって僕が一番苦手としている連結会計の問題だった。

 彼女もいつの間にか簿記のセンスを身に付けつつあるようだ。うーん、彼女を勉強に付き合わせてきたのは悪手だったかもしれない……♤

 これ……そもそも今日中に全部解き終わることができるんだろうか……?


 集中力を半分くらい背中に持っていかれつつ、必死こいて問題文を読み解こうとするのだが……。

 えーと……『P社はX1年3月31日にS社の支配を獲得した。問題資料をもとにX3年3月期の P社グループの連結決算書を作成せよ』……。

 P社がS社を支配して連結……、支配して連結……。

 支配して、連結…………?

 なんか意味深すぎるな……♤


 あー、ダメだぁ、全然集中できないやコレ……♤

 P社とS社を連結する前に、まずは今のこの、僕とひかりとの連結を清算するのが先ではないだろうか♤


 白旗を揚げるつもりでひかり様の方を振り向くが、彼女は彼女でスマホにイヤホンを繋ぎ、再生されている動画の音声に目を閉じて聞き入っているようだった。

 何か、法律系の講義音声を流しているらしい。

 すっかり集中しきっているようで、講義内容を自分の口で復唱しているようだ。未必の故意がどうたらこうたらとか、変態設立事項が云々とか、ボソボソと呟いている。

 未必の故意……?

 変態設立事項……?

 ふえぇ……意味深すぎる……♤

 だんだん講義内容が難しい箇所に差し掛かってきたようで、彼女はムムムッ……と眉根を寄せて険しい表情になる。

 僕をホールドしている手足にも力が入って、さらに彼女の身体との密着度が上がる。

 ふぉおお……♤

 ひかり様の身体柔らかすぎて脳が溶けそう……♤


 気がつくと、窓の外にはすっかり夜の帳が下りてきていた。手元の解答用紙はほとんど白紙のままだ。

 いつしか背中からスースーと静かな寝息が聞こえ始める。講義の内容が難しすぎたのだろう、僕を抱き枕にして、ひかり様はすっかり寝入ってしまっていた。ご主人様の命令を受けた魔人としても、そうでなくとも、この穏やかな寝顔を起こすのは気が引ける。

 手を伸ばしてソファーから毛布を取り上げて、二人羽織みたいにして掛けて差し上げる。


 うーん、もう今日のところはこのままでいいかな……という気持ち半分。

 あー、でも今のうちに勉強しとかないとまた試験に落ちるぅぅ♤落ちちゃうぅぅ♤……という気持ち半分。

 天秤にかけられたようにふらふら揺れ動いているけれども、生憎おいそれと簡単に割り切れるものでもない。

 窓から覗く半月を見上げながら、そんな益体もないことを考える。


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