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二人だけのフォークロア  作者: こす森キッド
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二人だけのフォークロア プロローグ.

言うまでもありませんが、この話の内容は全て作者が自分で創作したフィクションです。


思えば、この作品の構想を練っていたのは、流行り病よりも前の時期でした。

その時は、まさか世界がこんな事になるなんて想像もできませんでしたが……。


プロローグ.



 ドア・トゥ・ドアで、およそ四十分。

 自宅と会社、それぞれの最寄り駅には、そこを始発駅とした列車が設定されており、行き帰りともに着座して快適に通勤することができている。

 彼女と一緒に住む部屋を探す上で、この点はかなり重点的に下調べしていた。

 電車に揺られながら文庫本を読んでいるうちに、気づけば自宅近くの駅に到着していた。

 改札を抜け、しばらく歩けば自宅マンションに着く。


 間取りにゆとりのある2LDK。

 位置取りとしては、僕が勤める会社のある都市部や、この地方の拠点をなす国際空港まで、それぞれ同じくらいの所要時間でアクセスできる。

 彼女は仕事で海外に出張することが多く、互いの平等性を勘案した結果、この地域が丁度良いという結論に至った。

 家賃が高いんじゃないかと友達から聞かれることもあるが、この街は都市圏まで電車一本でアクセスできる割に、意外と相場がお値打ちなのだ。

 それについても、下調べは入念に行なっていた。

 こんな穴場が残っていたのかと、見つけた時は自分でも驚いた。

 ピーク時期から外れた時季に契約と引っ越しを済ませたおかげで、出費は最低限まで抑えることができた。


 会社を出る前に予め彼女にメールしておいた時刻通りに、部屋の玄関まで辿り着いた。

 鍵を開け、部屋の中に入る。

 すると、僕・ゆうきの帰宅に気がついた彼女・ひかりが、廊下まで出てきたのが見えた。

 思わず目が行ってしまうのは、普段の彼女よりも肌の露出の多いその姿。

 ベリーダンスと言うのだろうか、アラビア世界の踊り子が着ているような、非常に薄手の衣装を身につけている。


 フェイスヴェールによって顔の下半分はしっかり隠され、胸はピンク色の布地、腰回りは薄グレーの布地と膝上までのヴェールによってカバーされてはいるものの、それがもし他者を扇情せぬよう身につけている物だとするならば、場合によっては逆効果である見込みも高い。

 彼女は、女性としては背が高く、手足も長くて体格が良い。

 ぽっちゃりまではいかないが、人並みに肉付きもある。

 肩や二の腕、腹や腰回り、臀部と鼠蹊部、太腿、そしてなかなかご立派なお胸まで、二十代も折り返しに差し掛かった成熟した柔らかい肉、その体躯を晒け出している。

 その肌の色は、普段のそれよりも浅黒く、それこそこうした衣装が登場する物語世界にも溶け込めそうな感じだ。

 また、左腕には、金色のリングを身につけている。

 その中心には紅い宝石らしきものが嵌め込まれている。


 しかし、以上のような点などは、瑣末な事なのかもしれない。

 と言うのは、ピタリと閉じられたその両太腿の先、そこから続くはずの両足が、ないからである。

 いや、正確に表せば、膝から下もちゃんとどこかに繋がってはいるのだ。

 しかしそれは、踵や足の指などといった通常あるはずの実体を持たず、まるで気体のような非常に流動的な形状を呈している。

 そしてそのユラユラゆらめく足は、今まさに彼女が出てきた居間の方へとずっと続いている。

 それがどこまで繋がっているのか、僕は知っている。

 と言うよりも、僕がひかりをこのような状態にした張本人なのだ。

 テーブルの上のピンク色の香炉、彼女はそこから、自身の身体を発現させているのだ。


「ただいま」

 すっかり見慣れたその姿に、僕は声を掛ける。

「おかえりなさいませ、ゆうき様♡」

 腹の前で両手を重ねた“休め”のポーズで、彼女は僕を出迎えた。

 首を傾けたことで、肩まで届く長い黒髪がサラサラと揺れる。

 その顔は表情豊かな普段とは異なり、ポーカーフェイスのままである。

 ただ、その両瞳の奥、ハートマークが浮かんでいるのが透けて見えた。



 居間に置いてあるスピーカーから、僕が好きなアメリカのロックバンド『The National』のアルバムが、玄関まで微かに聞こえてくる。

 僕の帰宅に合わせて、再生し始めてくれたのかもしれない。



“The day I die, the day I die

Where will we be?

The day I die, the day I die

Where will we be?”



 ドラムがアグレッシブなリズムを終始刻む中にも、その音像はどこか仄暗さを感じさせる。

 リリシズムを湛えたバリトンボイスが響く。


 耳に入ってきたその曲と、目に入ってきた彼女の姿とで、僕はなぜか、今年のお盆に九州にある彼女の地元を訪れた時のことを思い出していた。

 それは数日間の日程だったが、彼女の実家に挨拶しに行った初日と、彼女の中高時代の友達と会った二日目のことが、僕の中では特に記憶に残っていた。

 まあ、特段変わった出来事が起きた訳でもないので、興味がない人は聞き流してくれて構わない。


参考書籍、及び歌詞の引用元については、後編にまとめて記載します。

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