閑話 本多勝次の過去語り
康美に初めて会ったのはいつのことだったかな。
学校だったか、家の近くの公園だったか……はっきり覚えてないな。
まあそれくらい昔からの付き合いではあるってことだな。
それまで沢山の友達の内の一人でしかなかった康美を意識するようになったのは、小学生の頃のある出来事からだった。
家が金持ちでゲームも漫画も玩具もより取り見取りだったこともあって、当時の俺ん家は友達の恰好のたまり場だったんだ。
そんな環境だから、俺のことそっちのけでそれらで遊んでる奴らもザラだったなあ。
流石に人の家だからか物を壊したり変に汚したりするような奴は居なかったけど。
でも俺は、ある意味俺が蔑ろにされているような状況でも不満に感じたりはしなかったし、別にそれでいいと思ってた。というか俺も気分に応じて、一人で遊んだりみんなに混ざったりと好きに過ごしてたし。
そんなある日。
みんな日によって何をするかが違ってるのが普通だったのに、ずっと本を読み続けている子がいるのに気付いた。
それが康美だった。
それだけでも気になる存在だったのに、なんと当時立ち入り禁止にしていた俺の部屋に本を持ち込んで読み始めたものだから、更に興味を引かれたんだよな。
だからある日ついに声を掛けたんだ。
「榊原さん、どうして俺の部屋で本読んでるの?」
「あ、本多くん。やっぱり迷惑だった? ごめんね」
「いや、大丈夫。別に怒ってるとかじゃなくて、ただ気になっただけだから」
「私一人で本読むのが好きなんだけど、ここなら誰も来ないかなって」
「みんなと一緒に遊びたくないとかそういうのじゃない?」
「うん。あ、もしかして心配させちゃった? ごめんね」
「それなら良かったよ……それでこの部屋だけど、良ければこれからもここで読んでくれていいから」
「え、本当? 立ち入り禁止にしてたんじゃない?」
「あんまり騒がしくされたくないだけだから、榊原さんみたいに静かに本を読んでるだけなら大丈夫だよ」
「そっか。じゃあそうさせてもらおうかな。ありがとね」
当時の康美は嫌われている訳じゃないのに何故か孤立気味だったから元々気にはなってたけど、この時の会話でそれは康美が意図的にやってたことだって気付いたんだ。
自分の好きなことをするのを第一に考えるけど、それはそれとして周囲に気を配るのも忘れない。
その姿勢が何となく俺と重なる部分があるように思えて、もっと知りたいって思い始めたんだ。
そのやり取りをしてから、俺も自分の部屋に本やゲームを持ち込んで康美と一緒に過ごすことが増え始めた。
そうは言っても一緒に何かをするんじゃなくて、お互い離れたところで思い思いに過ごしてるだけだったけど。
俺は自分の作業をしながらチラチラ康美を見ていたんだけど、康美はずっと本を読み続けてるだけなのに「今盛り上がってるのかな?」と察せられるような熱い空気感をまとってたり、「何か切ない展開なのかな?」って感じられるような雰囲気を漂わせていたりと、意外と表情豊かなことにも気付けたな。
喋らないのに雄弁に語っているというか。
そんな康美を観察する、「康美ウォッチング」とでも言うべき行為に俺はハマっていってたんだよなあ。
……あれ、俺キモくない?
というか年月が経つうちに家に遊びに来る友達が徐々に減ってたんだけど、学校とかでは普通に話してたことを考えると、今思えば多分俺と康美に配慮してみんな来なくなったんじゃないかって思うな。
それでいて「お前ら付き合ってるんだろ?」みたいに揶揄ってくる奴が居なかったの、今思うとすごいな。中高生とかそういうの揶揄いまくる年代だろ。
全く、良い奴らに恵まれたもんだよ。
まあ俺に意味深に「頑張れよ」なんて言ってくる奴は居たな。うるせえよ。
そうして中学、高校と同じように過ごすうちに徐々に康美との会話も増え、ゲームや漫画語りを一緒にしたりもし始め。徐々に距離が縮んでいった。
その過程で今みたいに気の置けない会話も出来るようにもなった。
俺としてはそれだけでも十分に満足していた……はずだったんだけど、ある時から一つの欲が俺を蝕み始めた。
それが今回の出来事の切っ掛けになったんだ。