第1話 ことの始まり
「なあ康美、『オタクに優しいギャル』になってみないか?」
「は?(圧)」
「そんなに怒らないで……」
大学生になってからは初めてとなる夏休みを目前に控えたある日。
いつものようにクーラーの効いた勝次の部屋でダラダラしていた時に急にそんなことを言われ、思わず声に力が入ってしまった。
「怒ってないわよ。ちょっと不意を突かれただけ」
「そうか、良かった。それで『オタクに優しいギャル』にならないか?」
「どこかの鬼みたいな誘い文句繰り返してないで、理由を言いなさい理由を」
こいつは本多勝次。私こと榊原康美の幼馴染だ。
家が近い上に何故か小学校から大学まで同じ所に通い続けている、凄まじい腐れ縁を誇る奴でもある。同じ趣味を持っていて話が合うこともあり、何かと行動を共にすることが多いのよね。
「康美は『オタクに優しいギャル』って概念は知ってるだろ?」
「そりゃあね」
「俺も『オタクくん何見てるの?』とか『へー、こういうの見てるんだ』みたいなやり取りしてみたいなーって思ったわけよ」
「うわキモ」
「甘んじて受け入れよう。でもそんな都合のいい相手近くにいないじゃん?
だから思ったんだよね。知り合いになってもらえばいいじゃんって」
「うわキモ……」
「ガチトーンはやめて……」
そう、こいつと同じ趣味というのが漫画やゲーム、アニメ等俗に言うオタク趣味。
こいつの家が金持ち(住宅街に500平米の豪邸ってマジ?)で、漫画やらゲームやらが満載のオタク部屋が複数あるような環境なこともあって、子供の頃から入り浸った結果、無事二人とも筋金入りのインドア派に成長したのよね。
人生ってこうして壊れていくのね。
「でも私なんて陰キャも陰キャな女じゃない。ギャル要素なんて微塵も無いわよ?」
「ふふ。少なくとも見た目に関しては全く問題無いぞ。ちょっとこっちに来てくれ」
そう言ってある部屋に案内される。
明らかに他の部屋とは違う構造をしている部屋、その部屋の隅に置いてあるL字型のゲーミングデスクの上に置いてある、あからさまにスペックの高いハイエンドPC。
そのPC画面上に映る、軽くウェーブがかった肩までの金髪、なんだか「活力」のようなものを感じてしまう明るい笑顔、健康的に焼けた小麦色の肌、着崩した制服、そしてどことは言わないが豊満なスタイルを持つギャル風な3Dモデル。
これってもしかして。
「……VTuber?」
「そう。これなら見た目とか関係無いだろ?」
「それはそうだけど……というかここ防音室? こんな部屋あったのね」
「高校の頃VTuberが流行り始めた時、俺も配信してみたくなって作ってもらったんだ」
「いくら金持ちとはいえ、おじさんもおばさんもよく許してくれたわね」
「テストで全教科100点取ったら作ってもらうって約束して、見事成し遂げたんだ」
「オタクの執念恐ろし過ぎでしょ」
「いやあ、実の親からあんなドン引きした視線向けられるとは思わなかったなー」
「私も引くわ」
高校の頃鬼気迫る勢いで勉強してたことあったけど、そんな事情があったのね。
「というか勝次もVTuberとして配信してたことがあったの? 初耳」
「ああ、すぐ辞めちゃったから知らないのも当然だろうな」
「そうなの? せっかくモデルまで作ったのにもったいないわね」
「いやあ。張り切ってイケメンモデルにしたのは良いんだけどさ、『見た目と声が合ってない』とか『オタク臭さがイケメンを貫通して伝わってくる』って大好評ですぐ辞めちゃったんだよなあ」
「涙拭きなよ」
うーん。リアルの見た目はそう悪くないと思うけど、イケメンの3Dモデルを使ってこいつの趣味全開で配信したらあまりのギャップでそうなるのかもね。残当。
「という訳で見た目も配信環境的にも問題は無いんだけどどう? やってみない?」
「うーん……」
VTuberに限らずライブ配信は結構観るけど、正直興味はあるわね。
視聴者のために何かをやる、じゃなくて自分が楽しむために何かをやる、ならやっても良いかも?
「正直ちょっと興味あるかも」
「お!」
「でも見た目だけじゃなく、ファッションとかギャル文化みたいな中身のギャルっぽさも一切無いけどそれは大丈夫なのかな?」
「全く問題ないぞ。オタクは『オタクに優しいギャル』を求めているのであって『ギャルのリアルさ』を求めている訳じゃないからな。むしろオタク女子がギャルを演じる方が需要に合致したものになると言えるだろう」
「本質の槍」
「本来自分と程遠い位置にいる相手が自分を理解してくれる、あるいは歩み寄って来てくれる。それこそが誰とも相容れず孤高の道を往きつつも心のどこかで『他者に理解してもらいたい』という矛盾を抱えるオタクの一つの理想なんだ」
「本質の槍」
早口こっわ。いや分かるけどさ。
「別に私が頼んだ訳じゃないけど3Dモデルまであるみたいだし、試しにちょっとやってみようかな」
「そうか、助かるよ」
「何がよ……」
「じゃあ具体的に色々決めていこうか」
「そうね」
そうして私の、私達の物語は始まったのだった。