9 フェアリーのひろば
ウィローは、自分のことを本物のフェアリーじゃないと言ったけど、人間に作られたフェアリーは、なにかちがいがあるんだろうか。これは今でもよくわからない。
森の中や川辺では、ほかのフェアリーをたまに見かける。そんなにしょっ中じゃないけど、人間の町よりはいると思う。見た目は、ウィローもほかのフェアリーも同じようだ(もちろん、おれにとってはウィローがいちばんうつくしくってとくべつだから、同じというのはちょっとちがうけど)
だけど、ウィローは他のフェアリーに近づかないし、他のフェアリーもウィローに近づかない。ばったり出くわしてしまったら、ソロソロとしんちょうに間をあけて、おたがいをいないみたいにする。わざわざにげたりもしないし、相手にかかわるようなこともない。
一度だけ、ウィローに仲間のところへ行きたいかな、って言ってしまったことがある。
一度だけ。
ウィローは羽が2枚になってしまったから、家の中をちょっととぶくらいはできるけど、もう長くとぶことはできない。
だから遠出するときは、おれの肩にのせていく。こうすると、おしゃべりもできるし、とてもたのしい。つかれたり、ねむそうだったら、ポケットやカゴに入れてやる(木の実やキノコとりに行く時は、大きなカゴを持っていく。ふかふかのキノコの上でねむるのは、とても気持ちがいいらしい)。
その日は、森で木の実がたくさんとれて、おれたちはウキウキとかえるところだった。ウィローはおれの肩にのって、つくったばかりのうたをうたっていて、おれはいい形の枝ををぐるぐる回しながらあるいていた。すると、木々のあいだから、きゅうにぽっかりとひらけた場所に出た。なんの気配もなく、とつぜんに。
めずらしいことじゃない。森をあるいていると、こういうことは時々ある。木が生えていなくて、たいようが下草にさんさんとふりそそぐ明るい場所。フェアリーの広場だ。キノコがぐるりと生えていたら、かくじつ。いつも広場はうごいていて、どこにあるのかおぼえようとしてもわからない。
フェアリーの広場に出たら、あわてずもとの道をもどるだけ。もし本当にフェアリーがいても、かかわらない方がいい。森の中ですがたを消してしまいたいなら、話しかけるといい。フェアリーが連れていってくれる。まあ、おれはゴブリンだから、たいていフェアリーの方からにげていくんだけど。
広場のまんなかには大きな切りかぶがあって、そこにフェアリーが5人あつまっていた。みんな、ウィローと同じようなすがただった。おれは思わず見とれてしまった。
フェアリーたちはみんなキラキラときんいろに光って、たいようから生まれたようにかがやいている。
ふと、自分のすがたがはずかしくなった。体は全身くさった沼みたいなみどり色で、イボイボだらけのゴブリン。そんなゴブリンの肩にのっているウィローが、なんだか急にかわいそうになった。
それに自分がどうしてこんなうつくしい生き物と同じにすごせていたのか、わからなくなって、おれははずかしいような、とてもみじめな気持ちになった。
その時、はじめて思った。
ウィローは仲間のところへ行きたいんじゃないかって。
ウィローが耳元で息をのむのがわかった。
そうだ、ここに来てから、はじめて他のフェアリーに出会ったんだ。
こんなゴブリンといっしょにいるのを見られるのは、いやなんじゃないだろうか。
おれがなにか言おうとした時、広場のフェアリーたちがいっせいにこちらを見た。
いっしゅんで全身にさむけが広がった。あんなおそろしいものも、そうないだろう。じっとこちらをにらむような10のガラス玉みたいな目が、しずかすぎて、とてもこわかった。そしてその目は、おれではなくウィローに向けられているとすぐにわかった。
すごく長い間、じっとしていた気もするけど、ほんとうはいっしゅんのことだったかもしれない。フェアリーの広場の時間なんて、あてにならない。
「かえろう」
小さな声でウィローがそう言ったので、おれはゆめからさめたみたいに、あわてて元きた道を歩き出した。フェアリーたちにずっと見られているとわかったけど、彼らはおいかけてくることもなかった。