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8 ウィローの名前

 やっぱり話があちこちに行ってしまう。


 森のことを書くのがたのしくて、うっかりすると春になっても書きおわらないかもしれない。オオジカのつので作る小物のことや、ウィローにおしえてもらった月光ランプの作り方とかも書こうと思ったんだけど、これはあとまわしにしよう。


 じつは、もう冬に入ってしまっている。

 秋はやることが多くて、あっという間にすぎてしまった。まどの外では雪がチラチラとふりだしている。


 さむくなると、ウィローはねむる時間が長くなる。ここから先は今までみたいに、毎日よんでもらうことはできないけど、おれもずいぶん書くのになれてきたから、まあ大丈夫だろう。


 どこまで書いたっけ。やっぱり文字はべんりだ。前のページを見れば、いつでもすぐにわかる。そうそう、ウィローが正気にもどったところだ。







 正気にもどったウィローはしばらくおれのことをけいかいしてたけど、少しずつ安心してくれたみたいだった。あのときは必死だったけど、かんがえてみればゴブリンなんかをよく信用したものだ。


「だって、ほんとうにのんびりしていて、毎日毎日つりをしたり、クッキーをやいたり、キノコをあつめたり、本をながめたりするだけだったし、私のこともずっと心配してくれてるって分かったもの。思っていたようなゴブリンじゃないって分かったわ」そんなふうに、ウィローは言ってくれる。


 ウィローが名前をおしえてくれた時のことを書いてみよう。

 たぶん、あの頃からウィローはおれをけいかいしなくなった。


 それから、ウィローの話してくれたことも書こう。

 ウィローが人間につかまっていた時の話。



 ウィロー。

 一度、声に出してよんでほしい。

 どうかな、とてもステキな音だろう。


 おしえてくれた名前はとてもきれいな音がして、はじめてきいた時、おれはうれしくって何度も何度もよんでみた。こんな名前、さかだちしたってゴブリンには思いつかない。口の中で、ころんとやさしくころがっていくきれいな音。そう言うと、ウィローは、少してれくさそうにしていた。


 おれが名前をおしえてくれた礼を言うと「あなたの名前は何?」と聞かれた。

 おれには、名前がない。


「じゃあ、なんてよべばいい?」

「よばれたことないからわからない」


 おれがこまってそう言うと、ウィローもこまったような顔をして「ずっとうたがっててごめんなさい」とつぶやいた。


「ゴブリンが親切にするなんて、ありえないもの」ふつうは、そうだ。

「それに、私は本物のフェアリーじゃない。人間のどれいとして作られた、ニセモノのフェアリー。ゴブリンよりも、よっぽど気味がわるいでしょう」


「気味がわるいなんて!」


 おれはおどろいて、さけんでしまった。どれいとか、ニセモノとか、ウィローの言ったことの半分も理解できてなかったけど、なによりウィローが気味がわるいなんて、どうしてそんなふうに言うのか分からなかった。本人だとしても、こんなにうつくしいウィローをわるく言うのはやめてほしかった。


 そう言うと、ウィローは目をふせた。かなしみじゃなくて、くらい怒りをためた目を見せないようにするための仕草に見えた。


「私は植物のフェアリーだけど、しぜんに生まれたものじゃない。人間が作ったフェアリーなの」

「人間が? フェアリーを、作る?」


 おれはまだ意味がわからなくて、バカみたいに同じことばをくりかえした。なんでもいいから口にして、これ以上ひどい話を少しでも先送りしたかった。


「私は、たたかうために作られたフェアリーだから、神秘的でもなんでもない。

 ただのオモチャのどれいのフェアリー。

 だって植物のフェアリーが火を使えるなんて、おかしいでしょう。


 たたかうための薬をのんで、私たちはたがいにどちらか死ぬまであらそった。それがたのしかったような気もするの。生まれたときからずっとそう。


 私みたいなのはたくさんいたわ。私だけがとくべつなわけじゃない。みんな一人ずつ、別々にビンに閉じこめられていた。たがいに話したことはない。会う時はたたかう時だから、話なんてしたこともない」


 たたかうための薬が使われていたんだとすれば、たしかにまともな会話などできるはずもない。


「私は強かったの。だから、たくさんころした。私とおなじフェアリーをたくさん。


 私の持ちぬしは、ずいぶん私をじまんしてた。私とたたかうことがとくべつになって、たくさん勝負の申し込みがあったみたい。王族ともそれでうまくつながりが持てたって、持ちぬしはよろこんでいた。


 だけど私は、あなたが思うようなとくべつなんかじゃない。私はみにくい……」


「ウィロー」



 ウィローがいまにも泣きそうだったから、おれは心配になってそっとウィローをなでた。


 話をしてくれるウィローは、ひどくきびしい顔をしていたけど、きっと話したいんだってなんとなく思った。おれが甘いお茶を入れてやると、すこしわらって口にした。


「私ばっかり、こんなにしていていいのかな。こんなおいしいものをのんだりして」

「わるいっておもうかい?」これは、たんじゅんに知りたくて聞いてみた。

 

 ウィローは、首をよこにふった。


「思わない。思えないの、ちっとも。だって、そうしないと私が死んでいたから」


 じゃあ、別にいいんじゃないかな。おれができないことが、できるっていうことだ。生きるための、だいじなことができるってこと。生きるために、ほかの生き物をころすのは、わるいことじゃないだろう?


 おれが人間や大きないきものをころせないのも、わるいことだと思うからじゃない。ただ、おれ自身がこわいってだけ。


 そう言うと、ウィローはだまってまたお茶をのんで、もうなにも言わなかった。




 おれは、これがいいとか、わるいとか、そもそもあんまり考えることがない。


 だから、ウィローが持ちぬしを焼きころしてにげてきたことが、わるいことなのかわからない。

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