表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/35

6 丸太ごやのことと、ウィローと会ったときのことつづき

 おれのすんでいる森の丸太ごやは、とても居心地がいい。

 マツの丸太で、しっかり作られている。まどをあければ、夏でもあつさがこもらなくて、とてもかいてき。冬はしっかりさむさをふせぐ。


 ゴブリンは、気温の変化にはどんかんだ。だからそんなに服を着なくてだいじょうぶ。たいていは、どうぶつの毛皮をひっかけているだけ。おれは、群れのだれかがすてたのをひろって着ていた。自分じゃあたらしい毛皮をとれないから。もう何年も着ていて、てかてかのペラペラだった。


 このあたりは雪もふる。ゴブリンの群れがいたばしょより、ずっとさむい。冬が近づくと、丸太ごやの前のやぬしがのこしていた服を着た。おれには大きすぎるから、ハサミで切って長さを合わせた。ペラペラの毛皮より着心地がいいので、冬じゃなくてもこの服ばかり着ている。この丸太ごやには、ずいぶんたくさん助けられている。



 前のやぬしはどんな人だったかと、時々かんがえる。おれがぐうぜんここへ来たとき、やぬしは死んで、ゆかでくさりかけた肉になっていた。


 おきに入りのナイフもこの時ひろった。やぬしの肉をさすようにころがっていたから、やぬしはナイフで死んだのかな。人間用だから、おれには少し大きいけど、うまく使えば力も入れやすくてオノがわりにもなる。とてもべんり。


 丸太ごやは、ふかい森のおくにあって、おれみたいなはぐれゴブリンがたまたまとおりがかる以外に、だれもたどりつけないような、かくれるようなばしょにポツンとある。たぶん、前のやぬしも、おれのように群れからはぐれた人間だったんじゃないだろうか。じゃなきゃ、床で死んだままなんかにならない。


 こやの中はほこりっぽかったけど、きれいにととのえられていた。やぬしはきゅうに死んだみたいだった。


 こやのウラの小さな畑。少しあれていたけど、きちんと木がきってあって、あかるいばしょだ。くすり草も生えていた。こやにのこっていたタネをまいたら、ちゃんとそだった。


 たくさんのこされた保存食、たくさんのガラスビン。くろっぽい服がなんまいか。おれのペラペラ毛皮とはちがう、ふかふか毛皮のうわぎが1まい(これが冬にはとてもありがたい)。


 そしてたいりょうの本とレシピ。注文書。それから手紙。


 文字はよめなかったが、レシピには絵も書いてあって、なんとなくわかるものもあった。おれはいろいろためして作ってみた。おいしいものが作れるのは、ほんとうにたのしい。


 そしたら、少しずつ文字がよめるようになってきて、本をパラパラとめくってみた。さいしょは意味なんてわからない。けど、きれいな絵やもようの書かれた本を見るのは好きだった。時間はたくさんあったから。


 人間狩りにいかなくても、だれにもどなられないし、なぐられない。


 おれは、ここをとても気に入っている。

 ふかい森の中にある、小さな丸太ごや。

 しずかにくらすのにとてもいい。


 こやのあちこちには、こげたあとがある。

 これはウィローが正気にもどるまでに、もやしたばしょ。







 ウィローが正気にもどった時のことは、今でもよくおぼえている。


 いつものようにあばれているとちゅうで、きゅうにパタリとうごかなくなった。気をうしなったわけでもなく、たおれもせずに立ったままじっとしているから、しんぱいになってのぞき込んでみた時だ。


 ギラギラとくらく光っていた目が、きゅうににじいろにかがやいて、もとの空色の目に変わっていくのを、おれはすぐ近くで見た。いっしゅんで草はらを金色の光がうめつくす、はるの夜明けを見ているようで心がどうっとなった。


(なかなかうまく書けないな。うつくしいものを、ことばにするのはむずかしい。とにかくおれは、とてもうつくしいものを見た)


 正気を取りもどしたフェアリーは、正しいりせいをはたらかせて、目の前のゴブリン(これは、おれのこと)をこうげきしてきた。


 目をさましたときに、目の前にイボイボでみどり色のみにくいゴブリンがいたら、そりゃあ、だれだっておびえるだろう。またふりだしになった気がしたけど、こんどは少しずつおれのことばがとどいた。


 ウィローはそれまでのことをわすれたわけじゃなかった。どちらかといえば、かなりハッキリおぼえていて、あとから少しずつぜんぶ思い出していた。


 かなしいことも、ひどいことも、ぜんぶ思い出していた。









 今日もウィローは、おれが書くのを近くで見ている。

 ごめんねって言っている。


「あの時、たくさんキズつけてごめんね」って。


 いいよ。あやまることはなんにもない。そんな顔しないで。 

 書かない方がよかった? そうでもない?


「思い出したのはいいことじゃなかったけど、あなたが一生けんめい助けてくれたのを思い出せたのはとてもよかった」


 そう言ってウィローはいつものように、おれの肩にやってくる。


 いいことばかり書きたいけれど、やっぱりそれだけじゃない。


 それに、どれがいいことで、どれがそうでないのか、おれにはその区別もむずかしい。ただ、あのときウィローが死ななくて、ほんとうによかった。


 それだけは、まちがいようもなく、きっととてもいいことだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ