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30 りっぱなゴブリン

*残酷な表現・詳細な殺人描写があります。苦手な方はご注意ください。

 おれは、知ってる。


 人間は、上からおそわれると顔と頭をまもろうとする。だから大きくジャンプした。でも、本当にねらってるのは頭じゃない。


 ゴブリンの群れにいたときのことを思い出して、おれは動きのめちゃくちゃなわりに、けっこうちゃんと考えていた。ゴブリンのしゅうげきも、木の上からやることが多い。


 きぜつさせたと思っていたゴブリンが急におそってきたからか、モルドレッドはギョッとして反応がおくれた。セドリックから手がはなれて、頭をまもろうとする。だけどおれは、頭はねらってない。


 まわりの動きがなんだかすごくゆっくりになって、やけに全部がハッキリ見えた。セドリックが、ちゃんとダラスの方へにげていくのも見えていた。おれは、すごく冷静だった。



 大丈夫。ぜんぜんよゆう。

 モルドレッドの動きはおそい。

 それに、まほうのうでわも使えない。

 こいつは、おれの名前を知らないから。



 モルドレッドの足元に着地すれば、すぐ目の前にやわらかい腹がある。ゴブリンは背がひくいから、こうげき場所は人間の下のほう。だけど、上からのこうげきをふせごうと、モルドレッドの手も意識もまだ上に向いたまま。だから、しとめるのはかんたんだ。


 ひとさし、ふたさし。


 ガラあきになった腹に、いきおいよくナイフをつき立てる。

 ふたさしめで、ホネのない場所にうまく入ったので、押し込みながらすべらせるようにナイフで引きさく。魚をさばくのと、だいたい同じ。


 ないぞうに届いた、たしかな手ごたえ。

 モルドレッドの口から、血とうめき声があふれだす。

 おれがすばやくナイフを引きぬくのと同時に、大きな体がどうっと床にたおれこむ。


 そのまま床にころがったモルドレッドの首元にナイフをあてて、スウッと引く。力はいらない。ころすために、いちばん大きな血管を切るだけだ。ほら、血ぬきだってここだろう。ほかのどうぶつと変わりない。


 一気に血がふき出てくる。いのちをうばえることを、たしかめる。もうすぐに、まちがいなく死ぬ。いのちが消える前の、いきもののうめき。血のにおいはひどかったけど、おれはすぐになれてしまった。



 なんだ。案外かんたんだった。

 おれの、はじめてのえもの。

 これでようやく、一人前のりっぱなゴブリン。



 いっしゅん、そんなことを思った。だけど、すぐに、めまいがした。手があたたかい血にひたされていて、なんだか心地よかったのに、きゅうに冷えて気持ちわるくなった。手を、あらいたい。さっきけられた腹と打ちつけた背中が、ねじれるようにいたみだす。


 モルドレッドのうめく声が、消えていく。まっかな血だけが、床一面に広がっていった。


 それだけでも、ぞっとしてたまらないのに、おれを見るダラスとセドリックの恐怖にそまった目に気づいて、おれは体中から血の気が引いた。あれは、狩られる側の目だった。じゃあおれは、一体どんな目をしていたんだ。



 その時の気持ちをどう言えばいいだろう。

 絶望、とか、後悔とか、そういったことばが思いうかぶけれど、そんなものじゃ足りない。


 だいじなものをなくした、とすぐにわかった。

 守れた。だけど、なくしたんだ。

 あの時のふたりは、おれにころされるんじゃないかって、本気でおもったんだろう。それはそうだろうな。


 自分の体を見れば、みにくいみどりの体に人間のかえり血をベトベトにつけて、血まみれのナイフを片手にした、悪鬼のようなゴブリンだ。完全、かんぺきな、ゴブリン。



 おれはまちがえた。いや、まちがえてはいない。


 なんど同じ場面になったとしても、おれは同じようにモルドレッドをころしただろう。

 だいじな3人を助けるために、だいじなものを傷つける人間をころす。おれにとっては、悪でもなんでもない。ゴブリンにとって、悪など何もない。だから、こんなことでひどくうろたえてしまうおれは、きっとやっぱりできそこないだ。


 ウィローを閉じ込めたビンがころがっているのが見えたけど、こわくなって目をそらした。本当はすぐにでもビンをあけて助けたかったのに、ダラスとセドリックの目を見て、ものすごくこわくなった。


 ウィローの目に、ほんのひとかけらでも、恐怖がうかんでいたらと思うと、もうたえられなくて、おれは、こやの外へとびだした。近くの木のうしろにかくれるようにしゃがみこんで、泣きながら吐いた。早く、早くウィローをビンから出さないとって思いながら。



 おれはやっぱりゴブリンで、人間をおそって食べることがあたりまえ。

 そんなことを今さら思い出させられて、さっきみたいに自分の知らない本能みたいなものが、ダラスやセドリックに向かったらと思うと気がおかしくなりそうだった。


 おれは自分がわからなくて、またひとりぼっちになった気がした。むかしとは比べものにならないほど、こわくてたまらなかった。




 すぐ近くで、おれの名前を呼ぶ声がした。


 いつの間にか、ウィローがおれのそばにいて、名前を呼んでくれていた。


(あとできいたら、すぐにかけつけたかったのに、ダラスもセドリックも呆然としてるからぜんぜん役に立たなくて困ったとおこっていた。ガラスビンをなんどもたたいて、ようやく気づいてもらえたそうだ)


 血や涙やはなみずや、ありとあらゆる汚いものをへばりつけた顔でそちらを見れば、ウィローも泣いていた。土の上を走ってきたみたいで、体中にどろや草の切れはしがくっついている。


 どこかいためたのか、いつものように少しとぶこともできないで、一生けんめいにおれの体をのぼっていた。

 


 ウィローが泣いてる。

 大きなケガ、してないかな?

 だいじょうぶかな?



 まっくらになってた心の中に、ウィローのことがポツンとうかんだ。おれの中の、たしかな光。


「ウィロー」


 お守りのことばを口にするように、小さな声でつぶやいた。

 いつもと同じ声が出て、おれはみょうに安心して、ようやく大きく呼吸ができた。


 森のにおいが体にブワッと入ってくる。草木のにおい、雪どけのしめった土のにおい、つめたい空気のいいにおい。そうだ、ここはおれの大好きな森の中。



 ウィローはおれの肩にのぼってくると、両うでを広げて、おれの顔をぎゅっとだきしめてくれた。おれはあわてた。ウィローの体に、いろいろ汚いものがついてしまう。


「ウィロー、よごれるから、はなれて」って言っても、ウィローははなれなかった。ぎゅうぎゅうと体を引っつけてきて、ありがとうってなんども言われた。


「フロッグ、たすけてくれてありがとう。本当にありがとう」


 ウィローは、大声で泣いていた。

「ビンの中は、こわかった」ってなんども言って、まるではじめて子どもになったみたいに泣きじゃくった。


 おれもわあわあ泣きながら、なぐさめるように、すがるようにウィローをなでた。



 ダラスとセドリックもこやから走ってやってきて、大泣きしているおれたちのことを、しっかりだきしめてくれた。そしてふたりは、おれの名前と、ごめんと、ありがとうを、なんどもなんどもくりかえした。


 おれを見る目は、もういつもとかわりなくてやさしくて、ふたりの体は大きくて、とてもとてもあたたかかった。


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