25 セドリックという名のおとこのこ
ひとばんねむって、次の日、おれが目をさましたら、セドリックはもう起きていた。
外はおひさまがのぼり始める少しまえ。夏のおわりの朝早く。セドリックはベッドで体を起こし、外のきれいでしずかな青色をぼんやりながめていた。ダラスはベッドから少しはなれたカベにもたれかかって、まだぐうぐうとねむったまま。
おれは窓辺でねていたから、窓のほうを見ていたセドリックは、おれが起きたのにすぐ気づいた。
セドリックは、おれのことを少し不安そうにじっと見た。こわがるかな、と思っていたけど、さけんだりわめいたりしなかった。大人の人間だって、ゴブリンにつかまったら、あんなにさんざんさわぐのに。
だいじょうぶかい? って聞こうとして、でも、王子さまがゴブリンと話すのってどうなんだろうと迷っていたら、セドリックが先に口をひらいた。
「きみが、ここに住んでるゴブリンかい?」
しずかでかしこそうな声。男の子らしくまだ少し高い声。だけどゆったりとして、おちついた話し方。人に命令するのになれた声。おれは、そう、とうなずいた。
「話はダラスにきいた。きみは、よいゴブリンなんだろう?」
よいゴブリン。それが一体、どういうものか、おれはしんけんに考えた。
よいゴブリン。はたして、おれは”よいゴブリン”なのか?
おれが考えこんでいるのをみて、セドリックはもういちど質問する。
「ぼくをころさない、といういみだよ」
セドリックの声が、少しやさしくなる。ああ、それなら、わかる。おれは「そうだよ」とうなずいた。
「こっちに来なよ。おおきな声で話していたら、ダラスが目をさましてしまう」
セドリックが少し声をひそめて、おれをよんだ。
そうだな。昨日ダラスは、とてもしんぱいしてたしな。夜もあんまりねむれてないかもしれない。それに、子どもとはいえ、人ひとりかついで、森の中をにげてきたんだ。きっとつかれているだろう。
おれもそう思って、セドリックのいるベッドのそばへ、トコトコ近づいた。
セドリックはやさしい声のまま、おれにたずねる。
「ダラスは、信用してもいいと思う?」
やさしいけれど、少しかたい声。
おれはビックリした。なんでそんなこと、おれなんかに聞くんだろう。たしかに助けてもらったはずなのに。それに、ダラスとセドリックのことを、おれは何も知らないから。おれはこたえに困った。
(何も知らないなんて書くと、ダラスにあきれられそうだ。本当は、前の晩にさんざんおしえてもらったけど、おれの頭ではりかいしきれなかった。でも、もしダラスの言ったことをぜんぶおぼえて、りかいしてても、やっぱりダラスとセドリックのことを知らないことに変わりない。おれはダラスでもないし、セドリックでもない)
「ええと、セドリックって名前なんだろ? 名前でよんでもいいかい?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、セドリック。おれは、ダラスを信用してる。けど、セドリックがダラスを信用していいかは分からない。自分できめることだから」
すると、セドリックは目を丸くして、わらった。子どもらしいわらい声。
「ほんとうだ。きみは、かしこいゴブリンだ」
「かしこくはねえよ?」
おれは首をかしげた。
頭のいいやつの言うことは、よく分からない。
でも、セドリックがわらったので、おれはホッとした。
「きみの名前は? ぼくも名前でよんでいいかい?」
セドリックはおれに名前をきいた。
名前をきかれたのはふたり目だ。おれは、とてもうれしかった。
こんどは、名のる名前がある。ウィローにもらった、おれの名前。
おれは、この時はじめて人に名前を伝えたんだ。
なんだか思った以上にうれしくなって、すこしメソメソと泣いてしまった。
「フロッグ、だいじょうぶ? 泣いてるの?」
名のっただけで泣き出すなんて、たしかにだいじょうぶか? と思うよな。セドリックは、おれの名前をよんで、しんぱいしてくれて、ケガしてない右手でおれをそっとさすってくれた。ゴブリンの体に平気でさわれる人間なんて、めったにいない。
セドリックは、やさしい。おれみたいなゴブリンにも、ずっとやさしかった。でも、あとで起きたできごとみたいに、やさしいまま王さまになるのは、やっぱりむずかしいみたいだった。
王子さまだからってわけでもなく、ダラスに言われたからでもなくて、おれはセドリックがだいじになった。
ダラスはやることあるから、と言ってさっさとかえってしまった。セドリックには、半年くらいでむかえにくると言っていた。
そうして、おれとウィローとセドリック、しばらく3人でのくらしがはじまった。




