23 補足紙(3)
*残酷な表現・殺人描写があります。苦手な方はご注意ください。
俺はお嬢さんを何て呼べばいいか、今も分からない。ゴブリン兄さんみたいにウィローなんて呼べない。かといって、昔の名前で呼ぶのはゴブリン兄さんに悪くてできない。お嬢さんに対して悪いと思えないところは、俺の拗れた感情なんだろう。
だから、”お嬢さん”なんておどけた風に呼んでいる。お嬢さんも、そのことについては何も言わない。もうすっかりそう呼ぶのに慣れてしまって、今更変えることもできないままだ。
王弟に仕えていた頃、護衛を兼ねて変な催しにも色々ついて回っていた。金と時間を持て余した貴族たちは、薄暗い遊びに耽っていた。妖精闘技なんて言って、貴族同士が戦闘奴隷のフェアリーを闘わせ、どちらか死ぬまでの勝負に大金を賭ける。ビビるくらいの金が動いたよ。
王弟もこの遊びが好きだった。フェアリーを作れるという稀代の魔道士がどっかの貴族に囲われていて、皆そいつからフェアリーを買っていた。魔道士が作り出した戦闘奴隷のフェアリーは、何匹くらいいたんだろうな。こっちも知らない方がいいくらいの金が動いた。
どんな素材の組み合わせがいいか、皆競うように試していた。満月の夜に折った樫の枝がいいという奴もいたし、大雨の日に現れるホロギツネの目玉がいいと言う奴もいた。そして、自分の考えた最強のフェアリーを作らせて、ガラス瓶に入れて闘わせる。
お嬢さんのことは、その界隈の連中みんなが知っていた。なぜなら最強のフェアリーだったから。
王弟派貴族ご自慢の、戦闘奴隷”バーヴ・アン・シー”。
別名、”血まみれアン”。
俺も見たよ。闘う姿を何度も見た。格好良かったんだぜ、本当に。絶対的な強さと残酷さ。その頃、戦うことが面倒になっていた俺だったが、血まみれアンを見る度に自分の本分を思い出した。
やっぱり戦いは面白い。不条理に相手を踏み躙る圧倒的な強さは爽快で、見ていて気分が良かった。そうなると、仕事もまたやりやすかった。俺は血まみれアンに、尊敬や憧れに近いものを抱いていた。
当時、俺は全く気付かなかったが、お嬢さんは俺のことを覚えていた。ガラス瓶の中からでも、外の様子はしっかり分かっていたらしい。見てるつもりが見られてたなんてことは、よくある話だ。
俺が王弟の影だってことも、王子の暗殺計画が何度も持ち上がっていたことも、お嬢さんは知っていた。妖精闘技の会場隅で、密やかに話し合われていたのは薄暗い話ばかりだったから。
俺がこの森の小屋へやってきた時、お嬢さんはさぞかしゾッとしただろう。ずっと隠れてたのも当然だ。初めは自分への追手だと思っていたらしい。
暗く豪奢な妖精闘技の世界の中で、ガラス瓶の中に君臨していた冷酷無比な絶対女王・血まみれアン。
どんなに訓練を積ませたフェアリーを何匹連れてきたって、魔力の大きな醜い妖魔だって、血まみれアンの前じゃひとたまりもない。細くて華奢な体から、柳の葉みたいな細い剣を無数に飛ばして相手の体を切り刻み、煉獄の炎を浴びせる。
血まみれアンの人気が高かったのは、ただ強いってだけじゃない。残虐で、残忍で、血に飢えた奴らに十二分な満足を与えてやってたからだ。
本来あいつは、炎だけで全員たやすく蹴散らせた。だけど、自分から炎を使うことはしなかった。刃で切り刻んだ方が、血がたくさん流れるし、苦痛も長いし、観客はハラハラするだろう。そういうことだ。炎を最後に使うかどうかすら、観客に決めさせていた。貴族たちは面白がって、選択の権利を高値で競り合うこともあった。
そしてとびきり美しい。さすがに小指ほどの女をどうという趣味は俺にはないが、そういうのが堪らない奴らもたくさんいた。昼間は平気な顔で立派な政治をしている、あたりまえにいる連中だ。別に特別なことじゃない。いたって普通の人間たち。
瓶の中だけじゃつまらないって、貴族たちはガラスの温室までしつらえて、派手な殺し合いを楽しんでいた。まあ、結果的にそれが仇になって、当の貴族も、奴隷フェアリーを生み出していた魔導士も、そのガラスの温室で血まみれアンにまとめて焼き殺されてしまったんだが。




