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21 補足紙(1)

 次のページを(めく)る前に注意しておいた方がいいだろう。



 今、このページを書いているのは、ゴブリン兄さんじゃない。


 俺は、ダラス。

 ゴブリン兄さんがそう書いている人間だ。


 俺は今、ゴブリン兄さんが土産用のクッキーを作ってくれてる隣でこれを書いている。



 

 ゴブリン兄さんの書いたものは、あれで結構いいと思うんだが、あいつは俺にも何か書けって言ってきた。


 そもそも俺は、冬の間は森へは来ない。雪が面倒で道も分かりにくいから。だけど次の春にはゴブリン兄さんたちは別の森へ移るから、最後に菓子でも食おうと思って訪ねたんだ。


 ゴブリン兄さんが書いた本を読んでみてくれというので、通して読んだ。本はほとんど書き終わっていて、俺は正直驚いた。


 ただ、セドリックがやってきたところを読んでいた時、「本当に、全然説明できてねえなあ」って笑ったのが良くなかった。冗談のつもりだったのに、ゴブリン兄さんは「そうだなあ」と考え込んで、補足の紙を書いてくれよと俺に頼んできた。


 正直、全く気が乗らなかった。

 俺が書いたら、ゴブリン兄さんが書いてないことも書いてしまう。少し抜けてて優しいあいつの言葉に、俺の汚れた言葉を挟みたくなかった。


 だけど俺がそう渋っていたら、お嬢さんがやってきて「書いて」って言いやがった。俺の気遣いを無駄だと言われたみたいで、ムッとした。しかもわざわざ起きてきたんだ。普段、冬の間は眠っていると言ってたのに。


「昔のお嬢さんのことも書くぜ」と言っても、「いいよ」って返事をしやがるし、「心配してくれてるの?」なんてふざけたことを聞いてくる。


 ああ、そうだよ、心配なんだ。お嬢さんじゃなくて、ゴブリン兄さんの方がな。あんたの話は悲しい話だ。兄さんは、悲しい話は苦手なんだよ。



 ゴブリン兄さんは、難しい顔をしてた。と言っても、本当に難しいことを考えてるわけじゃない。どう言えばいいかなって考えてる時の顔だ。こいつはとても優しいが、案外小難しくて頑固なところがある。


「ふたりは森の中で幸せに暮らしました、でいいんじゃねぇの。実際、そうだろ」

「うん、そうなんだけど。でも、残したいんだ」

「悲しいこともあったけど、おかげで一層幸せが輝くとか、そういう話か? 悲しいことにも意味はある、って?」


 本当にそうならどれほどいいだろう。一番傷む記憶のある者が、一番幸せになれるのなら。そういう話も悪くない。


「今になって、そう思うこともあるけれど」


 ゴブリン兄さんは、ゆっくり考えながら話していく。


「だけど悲しい事なんて、本当はない方がいいに決まってる。ゴブリンの群れにいた頃、おれは辛いだけだった。ウィローだって、そんなのなくても幸せになれた」

「じゃあ、なんなんだよ。大体、ゴブリン兄さんは悲しい話は苦手だろ」


「でも、本当にあったことなんだ。それをなかったって言われるよりは、ずっといい。おれは気持ちがしんどくなってしまうから、頭に浮かべて書くのが難しい事がたくさんある。ウィローの話は特にそう。だからダラスが書いてくれるなら、それもいいなって」

「分からねぇな。お嬢さんだって、あんな話、残してほしくないだろう」



 俺は、ゴブリン兄さんの言ったことはよく分からなかった。

 その後、お嬢さんの言ったことも、俺には理解できなかった。

 だからそのまま書いておく。



「私はね、悲しいお話が好きなの。


 私には今、フロッグがいるから、普段は愉快なお話も幸せな物語もとても大好き。一緒に読んだりすると、すごく楽しい。二人であちこち素敵な世界に出かけていける。


 だけど、私の中にはずっとガラス瓶に閉じこめられた私がいて、時々、ふっと出てきたりする。

 

 そしたら、醜い気持ちでいっぱいになる。

 どうして他の人が、こんなに幸せなのかって。


 そんな時は、悲しい話が欲しくなる。

 他の誰かが、辛い気持ちでいると知りたくなる。

 それでようやく、私のひとりぼっちが少しまし。


 一人で暗く冷たい夜の底へ沈む時、

 連れて行けるのは、誰かの嘆きの言葉だけ。


 そういう言葉も私には必要なの」



 お嬢さんの言うことは、俺には全然わからねぇ。


 って言ったら、「好きに書いていいよ、ってこと」なんて澄ました顔で適当なことを言う。ゴブリン兄さんは、うんうんと頷いている。本当に大丈夫かよ。

 

 まあ、ここまで言ったんだからいいだろう。好きに書くことにしよう。なんだかんだ言いながら、俺も書いておきたいことがある。


 お嬢さんの話は悲しい話。それなら俺の話は悲しい話か?

 分からない。もう随分前の話だ。大したことない気もするし、世界が終わるような気もするよ。お嬢さんの夜の道連れになるのなら、ようやく俺は悲しかったと分かるかもな。



 とは言え、この本はもちろんゴブリン兄さんのものだから、俺が書いたものを読んでやっぱり残さないって決めても、全然いい(本当に構わないから、嫌だと思ったらちゃんと本から外しておけよ)。


 だけどそのまま残すだろうなって気はしてる。

 だから、これを読んでる人に注意はしておこう。



 俺の書いたことを読まなくても、ゴブリン兄さんの話だけでちゃんとお話は完結する。


 読まなくてもいい。

 気になったら、後から戻ってきて読んでもいい。

 今読んでいる紙を含めても、たった紙四枚だ。読み飛ばして次のページに行けばいい。


 ゴブリン兄さんの優しい気持ちをちゃんと汲むには、きっとその方がいいだろう。

 いや、どうだろうな。俺にもよく分からなくなってきた。さっき書いた、お嬢さんの言ったことが分かるんだったら、読んでもいいかもな。


 読むか読まないかは、好きに選べばいい。

 文字はあんたを追いかけたりしない。読まなければ、それらはなかったことのまま。

 とても簡単で、とても強力な自由だろう。



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