1 はじめに
*全編を通して狩猟、殺人の残酷表現があります。苦手な方はご注意下さい。
なにから書いたらいいかわからない、と言ったら、ウィローが「じゃあそう書いてみたら」と言うので書き出してみる。まず書いてみるといいよって言う。そうかな。でも、書いてみたらつづきを書いてみたくなった。ほんとうだ。もうこんなに書けた。
おれの字、ちゃんとよめるだろうか。
ウィローが手もとにやってきて、ペン先をのぞきこむ。
大丈夫って言うから安心した。
じゃあ、はじめまして。
おれはゴブリンです。
体はにごったみどり色で、全身イボイボがたくさんあって、耳がとがっていて、目は赤です。
背はふつうくらい。ゴブリンのふつう、人間の子どもぐらい。
多分、これをよむのは人間とか、エルフとか、そういったかしこい連中だろうから、ゴブリンの書いたものなんてよみたくないと思われるかな。なんでゴブリンが人間の文字を書けると思われるかな。
おれが住んでいるのは森の中の小さな丸太ごや。ここには前に、人間が住んでいた。前のやぬしがのこした本と料理のレシピがたくさんあって、おれはそれで文字をおぼえた。おいしいものができるのが楽しくて、レシピをなぞって作っているうちに、だんだんよめるようになったんだ。
でも、書くことにはなれてない。本でしらべていけば、正しいつづりで全部かけると思うけど(案外むずかしい字も書けるんだ。綴る。読む。ほらこんなふうに)。時間がかかりそうだから少しみだれてしまうのをゆるしてほしい。書いていきたいことが、たくさんある。
ゴブリンは文字をもたない。何かをのこす必要がないから。だから、文字がよめるようになっても、なにかを書くってことをしたことはない。
でも、これはとくべつ。
次の春になったら、おれたちはここを出ていくから、ちゃんとのこしておこうって思ったんだ。
今はまだ秋のはじまりくらいで、1日やることがたくさんある。
少しずつ書いていこう。
それに冬になったら、もっとたくさん時間がある。
この本には、おれとウィローのことを書いていくつもり。
それから、会いにきてくれるふたりの人間のこと。
この森の丸太ごやでおきたこと。なんでもない日と、なにかあった日のこと。
(ウィローがそばにいてくれて、書いたものをよんでくれる。時々、よみやすいようにと、くずれすぎた文字をととのえてくれるのでありがたい。ほんとうは文章もかっこよく書き直してほしいけど、そんなことしなくていいと言う。もったいないって。ウィローは、おれの書いたものをよみたいと言ってくれる)
ウィローのこと。
おれの大すきなともだち。
いちばん、たいせつ。
おれとふたりで、この森の丸太ごやでくらしている。
ウィローは植物のフェアリーで、とても小さい。
おれの手のひらぐらい。
長いかみは金色でさらさらでちょっとカールしていて、空色の目、ほそくて白い体。みどり色のヤナギの葉をつなぎ合わせたような、すてきなワンピースを着ている。背中にはうすみどりで虹色にかがやく羽が生えている。羽をうごかすと、キラキラとした光の粉がちる。
たいようを浴びれば空気が光って見える。
くらやみの中で見れば、またたくとおい星のよう。
どうだろう、うまく書けたかな。
本だなには、とてもうつくしいさし絵の、とてもうつくしい詩の本がある。おれはそれがとても好き。おれもそんなふうに書いてみたかった。
だけど、すこしわざとらしいかな。
うまく書こうとすると、うまくいかない。
(でも、この部分をよんだ時のウィローは、ずいぶんうれしそうにしていたので、おれはまんぞくだ。きっと少しはうまく書けた)
ウィローのことは、一言では言えない。ことばをさがさなくたって、いつも心にあるままを書きたいけれど、それはことばにならない。
だいじなものや、存在や、べつに生き物じゃなくてもいいんだけど、そういうとくべつなものをなんて呼ぶんだろう。なんて書けばいい? ゴブリンにはとくべつなんてないから、そういうことばをおれは知らない。
なかま ともだち たからもの
しあわせ いとおしい だいすき
おれにとって、ウィローはぜんぶそうだし、それだけじゃない。
ただ、とてもとくべつで、とてもたいせつ。
これでよんでる人にも伝わるといい。
ぜんぶじゃなくても、おれのおもうことをほんの少しでも。
日がくれてきた。
夕食をつくるので、今日はここまで。
つづきは、また明日。