CAR LOVE LETTER 「Unexpected love」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:TOYOTA ESTIMA(TCR11W)>
「じゃ、明日5時集合な。寝坊すんなよ。」
「自分が一番心配なくせによく言うよね~!」
「もうこのままここで明日迎えた方がいいんじゃねえ?」
「あー無理。うちの親、門限うるっさいからさ。」
あたし達は大学の同期生で、学部こそ違うけれど、女四人男三人の仲良しグループ。
明日からテスト明けの連休に入るから、みんなで二泊三日のスキー旅行に行こうって事になったわけ。
あたしスキーやった事無いから、あまり興味無かったんだけど、雪国育ちのキューブの彼が随分とスキーを押したのよね。
みんな分かってるのよ。彼はあの子にいいとこ見せたいんだろうなって。友達以上恋人未満の関係を打破したいんだろうって。
だからみんな反対しなかったし、まぁスキーなら楽しめるだろうからって事で、プランはあっさり決まってしまった。
七人の人間と荷物は一台の車では運べないから、スキーへは二台で行く事になった。
一台はもちろんあの彼のキューブ。こっちにはみんなの荷物をぎっしりにして、彼とあの子を二人っきりにしてやろうというあたし達の魂胆。
そしてもう一台は、みんながタクシーと呼んでいる、あいつのエスティマ。
あたしはあいつのエスティマが、みんなにそうやって呼ばれるのが、実はおもしろくなかった。
いつもみんなは、あいつが家まで送ってくれるのをあてにして、電車がなくなる時間まで遊ぶのよ。
そんなみんなの事を、あいつは文句も言わずに家まで送り届けるんだ。
最近じゃあいつ、飲み会でもお酒飲まないで、みんなの帰りの足を買って出てくれる様にもなった。
あたしも実家通いだから、あいつが家まで送ってくれるのはホントに助かる。
でも、いつも迷惑かけてるなぁと思って、ちょうどエスティマにはあいつとあたしだけだったから、ありがとうを言うついでに、こうしてみんなに便利に使われるのは嫌じゃないか、聞いてみた。
「まあ別に構わないよ。みんなの帰りたくないけど帰らなきゃって気持ち、分かるからさ。それに、俺が車出してみんなと遊べる時間が長くなれば、その方が楽しいじゃん。」
あいつは大きな体を揺すって、ニコニコしてそう言った。
あいつは高校の頃ラグビーをやっていたらしく、ホントにがっちりして頼り甲斐がある風体だった。
その割には、殺すのがかわいそうだとか言ってゴキブリを外に逃がしたり、カラオケで友達の歌うミスチルに涙を浮かべたり、そんな体格に似合わない一面もあったりする。
あたしは背も小さいし、モデルみたいな2ゼミのあの子みたいに綺麗でもないし、歌や料理が上手い訳でもないし、これと言った取り柄もない。周りの友達を見ていると、コンプレックスを感じたりするんだ。
だからこのスキー旅行に合わせて、あたしはウェアを買ったんだ。
何の取り柄もないあたしが、レンタルのウェアじゃあ救い所が無くなっちゃうじゃない?
お店でいっぱい悩んで、店員さんにも色々聞いて、予算も大分オーバーしちゃったけれど、納得のいく買い物が出来たと思う。みんな、気付いてくれるかな。
出発当日、やっぱり心配通り寝坊助が現れた。「寝坊すんなよ。」なんて自分から言ってたくせにねえ。
あたし達女子はメイクの時間だって必要なんだから、始発に間に合わすには随分早起きしなくちゃいけないんだから!男の子はそういうの全然分かってないよね。
みんなが揃って、あたし達は示し合わせた様に小さなキューブに荷物をギュウギュウと詰め込んだ。
「おぉい、俺の車に誰も乗んねぇのかよぉ。」
キューブの彼はあの子をちらっとだけ見て、「まぁ別に良いけどさ。」といつもの口癖を呟いた。
「よろしくね。」と、2ゼミのモデルちゃんがあの子に耳打ちする。
あの子も、何であたしぃ?と眉間に皺寄せながら文句を言うも、でもまんざらでもない様子よね。
残りのあたし達は、いつものようにあいつのエスティマに乗り込んで、白み始めた空に雪山への期待を高めて行った。
キューブはどうだったか知らないけれど、エスティマの中は大盛り上がりだった。
あいつがミスチルのCDを掛けると、寝坊助の彼がそれを高らかに歌う。彼はホントに歌が上手いの。
あいつはそれを聞いてまた、「いい曲だよなぁ。」と呟いた。
寝坊助はこの歌、モデルちゃんに向かって歌ってるみたい。
彼と同じ高校だったショートボブのあの子が、彼の意中はモデルちゃんみたいね、って事を少し残念そうな表情でちょっと前に話していたな。
彼女、車中の雰囲気に合わせながらも、やっぱり少し残念そうな表情してる。あんたの意中は寝坊助って事ね。ふぅん。
こんな小さな仲間内だけど、恋模様が垣間見られる。あたしはどうだろう。みんなの事は好きだけど・・・。
あたしは高校時代の元カレをふと思い出し、元カレとは全然タイプの違う、運転席でミスチルに大きな体を揺すっているあいつをちらっとだけ見て笑った。
スキー場へ到着し、あたし達は荷物を抱えてロッジへチェックインした。
ここはゲレンデから目と鼻の先のロケーション。あたしが見つけて、上手く日取りも調整できた。我ながらいい仕事したと思うわ。
あたし達は荷物を開いて着替えを始めた。
よく見ると、みんなかわいいウェアとか小物とか揃えてる!ガーン!!
結局あたし、またみんなの中に埋もれちゃうのかな。みんなはかなりノリノリで着替えてるけど、あたしは一人、がっくりテンションが下がってしまった。
ロッジのロビーでは、男の子達があたし達女子の事を待ちくたびれた様な表情で、スキーやスノボのビンディングをいじりながら待っていた。
「おっせぇよ~。化石になりそうだぜ~!」
キューブの彼が文句を漏らす。
「ゴメンねぇ。」とあの子が言うと、キューブの彼はまたいつもの様に「別にいいけどさ。」と言うのよね。ホント分かりやすいわ。
そのやり取りを見ていると、のそのそとあいつがあたしに詰め寄ってきた。
??何?!と思っていると、あいつはあたしの首根っこを突然掴んできた。
訳が分からずされるがままのあたしに、ブチっと言う感覚が伝わってきた。
何々!?少し慌てふためくあたしに、あいつは大きな手に握られている物をあたしに手渡してきた。
それは何と、値札。
そうだ。外そうと思って、忘れていたんだった!
あたしは恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
でもそんなあたしをよそに、あいつはあたしに「このウェア、いいじゃん。」とさらりと言い残して、スノボを抱えて男の子達とゲレンデに猛ダッシュしていった。
その日のあいつも、ホントにあたし達のムードメーカーだった。
ゴンドラの中では面白い事を言ってみんなを爆笑の渦に巻き込み、わざわざ新雪に踏み込んで、案の定転んで雪に埋もれたり、ジャンプ台やハーフパイプで派手なジャンプを見せたかと思うとそのまま派手に着地に失敗したり、ホントに場を盛り上げるのが上手だった。
ロッジの夕飯が済んでから、夜はみんなでコンビニに買い出しに行って大宴会になった。
そこでもあいつ、目一杯体を張って飲むわ飲むわ。
いつもあいつは飲み会じゃ運転手で、お酒を飲む印象が薄いから、あいつのあの飲みっぷりは本当に意外だった。こんなに飲んじゃって大丈夫なのかなぁと、少し心配に思えるくらい。
やっぱりそんな予想に違わず、翌朝あいつはひっどい二日酔いに見舞われていた。
何度も水を飲んではトイレに駆け込むを繰り返す。さすがに滑れそうもなく、あいつは部屋で寝てるから、みんな行ってくれとあたし達を見送った。
「みんな、スマン。俺の屍を越えてゆけぃ。」と酒くさいしゃがれた声であいつは言う。
「死して屍拾う者無し!」と寝坊助がストックであいつを袈裟斬りにする。
青い顔をしながらも、あいつは「うぎゃあぁ~!」と斬られて倒れ、あたし達をまた笑わせた。
その後みんなと滑ってはいたけれど、あたしはあいつの事が気になって気になって仕方がなかった。
あたしは昼ご飯の時に「アレが始まっちゃったから、ちょっとロッジ戻るね。」と女の子達にウソのことわりを入れて、あいつの様子を診に行く事にした。
スキー場の売店でパンとカフェオレとヨーグルトを買い、ロッジに向かう。
男の子達の部屋をノックすると、ドアの向こうから熊が唸る様な返事が聞こえた。
「入るよ。いい?」
あたしはそっとドアを開けた。部屋にはぐちゃぐちゃの荷物やベッドが並んでいる。
一番奥の壁際の布団が盛り上がっている。あいつはもぞもぞと動いてこっちを見て、あたしを確認するや「うえっ?」と声を上げた。
「何だよ。何でここにいるんだ?」
あいつは迷惑そうな声で、でもちょっと嬉しそうな表情であたしにそう言った。
「大丈夫?少しは楽になった?」
あたしはあいつにパンを渡す。まぁボチボチな、とあいつは答える。
「昨日は凄かったよね。あんなに無茶しなくてもいいのに。」
あたしはぐちゃぐちゃのベッドに腰を下ろして、ぼそぼそとパンを食べはじめたあいつにそう言った。
「しょうがねぇよ。俺、喋りも下手だし、かっこよくもないし、こんなガタイだから、体張って笑い取る位しか出来ないからな。」
あいつは自分を嘲笑う様に、視線を落としてそう答えた。
「うん、おかげでみんな楽しんでるよ。でも、ちょっと無理しすぎだったかな。」
あたしは先生みたいな口調であいつ言う。
するとあいつは思いがけない事を口にしだした。
「みんな、か。・・・俺は、お前が楽しんでくれれば、それでいいんだ。」
え?何?今何て?あいつは蚊の鳴く様な声でぽつりと漏らした。
あたしは聞き間違えたのかと思ったけれど、さらに続けるあいつの言葉に、あたしはあいつの真意を知るのだった。
「みんなが笑ってくれるよりも、お前が一人笑ってくれるだけで、いいんだ。俺さ、・・・お前の事、好きだから。」
まさか。あんなにはじけてたのが、あたしの為だったなんて。
思いがけないあいつの告白に、あたしは思考が止まってしまった。
あたし達の間にしばらくの沈黙が訪れる。それに耐え切れなくなったのは、あいつの方だった。
「悪い。俺まだ酒残ってるわ。寝る。パン、サンキュな。」
そう言ってあいつは布団に潜って、ピクリとも動かなくなってしまった。
ゲレンデに戻ると、ショートボブのあの子があたしの事を待っていてくれた。
彼女は開口一番、「あいつ、生きてた?」と切り出してきた。
ホントに彼女は鋭い。もしかして、あたしがあいつに告白されたのも、感づいているんじゃないかしら?あたしはぎくりとして、何と答えようかと模索した。
でも彼女は、そんなあたしの答えを待たず、「行こっ!」とスノボを抱えて歩き始めた。
その晩、あいつはまだ食欲が無いと言って部屋にこもり、夕飯の輪に交ざる事はなかった。
理由は分かってる。食欲が無いんじゃ、ないよね。
あたしも何となく食が進まなくて、しかもムードメーカーのあいつがいなくて、その晩の夕飯は随分と素っ気ない感じだった。
スキーからの帰りにしても、あたしはあいつのエスティマの助手席に乗るのが何となくはばかって、さっさと後席に滑りこんでしまった。
あいつはそれをちらっとだけ見て、コブクロのCDをデッキに押し込んだ。
このコブクロも、あいつからのメッセージなんだろうか。シクシクと心に響くこの歌詞。
相変わらず歌の上手い寝坊助の熱唱を聞きながら、あたしはあいつの背中をぼんやり眺めていた。
大学近くに戻って来たのは、結局夜の8時をまわった位だった。
下宿のみんなはここで解散、実家組はまたあいつが送ってくれる事になった。
「またタクシーよろしく。」
キューブの助手席が指定席のあの子が、悪びれずにそう言った。
あいつは、はいはい、と言った表情で特に文句も漏らさない。
あたしはその言葉がホントに気に入らなかった。そして、自分でも意外だと思う行動に出た。
「あたし達、付き合う事になったから。悪いんだけど、もう彼の車、タクシーなんて呼ばないでよね。」
あたしはあいつの腕に抱き着いて、みんなに向かってタンカを切った。
みんなからはどよめきの声が上がる。
でも一番驚いているのは誰でもない、あいつだった。
あたし、気付いたんだ。
あいつのエスティマがタクシーと呼ばれるのが嫌だった訳が。
あいつが無茶してるのが心配だった訳が。
あいつが酒に潰れているのが気になってた訳が。
あたしもあいつの事、好きだったんだ。
みんなは顔を見合わせる。どうしようか、と言った感じに。
「家まで、送ってあげたらは?」
あたしがあいつの腕にしがみついたままそう言うと、「あ?あぁ、そうだな。」とあいつはみんなに乗れよ、と促す。
「駅までで・・・いいよ。」
寝坊助の彼がそう言うと、他のみんなも口々にそれに賛同した。
駅までの道中、スキー場からの帰り道とはうって変わって、エスティマの中ではみんな殆ど会話を交わさなかった。
駅にみんなを降ろし、あいつはあたしだけを乗せてエスティマを走らせた。
みんなを降ろした後も、エスティマの中には沈黙が続いていた。
あいつはあたしを家まで送り届けてくれる。
荷物を降ろし、「じゃあ、おやすみ。」とちょっと緊張した表情で、あいつはあたしに言ってきた。
あたしは思いっきり背伸びをして、そんなあいつに軽くキスをした。
あいつはまた、目を丸くして驚いた表情であたしを見つめた。
あたしにとっても、多分あいつにとっても、そして仲間のみんなにとっても予期せぬあたし達の恋。
一体これからどうなってしまうのだろうか?それは神のみぞ知る?ううん。そんなことは無い。
だってあたしの気持ちは、こんなにも盛り上がっているんだから。
あいつのエスティマのテールランプを見送りながら、あたしは右手で拳銃の真似をして、エスティマに向かって「バン!」と一発打ち込んだ。
すると交差点を曲がるエスティマは、一瞬ふらりとよろけた様に見えた。
本作はCAR LOVE LETTER「Forgotten word」、「Necessary」、「Vioceless regret」の姉妹作品です。そちらもご覧いただければ、よりいっそうお楽しみいただけると存じます。