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蘇る災厄

リゼルの口から出た「全滅」という言葉は、松明の火が発するパチパチという音すら掻き消すほどの重さを持っていた。そして「奴らが蘇った」という言葉は、俺たちの血を一気に冷やした。

「おい、リゼル、何を言ってるんだ?『奴ら』って、まさか……」

マーティンが戦斧を握る手に力を込めた。彼の顔は、先ほどまでの豪快な笑顔とはかけ離れた、恐怖と警戒の色を浮かべている。

リゼルは脇腹の傷を押さえ、低く、切羽詰まった声で答えた。

「二年前にこの山脈の奥で討伐されたはずの『貪食の眷属ボア・ファミリア』だ。奴らの巣が、あの『大穴』の中にある。先遣隊は、深部にまで辿り着く前に、その最初の波に飲まれた」

『貪食の眷属』。それは数年前にこの地域で突如出現し、村や集落を次々と襲って壊滅させた魔物の大集団だ。普通の魔獣とは一線を画す、連携と知能を持った恐ろしい存在。討伐にはB級以上の熟練パーティが複数組必要とされ、多大な犠牲を払ってようやく鎮圧されたと聞いている。

「そんな馬鹿な!奴らはあの時、完全に駆逐されたとギルドが発表したはずだ!」

ニールが松明を握り締め、怒りに近い動揺を見せた。彼の王都への護衛任務は、この地域の治安が安定しているという前提の上で成り立っていたはずだ。

「嘘ではない。私は生き残った隊員から、瀕死の状態で情報を聞き出した。奴らは以前よりも数が多い。そして、知恵をつけている」

リゼルは短く息を吐いた。彼女の背後に潜んでいた残りの影、つまり彼女の仲間たちも、無言で周囲を警戒している。彼らもまた、疲れ果てた表情をしていた。

「ジーンズ、マーティン。正直、お前たちが来たのは運命だと思った」

リゼルは決意を込めた目で俺たちを見た。

「あの情報がギルドに伝われば、街はパニックになる。商人たちは逃げ出し、この宿場町は経済的に壊滅する。それだけじゃない、奴らの勢力圏が広がれば、この地域の安全は完全に崩壊する」

マーティンは一瞬、俺と目を合わせた。その瞳は、逃げるべきだという理性の声と、目の前の危機を見過ごせないという冒険者の血との間で揺れ動いている。

「……で、お前はどうするつもりだ、リゼル」

俺は槍の柄を握りしめ、静かに尋ねた。俺たちがここに来たのは、金のためだ。だが、この状況は、もはや金の多寡で測れるものではない。

「私は、今夜のうちに先遣隊が持ち出した報告書を回収する。それが、奴らの能力と数を把握する唯一の手掛かりだ。その報告書さえあれば、王都の討伐隊を迅速に動かせる」

リゼルは脇腹の傷にそっと触れた。

「だが、私一人では無理だ。ここに来るまでに三人の仲間を失った。ニール、お前は街に戻って情報を隠蔽し、住民を落ち着かせろ。マーティンとジーンズ……二人だけでいい。私に力を貸してくれ。この街の、そして多くの人々の命がかかっている」

その要求はあまりにも重かった。B級の精鋭部隊を全滅させた魔物の巣へ、C級で燻っている俺たち二人に、単独で潜入しろと言うのだ。

ニールは立ち上がり、怒りと不安が混じった顔で反論しようとした。

「待て!リゼル、それは無謀だ!二人を死なせる気か!」

「黙れ、ニール。彼らが行くかどうかは、彼らが決めることだ」

リゼルはニールを一喝し、再び俺たちに視線を向けた。夜の森の静寂が、俺たちの返事を待っている。

マーティンは深く息を吸い込んだ。まるで、重い戦斧を振り上げる前の、最後の呼吸のように。

「チッ……英雄願望はもう捨てたって言っただろうが」彼は小さく舌打ちをした。

そして、マーティンは俺の方へ向き直り、ニヤリと笑った。それは、諦めの笑みではなく、久しぶりに胸の奥が熱くなった、獰猛な冒険者の笑みだった。

「どうする、相棒?『大穴』の奥には、俺たちが越えられなかった紙一重の壁をぶち破る『何か』があるかもしれねえぜ」

彼の言葉は、俺の胸に突き刺さった。金ではない。安全ではない。この巨大な危機に立ち向かうことこそが、俺たち自身がどこまでやれるのかを知る、最後の機会になるかもしれない。

俺は槍を握り直し、その穂先を僅かに震わせた。冷たい夜風が、俺たちの決意を固めるかのように吹き抜けていった。

「決まりだな。だが、報酬は銀貨二十枚どころじゃ済まされないぜ、リゼル。命の値段は高くつく」

俺の返事を聞き、リゼルは初めて、安堵と感謝の入り混じった表情を見せた。

「ありがとう、ジーンズ。君たちの命に、この街の未来を懸ける」

ニールは愕然とした表情で俺たちを見ていたが、何も言えなかった。彼の目には、C級の限界を知りながらも、再び巨大な運命に立ち向かうことを選んだ俺たちへの、複雑な感情が渦巻いていた。

「よし。ニール、お前は今すぐ街に戻れ。俺たちはこれから、『大穴』へ向かう」

マーティンは斧を肩に担ぎ、再び冒険者としての顔つきに戻っていた。夜の闇の中、新たな目的地、『大穴』へと向かう、三人のベテランの物語が、今、始まった。

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