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再会の光、穴ぐらの闇

宿場町を出てから半日、俺たちは灰色の土埃が舞う山脈の麓を目指して歩き続けていた。道中は、時折通り過ぎる商隊と、獲物を抱えて帰路につく別の冒険者グループとすれ違う程度で、静かだった。

「しかし、この街道も埃っぽいな」

マーティンが首に巻いた布で口元を覆いながら愚痴をこぼす。巨体に見合わぬ器用さで、彼は背中の戦斧が揺れないようバランスを取っていた。

「仕方ねえだろ、ニール。お前、王都の護衛で贅沢になったんじゃないか?」

俺がそう言うと、ニールは笑いながら答えた。

「いやいや、街道の埃は相変わらずだ。ただ、王都じゃあもっとましな酒を飲んでたもんでね。この旅が終わったら、あの吟醸酒を奢るぜ」

「それは楽しみだ」

エールもいいが、たまに飲む王都の洗練された酒は格別だ。その約束が、この危険な旅路のささやかな目標の一つとなった。

昼過ぎ、俺たちは道中の小さな集落で休憩を取った。ニールが持参した保存食と、湧き水の冷たさが、疲労を少しだけ和らげてくれる。

「それにしても、妙に静かだ」

マーティンが呟いた。

「この街道を普段使うのは、山脈を越える商人か、森へ狩りに入る冒険者くらいだ。だが、ダンジョンの噂が出回っているにしては、人の流れが少なすぎる」

俺も違和感を覚えていた。もし新しいダンジョンができたという話が広まっていれば、一攫千金を狙う冒険者が、もっと押し寄せていてもおかしくない。

「多分、まだ正式な情報が出回っていないからだろう。王都の先遣隊が戻ってきて、ギルドが詳細を公表するまでは、用心深い連中は動かない」

ニールが言う。彼はこの街道の地理に詳しく、その読みは信頼できた。

休憩を終え、再び歩き出す。街道は次第に険しくなり、左右には岩肌が迫り、風が冷たさを増した。そして夕暮れ時、ついに俺たちは山脈の麓へと到達した。

そこは、街道から外れた、鬱蒼とした森の入り口だ。岩がゴロゴロと転がり、巨木がひしめき合い、昼間でも光が届きにくい。

ニールが地図と周囲の地形を照らし合わせる。

「間違いない。この森の奥に、魔力の反応が強く出ている地点がある。先遣隊は、この森を抜けた先の洞窟を目指しているはずだ」

森に入ると、空はあっという間に闇に飲み込まれた。三人は松明に火を灯し、その揺らめく炎を頼りに進む。周囲からは、獣の気配と、聞き慣れない虫の鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。

二時間ほど森の中を進んだ時、マーティンが立ち止まった。

「待て。松明の火が一つ、消えている」

彼の視線は、木々の間に残る微かな痕跡を追っていた。

「先遣隊の松明の燃え殻か。だが、なんで消えてるんだ?」

俺は慎重に周囲を警戒しながら尋ねる。松明は、基本的に燃え尽きるか、意図的に消すまで消えない。途中で消えたということは、何か急な事態が発生したか、あるいは……。

ニールが焦ったように一歩踏み出した、その時だった。

「動くな!」

突然、頭上から鋭い声が響いた。俺たちは反射的に、手に得物を構える。マーティンが戦斧を地面に突き立て、俺は槍を上段に構えた。

木の枝の上、闇の中に数名の影が潜んでいた。そのうちの一人が、松明の光を避けるように、枝から飛び降りてきた。全身を黒い革鎧で固め、顔はフードで深く隠されている。

「誰だ!敵か?」

マーティンが低い唸り声を発する。

フードの男は、俺たちを値踏みするように観察した後、フードをゆっくりと持ち上げた。

その顔を見て、俺とマーティンは同時に息を飲んだ。

「……リゼルか!」

マーティンの声が、驚きと安堵に揺れた。

そこに立っていたのは、俺たちが知る、かつて同じギルドに属していた女剣士、リゼルだった。彼女は二年前に、B級昇格試験に合格した後、さらに上を目指してこの街を離れていたはずだ。

「まさか、お前が先遣隊にいたとはな。生きててよかった」

リゼルは、疲労の色を隠せない顔で、しかし力強い眼差しで俺たちを見た。

「ジーンズ、マーティン。それにニールも。……間に合ったか。ここはもう安全じゃない。すぐに引き返せ!」

彼女の言葉には、ただならぬ緊迫感が含まれていた。それは、獲物の群れに遭遇した時とは全く違う、命の危険を知らせる本物の警告だった。彼女の黒い革鎧の脇腹には、血が滲んだ包帯が巻かれているのが見えた。

「何があった、リゼル!先遣隊はどうしたんだ!」

俺の問いに、リゼルは苦渋の表情を浮かべた。

「ダンジョンは……洞窟ではなかった。あれは『大穴ホール』だ。そして、先遣隊は……全滅した」

その言葉は、俺たちの希望と期待を一瞬で氷のように冷やした。全滅。それはB級以上の冒険者で構成された部隊が、一人残らず命を落としたことを意味する。

「まさか……」マーティンが声を絞り出す。

リゼルは鋭い視線を森の奥に向けた。

「あの『大穴』は、ただのダンジョンじゃない。奴らが、蘇った」

彼女の言葉は、まるで石板に刻まれた古代の呪文のように、俺たちの耳に重く響いた。俺たちの求める報酬は、想像を絶する危険の代償として、目の前で巨大な牙を剥き始めていた。

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