早朝の準備とある種の誓い
翌朝、夜明け前の冷たい空気が窓から差し込む。マーティンが借りている宿の一室で、俺たちは出発の準備に取り掛かっていた。宿場町の通りはまだ深い眠りの中で、聞こえるのは時折遠くを走る馬車の車輪の音と、俺たちが装備を整える金属の微かな音だけだ。
「よっ、と」
マーティンは、長旅に耐える分厚い牛革の防具を身に纏い、一つ一つバックルの具合を確かめている。彼の主武器である巨大な戦斧は、すでに丁寧に油が塗られ、鈍い光を放って壁に立てかけられていた。
「ジーンズ、お前の槍はもう磨いたのか?」
「ああ。さっきな」
俺は自分の得物である長槍の穂先を、最後に残った布切れで一拭きした。柄の木目は滑らかで、長年の使用で手の形に馴染んでいる。血抜きと急所への一撃に特化した俺の槍は、今日も完璧にその役割を果たす準備ができていた。
テーブルの上には、昨晩ニールが持ち込んだ地図が広げられている。
「山脈の麓、か。この辺りだな」
マーティンが太い指で地図上の、まだ名前の記されていない空白地帯を指す。地図は、王都の先遣隊が事前に探知した魔力の高まりを示しているだけだ。情報が極端に少ない。
「ニールが言ってた通り、確認隊が戻る前に着けば、まだ誰も手を付けていない獲物がいる。……だが、同時に予想外の魔物と遭遇する可能性も高い」
俺は言った。新しいダンジョンには、C級の俺たちが挑むべきではない、という理性がまだ警鐘を鳴らしている。しかし、その理性をねじ伏せるほどの「何か」が、この誘いにはあった。
昨晩の酒のせいで少し重い頭を振り、俺は腰のポーチに薬草と止血剤を詰める。
「俺たちの目標はB級昇格じゃない。あくまで、一時の大金だ。深追いはしない。危険を感じたら即引き返す。それが唯一のルールだ」
マーティンは一瞬真面目な顔になり、俺の目を見た。
「了解だ、相棒。欲をかいて身を滅ぼすほど、俺たちは若くはない」
彼はそう言うと、持参した食料――硬い保存パンと干し肉をリュックに詰め始めた。
朝食を済ませる頃、店の外がわずかに明るくなり始めた。
約束の時間が近づき、俺たちは重い装備を身に着け、ギルドで調達したロープや松明といった探索具を手に、宿を出た。
店の前にはすでにニールが立っていた。彼は新しい旅装に身を包み、背中には大きな曲刀を二本交差させている。その表情は、酒場のときとは違う、引き締まった冒険者の顔だ。
「待たせたな、ニール」
「おう!二人とも、頼むぜ!」
ニールは明るい声で応じ、彼の顔には迷いの色は一切見られなかった。
空はまだ薄曇りだが、これから始まる冒険の予感で、俺たちの足取りは重い装備にもかかわらず、どこか軽快だった。三人の影が、宿場町の石畳の上に、東へと長く伸びていく。目指すは、遥か彼方に横たわる灰色の山脈の麓だ。




