女王様と血溜まりの舞踏会
女王の甲高い悲鳴が、巨大な孵化室に響き渡った。その怒りと放出された魔力に呼応し、周囲に蠢いていた劣等種の魔物と、奥に潜んでいた戦闘種が一斉に俺たちめがけて殺到した。
「来るぞ、ジーンズ!間合いを詰めさせるな!」
マーティンの声は、轟音の中でも明瞭だった。彼は戦斧を素早く回転させ、俺の右側に陣取る劣等種の群れを迎え撃つ。
ドォン!ザシュッ!
新生した戦斧の威力は凄まじかった。以前は一撃で仕留められなかった劣等種が、今回はその特殊合金の刃に触れただけで、甲殻ごと粉砕され、黒い体液を撒き散らす。マーティンは一歩も引かず、その圧倒的な破壊力で、幅の広い壁を作り上げた。
俺はマーティンの左側、そして背後の死角をカバーする。
長槍は、遠距離からの精密な掃討に特化していた。女王の悲鳴と振動で混乱した戦闘種が、マーティンの脇をすり抜けようと飛びかかってきた瞬間、俺は長槍を電光石火のように突き出した。
ザンッ!グシャ!
堅くしなやかな穂先は、魔物の急所である頭部や関節を一瞬で貫き、引き抜かれる。血振りをする必要もない。魔物の重みで自然と体液が流れ落ち、俺の長槍は常に鋭利な状態を保っていた。
俺たちは、女王へと続く唯一の道――孵化室の中央で、凄まじい防衛線を構築していた。
時間の経過と共に、俺たちの足元には、砕かれた甲殻の破片と、魔物の黒い体液が混ざり合い、粘性の高い血溜まりを形成し始めた。それは、女王への道を示す、禍々しいカーペットのようだった。
女王は、身体を粘液に濡らしながら、俺たちを睨みつけていた。彼女は、王都討伐隊による正面からの猛攻で既に苛立っている上に、裏ルートから侵入した二匹の小さな獲物に、最も重要な孵化室を荒らされている。
「キィィッ!ガァァア!」
女王の甲高い叫びは、人間の言語ではないが、その苛立ちと、恐怖にも似た感情が伝わってきた。彼女は、俺たちに一撃を食らわされたことで、最高の得物を持つ俺たちが、単なる雑魚ではないことを理解し始めていた。
女王は、自身の傷口からさらに酸液を滴らせながら、全身に力を込めた。その動きは、「陽動に惑わされている」というニールの推測とは裏腹に、驚くほど冷静さを取り戻しつつあった。
女王は、魔物の群れを、単なる壁として使うのをやめた。彼女は、最も強力な強化護衛種の四体を、左右から別々の動きで俺たちに差し向けた。
「ジーンズ!左だ、硬いのが来るぞ!」マーティンが警告した。
強化護衛種は、通常の個体よりも遥かに分厚い甲殻と、異常に発達した前肢を持つ。この四体は、俺たちを個別に分断し、女王が持つ唯一の長距離武器――酸液を命中させるための空間を作り出すつもりだ。
「分断させるか!」
俺は槍を素早く切り替え、左から迫る二体を、穂先を打ち付けることで牽制した。長槍の穂先が甲殻に当たるたびに、鋭い火花が散る。強化魔物の甲殻は、さすがにバルガスの魔力鋼でも一撃で貫けない。
その瞬間、右側の強化護衛種二体が、マーティン目掛けて同時に飛びかかった。
マーティンは、防御を捨てた。彼は戦斧を大きく振り上げ、二体の間を縫うように飛び込んだ。
ゴオオオッ!バチィィン!
戦斧は、二体の護衛種の間にいる魔物の頭蓋を正確に捉え、縦に一刀両断にした。その破壊力は周囲の二体の動きをも一瞬で停止させる。マーティンは止まることなく、斧の重みと慣性を利用し、残りの一体の腹部に刃を滑り込ませた。
黒い体液が、天井まで噴き上がる。
俺は、マーティンが敵を仕留めた一瞬の隙に、左側の二体を追い詰めた。長槍のリーチを最大限に生かし、強化種の攻撃範囲外から、甲殻の最も薄い首元を正確に突き刺す。
グチャリ。二体目の強化種が倒れる。
この数分の激闘で、俺たちの周囲には、最早、安全に立つ場所はほとんどなかった。血溜まりは膝下まで浸かり、その蒸発した熱が、呼吸を重くする。
女王の目は、もはや怒りだけではなかった。そこには、自分の支配圏が、この二人の人間によって、いとも容易く蹂躙されていることへの、明確な動揺が見て取れた。
女王は、限界まで魔力を凝縮した酸液を口元に溜め始めた。それは、この孵化室を消滅させるのでは無いかと思える程の魔力だ。
「ジーンズ!女王が切り札を出すぞ!これはもう、奴の甲殻を砕くしかない!」
俺たちは、互いに目配せをした。奴の切り札が放たれる前に、女王の本体に叩き込む。それが、俺たちが生き残る唯一の道だった。
俺たちは、血溜まりを蹴立てて、女王へ向け、最後の突進を開始した。




