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潜行

宿場町の住民が深い眠りにつき始めた頃。俺たちはニールを先頭に、闇に紛れて移動を開始した。宿場町から『大穴』の採掘場へと向かう道は、王都の騎士団が警戒する表の街道とは完全に隔離されている。クレメンス伯爵は、フロンティアの冒険者がこの道を利用することなど、想像すらしていないだろう。

目的地は、かつて魔力鋼の鉱脈を掘り尽くし、今は完全に閉鎖された採掘場跡の古い資材搬入口だ。

搬入口は、崩れかけた岩と、錆びついた鉄骨に塞がれていた。ニールは、周りの警戒を怠らず、手際よく鍵を開け、隙間から這い進むだけの空間を確保した。

「ここからは、俺の出番だ」ニールは低い声で言った。「俺が入口の警戒と、通信の確保を担う。万が一、魔物たちが裏に回り込んできたら、ここが最後の防衛ラインになる」

マーティンが戦斧を担いだまま頷いた。

「ニール。お前が、俺たちをこの地獄から連れ戻す役目だ、後ろは頼んだぞ」

俺は、ニールに無言で頷き返した。

ニールは、小型の魔力ランプを点火し、俺たちに手渡した。

「灯りは極力絞れ。このルートは、採掘孔の魔力鋼が発する微弱な魔力反応で、魔物避けの香油の効果が薄れる可能性がある。魔物の嗅覚と聴覚を刺激するな」

俺とマーティンは、ニールから濃縮された魔物避けの香油を身体に擦りつけた。その独特の香りが、王都の華やかさや、騎士団の傲慢さを一瞬で拭い去り、俺たちの意識を原点――ただ獲物を狩る冒険者の感覚へと引き戻した。

「行くぞ、ジーンズ」

マーティンは戦斧を下げ、先頭に立った。彼の巨体は、狭い搬入口では不利に見えるが、彼の歩みは驚くほど静かで正確だった。彼は、長年続けた冒険者としての本能を呼び覚ましていた。

俺は長槍を手に、その背後に続く。

鉄骨の隙間を抜けると、空気は一変した。『大穴』の冷たく、湿った空気と、かすかな腐敗臭が鼻腔を突く。地面は滑らかな粘土質で、時折、崩れ落ちた岩が道を塞いでいる。

俺たちは、魔力ランプの光を足元だけに絞り、会話もなく、ただひたすらに下へ下へと進んだ。

道中、俺たちは何度か護衛種の通り道に遭遇した。彼らの鋭い爪跡が生々しく残る粘土質の壁、そして、まだ乾燥しきっていない体液の跡。幸い、香油の効果と、王都討伐隊が表ルートで動き始めたことで、魔物たちの警戒心と注意は、全てそちらに集中しているようだった。

俺たちは、壁を伝い、岩を避け、ときには四つん這いになりながら、採掘孔の深部へと潜り続けた。

時間がどれだけ経っただろうか。感覚は曖昧になり、俺の意識には、マーティンの背中と、手の中の長槍の堅い感触だけが残った。

やがて、マーティンが立ち止まった。

「来たぞ、ジーンズ。ここからだ」

俺たちの眼前に広がっていたのは、自然に開いた巨大な縦穴だった。それは、古い採掘孔が、長年の魔物の活動によって拡大されたものだ。穴の底からは、微かな風と共に、独特の甘ったるい匂いが漂ってきた。それは、女王級の魔物だけが発する、巣の匂いだった。

さらに、頭上の遥か遠くから、微かな振動と轟音が響き始めている。


夜の闇が最も深まり、王都討伐隊が約定通り戦闘を開始した時刻。

マーティンが、戦斧を強く握りしめた。

「よし。奴らが囮を演じている。俺たちの仕事は、ここから一気に、女王の首を取ることだ」

俺たちは、最後の深呼吸をした。ここから先は、引き返す道はない。俺たちは、女王のいる『大穴』の心臓部へと、身を投じた。

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