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静かなる覚悟

ガイエルの「出撃は今夜だ」という言葉を受け、作戦室の緊張は、新たな次元へと切り替わった。もはや貴族の傲慢さや王都の利権に気を取られている暇はない。目の前にあるのは、女王討伐というただ一つの目標だけだ。

俺とマーティンは、作戦室を出て、宿へと戻った。

マーティンは、部屋に入るとすぐに戦斧を床に置き、ベッドに倒れ込んだ。しかし、彼は眠ろうとはしなかった。天井を見つめながら、静かに呼吸を整えている。その表情は、先ほどの作戦室での怒りの熱が冷め、研ぎ澄まされた狩人のそれに戻っていた。

「最高の得物だ」

マーティンは呟いた。それは、クレメンス伯爵への怒りでも、街への義務感でもなく、純粋に武器への満足から来る言葉だった。

「バルガスは、あの戦斧に俺の『命』を込めてくれた。こんな気持ちは初めてだ。前の斧は、ただの道具だった。だが、これは……俺の一部だ」

俺は、自分の長槍を壁に立てかけ、彼の向かいのベッドに座った。長槍の漆黒の穂先が、窓から差し込む夕暮れの光を鈍く反射している。

「俺もだ。穂先の堅さと、柄のしなやかさ。女王の甲殻を貫くために、完璧に調整されている。二日間の空白は、この得物を手に入れるための時間だった」

俺たちは、互いに言葉を交わすことで、武器の感触と、それに伴う「勝てる」という確信を再確認した。武器が完成したことで、俺たちの冒険者としての格が、C級からB級へと本当に昇格したのだと一つ実感できた。

窓の外では、陽が落ち、宿場町に夜が訪れようとしていた。

ニールは、ガイエルの指示を受けて、最後の情報収集と、俺たちのルート確保に動いている。リゼルは、クレメンス伯爵が率いてきた予備戦力に対し、表向きの『大穴』入り口防衛配置を伝えに行っているはずだ。伯爵の部隊が動けば動くほど、裏ルートへの監視は手薄になる。

俺は、最後の準備として、身一つに馴染んだ革鎧を確かめ、最低限の回復薬と灯りだけをポーチに入れた。余計なものは持たない。女王との戦いは、長期戦ではない。一撃必殺の短期決戦だ。

その時、ノックの音と共に、ニールが部屋に入ってきた。彼の顔には、微かな疲労と、焦りが浮かんでいた。

「王都討伐隊から、正式な伝令が来た」ニールは簡潔に言った。

「作戦開始時刻は、今夜、深夜零時だ。予備戦力の配置は、伯爵の指示通りに完了している。クレメンス伯爵も、自分の部隊と安全な距離を保った『本陣』で、待機に入ったようだ」

「つまり、伯爵は俺たちが命令に従い、『大穴』の入り口で震えていると信じ込んでいるわけか」マーティンが立ち上がり、戦斧を肩に担いだ。

「ああ。奴らが表ルートで騒ぎを起こすまで、あと数時間。俺たちが行動を開始するのは、王都隊が戦闘を開始した直後だ。その混乱を利用する」

ニールは地図を広げた。

「資材搬入口は、今から二時間後、夜十時に通過する。俺はそこで待機している」

俺は長槍を握りしめた。手の中に伝わる鋼の重みが、俺の心を落ち着かせた。


「わかった。ニール。お前は、俺たちが女王の巣に到達するまでの時間稼ぎを頼む。そして、もし俺たちが討ち漏らした場合、街への避難ルートと最後の防衛ラインはお前が指揮しろ」


ニールは静かに頷き、俺たちの顔をまっすぐ見た。

「安心しろ。俺は、お前たちが必ず成功すると信じている。この街の命運は、最高の矛と盾に託された」

ニールが部屋を出て行き、再び静寂が戻った。

俺とマーティンは、残りの時間をただ静かに過ごした。会話はない。互いに呼吸を聞き、体の芯に集中力を高めていく。


そして約束の時刻になった。

俺とマーティンは、音もなく宿を出た。ギルドの裏手に回ると、ニールが既に待機していた。

「行くぞ」

ニールが先導し、俺たちは闇に紛れて移動を開始した。向かう先は、『大穴』の裏側にある、古い資材搬入口。

王都の騎士団の視線が、全て表ルートに集中している今、俺たちの行動を邪魔する者はいない。

俺たちの背後に、灯りの少ない宿場町の小さな光が遠ざかる。俺たちは、この街の最後の希望を背負い、闇の中へと消えていった。

決戦の夜が、始まった。

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