命運
隊長の振り下ろされた巨大な鎌脚は、俺たちに迫る黒い壁となった。その風圧だけで、顔の皮膚が引きつるほどの凄まじい破壊力を伴っている。
「うおおおおおっ!」
マーティンは限界を超えた叫びを上げ、戦斧を盾のように頭上に掲げ、隊長の鎌脚を正面から迎え撃った。彼の巨体は、最後の瞬間まで俺を護る盾となることを選んだ。
ドゴォオオオオン!!
凄まじい金属の衝突音と、鈍い骨の砕ける音が同時に響き渡った。マーティンの巨体が、まるで紙切れのように十数メートルも吹き飛ばされた。戦斧は手から滑り落ち、地面を滑っていく。彼の体からは、血飛沫が飛び散った。脇腹の鎧が深く抉れ、その下から鮮血が流れ出す。致命傷に近い。
「マーティン!」
俺は、倒れた相棒の姿を見て、一瞬、全てが止まったように感じた。視界から、周囲の眷属や城壁上の兵士の存在が消え、俺と、迫りくる鋼鉄の魔物だけになった。
隊長は、マーティンを粉砕したことで満足したかのように、その鎌脚を俺めがけて向けた。周囲に残った二体の護衛種と、後方の眷属の群れは、勝鬨のような唸り声を上げている。
俺の視界には、無力化された相棒と、迫りくる鋼鉄の魔物だけ。もう、頼れる盾はいない。俺が隊長と残りの護衛種から逃げ出せば、俺は生き残れるかもしれない。しかし、その瞬間、マーティンの犠牲も、この街も全て無駄になる。
俺は、恐怖を押し殺し、槍を両手でしっかりと構え、隊長の巨体に相対した。長年の相棒が命懸けで作ったこの機会を、無駄にするわけにはいかない。
「C級で燻っているだと?ふざけるな!俺たちの命の価値は、誰にも決めさせねえ!」
俺は叫んだ。それは、長年抱えてきた鬱屈を全て吐き出すような、魂の叫びだった。
隊長は、俺を嘲笑うように、次の鎌脚を振り上げた。その巨体に、わずかな隙間があった。マーティンとの激突で、首と胴をつなぐ甲殻の継ぎ目が、かすかに開いている。それは、一瞬で消える、命運を分ける紙一重の隙だ。
俺は、最後の力を込めて、その一点めがけて走り出した。
鎌脚が振り下ろされる直前、俺は地面を強く蹴り、跳躍した。マーティンがその巨体で作り出した一瞬の壁を、今、俺の体と槍が跳び越える!
俺の槍は、隊長の甲殻の継ぎ目を、寸分の狂いもなく捉えた。
ズンッ!
しかし、それでも貫通しない。槍の穂先は、鋼鉄の甲殻の奥で、わずかに止まった。俺の力だけでは、限界だった。このままでは、跳躍した勢いが尽き、俺は隊長の返しの攻撃に巻き込まれる。
だが、俺は諦めなかった。この一撃に、俺の冒険者としての全てを込めた。
俺は槍の柄を握りしめ、地面に着地すると同時に、渾身の力で回転した。体幹の全ての力が、槍をねじ込む力へと変換される。これは、マーティンとの連携で編み出した、甲殻を穿つための唯一の戦法だ。
ギチギチギチギチッ!
甲殻が悲鳴を上げ、ついに槍の穂先が、隊長の体内に深く食い込んだ。内部の柔らかい組織が抉られる感触が、柄を通じて俺の手に伝わる。
隊長は、その巨体を激しく震わせ、二度目の断末魔の悲鳴を上げた。その鋭い鎌脚が、俺の頭上をかすめ、俺の頬に一筋の血が走る。俺は死と、文字通り紙一重の場所で立っていた。
だが、隊長はもう動けない。俺の槍が、奴の命脈を断ち切ったのだ。
隊長の巨体が、地響きと共に地面に倒れ込む。その瞬間、城門前の眷属の群れと、残っていた二体の護衛種が、統率を失ったように動きを止め、混乱に陥った。
「やったぞ!隊長を倒した!」城壁の上から、兵士たちの歓喜の叫びが響き渡った。
俺は倒れた隊長から槍を引き抜き、荒い息を吐きながら、血まみれになったマーティンの元へ駆け寄った。
「マーティン!おい、しっかりしろ!」
マーティンは仰向けに倒れ、脇腹から大量の血を流していた。彼は意識を保ちながら、俺を見て力なく笑った。
「やっぱ……お前は……大したもんだぜ……相棒……」
その時、遠くの街道の向こうから、数十人の騎馬隊が土煙を上げて接近してくるのが見えた。王都の討伐隊だ。
「援軍だ!王都の援軍が来たぞ!」
ガイエルの歓喜の声が響き渡る。
俺たちは、王都の討伐隊が到着するまで、文字通り限界を超えて城門を守り抜いた。俺たちのC級冒険者としての物語は、今、巨大な脅威を打ち破り、新たな伝説へと書き換えられたのだった。




