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夜明けの城壁

夜明けから数時間、宿場町は異様な静けさに包まれていた。

ニールはギルドマスターのガイエルと共に、街中の冒険者や自警団を掻き集め、慌ただしく防衛準備を進めている。俺とマーティンは、城壁の上、中央の最も低い位置に陣取った。ここが、奴らが突破を試みる最大の焦点になるだろう。

「街の連中は、ビビりすぎても、油断しすぎてもいけねえ。ニールが上手くやってくれることを祈るしかねえな」

マーティンは、城壁の石に戦斧を軽く叩きつけながら言った。その音は、彼自身の緊張を解くための儀式のようにも聞こえた。

俺は槍を城壁の胸壁に立てかけ、遠くの森を凝視した。夜の間に仕掛けた簡単なトラップと、警鐘の役割を果たす小石の山は、まだ無事だ。

「リゼルの仲間も、あの報告書を解読しているはずだ。奴らの行動パターンが分かれば、まだ勝機はある」

俺は言ったが、リゼルが言った「護衛種」の存在が、胸の奥に重くのしかかっていた。

正午を過ぎ、太陽が天頂に達した頃、静寂は破られた。

カラン、カラン、カラン!

遠くの森から、警戒用の小石が踏み砕かれる音が、甲高い警鐘のように響き渡った。

「来たぞ!」

マーティンが吼える。城壁の上が一気にざわついたが、すぐにガイエルの怒号が響き、兵たちは持ち場に戻った。

森の縁に、まず見えたのは偵察兵クラスの十数体の『貪食の眷属』だった。黒い甲殻が日の光を反射し、鎌脚を忙しなく動かしながら、街道を一気に駆け抜けてくる。

「散発的だ!まだ本隊じゃない!」ガイエルが叫ぶ。「弓隊、放て!」

ギルドから集められた弓兵たちが、一斉に矢を放つ。しかし、矢は眷属の硬い甲殻に当たり、ポロポロと弾かれた。

「効きが悪い!奴らの甲殻は予想以上だ!」

「ちくしょう、王都の討伐隊なら、もっと強力な魔鋼の矢を使っているはずなのに!」

マーティンが舌打ちする。

「消耗戦は避けろ!奴らを城壁まで引きつけろ!」

俺はそう指示を出し、槍を構えた。俺たちの任務は、城壁を登り切ろうとする奴らを確実に仕留めることだ。

眷属たちは、城壁の最も低い中央部分――俺たちの真下へと殺到してきた。彼らの鋭利な爪が、石の壁を登り始める。

「数が多いぞ!ジーンズ、マーティン!頼む!」ガイエルの叫びが響く。

「任せろ!」

マーティンはズン!と音を立てて城壁の縁に立つと、巨大な戦斧を両手で担いだ。

そして、最初に登り切ろうとした眷属の頭上に、その戦斧を落とした。

ガッシャアアン!!

凄まじい轟音と共に、眷属の甲殻が砕け散り、粘液と体液が城壁に飛び散った。その一撃は、単なる攻撃ではない。眷属の甲殻の硬度を上回る、純粋な破壊の力だ。

「一撃必殺だ!甲殻の硬い奴は、力で叩き潰す!」マーティンが吼えた。

しかし、マーティンの戦斧が眷属を地面に叩きつけ、体勢を立て直す一瞬の間に、別の二体が城壁の縁に顔を出した。

「遅い!」

俺は素早く反応した。右側の一体には、槍を逆手に持ち、石突で顔面を強打し、そのまま城壁から蹴り落とす。そして、左側のもう一体の関節の隙間を、流れるような動作で槍の穂先が正確に貫いた。

**ブチッ!**という音と共に、貫かれた眷属は糸が切れたように動きを止め、穴へと滑り落ちた。

「完璧だ!ジーンズ、お前の精密さは健在だな!」

マーティンが笑う。俺たち二人は、互いの弱点を補い合う、完璧な盾と矛だった。

マーティンは、その破壊力で甲殻の硬い敵を一撃で粉砕し、俺はその速度と精度で、隙間から侵入しようとする敵を確実に仕留める。

数分間の交戦で、最初の偵察隊は全滅した。城壁の下には、叩き潰され、貫かれた眷属の残骸が散乱している。

「よし!第一波は撃退した!」兵たちから歓声が上がった。

だが、俺たちの表情は曇ったままだった。

「本番はこれからだ」

マーティンが戦斧を城壁の石で拭いながら言った。

森の奥の闇が、まるで濃縮された墨のように濃くなった。そして、森全体が、不気味なざわめきに包まれた。

ゴオオオオオオオオッ……

それは、昨晩穴の底から聞こえた、数ではない、質の違う魔物の唸りだった。

森の縁から、今度は数十倍の数、数百にも及ぶ眷属の群れが、地を覆い尽くす黒い波のように押し寄せてきた。その波の先頭には、ひときわ巨大で、全身の甲殻が鉄のように鈍く光る『護衛種』が数体、城壁の強度を測るように、ゆっくりと進んできている。

そして、その護衛種の群れの後ろに、遠目にも分かる、巨大で醜悪な影が姿を現した。それは、女王の体躯に匹敵する大きさで、全身から粘液を滴らせ、異様な存在感を放っていた。

「あれが……『護衛種』の隊長か」

俺は息を詰めた。あれは、俺たちの槍や斧で一撃で仕留められる相手ではない。

ガイエルは、その光景を見て、一瞬言葉を失った。

「くそっ、数が多すぎる!全軍、迎撃準備!だが、奴らは中央を狙っている!」

ガイエルは、俺たちの方を見た。その目には、絶望と、最後の希望が入り混じっていた。

「ジーンズ、マーティン!お前たちが破られたら、街は終わりだ!援軍まで、絶対に耐えろ!」

俺は槍を握り直し、マーティンも斧を深く構えた。

「相棒、どうする?」

マーティンが問いかける。その声は震えていなかった。

「作戦変更だ。防御じゃもたない」

俺は遠くの護衛種の隊長を見据え、静かに言った。

「護衛種を城壁に到達させるな。ここで、潰す」

次の瞬間、数百の眷属が、宿場町の城壁めがけて、地響きを立てながら突進してきた。防衛戦の本当の地獄が、今、始まった。

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