既読とガレット
その洒落た外観の店内に
初めて足を踏み入れた時に
私を対応してくれたのは
黒髪を丁寧にワックスで艶固めしている
オリンタルな雰囲気を漂わせる女性だった
私は
日常とはかけ離れた異空間を思わせる
この垢抜けた内装に驚くと同時に
店員さんである彼女の完成度に目を見張った
メニューの注文は
QRコードを読み取り
スマホで選び頼むという流れ
顔を上げると
昼下がりのランチを享受する
身なりを整えた女性たちの連なり
不意にテーブルに運ばれたガレットの上には
予想を遥かに超えた量の新鮮な野菜とハーブ
そしてスモークサーモン
『知らない世界がこういう風に
まるで隠れるように並行して存在しているんだ』
時折、体を僅かに振動させる電車の音を耳に
高架下にある隠れ家のような
この上質なカフェにしばし身を委ね
そんなことをぼんやり思っていた
でも
『あぁ、もうすぐあの人から
電話が来る時間だわ』
私は徐ろに席を立ち
オリエンタル美女に勘定を払い
この異空間を少し見渡してから
扉を開けて外の世界に出た
私は「いつでも電話ができます」と
あの人にメッセージを送り
少し遠くにある駅を目指して歩く
『すごい世界だったな……』
そう振り返りながらも
もう気持ちは
あなたからのメッセージを待つ画面に
向けられていた
ガレットの豪華さを映像で脳裏に浮かべる
ただ、画面は一向に既読にならない
先ほどの異空間の壮大な威力が
急速に薄まっていくのを感じた
『あれ?いつもなら、もう』
私は駅に着いてもなお
画面を何度も確認しながら
電車にも乗れずに佇んでいる
『少しでも話せる可能性があるのなら……』
自分の意思で異空間に足を運べる私が
あなたからの優しい既読がないと
どこにも行くことが出来ずに
その場で時を過ごすことしかできないんだ




