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花の粉に嘘を宿す
「もしかしたら
花粉症が始まったのかもしれない」
と呟き涙ぐむ彼女は
僕に、一切顔を向けようとしなかった
ふと至る所に目を遣ると
世界は春を始めようとしていることが
ひしひしと伝わってくる
軽やかな上着を意思を持って選び取り
陽の光が光線のように身体を差し
花の写真を撮ろうとする人影が温かだ
そんな平和であるべき空間の中で
あの日僕の彼女は
一日だけ花粉症になった
まるで物思いに耽り続けた日々の
最終到達地点だったかのように
彼女は僕が運転する車の助手席で
焦点の合わない過ぎゆく景色を眺めながら
おそらく花の粉に嘘を宿したんだ
近頃の彼女は
綺麗に結われた髪型を褒めても響かず
手作り料理を美味しいと主張してもどこか上の空
「特に行きたいところはないかな」と伏せ目がちに
スモーキーピンクに施された爪に気を向けていた
そんな彼女の人生にはもう
僕が登場していないかのようだった
彼女が涙ぐんでいた本当の理由とは
あの日何に傷つき
一体、誰に
傷つけられていたんだろうか




