第1話:歯科医院の朝はそれなりに早い
東京都港区――
歯科医師、葉々見我 勲造(34)の朝はそれなりに早い。
「おはようございます!」
「あっ、おはようございます。葉々見我先生!」
朝の9時半、歯科医でありサラリーマンである勲造は、
スーツをビシッと決めて、洗口液を片手に歯科医院へと出勤する。
ちなみに洗口液とは、お口をクシュクシュして殺菌したり、
口臭ケアしたり、粘つきを取るものである。
サラリーマンの常識だよね。
「先生、今日も笑顔の合間に見える歯がきれいですね!」
「はっは、ありがとう爽子さん! 僕もみんなに虫歯のない歯が見せられて嬉しいよ!」
受付で挨拶をするのは、葉々見我歯科医院の歯科助手である歯間 爽蒼さん(22)
今年の春から勤め始めたばかりのメンバーだ。
彼女は甘党だが、食べ終わった後は秒で口を濯ぎ、その後30分の時間経過を経て歯を磨く性格で、その切替の早いストイックさに勲造が惚れて、一発採用された期待の新人である。
好きな洗口液はアルコールが入ったもの。
刺激を求める若い子って素敵だよね!
「僕は今日もお気に入りのジェルでフッ素をキメたから、歯はばっちりツヤツヤさ!」
「笑顔とかどうでもいいくらい素敵な歯ですね。本当に羨ましいです!!」
「褒めているのかけなしているのか良く分からないコメントだけどありがとう! 僕の第一小臼歯も喜んでいるよ!」
エナメル質が光に反射し輝くそれは、まさしく人類にとって
最も求められる歯と言っても良いだろう。
歯科医師として、そして人生の中で歯を保全できることは何より素晴らしいことだ!
……はい、そこで振り向きざまに中切歯!
キラーン!!
「……あいかわらず勲造くんの歯は存在事自体がうるさいわねぇ」
「あっ、どうも栄子さん! 今日も美しい歯冠ですね!」
「……それ、今だとセクハラになるわよ。歯石取るの来週だから、ちょっと溜まっているのよ」
「それでも俺は、誰が何を言おうとも栄子さんは(そのエナメル質が)美しいと思います!」
「ま"っ、まったくしょうがないわねぇ……人をおだてるのが上手なんだから。フンッ!」
犬歯をそっと隠しながら照れ隠しするのは、定期的にヘルプに来てくれる
歯科衛生士さんの士香 栄子さん(29)
患者さんの歯磨き指導から歯石取りまで何でもござれのベテランだ。
だけど洗口液はノンアルコールじゃないとちょっときついかな?
そんな一面が可愛いと評判のマドンナだ!
「……栄子さんは本当に顔によく出るタイプですね。早く勲造先生とくっついちゃえばいいのに」
「ん"な"っ!! 何を言ってんだ。なんのことかわからんぞ!!!!!!」
後ろでキシリトールガムを噛みながら、栄子を茶化す若い歯科医師。
金館 地理雄(28)
海外の大学で歯科医学を学び、年齢は若いながら国内でも
上位の技術と評され、虫歯治療から根管治療まで歯科医院での評判も高い。
海外から日本に戻ってきた理由は「アメリカの牛丼屋が高え」からである。
洗口液は使わず、キシリトールガムを愛するタイプ。
これはちょっぴりクールだね。
「じゃ、朝揃うメンバーは一旦以上だね! それじゃあカンファ始めよう!」
「「はーい」」