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序章

 風が丘学園は、小高い山のてっぺんに建てられた学校だ。海が近くにあって夏は最高なのだが、登下校時にかなり急な坂(通称・地獄坂)を通らなければならないことが全校生徒の不満であった。

 ただ一人を除いては。

 


 中学三年の小鳥ことりは、宿題の未提出についてこっぴどく叱られたため、下校時刻が遅くなってしまった。担任の岩城美優いわぎみゆは熱心な国語教師で、漢字の書き取りを一日忘れただけで罰として掃除を押し付けたり、宿題の量を増やしたりするのだ。まだ若くて美人なのだが、結婚できず彼氏すらいないのは、その性格が原因ではないかと思った。

 生徒は基本的に徒歩通学だ。家が遠い場合は、学校に許可を取ってシティバイクで通学する。小鳥の家は徒歩通学の範囲だが、自転車で来ていた。もちろん違反だが。

 駐輪場を通り過ぎ、正門から外に出た。明日から夏休みで中等部の部活は休みだ。地獄坂を下っていく生徒たちが見えた。交通課のおばちゃんから注意を受けている生徒が目立つ。学校の敷地の側の茂みに、隠してある自転車を取りにいった。

 雨の日はぬれてしまうため徒歩で来ているが、晴れの日は遅刻ぎりぎりで来て自転車を隠している。籠が無いためバッグを背負った。

 茂みから自転車を出して点検する。ブレーキが利くことを確認して、道端に倒して置く。スタンドが無いからだ。

 茂みの奥で青色のジャージに着替えて、靴を専用のビンディングシューズに履き替えた。グラブをつけてヘルメットをかぶる。サングラスをかけて軽く準備体操をした。

 小鳥の自転車はロードバイクだ。小遣いをためてネットオークションで安いのを買った。ところどころ部品を変えてある。ロードバイクで登校するのはもちろん許されていないため、こうして隠しているのだった。

 ペダルにシューズを固定して、ゆっくりと地獄坂に向かう。バッグは片手に提げている。

 坂の急勾配を見下ろした。長い直線の後、急なカーブがある。すぐ近くに幼馴染の日比野今日香ひびのきょうか明日香あすかの仲良し姉妹を見つけた。二人は双子でよく似ている。

「このバッグ庭に置いといて」

 バッグを姉の今日香に投げて渡した。

「またぁ? 自分で持って帰りなよ」

「お願い! 今度ケーキおごるから」

 双子に手を振ってペダルを踏み込んだ。ペダルを踏むたびにスピードが上がり、肩の辺りまで伸ばした髪が風になびく。

 薄い胸がトップチューブに触れるくらいまで前傾を深くする。直線を、加速しながら駆け抜けていった。

「あっ! ことりー」

「がんばれ〜」

 交通課のおばちゃんに注意されていたクラスの女子が手を振ってきた。猛スピードで坂を下る小鳥に向かって、おばちゃんが声を張り上げる。

「こらぁ! 待ちなさいっ、スピード落としなさい!!」

「バイバイ!」

 手を振って通り抜けた。目の前に急カーブが迫ってくる。

 コーナーの手前で軽くブレーキをひき、車体を右に倒した。コーナーの内側を駆け抜ける。

 歩いて下校する生徒たちを追い抜き、坂を下った辺りで自転車通学者を追い抜いた。突然吹き抜けた風に、誰もが驚いた。

 下りの勢いを残したままペダルを回し続ける。海沿いの道に出たところでスピードを落とし、赤色のジャージを探した。小鳥が三年になった春からこの辺りに走りに来るようになった、高校の自転車部員だ。遅くなってしまったから、だいぶ距離が開いてしまったかもしれない。

 と、後ろから迫ってくるロードバイクに気づいた。

「よう、小鳥! 相変らずかわいい顔だな」

「……わたる先輩。先に行ったんじゃないんですか?」

 芦川渡あしかわわたるは風が丘学園高等部の自転車部員だ。歳は小鳥の一つ上で、高一である。赤色がトレードマークで、バイクもジャージもヘルメットも、全て赤で統一されている。

「お前を待ってたんだよ。あいつら遅いから、すぐ追いつくだろ」

「先輩を、あいつら、なんて呼んで良いんですか?」

「良いんだよ。あんなノロマども」

 二人はペースを上げて、前後を入れ替えながら走った。自転車で走る上で、風の抵抗は邪魔になる。互いを風除けに使えば、それだけ負担が軽くなるのだ。

 潮のにおいが鼻を突く。もう何度も走った道だが、こればかりは慣れることができない。

「捕まえた」

 前を走る渡がつぶやいた。前方を走る集団が迫ってくる。集団の最後尾にいた渡の先輩がこちらに気づいた。前に告げると、集団のペースが上がった。

「行くぞ」

 渡が鋭く加速した。小鳥もギアを落とし、渡にかれて集団を追い抜いた。

「くそっ……」

「マジかよ」

 集団(特に三年生)が悔しそうにつぶやく。集団から抜けて三人が小鳥たちにについてきた。五人で先頭を変わりながら走り続ける。

 しばらく集団で走った。それから折り返して、風が丘学園に戻り始める。小鳥と渡は後続を残して地獄坂に突入した。渡が声を張り上げる。

「今日は負けねぇぜ、小鳥」

 その声を無視して横に並び、渡に合図して二人同時にペダルを踏んだ。小鳥は車体を軽く左右に振りながら、ダンシング(いわゆる立ち漕ぎ)ですっすっと身軽に急坂を上って行く。後ろからは渡が必死に食らいついてきていた。

 早々に引き剥がしてやろうと、ギアを軽くして高回転で駆け上がる。後ろから必死に追う渡からは、小鳥の背中に羽が生えているかのようだった。まるで、上昇気流に乗る鳥だ。

 ゴールの正門を駆け抜けた。自転車から降りて坂の手前まで戻る。荒れた呼吸を整えながら、夕日に染まった地獄坂を見下ろした。渡が遅れてゴールする。

「ちくしょう……速すぎだよ、お前……」

「そんなことありません。平地でのスプリントは先輩のほうが速いです」

「平地だけ、な。あ〜あ、こんなチビに負けるなんて」

「チビじゃないです。ちゃんと身長は伸びてます」

「亀の歩みだがな」

「失礼です」

 ヘルメットをはずして、目にかかった前髪を払った。そろそろ美容院に行かないといけない。

 呼吸が整うと、再びヘルメットをかぶって自転車にまたがった。

「なんだ、もう帰るのか?」

「晩御飯のの手伝いをしないと……」

「そうか。夏休みの練習も来るか?」

「気が向いたら行きます」

「待ってるよ。お前みたいにかわいいやつなら大歓迎だ」

 最後の言葉は無視して坂を下り始めた。後続の部員たちがふらふらと上ってきている。皆小鳥よりも動きが鈍く、遅かった。

 ペダルを踏み、加速する。部員たちが後方へすっ飛んでいく。まるで空を飛んでいるようだった。夕日に染まる地獄坂を駆け下りながら、小鳥はつぶやいた。

 ――坂では負けない。上りでも、下りでも。

 海沿いの道に飛び出し、ハンドルを家に向けた。前傾を深くして、潮風を追い抜いた。


 

 

 ロードレースの物語です。感情の表現や描写が下手かもしれませんが、よろしくお願いします。

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