二章 支配
ゆっくり投稿ですが何卒。
ネクロノミコンはデータを読み込み頁に文字を刻み始め、触手は莫大な量のデータをまとめ上げるために素早くその無数にある手を動かし一冊の本を作り上げた。
「これが総統様から頂いたデータのコピーです」
潤はそう言うと劃と優午にそのデータを手渡した。
「なんだこの量。一冊の本より多いじゃないか」
劃は文句を言うが潤はすぐにそれを跳ね返す。
「いいから、読めよ。そう言うふうに文句を言う暇があるなら口じゃなく手を動かせ」
三人は黙々と資料を読み進め、そして、資料を読み終えた頃、三人はようやく誰が犯人なのかを掴んだ。
「浅倉稔、こいつが犯人か。ニヶ月前まで第一首都大学の研究所に所属してたんだが急に姿をくらましたらしいな。しかし、なんだこの資料。これ以外の情報全てこの浅倉稔の研究していたことについてとこいつの論文やら成果やらしか載ってないな。それどころか名前だけで出身やら身元やらは全然書いていない。総統様には悪いがこれからこいつを探すのはなかなか骨が折れそうだ。 一応、本部のデータベースも当たってみるか」
優午はそう言うと近くのコンピューターを起動した。
起動音が鳴ったその瞬間、疲れ切った劃が急に声を上げる。
「今日はもうやめましょう。 頭がおかしくなりそうです。 後、今日これ以上働けば労働法を違反してしまいますよ」
「昔の人間みたいな事言うな、劃は。だけど、俺達は審判の日の後から睡眠なんて必要なくなったって学校で習ったはずだ。たしかに、労働法はあるが俺達には必要ないものに近い。ならば出来る時に出来ることをしなければ、それが次の子達へ渡ってその子達が苦労するだろう?」
優午がそう諭すと劃は納得がいったのかため息を吐きながらも作業に勤しんだ。
時計の針が十二時を過ぎた頃、全員の体力も限界に近づいていたが、彼らの努力により浅倉稔の居場所の候補は三件に絞られた。
ここまで来たらなんとしても今日解決してやろうという気持ちが強くなり、疲労が限界を迎えた三人であったが夜中ながら車を出し一つ目の候補先に向かった。
「それにしても今日は月が綺麗ですね。三十年前はここ東京って名前だったそうなんですけど、昔は環境汚染やらで空が澄んでなかったからこんなにも綺麗に見れることがなかったんですよね」
潤はそう言うと車を運転しながら疲れた心を月で潤していた。
今日出ている月はとても綺麗でまん丸く、月のうさぎ達がはっきりと見えるくらい月明かりが強く美しく輝いた。
「東京か、それこそ今じゃ多様性よりも画一性が優先される世界において不要な名だと思うよ。みんな違ってみんないい、たしかにそうだ。多様性ってのはとても良いものだと思うよ。互いの才能や人間的感受性そう言うものを伸ばすには今の世界では不可能に近い、ましてや人的文化ってのは段違いだったはずさ。でも、それだからこそ審判以前の世界ってのは争いが終わらなかったんだと俺は思うね。
審判ってのがどんなものか分からないがこの世界を生み出したなら神様ってのは十二分に仕事をしたよ」
劃はそう答えると優午は口を開いく。
「劃はたまにすごい事を言うね。ぺトゥロ様と会った時もあんなに丁寧な敬語を使うし育ちがいいのか悪いのか分からなくなるよ」
三人は和やかに会話を続け、目的地である第三首都郊外第七地区に到着した。
車から降りるとそこは異様な程の静けさに包まれており、生命の気配を全く感じることが出来ず、今朝の事件現場と同じく死が蔓延していた。
本来ならば光が灯っていてもおかしくないはずの建物は暗闇に身を潜め、月だけが異様なほどに輝いておりそれがまた不気味さを醸し出している。
三人は進むのを躊躇ったが真相がこの暗闇に潜んでいる可能性があると感じこれまでの事件に決着をつけるため足を動かした。進めば進むほどに死が彼らを覆っており、彼らの緊張感も高まっていった。
先に進むとビルとビルの合間の路地裏に月の光が差し込め、一つの道に導き出しており、そこから不意にまたあの鼻腔に絡みつく甘い薫りがした。
今朝も嗅いだ忘れられない薫り。
三人は足を一瞬止めたが震える足を無理矢理動かして前へ進んだ。
そして、そこには一度見たら忘れない生と死の二つが歪に共存し合いその死を吸い上げ生へと昇華させた黒い花が月明かりに照らされながらも禍々しく咲いていた。
再びその光景に呆気に取られていた。
「二度と拝みたくなかったよ。全く…」
優午がそう呟いたおかげでなんとか彼らは平静を保てた。
「とりあえず、どうしますか?」
潤は上擦った声でそう言うと劃はすぐさま「あの埋葬屋みたいのがくる前に摘んじゃいましょう」と答える。
しかし、黒い花に近づこうとすると月明かりに照らされていた花が黒く染まり後ろの暗がりからぬるりと影が一つ伸びた。
「ここまで追ってくるなんてなかなか鼻のいい犬ちゃん達だね。いや、ペトゥロの差し金かな?それとも彼からのギフトかもしれないなぁ」
その影が人の輪郭を形作っていき、ゆっくりとした口調で彼らの目の前に姿を現した。背丈はそれほどではないが髪は白く淡麗な顔つきをしており、まるでこの世の汚れを知らない子供の様な初々しさがあった。
しかし、辺りの暗さのせいなのかその男の放つ雰囲気のせいなのか異様な程の気味の悪さを醸し出しており、三人は一気に警戒心を強めた。
「あんたここの住人か?それともこの黒い花に関係しているオーディナルⅡか?」
劃が尋ねると男は興味がない様に答えた。
「ペトゥロの差し金にしては上出来じゃないか。彼も僕を動かして四騎士の完成を急いでいるのかな?でも、彼に渡す四騎士なんてないし彼が殺そうとするものは僕にとっては殺させたくない物だし。うーん、君達の扱いには困ってしまうなー。でも、<キリアルヒャ>の完成の供花は君達でぴったしだしなー。でもなー、ペトゥロの言う通りにするのも癪だしなー」
要領を得ない言葉を放つとそれに痺れを切らした潤は男と花に近づき声を上げる。
「只の狂言師ですよ。速めに捕まえて他のところに探しに行きましょう」
瞬間、潤は二人の目の前で姿を消した。
二人は何が起きたかさっぱり分からない。
しかし、彼がいた場所には三人が、いや、二人が追っていたものと同じ、先ほどまで潤であった灰が無数に散らばっていた。
不気味に思えた月は灰と花を艶かしく照らし出し煌々と輝きを増した様に見える。
優午は一瞬にして何が起こったのかを理解し、血相を変えて体を動かそうとしたが彼は急に足を止め、潤の死を受け入れられていない劃の体を手で押し「逃げろ」そう一言放つと潤と同じく一瞬にして劃の目の前から消えた。
唐突な二人の死に戸惑いながらも優午の最後の言葉のおかげで何とか意識を保てた劃はすぐに踵を返し路地裏から出ようと足を動かす。
誰が追っている訳でもない。
しかし、彼は今二人の友人の死を目の当たりにしそれが自分にも迫っているのを感じ取り無我夢中で逃げた。
友人を置いて行った後悔、自分に迫る死が彼の足を思いっきり動かしそして、彼は何とか路地裏から逃げ出すことが出来た。逃げ切れた、劃はそう思い後ろを向いた。
瞬間、彼の意識は遠のいていった。
自分というものが何なのかアスファルトと自分を区切る境界線は消えていく。
「あーあ、本当は灰にする予定じゃ無かったんだけどなー。まぁ、供花は揃ったし、いっか」
これが途絶える意識の中、劃が最後に聞いた言葉であった。
***
無数の人の亡骸の上に彼は立っていた。
魂が欠如しているが、人の形を保っているその亡骸を見て、魂が無い抜け殻を人と呼んでいいのだろうか、逆に魂だけでは人とは言えないのだろうか彼はそう思いながら自分は何なのか記憶の断片を一つ、また、一つと集めていく。
(そうだ。俺あの路地裏で変なやつに会ってそして…)
繋ぎ合わせた記憶の断片は彼を自分が東 劃であるということを思い出させた。
魂は無く人の形をした骸だけが無数に積み重なっており、彼が何故そこにいるのかいや、そこに彼だけが魂を用いて人として自分を意識しているのか彼には何がなんだか分からない。
しかし、ここが現実では無いというのは確かであった。
(そう言えば昔人間が死んだら地獄に行くとか書いてあったな。ならここが地獄か?読んだ本とは全く違う世界だな)
彼が読んだ本の地獄とは灼熱と極寒が入り乱れ、何層にも分かれているカオス的空間と書かれていたがここは見渡す限りに青白く途方も無い殺風景と骸の山のみ。
変わり映えの無い虚無の様な空間には生も死も感じ取れず、そこに居るだけで精神に異常をきたす様であり、右に行くのか左に行くのか何をすればいいのかさっぱり分からず彼はとりあえず自分以外の人がいないのか探し始めた。
しかし、直ぐにここには人などはいない事がわかり彼は何もする事が無く途方に暮れていた。
(なんで俺だけこんなとこにいるんだ? 潤や優午さんも俺と同じタイミングで灰にされてるし俺だけがここにいるなんて可笑しくないか)
そんな事を考えながら歩いていると先程まではなかった門が唐突に現れた。
その門は世界に対しての呪詛や絶望、様々な嘆きが一つになり形作っておりそれ自体が歪に歪んでいる様だった。
劃は唐突に現れた門を訝しみながらも少しずつ近づいて行く。本来であればこの様な物に近づこうともしないはずの劃だが今の状況を打破出来るかもしれないと言う淡い期待、そして、その門側から放たれる甘い薫りに惹かれ勝手に足が動いていた。
足は彼の意思とは関係なく動き門に近付いて行き、そして、彼を祝福するかの様に門の側には黒い花が咲いていた。
一つでは無く無数に咲いた黒い花は骸の山にとてもよく似合っており、殺風景な光景がより黒く、暗く染まる様に見えた。
(無意識の内に足が動いてこんなとこに来てしまったがまたこれを見ることになるとはあまり気乗りしないな)
そんな事を思っていると門の近くに二人の見慣れた影があることに気づくと劃はもしかするとと思い足を速めた。
そして、門の前には彼の思った通り潤と優午が立っていた。
「二人とも心配したよ。潤に優午さんがいれば何とかなりそうだ」
劃は二人を見つけて嬉しそうに声を上げる。
しかし、二人は何も言わずに劃のことを見続けるばかりで何も答えないことに違和感を覚えた劃は何度も二人に声をかけたが二人は答えなかった。
苛立ちを覚えた劃は大きな声で何かを言おうとした瞬間、誰かが彼の言葉を遮った。
「まぁ、そう怒らないでくれたまえよ。君が魂と肉体を持ってこっちにいること自体が本来はありえないことなんだ。この二人も肉体は失っているけど魂だけはここにあるけどね。ふふふ、ある意味で君たちは特異的な存在なのかも知れないね」
女の様な声で二人の言葉ではないと分かった劃は辺りを見回すと門の後ろにも人影があるのが分かった。
門の後ろから姿を表した彼女はその殺風景な世界では明らかに浮いている白い髪が特徴的で髪が地面にギリギリつかないくらいまで伸ばしている。
パッと見て男か女か分からない中性的な顔つきで子供の様な見た目は彼の油断を誘ったが、劃は自分の意識が消える前に見た男に似ていることに気付き彼女に警戒し一歩後退りした。
「あんた何者だ?なんであの男と似た顔なんだ?」
劃は警戒しながらそう問いかけると、彼女は誇らしげにその問いに答えた。
「あー、そうだった。君、失敗作と会ったんだね。そうかそうか。だから僕に対して警戒していたのかー。納得納得。
そうだな、それじゃ、まず君の質問に答えてあげるとしよう。僕の名前はキリアルヒャ。アポカリプスシリーズの成功作であり、終末世界の担い手の一人さ」
子供が背伸びして難しい言葉を使い威張ってる様に見えた劃は少しばかり彼女を可愛いと思ったがすぐに切り替え再び問いかける。
「つまり、なんだ。お前は人じゃなくて誰かが作った何かってことでいいのか?」
あまり整理できていない言葉にキリアルヒャは面白さを覚え、彼女はちょこちょこと劃に近付きその周りを動き回りながら口を開く。
「まぁ、そう言うところかな。本来なら生まれることはなかったんだけどね。「審判」の産物ってところかな」
そう言うと彼女は劃の体に自分の髪を巻き付け始めた。
驚いた劃は戸惑いながらそれを振り切ろうとしたがキリアルヒャの力がとても強くされるがままに体に髪を巻き付けられた。
「待て待て。これは一体どう言うことだ?なんで俺の体に髪の毛を巻いてんだ?と言うか、それよりも「審判」の産物って、まさか「審判」ってのは人が起こしたものなのか?」
劃は彼女の言っていることが信じられないのと今の状況に戸惑いながら声を上げるも、キリアルヒャはお構い無しに劃を縛っていく。
「君、思った以上に察しが良いね。まぁ、それは「審判」を起こして僕達を作った張本人達に聞いてよ。焦らずとも、君はこれから人間同士の汚い争いに身を投じる事になるだろうし。よっと、接続完了」
そう言うと彼の体に巻いた髪を解き始め、劃は何が起きたさっぱり分からず口をポカンと開けて途方に暮れており、キリアルヒャは無理矢理、彼を門の前に立たせると何かを始めようとした。
「まぁ、君はこれからまた現世に戻ることが出来るってことさ。本来なら僕を顕現させるのが彼らの目標なんだけどね。細かい事は気にしないで」
しかし、劃はそれを拒んだ。
「いやいや、急に現世に戻すやりなんやり言われても何も分からねえよ。それより潤や優午さんはどうなるんだよ。俺だけが現世に戻るなんて出来ない。俺じゃなく二人を戻す事は出来ないのか?」
それに対して「無理だね」とキリアルヒャは即答する。
やるせない気持ちにいっぱいになる劃をキリアルヒャはさらに追い討ちをかけた。
「たしかに君たちは特異的な存在だ。本来なら供花の中に魂、いや、ましてや一人は肉体を持って捧げられることなんてあり得てはならない。この時点で顕現の儀は失敗なんだよ。だけどね、僕は君を使ってやりたい事が出来たんだ。その代わりに君に肉体も意思も魂も力も全てあげる。でも、それに彼らは含まれない。ちなみに魂だけの彼らに形を与えてあげたのは僕だ。それだけでも優しいと思ってくれたまえ」
しかし、今までの状況や彼女の態度に我慢の限界が来た劃は怒りに身を任せ拳を握り彼女に殴りかかった。
大雑把だが不意を突かれたキリアルヒャは完璧には避けることが出来ず顔にかすり傷を負う。
「お前のことなんかどうでもいい。俺のこともどうでもいい。だけど、二人は蘇らせろ」
そう声を荒げ、キリアルヒャから距離をとりながら戦闘態勢に入るも彼女はそれを見ながら怒りをあらわにするどころか大声で笑い始めた。
何がおかしく、何が楽しいか分からない。
しかし、彼女は笑い続ける。
劃はそんな彼女に違和感、いや、恐怖を覚え始めた。
笑うのがひと段落済んだのかキリアルヒャは声を上げた。
「初めてだ。はははは、初めて殴られた。これが痛みか。ふふふふふ、ああ、なんだろう。このピリピリする感じ。良いね。とても良い。確か、現世だと男が女に手をあげるってのは最低の行為の一つじゃなかったかな?まぁ、良いよ、さっきあれほどの力の差をはっきりと見せたのにそれでも僕に立ち向かって来るなんて。ふふふふふふ、ああ、実に気分が良い。今、僕を殴った事は水に流そう。それと二人を蘇らせたいって言ったね。そうだなぁ、ならゲームをしよう。今から一発でも僕に当てられたら二人を蘇らせよう。でも、一発も当てられなかったら僕のやりたい条件で君を蘇らせる。いいね?」
「上等だ。一発どころか何発も食らわせてやるよ」
劃はそれに対して即答した。
瞬間、彼は自分の意識が遠のいて行くのを理解した。
何が起きたかは分からない。しかし、自分の体の自由はきかず、目の前の白い髪の悪魔を見た彼の脳裏にはつい最近、自分が似たような光景を見たことを思い出させる。
「さぁ、劃。共に良い旅を。今宵の月は綺麗なのかな?」
これを最後に彼の意識は消え去った。
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