三十八章 首都陥落作戦-第六首都 其の伍-
吸血鬼は幸福の幻想を見るか?
見ないはずの夢に浸り、浸かり、溺れて行く。
***
「ブレイド様、どういたしましたか? 」
意識が少し揺らぎ、朦朧とする。
ハッキリとしてきた視界にはかつての友がおり、彼は怪訝そうな表情で自分を見ていた。
「ここは? 」
「??? ここはあなた様の根城ですよ? 少し眠っておられたのですか? それはそうとご友人が遊びに来ていますよ。本当なら殺してやりたいのですが王に殺されかけたので客間でお茶を飲んでます」
ブレイドは友人という言葉を聞き、すぐに立ち上がった。
何かが自分の中で消えて、溶けていく、そんな感覚があったもののそれすらも気にする事なく、何故か走って客間に向かう。
バンとドアを開けると目の前にはお茶を優雅に飲みながら、座っている金色の髪をした女性が座っていた。ドアが開けた音でその方向を向き、ブレイドを見て、にこりと笑いながら口を開く。
「よ! ブレイド! 今日も殺しに来てやったぞ! 」
「璃子、なのか? 」
かつて失ったモノ。
かつて失いたくなかったモノ。
それを見て、ブレイドは頭の処理が追いつかなかなっていた。
「お? どうした? ブレイド? 体調悪いのか? 」
璃子は怪訝そうにブレイドの顔を見て心配している。
一方の彼はこの空間が間違いなく偽物であると確信して、幻想に浸ることを無理矢理拒否しようとしていた。
だが、今、この瞬間だけは、自分が何者かであるかなどどうでもよくて、彼女に出会えた事実が大きくなり、立ち尽くしていた体を動かし、彼女のいる方へと向かう。
そして、璃子の体の手前で止まり、力一杯、彼女の体を抱きしめた。
「お、お、おい! どうしたんだ?! らしくないぞ! てか、やめろ! お前と私はそんな仲じゃないだろ! 殺し合いをしに来たんだぞ?! そ、それなのに、」
「いいんだ、今だけは、今だけはこうやってさせてくれ、頼む」
璃子は困惑しながらもいつもとは違うブレイドの姿を見て、何かを察するとその後は何も言わずに彼の事を見守った。
***
「まぁ、なんだ。その〜、すごい恥ずかしかったぞ」
お茶を飲みながら少しばかり頬を赤らめている璃子がそういうとブレイドは気にすることなく不遜な態度でそれに応えた。
「あれくらいのスキンシップは当然だろ? 吸血鬼ハンターはそんな常識も知らないのか? 」
「そんな常識あるか! 大体、私は日本から出てきた人間だから外国のスキンシップの高さには嫌気が差してたんだ」
ブレイドはニヤニヤと彼女の話を聞きながら自らの使命を忘れ、その時間を過ごした。
それは吸血鬼が見るはずのない、幻想と夢。
彼は今、それに浸り、浸かってしまう。
だが、それはあまりにも心地が良く、戻る事を拒んでしまうほどに幸福であった愛する人との時間。
「そうそう、今日はこんな武器を持ってきたんだ! お前を殺すための武器、名を夜王・皇! 」
「大剣? お前の細身でそんな武器はやめておけ。レイピアとかそれこそ日本なら刀があるだろ? あれは鍛治師の技術と魂がなりやすいからな。吸血鬼を殺すのには打って付けだろうに」
「刀ってそんな力があるのか?! と言うより、何で私に吸血鬼の殺し方を伝授するんだよー」
「お前になら殺されてもいいと思ってるからだ」
「重いな、感情が重すぎるぞ。」
「ふん、だって、お前が俺を殺すとなるとそんくらいなきゃ、殺せないからな! 」
他愛のない会話。
一瞬、ほんの些細な瞬間も忘れることの出来ない甘く蕩けるような時間。
最強を語る男ですら、未来に向かおうとする者ですら過去の幸せ。
戻ることの出来ない幻想に縋りつこうとしてしまう。
それがスランバー・ジャックの術中であると知っていながらも彼は溺れてしまうのであった。
***
一人の吸血鬼が覚めない幻想に囚われ膝をついていた。
幻想を見た瞬間に膝から崩れ落ちたバサラを見てジャックは無表情で見つめていた。
ジャックの両腕には鉤爪が付いており、それを携え、バサラの体に切り傷をつける。
一撃、一撃、何度も切り付けるも彼が目覚める事はなく、夢の中で、更に深い夢を見ていた。
そんなバサラにジャックは容赦無く、自らの武器を突きつけるも再生する体に対して何を考える事も無く無我夢中で攻撃しながら口を開いた。
「貴様も、やはり、夢が見たかったんだろう? 今はどんな夢を見ている? あの女か? 桜木璃子の夢を見ているのか? いや、もしくは二席、あんたの一番の腹心のファントムの夢でも見てるのか? どんな夢を見ているのか知らないが私は優しいからな。夢に溺れさせてやる。夜の王、我らが吸血鬼の主よ。貴様の役目は終わりだ。私の罪の前に消えろ」
第六首都、夢の理想郷を作り出す生命武器殺しの武器に宿る悪魔は暴食。
ジャックはそれを使い、大量の同胞を喰らい尽くし、序列の枠を超えた治癒能力を手にしていた。
そして、今、ここで最強の吸血鬼を喰らう事でその頂点に立とうと武器に自らの意志を込め、バサラの体に突き刺そうとする。
「生命開放、抜刀・雪華の情」
背後からの声に気付き直ぐに振り向くもそれよりも速く、刀がジャックの体を斬り裂いた。
斜めに斬られた上半身が宙に浮くもその体で鉤爪を使い行人に攻撃を放つ。
行人はそれを臆する事なく刀で止めるとジャックの目の前に立ち塞がった。
「埋葬屋か。退けば、痛みなく殺してやる」
「結局死ぬなら足掻くだろ? てか、バサラ! 起きろ! お前がやるんじゃなかったんかよ? 」
行人はバサラに声を荒げらも全く反応を示さず、それを見たジャックは斬られた半身をくっつけると自慢げに喋りかけた。
「第六悪魔は人が見る夢を現実の様に映し出す。そらが見せる幻想は幸福に浸る毒。こいつはもう落ちるところまで落ちて堕ちるだけ。だが、安心しろ貴様にはこの能力は使わん。深い幻想を見せれるのは定員一名だからな」
そう言うと鉤爪で行人を切り裂こうと腕を振るい、それを彼は冷静に斬り落とす。
斬り落とされた腕は即座に回復し、それを用いて手数で行人を圧倒するも彼もまた、一切油断なくぶつけ合った。
だが、吸血鬼の治癒力を存分に発揮した戦闘方法で斬られながらも前へ、前へと進むジャックが徐々に有利になっていくと行人は攻撃をやめ、先ほどの戦いで得た受けの剣術へと攻撃方法を変える。
鉤爪が放たれる度にそれを弾くとすぐに二段目が飛んでいくも、それすら簡単に刀で止めた。
攻撃の応酬の最中、彼らの隙を突き、狩人が此処ぞとばかりに引き金を引く。
狙う者はただ一人。
狩人は殺意を殺し、短く呟いた。
「生命開放、絶神槍」
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