三十六章 首都陥落作戦-第六首都 其の参
柔防混じえて護剣と成る。
無銘の剣士は、今、龍へと覚醒する。
「ワシの抜刀術が完成しただと? 抜かすなよ、小僧」
先程までの飄々としていた態度とは一変し、五十嵐の語尾には怒りが添えられていた。
そんな彼とは裏腹に行人は冷静であり、それに対して、しっかりと目を見て再び宣言する。
「だから、完成したんだよ。あんたが求めていた、抜刀術が」
「何をもって完成としただと?! ふざけるな! それをお前達に教えたのはワシだ! そのワシを差し置いて、完成しただぁ?! 寝言は寝て言え! 」
そう言うと五十嵐は刀を鞘に納めると再び抜刀の構えを取り、行人に対して、全力の殺意を持って距離を詰める。
「その攻めこそ、あんたの抜刀術から程遠いだろ」
行人の声は五十嵐には届かない。
怒りに身を任せた彼の突進を行はただ刀を柄を握り、構えるだけ。
「生命開放!!! 抜刀・絶箱!!!!!! 」
先程とは打って変わって禍々しいほどのオーラを刀身に纏いながら五十嵐は行人へと容赦なく突きつける。
「生命開放、龍舞参乃型・血切鮫」
言葉よりも速く、五十嵐の刀は抜かれており、その凶刃が行人の首に後、一歩と迫っている。
しかし、五十嵐の放った刀よりも行人は速く、刀を抜き、そして、鞘に納めていた。
その抜刀、正しく、閃光が如き速技。
鞘に収まった瞬間に、五十嵐の肉体に切り傷を自分と同じ形につける。
再体に傷をつけられ、気付いた頃には自分の刀から放っていたはずの力が失われていた。
二度目の矜持への傷。
ワナワナと体を震わせながら、怒りを抑えられない五十嵐であったが自らの感情を封じ込め、目の前に立つ、行人へ喋り掛けた。
「のう、坊、お前が本当にワシの抜刀術を完成させたと言うのか? 」
「言ってるだろ、そうだって」
「じゃあ、何を持って、お前はワシの剣術を完成と見出した? 」
「抜刀、即ち、剛ではなく、柔であり、攻めではなく、受けである、あんたの抜刀術は護剣。守りにおいてその力を十二分に発揮する」
それを聞き、五十嵐はかつてないほどの激情に駆られ、青筋を立てながら、殺意と敵意を行人に向けて声を上げた。
「何が、受けだ? 何が護剣だ? ふざけるのも、大概にしろ、大概にしろ、大概にしろ、大概にしろ! ワシの剣は無なる極地に至る剣! 究極の零を目指したモノだぞ! それは攻撃において発揮されるものだ! それを、お前は、守りに置いて発揮されると言ったか? 餓鬼に少しでも期待した自分が馬鹿だった! お前は、弟子などではない! 今、ここで殺す! 無銘流、開祖、名は五十嵐、貴様をねじ伏せる羅刹の権化! 」
「そうか、なら、もう師匠と呼ばなくていいな、ジジイ。俺は埋葬屋九席であり、無名龍、開祖、名を柊行人、あんたを超えて、兄の無念を晴らす者だ」
互いの名乗りが終えた途端、五十嵐は刀を握り、走り出す。
行人は逆に動く事なく、自らの間合いに入った途端、刀を抜いた。
バチリ。
刀と刀がぶつかりあって鳴る音とは思えない音が鳴り響く。
五十嵐は速度を緩める事なく、幾度と、幾度も、その刀を鞘に納めては抜きを繰り返した。
行人も同じ動きで対応するも、一切の油断も、躊躇もなく、自分の持てるもの全てを使い、ぶつけ合う。
互いに生命武器を使わず、己の剣術のみ。
刀と刀を重ねる毎に動きは最適化され、戦闘は加速する。
右に放たれた刀は既に鞘に納められ、それを再び抜き、放った。
左に向かった斬撃を避けても、既に右から刀が伸びており、それを防ぐために高速で得物を鞘に納めて斬り伏る。
なんとしてもねじ伏せようと五十嵐は手を緩める事なく、攻め続けた。
その攻めを恐れる事なく、行人は弾き、己の身を守り続ける。
攻と防。
剛と柔。
相手を拒絶し合い、殺し合う。
そこに悦はなく。
自らの尊厳を賭けた刀と刀のぶつけ合い。
しかし、それは一瞬の意識の欠陥、ほんの些細な揺らぎにより、終わりを迎える。
カウンター。
受けにおける最大の攻撃であり、相手の隙を突き放つ、決死の一撃。
互いの体に切り傷が生まれていたが、行人の一撃が五十嵐の左腕を切り落とすとボタりと腕であったものが地面に転がっており、そこから大量の血が溢れ出た。
溢れ出る血を見て、五十嵐は自らの剣術が敗北の直前に瀕している事を理解する。
だが、それでも尚、目の前に立つ、男に、かつて自分が殺した相手の弟などに負けたくない、そう思い、片方の腕を刀に伸ばすと抜刀の構えを取った。
「ワシの、負けだ、行人」
「その割にはまだやる気って感じの構えじゃないか? 」
「逆だよ、負けだからこそ、一矢を報いる為に、スランバー様の敵を減らす為に、この刀を振るってお前だけは斬り殺す」
「ジジイ、それがあんたの答えなら俺はそれを受け入れる。やろうぜ、あんたと俺の最後の意地の張り合いだ」
行人がそう言うと互いに見合い、刀を握りしめる。
両者同時に距離を詰め、必殺の一刀を放つために同時に口を開いた。
「生命開放、龍舞零乃型・無龍残火」
「生命開放、抜刀・絶禍乃太刀」
互いに込めた、思いと魂が、刀に宿り、打つけ合う。
共鳴し合う事は無く、ただ、お互いに負けられないモノを背負っているのだけは全く同じ、剣士同士。
抜かれた刃の衝突から、風が生まれる。
VR空間であるにも関わらず、今、そこには明確に風が生まれており、二人の刀が唸りを上げた。
兄を殺され、復讐に囚われながらも、仲間と出会い、乗り越えた刀。
師として、武人として、己を貫くために、弟子を殺し、更なる深みを求めた刀。
仲間と出会い、育んだ重みと一人で積み重ねた重み。
人の重みか。
重ねた重みか。
だが、そこでは、その場では、仲間と共に育んだ重みが、一歩先を行く。
バキリと鋼が砕ける音がした。
そして、折れた先には、五十嵐の腕があり、行人の刀がそれを斬り下ろした。
もう一つの腕が地面に落ち、生命の死と共に、剣士としての死も顕す。
血が溢れて止まらない。
ダクダクと、右肩と、左肩から流れ出す。
「ジジイ、世話になったな。あんたの流派、俺が勝手に継ぐぜ」
既に、行人は五十嵐から背を向け、彼の事を見ませずに歩き出す。
五十嵐は無言を貫いた。
だが、目の前に、自らの足で進んで行く、少年の背中を見ながら、自らが得れなかったモノを今、ここで理解し始める。
そして、僅かに残った意識でゆっくりと口を開いた。
「なぁ、坊。お前の剣は、何に成った? 」
その声を聞き、少しだけ笑いながら行人は答える。
「無に届き、零を見た。そして、そこから壱へと至る。今の俺は、仲間と共に歩み、成った、壱だよ」
それを聞き、五十嵐は笑った。
己が弟子が、己と違う答えを見出した事に笑い、その成長を、今になって、理解し、最後の最後に、少しばかりの後悔をした。
(カカッ! 弟子が、俺を、ワシを超えたか。なんとも、まぁ、皮肉な、人生だったんだろうなぁ)
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嬉しくて狂喜乱舞です!