三十五章 首都陥落作戦-第六首都 其の弐-
四季を彩る、刀の応酬。
全ては無から壱へと。
行人、覚醒の時。
その言葉を聞くや否や、行人は再び抜刀する。
生命武器を使わない、感情任せの抜刀。
それは意外性も何もなく、面白みに欠けるからとそれを五十嵐は受け止める事なく、避けると彼の体に目掛けて蹴りを入れた。
行人の体が地面に転がり、口から血が飛び出す。
仮想空間、夢の中であるにも関わらず、痛みは体に響き、切り傷からは血が止まらない。
「のう、行人、お前、ここで死ぬのは死なないと思っているんではないか? なら、少しだけ説いてやる。ここは仮想空間であっても、仮想空間であらず。現実に限りなく近い世界。他人と世界を繋げ、繋げた人間の夢で作り出した理想郷。それが第六首都。夢と現が逆転した世界だ」
五十嵐は自分の説明に酔う様に語るもそれに対して行人は興味を示さず、自らの体に流れる血を見て、怒りを燃やしていた。
血で手を染め上げ、刀を握り込むと再び五十嵐目掛けて走り出す。
「生命開放、龍舞参乃型・血切鮫」
行人が流した血を刀が混ざり、鋸の様な刃となるとそれを五十嵐の体目掛けて振り下ろした。
怒りを刀に込める。
兄への怒り。
復讐に対する熱。
それらは意識せずとも注ぎ込まれ、これまで以上に力を込めた一撃を放つ。
それを五十嵐は自分に向けられた感情に、ワクワクしながらそれを自らの技術と生命武器を交え、真っ向から捻じ伏せようと声を上げた。
「生命開放、抜刀・絶聖痕」
一閃。
一言後、行人の体は理解する。
血の刃は聖人の体を刺した槍を模した一撃により、瞬時に折られ、体を切られた事を。
怒りと復讐への熱を幾ら込めても辿り着けない研鑽の山。
刹那の攻防。
三度行われた殺り取りによる、三度の流血。
行人の体には切り傷が生まれ、どくどく流れ出す。
意識がぼんやりとしてくると自らに迫る何かを感じた。
(死、か? これが死、なのか? 体にある熱が冷めてく感覚。分からねえ、分からねえ。でも、怒りが、熱が、冷めてく)
***
抜刀の構えを取ると二人の少年が木刀を腰に刺していた刀に手を置いた。
「はじめ! 」
老人の一言を聞き、二人同時に走り出すと木刀を抜く。
しかし、自分よりも早く抜かれていた木刀は自分の頭に振り下ろされ、よろけ、倒れた。
「行人は、鍛錬が足りないな! 」
そう言うと転んだ少年に手を貸して、立ち上がらせた。
「そこまで! 綾人、お主、また腕を上げたのー」
「いえ、御師様のおかげですよ」
「それと違って行人、お主はなんで努力をせん」
「してるよ、ジジイ」
「こら、行人! 御師様にその口の聞き方はないだろ! 俺達がこうして生きていけるのは御師様が拾ってくれたからだぞ」
そんな事を言ってると既に行人はおらず、聞く耳持たずと何処かに行ってしまっていた。
「行人〜」
それを見て、綾人はため息を吐くと行人を探しに走って行く。そんな彼らを五十嵐は伸び代に期待しながら何も言わずにうっすらと目を開き、見つめていた。
***
逃げ出した行人は木の上でぶら下がりながらぼんやりと空を眺める。
自分達が周りの人間と違うと言うのは知っており、友と読んだ人間はすぐに背が伸び、自分を追い越し、老け、消える。
そんな事を何度も見てきた行人は自分には五十嵐と綾人以外の繋がりが何もない様に感じており、今の自分では彼らについて行っていいのかを真剣に考えていた。
ごちゃごちゃ考えるのは性に合わないことは知っている。だが、それでも、常に努力をし続ける綾人を見ていると自然と五十嵐も家族の情の様なものを感じ、自らがいらない人間なのではないかと勝手に思い込んでしまう。
「ここを出て行くしかないかな」
行人は物悲しげにボソリと呟く。
しかし、タイミングが悪かったのかそれを言った時、下には綾人がおり、それが彼の耳に入っていた。
「行人? 今なんて言ったんだ? 」
「あ、いや、その、えーと」
口ごもる行人に対して、綾人は間髪入れずにハキハキとした口調で問い詰める。
「何で、お前が出て行く必要があるんだ? 」
「その、邪魔かなって、思って、ジジイは息子が欲しいだろうし、俺が居たら、兄貴も気を使うかなって」
「お前は俺の弟だぞ? 弟のことを嫌う兄がいるか? 」
「そのさ、綾人は俺みたいな不出来な弟、嫌いじゃないのか? 」
自分でも考えがまとまらず、その場で言ってしまった言葉に後悔するもそれを聞いてもなお、綾人は狼狽えることなく堂々とそれに答えた。
「お前が不出来な弟なんて一度も思ったことない。生まれてからすぐに両親は亡くなって、お前だけが俺の繋がりだった。だから、俺にとって、お前は可愛い自慢の弟なんだよ。だから、出たくなんて考えるな。お前の居場所は俺の居場所でもあるんだから」
にこりと笑いながらそう言うと手に持っていた飲み物が入ったペットボトルを行人に投げつける。
そして、それを渡し終えると木の上にいる行人に対して手を伸ばし、再び口を開いた。
「帰ろう、行人」
***
「兄……貴? 」
横たわる兄であった者を見て激情に駆られながら疾走する。
喋ることなく肉塊となった、兄を見て、怒りの制御が出来ぬまま、師と仕えた者に向けて刃を放った。
「のう、坊、お前が龍なのは知っておったが覚悟が足りん。こいつはお前が龍に成る為の手向だ」
***
(また、俺は、あいつに負けるのか? )
行人は死の手前にある自らの意識に争うことが出来ずにいた。
五十嵐との力、技術、それら全てが明確にされ、もう自分が彼に勝てないとはっきりと理解してしまい、意識が更に消えていく。
「何やってんだ? 行人、お前は俺の弟だろ? 」
何処からか聞こえてきた声に薄れていた意識が明確になり、声が聞こえた場所へと目を向けた。
自らが生み出せし幻想か、分からない。
だが、そこにはかつて失った兄の姿があった。
「兄貴? なのか? 」
「ああ、流石に、死にかけの弟は助けてやらないとと思ってな」
「そっか、もう死にかけならいいんだ。兄貴の姿が最後に見れて」
いい切る前に頬が熱くなった。
何故か、兄が自分の頬を叩いており、かつて、一度も手を上げたことがない彼から叩かれたことにキョトンとした表情を浮かべる。
「お前にそんな事を言わすためにここに来たんじゃない。お前は師匠とは違うのに何でそこに気付かず戦うんだ? 」
「師匠と違う? 同じだろう、あいつも、俺も、同じ流派、同じ剣、同じ過去に囚われた者同士。違うと言えば、強さと囚われているモノが復讐か、武か、それだけだ」
「お前と師匠の違いはもっとハッキリしたモノがあるだろう? お前は今、何処にいる? 誰といた? 誰のために戦ってる? 思い出せ。お前が、一緒に過ごして来た人との過程を。お前と師匠の絶対的に相容れぬ、重みを」
***
過去の思い出が交錯する。
自らに流れる記憶の中。
彼の、兄の、綾人の言葉を思い出し、大量の血を流しながらも目の前に立つかつての師に刃を向けた。
「カカッ! まだ、立つか。合いも変わらず、丈夫さだけがお前の取り柄じゃのう」
五十嵐の煽りを受けてもなお、それに応える様な気力は湧かず、ゆらりゆらり、視界が震え、膝は今にも地面につきそうになる。
それでも、何故か、行人は立った。
フラフラとした足取りで立ち上がる事すらままならないはずだった体と心が徐々に研ぎ澄まされて行く。
調律されて行く思考と共に、彼の体もまた、死の瀬戸際の暗い海に沈んだからか、生への渇望からか、自ずと体に力が漲り始めた。
対して、五十嵐は少しばかり、苛立ちを覚えていた。
彼の抜刀術は明確に、相手の命を刈り取るモノであり、それに対して誇りを持っている。しかし、行人は三度もそれに耐えた。
それは自らの名誉を傷つけるモノでもあり、許されない様に感じると初めて五十嵐は自ら攻撃に出た。
行人との距離を詰め、研鑽の中で生まれた、抜刀を放つ。
「生命開放、抜刀・絶聖痕」
刀は目にも止まらなく速度で鞘から解き放たれ、行人の首へと一直線に向かって行く。
瞬間、行人は自らの首に迫る刃を防ぐために刀を抜いた。
刀と刀がぶつかり合い、火花を散らす。
それは明確に、五十嵐の抜刀術を防ぎ、むしろ、そこから行人は自らの攻撃へと転じた。
「生命開放、龍舞壱乃型・一季当千」
手には刀を。
刀には魂を。
乗せる。
載せる。
己の全てをかけて、放つ。
刀は五十嵐が気づくよりもコンマ数秒、早く抜かれており、彼の体に行人同様、全く同じ切り傷を生んだ。
五十嵐は自分が切られた事を気付くまで時間が掛かった。
しかし、切られた瞬間、自らの絶対としていた矜持を傷つけられたのを理解し、そして、顔を歪ませながら物凄い形相で行人に対して声を上げた。
「ガキがぁ! 調子こいてんじゃないぞ! 」
そんな言葉を聞きながら、行人は体を巡る力の高揚感、脳内にアドレナリンが溢れ出ており、ただ、ぼんやりと五十嵐の顔を眺めていた。
この場、全てを得たような全能感。
死を前にして、行人は至る。
自らの中に眠る、才能の極地。
「ジジイ、完成したぜ、あんたの抜刀術」
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