三十章 首都陥落作戦 -第五首都 其の陸-
あゝ、それは自ら消した感情。
喜び、即ち、喜怒哀楽。
スペクターは手に持つ電鋸を握りしめ、ニエルドに向かって走り出した。電鋸は凄まじい音を立てながらニエルドに襲いかかるもそれを彼は簡単にいなすと激しい撃ち合いを繰り広げる。
電鋸と槍がぶつかり合うたびに火花を散らし、暗闇の中を明るく照らし出す。
己の力を見せても尚、その心と魂が屈することなく自らに向かってくるスペクター達に対してニエルドはほんの少し笑みを零した。
(激るな。こうも俺の力を見せつけても諦めないとは久々に体が温まって来た)
槍を放つ速度はスペクターが振るう電鋸よりも早くなっており、彼の体を容赦無く穴を増やしていく。しかし、スペクターは止まる事なくそれを振るうとその背後から身を潜めていた勿が声を上げた。
「権能解放、猫王武装乃絶壁」
スペクターの生命武器の能力のコピー。
六つの壁のメモリー全てのキャパを使いながら霊王の一部を顕現すると壁を新たな形へと変容させる。
そして、スペクターがいる場所へ霊王を纏った六つの壁を容赦なく放った。その攻撃に気付いたニエルドはそれを捌こうとするもののスペクターが視線を遮り、自らの体が壁にぶつかるようにする。その瞬間、ぶつかるはずのスペクターの体をすり抜け、壁の一つがニエルドの体にぶつかると彼の体を吹き飛ばした。
ドンと言う重低音が部屋中に鳴り響くとニエルドの体が浮いており、それに目掛けてスペクターと勿は互いに視線を合わせ、同時に距離を詰める。
壁と電鋸を携えながら無防備な状態になっているニエルドの体目掛けてそれを振るった。
しかし、そんな状態であるにも関わらずニエルドは笑いながら壁を蹴り上げ、槍で電鋸を弾き返すとすぐに体勢を立て直した。
一瞬の隙すら与えぬ実力で壁と電鋸の猛攻を一つの槍で否定し、己の武力を肯定し続ける。
そんな中、スペクターが槍の動きを鎖で止めるともそれを引きちぎり、彼目掛けて力一杯槍を投げつけた。
それは生命武器を否定するモノでありスペクターは透化する事なくそれを受けると槍の威力を消すことが出来ず、体ごと壁に打ち付けられる。そんな中、勿は武器を無くしたニエルドに向けて走り出すと自ら彼との距離を詰めた。
那須川から受け継いだ拳と記憶の壁を用いて勿はニエルドと撃ち合い始める。
功夫を用いて巧みにニエルドの力を流しながら攻撃に転ずるとすり抜ける壁を六ついっぺんに放ち、彼の体に全てをぶつけるもそれすらものともせずに幼い少女の体に向けて容赦なく拳を放った。
勿はそれを再び、いなすと必殺の拳を撃つために口を開く。
「猫号鉄鋼砲・廻」
拳を砲撃となし、暴王の体に一矢を報いる。
意識の集中により、砲撃となった黒猫の拳はニエルドの体に突き刺さり、初めてその場で彼は肉体的ダメージを負った。内部に響く攻撃に彼は珍しさを覚え、体にある内臓が少し悲鳴を上げた事を感じると首をゴキゴキと鳴らしながら喋りかける。
「お前ら、本当に俺を倒そうとしてんだな」
その言葉を聞くも勿は応えることなく再び距離を詰め、拳を放とうとした。ニエルドはそれを待ち構える様に準備し、自らの力のみでねじ伏せようとする。
恐怖はあった。
かつては無かった恐怖が今は一人の人間として襲いかかる。
しかし、それすらも那須川がいれば成長だと言ってくれたであろう。
そう考えると足の震えは消えた。
それも自分の成長だと考え、みんなを助けるために彼が繋いだ希望を繋げるために。
勿は迷う事なく突き進む。
自らに迫る命の危機を感じ取りながらも仲間を、家族を信頼し、身も心も預け、恐怖を捨てて突き進む。
そして、それはスペクターも感じ取っており、彼女だけに前に進ませまいと覚悟を決める。
故に、その信頼に応える為にスペクターは槍の威力を相殺する事を止め、自分の要領をもう一つの武器へと注ぎ込んだ。
「生命開放、絶深淵領域」
槍の一撃を止めていたスペクターはこの瞬間を狙い、彼を鎖の牢獄へと誘った。
結果、スペクターは電鋸で槍を捌けずに肩に突き刺さるとそれは彼を壁に磔にし、痛みが体を駆け巡るもその鎖の牢獄をなんとか保たせる。
ニエルドの体が鎖で縛るも簡単にそれを千切った。鎖に視界を遮られるとその牢を黒猫は一人自由に駆け巡り、再び必殺の一撃を撃ち込んだ。
「猫号鉄鋼槍・戟」
蹴りを槍となし、振り払う。
再び内部に響く一撃はニエルド自身の口からほんの少しだけ血を出させた。
それを確かめて手応えがある事を確認するとすぐに鎖の牢獄へと勿は姿を消す。
すぐにヒットアンドウェイをしようとしている事に気付いたニエルドは血を拭き取ると手を開き、それに呼応してか牢の外にあった槍が主人の手元に飛んでいく。そして、それを携えたニエルドは鎖の牢獄を崩すために力いっぱい振るい、一瞬にして千切った。
それを狙っていたかの様に勿は立っており、右手を手前に出しながらそれを地面に振り下ろしながら声を上げる。
「生命開放、絶壁・4th」
四つの壁がニエルドを四角く囲い、その場の重力を変え、彼の体を地面にめり込ませた。
メリメリと床は音を立てながら悲鳴を上げる。
敵を目前にして彼は初めて膝をついた。
それは自分が思っていた事よりも屈辱的ではなく、寧ろ、そこまで自分をさせた敵に対して賞賛すら送りたくなる様な気持ちになっており、幼少に失った何かを今、取り戻していた。
徐々に体に巡る何かが自分の高揚を抑えられなくなり、ニエルドは大きな声で笑った。
「ははっ! あはははは! 素晴らしい。お前達よくここまで戦った。埋葬屋、お前らは俺の心を少しだけ溶かした。褒美をくれてやる。心せよ、これが俺、第五首都首都長、ニエルド・ヴォーデンの全力だ」
そう言うと今までない程の無邪気な笑みを零す。
それは正しく純粋且つ見せた事ない様な天真爛漫な少年の様な笑みであり、勿がその瞬間だけ、彼が敵であったのか忘れてしまうほどに。
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