『こんにちは、ノムーラはん』外伝~将門さんの首さがし
これから始まるのは首さがしの旅なんだ。首って、アタマのことだよ。ないと困るだろ。でもなくしちゃった人がいるんだ。それがきょうのお話の平将門さんさ。
将門さんて知ってるかな。千年以上前の平安中期に名をはせた武士なんだ。すごいんだぜ。いまでも首都東京の守り神でそんけいされてるんだ。くわしい活躍はネットでググってみてね。
さて、どうして、そんなエラい将門さんが自分の首をさがしに行くのか。
そもそも、なぜ、将門さんは現代に出現しているのか。あ、このお話は今の時代だよ、千年前じゃなくてね。そこんとこ、くわしいいきさつはノムーラシリーズの前回、『夏のホラー兜駅奇譚平将門』を読んでね。
あ、モルーカスがノムーラのとこへやって来たよ。この二人は去年の童話祭りに登場したから知ってるね。きょうはノムーラのとこにお客さんが来てるんだ。それがなんと! 平将門さんなんだ。
さあ、耳をかたむけてみよう。
「こんにちは、ノムーラはん。前回はエラいめにあいましたな。あんな大物、もうカンベンですわ」
「しっ、モルーカスはん。いまここに来てはるがな」
「へ? あ、ほんま。え~こんにちは、将門はん。ごきげんよろしゅう」
将門さんは、ほこらに熱心にお参りしていた。その横顔を見て、モルーカスはおやと思った。
「あれ。あの顔て、どっかで見たような気が」
「マツケンやん、若いほうの。野球選手ちゃうで」
「そうや、マツケンや。松山ケンイチ。けど、なんでまた」
将門さんは、いくさでひたいを矢につらぬかれて死んだんだ。そして首だけ運ばれて京都でさらし首にされた。その首をとりもどす前に将門さんはこっちに来ちゃったから、首がないんだ。だから、みんなで作ってあげようと、本人にどんな顔がいいか聞いてみたんだけど。
「肖像画なんか見せても、似てない言わはってな」
「へぇ」
「ドラマなんかの映像も見てもろたら、あれがエエて」
「けど、マツケンて、大河ドラマで同じ平氏でも、たしか清盛やったんちゃいまっか。敵役の子孫でんがな」
「同じ桓武平氏やから、かまわんて」
「ふーん。ちょち古いけど加藤剛が将門やってんのに」
「モダンがエエんやて。それにマツケンも、舞台で将門やったことあるんや」
「そのほうら。なにをくどくど言うておる。そろそろ出かけようぞ」
「へ? あ、お出かけでっか。ほな、わてはこれで」
「待ちいな、モルーカスはん。あんたも行くんや」
「え。どこ行かはるんでっか。」
「首さがしに行く言うてはるんや」
「マツケンの顔じゃあきまへんのか」
「なんか、しっくりせんのやて」
「そらまあ、本物の自分の首やないから」
「せやから本物の自分の首をさがす言うてはるのや」
「さあ、ついて参れ。こちらか。その、駅とか申すのは」
「あ。そっち、ちゃいまっせ。こっちでんがな。で、ノムーラはん、どこへ」
「せやから首を」
「首はわかりましたけど、行き先は」
「うーん、やっぱり将門はんの首塚のあるとこ、ちゃうか」
「ほな、大手町でんな」
「うん。そこで見つかりゃええけど」
「へ? じゃ、岐阜でっか。その、首が射落とされたっちゅう」
将門さんの首塚や神社は全国にいくつもあるんだ。体をうめた胴塚もあるんだけど、体はこっち来ちゃってるからね。とにかく三人はいちばん有名で、いちばん近い大手町に行ってみることにした。
「おや、工事中でんな」
「ここから見えるけど」
「あの盛り土のあたりでっしゃろ、首塚」
「どうれ。おお、あそこか。では掘ってみよ」
「入れまへんがな。掘る道具もないし」
「あんなん、ブルドーザーかショベルカーないとムリやん」
「わが首が埋まっておるのだ。ええい、わしがやる」
将門さんはノムーラとモルーカスが止めるのも聞かず、フェンスをこじ開けようとしたんだ。そこへ警備の人たちがやって来た。
「あ、ちょっと。ダメですよ。4月まで入れません」
「そのほうら、衛兵か。ここを開けい。あそこにわが首が埋まっておる」
「なんですか、あんた。あ、やめてください。警察よびますよ」
「あ、すんまへん。いや、なんでもありまへんよって」
「将門はん、あきまへん。捕まったら首探し、ワヤになりま。出直しまひょ」
「なにを申す、わが首がそこにあるというに。ええいはなせ、はなさぬか」
ノムーラとモルーカスは、あばれる将門さんを力ずくで引きずっていった。
「まあまあ、先にほかのとこ見たらよろしがな」
「そうしまひょ。ここに埋まってるとは限りまへんからな」
「ならば、わが首、どこにあると申すか」
「それを探しにいくんやおまへんか」
というわけで三人は新幹線に乗って名古屋でローカル線に乗り換え、御首神社というところへ行った。将門さんの首が関東へ飛んで帰るとちゅう、ここで射落とされた伝説があるんだ。
「ここにわが首があるのか。どうれ。だれか、案内せえ!」
「なんです? 大きな声で。びっくりしますがな。なんです?」
「そのほう、宮司であるか。わしの首をもらい受けに参った。早々に取りはからえ」
「へ? なんです? 首? ここはたしかに将門公の首をお祀りしておますが」
「さようか。千年にわたってごくろうであった。礼を言おうぞ。さ、早う、その首をここへ」
「へ? わからんお人やな。あんたいったいどなたはんです?」
「わしは将門である。首をさがしてここへ参ったのだ。さ、首をこれへ」
「へ? だいじょうぶですか。あんた、首ありますやん。うん? なんか見た顔や」
「これは仮の首である。わしの首をさあ早う」
「そない言われても。ここにはあらしまへんで、たぶん。あくまで伝説ですからな」
「わが首を祀っておるのだ。あるにちがいなかろう」
「いや、このあたりに落ちたてことで、将門さまの霊をしずめようとしてですな」
「うそを申せ。なにゆえ、かくそうとするか」
「そこまで言われるなら、落とした神さん本人に聞いてみたらどないです」
「なに! わが首を射落とした者がここにおるのか」
「こっから5キロほど西の南宮大社におられるから、行てみたらよろしがな」
で、三人はタクシーを飛ばして南宮神社に着いた。
「広いでんな。どこ行きゃええんやろ隼人なんたら言うてましたな」
「案内板ありま。どれどれ。あ。隼人社て。ここちゃいまんの」
将門さんの首が、京都から関東へ帰るとちゅう、この地で射落としたのが隼人神なんだ。首がもどると、また混乱が起こると心配してのことだったんだけど、将門さんにしてみれば、めいわくな話さ。
「ここであるか。隼人どの、お出でをねがおう!」
将門さんは地べたにすわって隼人社に呼びかけ、深々と頭を下げた。
隼人の神って、みんな知ってるかな。三人兄弟のまんなかで、お兄さんが海幸彦、弟が山幸彦っていうんだ。この山幸彦さんていうのが、初代天皇の神武さんのお祖父さんなのさ。将門さんも皇族の出なんで、ご先祖さまに礼をつくして平伏しているってわけ。
それを見てノムーラとモルーカスも地面にひざをついて、土につくほど頭を下げた。
「やかましいのう。だれじゃ。いい心持ちで昼寝をしておったに、じゃましよって」
階段の上の扉がバタンとひらいて、そこにあらわれたのは、ゆったりした白い装束に身をつつんだ人だった。出るなり伸びをして、大きなあくびをした。
「ノムーラはん。だれぞ出てきよりましたで」
「ほんまに出てきよったな。ほんまのほんまモンの神さんやろか」
「おお、これぞ、わが祖先、隼人の神であられるな」
「うん? だれかと思えば将門じゃな。何用じゃ。おや? その首、いかがいたした」
「わが首を射落としたのが隼人どのとは。この首は仮のもの。本物の首を探しにまいった」
「わしが射落としたのだ。関東へもどれば、わざわいの元である」
「して、落ちたのはどのあたりであろうか。お教えねがいたい」
「首を取り返してなんとする。また反乱を起こすか。ならば教えぬ」
「御首神社のあたりとすれば、ずいぶん遠くに落ちたもの。ここで射られたのか」
「おうよ。千年経ってもようおぼえておるわ。おぬしの首は火の玉のごとく飛んでおった」
「矢はほんとうに当たったのであろうか」
「なに! わしの矢をうたがうのか」
「夜なれば見まちがいもありましょう」
「ええい、だまれ! いまいちど、その首、落としてくれよう!」
隼人神はかんかんに怒った。気が短い神さまもいるからね。みんなも気をつけよう。隼人神は手に大きな剣をかまえ、階段を駆けおりてきた。将門さんはあたりを見まわし、武器になりそうなものをさがした。矢竹が生えていたのを一本、力まかせに引き抜くと、隼人神に向かってふり回した。
「返り討ちにいたしますぞ。お覚悟めされい!」
将門さんは矢竹をふるい、バサバサと葉っぱが隼人神の顔にあたる。それでも隼人神は、ぶはぶはと顔を左右にふりながら剣をかまえて突進してきた。あぶない! 剣に突かれそうになるのを、切っ先をひょいとかわす。
「わわ。えらいこっちゃ」
「果たし合いみたいになりましたな。どないしまひょ」
「どないもこないも。神さん同士や。わてら凡人に、なにができるっちゅうねん」
ノムーラとモルーカスはあわてて避難した。剣と矢竹の丁々発止のやりとりは、境内の本殿ちかくで派手にくり広げられた。その騒ぎに、境内にいた人たちがあつまってきた。
「なんだ、なんだ」
「お神楽でも始まったんかいな」
「わ。斬り合いじゃねえか」
「おわ~、あぶねえ」
わらわらと押し寄せる人たちのなかに、宮司さんやら巫女さんもいたんだけど、みんなただ見ているばかり、止める人はいなかった。それどころかスマホで写真をバシバシとりまくっていたんだ。と、そのとき奥の本殿のほうで、雷が落ちたような大きな音がした。
「わ」
「きゃ」
みんな頭をかかえてその場でうずくまったんだけど、隼人神と将門さんは戦いに夢中で異変に気づかなかった。
「これ。そのほうら、なにをいたしておる!」
ふと見ると、本殿にすっくと立った者があった。見るからに神さまってわかる姿だった。でも隼人神も将門さんも気にもとめず、一心不乱に剣と矢竹をまじえていたんだ。無視されたものだから、その神さま、怒っちゃった。この神さまも気が短いんだ。
「やめーーーーーい! キエエエエエエエー」
神さまはほえた。その声といったら、雷よりもずっと大きく、空気を切りさくほどものすごかった。やじうまのみんなは耳をふさいだ。隼人神も将門さんもやっと気づいて声のほうをふり返った。隼人神ははっとして本殿に駆けていった。取りのこされた将門さんはきょとんとしていた。
「ノムーラはん、また出ましたでぇ」
「モルーカスはん、だれやろな、あの神さん」
「本殿から出てきはったから、いちばんえらい神さんやな。金山彦大神てありま」
「それ、パンフレットかいな。ふんふん。ここ、神さん、ぎょうさんいてるんやな」
「あ、あっちからも来はりましたで。隼人神の弟さんの山幸彦さんかな」
「おや、こっちからも。うん? 大国主さん」
「あれ女の神さんや。コノハナサクヤヒメさん? アマテラスさんかいな」
「あの人は武将みたいやな。時代がだいぶちゃうみたいや」
「徳川家康ちゃいまっか。東照宮もありまっから」
「おい、そのほうら。いまのうちに逃げるぞ」
将門さんはそう言うが早いか、矢竹をポイとほうりだして、すたこらと門の外へ走っていっちゃった。残されたノムーラとモルーカスはあわてて駆けだした。
「待ってぇな」
「かなんな、いきなり」
「なんで逃げはるんやろ」
「さわらぬ神に祟りなし、っちゅうことやろ」
「そんな。将門はんも神さんやのに」
ぶつぶつ言いながら走る二人の背後で、どなる声が聞こえた。あつまった神さまたちがなにやら怒ってるみたいだ。きっと将門さんと隼人神がケンカしたんで、うるさいと思ったんだろうね。門外からさらに南へ走って逃げた一行は、JRの駅にたどり着いた。
「ここまで来れば心配あるまい」
「どないしまひょ。大手町の首塚へ、もどってみまひょか」
「うむ。わが首がここで射落とされなかったのなら、関東まで飛んでおろう」
「じゃ、帰りまひょ」
「待て。ここまで来たのだ。京都まで行ってみよう」
将門さんは自分の首がさらされた場所をたしかめたかったんだ。それに、若いころ暮らしたこともあるから、京都を見たいと思ったんだろうね。一行はまた電車と新幹線を乗り継いで京都に着いた。
「まずは七条河原とやらへ行ってみよう」
首がさらされたっていわれる場所をめざし、一行はぶらぶら歩いていった。
「ここが京か。わしが居ったころとはずいぶんちがうようだ」
「そらまあ、千年以上たってますしな」
「いちど炎上してんのやろ。コロッと変わってるはずや」
「けど、鴨川はそのままやおまへんか」
「ふんふん、将門はんが居はった平安京は鴨川が東の境になってま」
「さびしいとこやったんやな。そんなとこに首をさらしたんか」
「日本で初やそうです。さらし首の始まりですわ」
さらし首と言われるたびに将門さんはムッとした。自分の首がさらし首の元祖とか言われたら、やっぱりイヤだよね。
「おい」
ぎろっとニラまれて二人はぎょっとした。顔はマツケンなんだけど、すごみがハンパないんだ。さすが将門さんだね。
「へ? わ。なんでんねん。わてら、なんぞしましたか」
「ふん! ここらであろう、七条河原は」
「へ。ああ、そうでんな。番地表示にありますわ」
「下におりてみるか。なんぞ手がかりがあるやもしれん」
三人は石段を降りて河原に立った。鴨川のゆるやかな流れを前にして、将門さんはなにか考えこむようだった。きっと、むかし見た同じ流れが、千年の時をへだてておなじように陽をあびてキラキラ光ってるのを見て、ヘンな気分になったんじゃないかな。
「将門はん。ここら、だだっ広いだけで、首の手がかり、ありそうにありまへんで」
風流とは縁のないノムーラは、あたりを見まわして言う。モルーカスもつまらなさそうにスマホをいじっていたが、ふと顔をあげた。なにか見つけたんだ。
「京都神田明神てありまっせ。『平将門の首をさらした所』やて」
「なに! よし、そこへ行こう」
三人は河原からあがって、歩いて烏丸通りまでもどり、五条、四条と北上していった。四条を西へ曲がり、石畳の古そうな路地へ入ると、奥のほうに、そのお社はあった。民家や宿屋さんがならぶ通りに、ひっそりと鳥居が立ってるんだけど、気をつけていないと通りすぎてしまいそうなんだ。でも、なにか感じたのかな、将門さんはスイスイ走るようにすすんで、そこでピタと止まった。
「ここか」
ふつうのおうちの土間みたいなとこに、ほこらがあった。このほこらは、将門さんの時代のえらいお坊さんが、将門さんを気のどくに思って、建ててあげたんだ。
「参るぞ。おお!」
将門さんはほこらに一礼するや、横に安置してあった石に駆けよった。その石はお坊さんが、将門さんのたましいをしずめるために置いたらしいんだけど。
「これぞ、わが首!」
言うがはやいか、えいやっと石を持ちあげてしまった。
「わあ、なにしはりますのや! やめておくれやす」
人が出てきて止めようとしたが、将門さんはかまわず石を頭にのっけた。すると、あーらふしぎ、つくりもののマツケンの首が跳ね飛んで、そこにすっと石がおさまった。見るまに石はかたちを変え、人の顔のようになり、かたい表面にひびがバリバリと走った。ばらばらと石がはがれ落ちてあらわれたのは、これぞほんものの将門さんの顔・・・かな。はじめて見るからわかんないや。
「あれ。石をどないしはったんや。どこ行った、石」
「ここにある。わが首である。千年の年月、手あついもてなし、礼を言うぞ。世話になった」
将門さんは頭をさげ、すっと出ていってしまった。小さなほこらの前には、つくりもののマツケンの首がごろんところがっていた。
「ちょちょ、どろぼー。石、返しなはれ。だれかー、けけ警察を!」
「ノムーラはん。えらいことになりましたな」
「ほんま、モルーカスはん。どないしょ」
「どないしょて、逃げるしかありまへんがな」
「けど、将門はんの首なんやろ、あれ」
「へえ。きれいに収まってますからな」
「あんたら、あの人の仲間かいな。ちょい待ちぃ!」
「いや、わてらはあの、その。わぁー、さいなら」
「またあらためて事情知らせるよって、いまは、さいなら~」
二人は将門さんのあとを追った。大通りに出たあたりでパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。将門さんはすたこら早足で歩きつづけている。地下鉄の駅がせまってようやく、二人は将門さんに追いついた。
「はあ、はあ。待ってぇな。足、早いな」
「将門はん。とにかく、首もどってよかったでんな」
「うむ。そのほうらのおかげである。良きはたらきであった」
「で、これから、どないしはります?」
「そうだな。まずは、わが首塚に参ろうぞ」
「へ? 自分の首の首塚にお参りでっか」
「なんかヘンでんな」
「行くぞ。首塚も自分の首が来るのを、首を長くして待っておるであろう」
「その首塚て、将門はんの首がそこに落ちたんで建てたわけで」
「だから、これから行くのだ。千年おくれたが」
三人はサイレンの鳴りひびく街から、東京をめざして地下鉄の駅へとおりていった。
その後、京都神田明神の石のあったところには、せっかくだからと、つくりもののマツケンの首が置かれた。すると、子どもたちがやって来ては、「聖おにいさんだ。わぁー」とはやしたてるようになった。あ、マツケンがテレビで演じたのは仏さまじゃなくって、イエスさまのほうだよ。だから、まあ、神さまにはちがいないからねー。神社の人も「ま、ええかいな」と頭をかいてるって。
これで将門さんの首さがしの話はおしまいだよ。首をやっと取りもどした将門さんは、これからどーするんだろう。また関東でひとあばれするのかな。それともノムーラたちのとこの『将門記念館』で、おとなしく館長さんとして日をおくるんだろうか。とても気になるところなんだけど、それはまたのお話だよー それじゃ、またね。読んでくれて、ありがとう
おしまい