8話 巡る思惑
ジルダとトイニの話が一区切りすると、それまで黙っていたサラがジルダの方に身を乗り出した。
「あんた、本当にフォスラト使えるのか?というか、ストルーガなのか」
失礼に聞こえる言葉だったが、サラはただ興味本位で聞いているようだった。
「進んで物を壊すようには見えないんだよなー」
これだけさっぱりとした態度で言われると、かえって嫌な気持ちはしなくなってくる。
「はい、まあ……」
少し濁すような口調のジルダを、サラはまだじっと見る。
やはり感情が出にくい顔をしているサラだったが、その目は「見てみたい」と言っている。
ジルダは渋い顔で目線をそらすが、どうも居た堪れない。
「サラ」
ジルダの気持ちを察してか、トイニが注意するようにサラに声をかける。
サラは惜しそうに口を曲げたが、次に何を思いついたのか、自分の手をジルダに差し出した。
「え?」
「この手を粉々にしてみてくれ」
ぎょっとしたジルダは、すぐさま自分の方に乗り出すサラから身を引いた。自分の両手を顔の横に持ってきて、万歳のような姿勢で相手を見る。
「できませんよ、そんなこと!」
「なんでだ。なんでも壊せる力があるんだろ。ちょっと見てみたいんだ」
「人の手で試すなんて、無理ですよ」
「できないのか?」
「いいえ、そうじゃなくて。本当に、バラバラになりますよ」
なんて恐ろしい提案をするんだと、ジルダはまじまじとサラを見ていた。ノアも横で、何とも言えない顔をしている。
サラはあっけらかんとしていて、手を引っ込めようとしない。
「治癒力には自信がある」
「そういう問題ではありません」
「じゃあ、人体じゃなければいいか?」
「無意味に何かを壊すのは良くないです。それが人の体であっても、物であっても。だから、力は使いません」
ジルダがそう言い切ると、サラは無表情のままその手を引っ込めた。何を考えているのか分からないので、ジルダもやりにくい。
なぜか場の空気がしんと鎮まってしまい、ジルダは少し焦って周囲を見た。
(ちょっと偉そうなこと言ったかな)
サラだけでなく、ノアやトイニもジルダに注目していた。
「あんた、力に溺れてないね」
ふいにサラが言った。
ジルダは小さく首を傾ける。
無闇に力を使わないというのは、ジルダの中では戒めのようなものだ。
実は幼い頃に、自分の力のせいで兄に怪我をさせてしまったことがある。それからは、かなり気をつけているのだ。
「見てみたいとか言って悪かったよ。フォスラトは、あんたに必要なときだけ、使えばいい」
ジルダは中途半端に頷いた。破壊するための力が必要な時など、ないとは思うのだが。
「それで、ジルダ」
サラとジルダが話し終えると、向かい側に座っていたトイニが口を開く。
「話した通り、私たちはあなたのことをヴィタリから頼まれているから、あなたをジャバルへ連れて行きたいのだけれど」
「それはつまり、どこですか?」
「私たちの船よ」
その言葉に、ジルダの眉がぴくっと動く。
ジルダは船に乗ったことがない。国が海に面しているため海は見たことあるのだが、そこに浮かぶ大きな箱は、未知の世界だった。
想像がつかず、ぼんやりと口があいてしまう。
「来てくれるかしら」
少し不安そうにトイニが聞くが、あの頭のいいヴィタリが依頼したことであるのならば、その通りにするのが一番だろう。
「お世話になります」
ジルダは素直に頭を下げた。迷いがないわけではなかったが、家にいても危ないというのなら、この人たちに頼むしかないだろう。そのためにジルダのことを探してくれていたのだから。
話が決まり、ほっとした様子のトイニやノアの前で、ジルダは目をうろつかせていた。言いたいことがあるのだが、この場で言おうかどうか悩む。
しかし、ここで言わなければ機会を逃すだろう。
「あの、」
遠慮がちに切り出したジルダに、あとの三人が反応する。
ジルダは迷いを捨て、大人しく言った。
「買ってきた商品を、家に置いて来ていいですか」
◇◆◇
(本当に来ちゃったなぁ)
ジルダは夜の外を眺めながら息をついた。
目の前には港町、背後には果てしなく続く青。
ジルダは今、ここヴィカトスの海岸線にいた。そこに、ジャバルの船が停泊している。
大きな帆船は、さすが、頑丈な作りだ。ジルダもここに来てすぐは、目をキラキラさせていた。
船はまだしばらくは出発しない。
夜の風に当たりたくなったジルダは、船の上に出てきていた。もちろん許可はもらっている。
ジルダの住む町から海まではそこそこ距離がある。
トイニが手配した馬車を乗り継ぎ、ここまで来たのだ。
ちなみに買った物たちは無事、家に置いてくることができた。少し時間を貰い、ジルダは一度家に帰らせてもらった。
それでも、トイニが無言で急かすので、ジルダは早急に荷物をまとめる羽目になった。ジャバルが、必要な物は用意すると言ってくれたが、それは少し気が引けた。
仕方がないので自分で持っていきたい物だけをまとめてきた。
(お母さん、びっくりするよね……)
もちろん、家に帰っても仕事や学校で家族はいなかった。ジルダは手紙に書き残しただけで出てきてしまったが、果たして母や姉は納得してくれただろうか。
母については、なんとなく大丈夫だろうと、船に来てからジルダは思う。
言ってはなんだが、そろそろ母も慣れてきただろう。二人の息子たちや夫も行方不明状態なのだ。
それに比べジルダは手紙にしっかりと書いてきたのだから、何も心配することはないだろう。
もう夜も遅いので、ジルダはそろそろ部屋に戻る。
(さて、これからどうするか……)
船の中に一室空けてもらった寝室に入り、ジルダは扉の前で腕を組む。
国に認められた組織であるジャバルが、まさか一人の町娘を匿うためだけに、小さな町まで探しに来たわけではなかろう。
通りすがりの放浪人のヴィタリの依頼をジャバルが引き受けた裏には、きっと何かしらある。世間知らずなジルダでも、そのくらい分かる。
ジルダはまだジャバルをよく知らない。しかし、彼らが世間を助けている功績は確かだ。
そして町で出会ったノアたち三人を見る限り、悪い人たちではない。サラは脅すような態度でジルダを連行したが、それは誤解だったとあとから分かっている。
悪い人たちではない。しかし、ヴィタリとの取り引きの奥に何かがある。それには、ジルダの持つ力が関係していることは間違いない。
どちらにせよ。
敵も味方も、『破滅の力』に目をつけている。
「自分の身は自分で……」
フォスラトは、簡単に使ってはいけない。
ジルダは寝床に入ると、ゆっくり目を閉じた。
『ヴィカトス』は、ジルダたちがいる国の名前です。
ヴィカトスの中にある小さな町に、ジルダは住んでいました。