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7話 依頼人


(やり方ってもんがあるだろうが)


 ノアは、目の前で羽交い締めにされている少女を気の毒そうに見ている。

 助けてやりたいが、仕事上、そうするわけにもいかなかった。


 サラの策略は、おそらく少女を店の裏に連れ込んだ時から始まっていた。

 いや、男たちを縛り上げたノアに合流した時からだろうか。


 どちらにせよ、ようやく見つけた少女を逃す気は絶対になかったのだろう。それはノアも同じだ。

 店の裏で名前を聞いた時、疑いが確信に変わった。目の色が非対称な時点でほぼ分かり切っていたことだが。


「今の子の目の色、珍しかった」


 二日前にノアがサラにそう報告した時、サラは笑った。


 手袋を落としてしまったのはうっかりだった。そしてまさか、あの少女が拾ってくれるとは思わなかった。

 サラはあのとき、一瞬しか見なかったので気がつかなかったようだが、ノアは目の前からその目を見たのだ。

 

 もしかしてと思ってサラに言ってみたのだが、運がよかった。


 しかし店の裏のやり取りでは、あまりにも見ていて少女が可哀想だったと、ノアは思う。

 わざとだろうが、途中からサラはなんだか楽しそうに見えた。なにも、あんなに怖がらせることはなかろうに。


 あのような怪しい迫り方をすれば、誰だって逃げ出したくなる。


(俺が話せばよかったかな)


 ノアはそう思うが、それは駄目だとサラに言われていた。


「どうせお前は、途中で手加減するだろ」


 確かにと、自分でも思ってしまうのが情けない。

 せめてこれ以上変な誤解はさせないでくれと、ノアは難しい顔でサラと少女を見ていた。


 ◇◆◇


 ジルダは未だよく分かっていないまま、目の前の人たちを見ていた。


 ジルダに対してまるで脅すような口調だったサラに、それを複雑な表情で見ていたノア。

 なぜか、そこにもう一人加わっていた。


「もう、普通に連れて来てって言ったじゃないの」

「だから言われた通りにしただろ」

「どこが!その子、真っ青じゃない」

「あたしはあくまで普通にやった」

「いや、脅しかけてただろ……」


 なぜかこの二人に探されていたジルダは、嫌な予感を感じて逃げようとしたものの、サラに押さえられた。一緒に来いと言われ、ジルダは言われるがままにこうして連れられて来たわけだ。

 サラは兄の存在をジルダにほのめかした。ヴィタリをなぜ知っているのか、どういう関係なのか。サラの言葉をきいておきながら、ジルダが二人についていかないはずがない。

 しかし、少し危険も感じていた。その上、自分の置かれている状況がいまいち理解できない。


 不機嫌そうに話すサラの前にいるのは、中年くらいの女性だった。口調は慌ただしいが、かなりの美人である。

  

 ジルダが連れてこられたのは、サラと話をした場所から少し長めに歩いたところだった。

 一見、普通の飲食店のようだったが、店の奥に小さな部屋があり、そこに入ったところでこの中年美女がいたのだった。


 部屋の真ん中に四角い木のテーブルがあり、それを囲むように椅子が置かれていた。談話室のようなものだろう。

 ジルダはそこに座るように言われ、こうしてよく分からない三人の会話を見させられているのだった。


(せめて、買った食材とかを家に置いておきたかった……)


 先程から、そればかりが気になる。ジルダが買った中には、暗い場所で保管した方がいいものもある。早く家の食糧庫に入れなければ。


「つまり、有無を言わせず連行してきたってことでしょ?」

「お互いの理解の上だよ」


(何も理解できてませんよ)


 非難するように言う女性にサラは素知らぬふりだが、実際は半強制的に連れてこられている。

 まだ昼頃だというのに、ジルダはだんだん疲れてきた。


「はぁ……。じゃあ、詳しいことは何も知らないのね」


 ため息をつきながら、その女性はジルダに目を向けた。その顔には神秘的な面影があったが、どこか安心感を与えさせた。

 ジルダは相手の目を見て、小さくこくこくと頷く。


「ごめんなさいねぇ、怖かったでしょう。こんなお姉さんに連れられて」


 女性はそう言ってサラを指さし、それからノアのことも睨む。


「あなたも、同行してたのならちゃんと止めなさい!これでは、誘拐と変わらないでしょう」


 言われてノアはしょんぼりと俯く。その動作が、なんだか怒られた犬のようだった。

 こんな状況でも、ジルダはその様子を見て笑いそうになるが、そういう空気ではないので堪えた。


「もういいわ。私の口から、説明しましょう」


 女性は諦めたように言うと、ジルダに話を始めた。


「私はトイニ。ジャバルの薬師よ」 



 トイニはサラたちが省いてしまった説明を補ってくれた。

 サラが言っていた通り、あの偽商人はジルダを狙っていた。正確には『ジルダ』ではなく、『破滅の力(フォスラト)』を持つストルーガの少女、だ。

 その少女を売るのが目的だったらしい。

 ジルダが生きる時代には減ったが、もともとストルーガは人身売買の対象になりやすい。今でもその闇は残っていて、もっと治安の悪い地域では平気でストルーガの拉致や売買が横行しているらしい。

 珍しい力を持っているストルーガほど、その価値は上がる。


(だからずっと秘密にしてたんだよ)


 話を聞いていてジルダの表情が険しくなった。


 しかし、偽商人たちは肝心のその力を持っている少女が誰なのか、その特徴すらよく分かっていなかったようだ。とりあえずストルーガの少女を探し出し、他所に売り飛ばそうとしていた。

 特徴など分からないはずである。ジルダが頑に、自分の正体を隠し続けていたのだから。


(でも……)


 それではなぜ、この町にフォスラトを持つストルーガがいることは気づかれてしまったのだろう。そして、サラやノアたちは、ジルダがそのストルーガであることを知っているようだった。

 ジルダがストルーガであることを外に漏らすとすれば、それは家族にしかできないはずだ。その秘密を知っているのが家族しかいないのだから。

 しかし、家族がそんなことを口外するとは、ジルダには思えなかった。昔からずっと、あの憎たらしいテオでさえ、この秘密にはかなり気をつかってきたのだから。


 ジルダがむうっと頭を悩ませていると、それに応えるようにトイニが教えてくれた。


「ストルーガの力を見ることができる力もあるのよ」

「そうなのですか?」


 ジルダは驚きながら聞き返す。

 ストルーガの力にもいろいろあるが、そんな力まであるとは、ジルダには初耳だった。

 トイニは少し暗い顔で頷いてから続ける。


「これはあくまで私の憶測だけど、その力を持つ何者かに、あなたのフォスラトの力を見抜かれてしまったのだと思うわ。実際、フォスラトを使える少女がいるという噂が裏で出回り始めている。私たちの耳にも入ってきていたもの」


 そんなこと、一切知らなかった。自分の気づかぬ間にそんなふうに情報が流れていくことに、ジルダは恐怖を感じる。

 俯くジルダに、トイニはさらに付け加えた。


「原因は不明にしても、実際にあなたの力のことは少しずつ知られ始めてきてしまった。さっきの偽の商人たちを見てそれは分かったと思うわ。そしてその力が知れてしまった以上、そのストルーガがあなたであることも、遅かれ早かればれてしまう」


 思わぬ方向に、話は動いていた。ジルダは信じたくない気持ちだった。何のために、これまで必死に自分のこの力を隠してきたのだろう。


「この先、あなたを狙う者は増えていくわよ」


 口調は柔らかいが、これは警告だった。

 

 ジルダは深刻な顔でトイニを見る。サラもノアも、黙って二人の会話を聞いていた。

 声が震えないように気を張りながら、ジルダは口を開く。


「私がフォスラトを持っているせいで狙われているというのは分かりました。では、あなた方が私を探し、ここまで連れてきた理由は何ですか?」


 ジャバルが国にも認められた自治集団であるということはジルダも知っている。だからこそ、表には出回らない噂や事情なども知っているのだろう。

 しかし、ジャバルがこのようにジルダを連れてきた理由はまだ聞いていない。そして、なぜ面識などないはずの彼らがジルダを、いや、フォスラトを持つストルーガの特徴などを知っていたのか。


「私たちは、ある依頼人から頼まれたの」


 トイニが静かに言った。ジルダも、真剣な顔で続きを待つ。


「その依頼人は誰よりも早く、噂に感づいた。そして、あなたの身の危険を予期し、ジャバルに保護を頼んだの。このままあなたを家に居させては危ないからと」

「あの、依頼人って……」


 トイニの話の途中から、思い当たる人物がいた。念のためジルダは聞いてみる。


「ヴィタリ・リマ。あなたのお兄さんよ」


 予想通りの答えだったが、まさかそんなことをしていたとは。ジルダは握っていた手に力を入れた。


「あなたの兄は賢かった。ストルーガが行方不明になる事件が起き始めたときには既に色々なことを察知していたみたいで、あの偽商人たちが怪しいと教えてくれたのも彼よ。あなたの保護を頼むと同時に、犯人も捕らえておいてほしいと言ってきた。おかげで、拉致されていた少女たちも助け出すことができた」


 ジルダは、ぱっと顔を上げた。


「行方不明の少女たちは無事なのですか」

「ええ、売りに出される前に間に合ってよかったわ。皆、商船の中に紛れて一箇所に監禁されていて、昨晩、ジャバルで救出したわよ。偽商人の仕事は攫った少女を引き渡すまでだったから、商船に引き渡した少女が逃されたことは知らなかったようね。どのみち今日知ることになったでしょうけど、その前にノアが捕らえたから」


 ジルダはほっとした。

 無関係な少女たちが被害に遭うのはおかしい。救出されてよかった。


「ヴィタリのおかげのようなものだわ。それで、話を戻すけれど」


 トイニはジルダの顔を見て、伺うように言った。


「さっき言った通り、ヴィタリに依頼されて、ジャバルはあなたを探していたの。彼はあなたの名前と見かけの特徴を言い残していったのだけど、肝心の家の住所を言わずに去ってしまって。かなり急いでいたようだったから。それで、町の中から一人の少女を探し出すことになってしまったのよ。サラとノアがその任務にあたっていたのだけれど、どうやらサラのやり方はちょっと誤解させてしまったみたいね。あら、どうしたの?」


 トイニが心配そうにジルダの顔を覗き込んだ。


「まあ、そんなにサラが怖かった?サラ。ほら、ちゃんと謝って」


 ジルダは急いで手で顔を隠し、小刻みに首を横に振った。


「いえ、なんでもないんです」


 ただ、久しぶりにヴィタリの話を聞き、ヴィタリの足跡のようなものを感じて何かが込み上げそうになったのだった。

 家を出ていってしまったあの夜依頼、一切消息が分からなかった。それが、こうして人の話の中に出てきたのだ。さらに、ジルダの身の安全まで考えてくれていた。


 ジルダは気持ちを落ち着け、戸惑うトイニをもう一度見た。


「トイニさん。ヴィタリは、どこへ行ったのですか」


 すると、トイニが少し申し訳なさそうに眉を下げた。


「それは分からない。ずいぶん前にジャバルを訪ねて来て例の依頼をすると、すぐに行ってしまって。ただ、『自分にはやらなければいけない大事なことがあって、どうしても妹を側で守れない。だからあなた方にお願いしたい』と、言っていたわ」


(やらなければいけないこと?)


 ヴィタリは何を考えているのだろうか。

 トイニの話から考えると、ヴィタリは家を出てからジャバルに依頼をし、それからまた何か大事なことのためにどこかへ行ったのだ。

 

 ようやく見えたと思ったのに、やはりジルダには、ヴィタリが何をしたいのか分からなかった。






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