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6話 白銀と赤


「これでよしっと」


 そう言って、日に焼けた顔をした銀髪の青年は最後の一人を縄で縛り上げた。目の前には、五人の男が縄で纏められて窮屈そうに転がっている。

 ジルダは未だにぽかんとしながら、その様子を見つめていた。


「ふう、間に合ってよかった。怪我はない?」

「ないです……」


 実際のところ、偽商人に足をかけられて転んだときに膝を擦りむいたのだが、このくらいならどうってことはない。

 それよりもジルダは、この青年の身のこなしに驚いていた。

 この青年より身長が高く、体格もごつい男を何人も、それも一瞬でダウンさせてしまった。


(ただの旅人じゃないの?)


 ジルダは失礼になってしまうと思い、あまり青年の方をじろじろと見ないようにしているが、どうしても訝しむような顔になってしまう。


「こいつら、届けないとな」

 

 服と手についた土を軽く払いながら言う青年に、ジルダは遠慮がちに声をかけた。


「あの、あなたは……」

「ここにいたのかよ」


 ジルダの言葉が、あとからやって来たもう一人によって遮られた。その声も、ジルダには聞き覚えがあった。

 向こうから姿を見せたのはまたしても、二日前に見かけた人物だ。銀髪の青年と一緒にいた、背の高い人。以前と同じく、顔は頭まで覆われた外套でよく見えない。


「ああ、ごめん。勝手にいなくなって。でも見て、例の奴ら捕えたよ」

「おう、そりゃご苦労。ん?そいつはなんだ」


 もう一人が、ジルダを指さす。


「ああ、怪しい男を付けてたら、この子がいたんだ」

「つまり、売られそうになってたってことか?」

「最終的にはそうなったんだけど、ちょっと違うな。というか、ほら、数日前にも会っただろ」

「会ったか?」

「俺が落とした手袋を拾ってくれた子だよ」

「あー、いたような気もするな」


 その後も、頭に疑問符を浮かべるジルダにおかまいなしで、二人は自由に喋っていた。ジルダが目の前の会話を聞いて理解できた限りでは、つまりはこういうことだった。


 先生や町人が話していた少女行方不明事件の犯人は、やはりさっきの男たちで、彼らは拉致した少女を他所に売りとばしていた。

 この青年たちは数日前からその怪しい男たちを張っていたらしい。二日前にジルダが偶然会ったときも、その関係で町にいたようだ。そして今日、数刻前に怪しい商人を見かけた青年は、もう一人の連れとはぐれて尾行していた。

 偽商人が娘を連れて行くのを見て、青年はタイミングを見計らって助けに入るつもりだった。ところが、先にジルダが林檎を投げつけ、娘を逃したのだった。

 その後の展開は、ご覧の通りである。

 青年がジルダを認識したのは、彼が大男たちをこてんぱんにした後だったらしい。それまでは、偽商人が邪魔してよく見えなかったと。


「あんた、見かけによらずやるな」


 銀髪青年の連れが、ジルダの顔を覗き込む。初めて、その顔がかすかに見えた。

 緑色の瞳。そして、面白そうに口角が上がっていた。


「そうそう、何をする気かと思って、びっくりしたよ」


 銀髪の青年もははっと笑っているが、わりと笑い事ではない。

 ジルダは真顔のまま二人をじっと見ていたが、ようやく会話が途切れたところですかさず尋ねた。


「あなた方は、ただの旅人ではないのですか?」


 恐る恐るジルダが聞くと、青年が口を閉じた。そして困ったように、もう一人に目を向ける。

 目線を受けたもう一人は、外套の上からガシガシと頭を掻き、よそ見をしながら言った。


「まあ、いいんじゃないの。ここまで来てただの旅人ですなんて、信じられないだろ」

「それもそうかー」


 連れの面倒臭そうな声に、青年も苦笑いを浮かべた。

 そして、ジルダの方を向いた。


「ジャバルって知ってる?」

「はい?」



 ジルダはあまり物知りではなく、勉強もできるわけではないのだが、一般常識くらいは頭に入れていた。

 ゆえに、『ジャバル』と呼ばれる組織を知らないわけがなかった。


 『ジャバル』は、いわば自治集団である。

 活動拠点は知らないが、ジルダが聞いたことがあるくらいなのだから、ここヴィカトスの国を拠点としているのだろう。

 特徴は、陸だけでなく海にも出ているということ。どちらかといえば、海の上がメインのようだ。ジルダは見たことないが、大きな船を持っているという。

 

 そしてジルダの目の前にいるこの二人が、そのジャバルの一員だという。


「海賊を討伐したり、指名手配になってる人たちを捕まえるのが、俺らの仕事なんだ」


 その他にも、頼まれた仕事をすることもあると、青年は教えてくれた。


 ジルダたちは場所を移動していた。先程の偽商人と大男たちのことは警官に任せる。

 今はなぜか、飯店の建物の裏にいる。

 そこに置いてあった樽や木箱の上にそれぞれ腰かけ、ジルダは二人と向かい合っていた。

 先程の路地ほどは暗くないものの、店の裏というだけあって人通りは少ない。飯屋の従業員が出入りする扉が近くにあり、そこから食べ物の匂いが漂ってきていた。


「店の中には入らないんですか?」

 

 こんなところに座り込んでいいのかと、ジルダは周囲を見ながら尋ねる。

 外套で顔を隠した方の人が、どっかりと腰を下ろして答えた。


「ああ、それだとちょっと面倒くさいからな。店主には、ちょっとだけ場所を貸してもらえるように言ってある」

「面倒って、なに……」


 何が、とジルダが言おうとしたとき、目の前で外套が取り払われた。

 ジルダは喋るのをやめ、ようやく現れた相手の顔を静かに見た。


 緑の目を持つその人は、真っ赤な長い髪を一つに束ねていた。鼻筋が通っており、その目はどこか気怠げだが、それでいて整った顔立ちをしている。

 背が高く、飾り気のない服装は男らしいが、ジルダは一目見てすぐに女性だと気がついた。


「ずっと着てるとやっぱ暑いな、これ」


 そう言ってその女性は、座っていた樽の横に外套をぽいっと置いた。


 なんとなく男性だと思っていたなんて、ジルダにはとても言えない。声質も口調も、聞けば聞くほど男勝りだった。

 ジルダは目が泳ぎそうになるのを我慢しながら、平静を装っていた。


「普通に店の中にいると、周囲がうるさい」


 そう言って女性は自分の毛先を持ち上げて見せ、それから隣に座る青年の頭を指さした。


(そういうことか)


 白銀も赤も、髪色の中では珍しい。

 くだらないことだが、髪の色だけでとやかくいうような人もいる世の中なのだ。どうりでずっと、フードを被っていたわけだ。

 

 ジルダには、分からなくもない気がした。自分も、“色”のことでは苦労している。


「さて、話の続きをしようか」


 赤い髪の女性がそう言ったものの、ジルダは首を傾げる。

 ジルダの質問の答えなら、もう貰っていた。

 この人たちは旅人ではなく、ジャバルという自治集団。それが答えのはずだ。


 正直、わざわざ場所を移動してまで説明して貰わなくてもよかったのにと、ジルダは思った。


「その前に、」


 女性の言葉を青年が遮る。


「自己紹介がまだだったね。俺はノア」

「あたしはサラ」


 にこやかに言った青年に続けて、女性は無表情なまま名乗る。

 自然と、ジルダも自分の名を口にして会釈していた。


 表情が正反対な上に、二文字で覚えやすい名前をした二人だ。


「あの、私の質問の答えなら、さっき聞きましたよ……?」


 ジルダが言うと、サラは頷いた。


「ああ、それは知ってる。ただ、こっちからも聞きたいことがあるんだ。偶然出くわした縁だと思って、ちょっと付き合ってくれ」


 それなら、と、ジルダは微妙な顔で頷いた。

 買った食材を早く持ち帰りたいが、このあと予定があるわけではないので、少しくらいならいいかと思った。


「分かりました、少しなら」


 ジルダは了承すると、姿勢を正したまま二人を見る。

 ふと、ジルダの視界に、サラの方にちらちらと目線を送るノアが映った。どこか複雑そうに、時々もごもごと口元を動かしている。何か言いたそうで言い出せないような、そんな感じだった。

 

 気にはなったが、ジルダは見なかったことにした。人の事情にそう首を突っ込むものではない。


「実は、このあたりで人を探してるんだ」

「人ですか?」


 サラは、持て余した長い足を組む。


「ああ、ちょうどあんたくらいの年頃の嬢さんをね。それで、ちょっと思い当たる子はいないか?」

 

 ジルダは首を傾けた。ジルダくらいの年齢の少女なら、この町にはたくさんいる。広範囲すぎて、特定はできない。


「特徴とかありませんか?」

「ストルーガの娘だ」


 あっさりとした口調だったが、ジルダの心臓が飛び上がった。急に身近な文字が出てきて、一瞬焦ってしまった。

 ジルダは少し眉を潜めながら、言いにくそうに話した。


「ストルーガの少女も、少ないですが、いるにはいますよ」

「へえ、あんたくらいの年頃のストルーガの娘がか?」

 

 表情を変えぬまま、サラの目がじっとジルダを見据える。感情の読めない緑の瞳は、ジルダをどこかぞっとさせた。


「は、はい。だから特定するのは難しいかと」


 なんとかジルダは目を逸らさずに言えた。首の裏に、なぜか冷や汗が滲む。

 何も悪いことはしていないのに、ジルダは自分が取り調べを受けているような気分になり、逃げ出したくなった。

 サラの横で、やはりノアが何か言いたげにサラを見ている。


「なあ知ってるか?あの商人風情の男たちが売り飛ばしてたのって、みんなストルーガの女だったんだ」


 突然、サラが問いかける。

 それはジルダも知っていた。だからこそ、気をつけるよう忠告されたのだ。


「あいつらは“ある”ストルーガを探していて、それで片っ端から目にとまったストルーガの娘を拉致してたんだ。で、あたしたちも、その嬢さんを探してるんだよねえ」

「……そうなんですね」


 ジルダにとって初めて聞く話だった。しかし、偶然居合わせただけの町娘に話すにしては、少し繊細すぎる内容なのではないだろうか。


(なんか変だ)


 胸の内がざわざわし始めるが、いきなり立ち去るわけにもいかなかった。区切りのいいところで退散しよう。と、ジルダは心の中で頷く。


「あ、そうだ」


 思い出したような声を出したサラに、ジルダはびくっとなりかけた。心が過敏になっている。


「この町のストルーガの中に、“フォスラト”を持つやつは、たくさんいるのか?」


 心臓を鷲掴みされた気分になった。ジルダは自分の手元だけを見ながら、ただ知らないふりをした。


 フォスラト━━別名、“破滅の力”とも呼ばれる。触れたものをなんでも壊してしまう力。

 人それぞれ違う力を持つストルーガの中で、その力を持っているのは、間違いなくジルダだけだ。それほど、ストルーガの中でも特殊な力だった。


「あたしらが探してるのは、その力を持った娘なんだ」

「さあ?私()()、人の力までは分かりませんからね……」


 途中からなんとなくそんな感じはしていたのだが、この人たちはジルダを探しているのだ。そしてまさか、偽商人たちの狙いもジルダだったとは。

 ジルダは焦ったあまり、つい自分が致命的な発言をしていることすら気がつかなかった。

 今目の前にいる彼女らの目的が、ジルダには分からない。ならば、無闇に自分がその探している娘だと名乗るのはよくないと思った。


「広い場所から一人を探すのは、なかなか手こずるよなあ」

「私はあまり、町の人たちのことについては詳しくありません。お役に立てず、すみません」


 ジルダはこの際に立ち去ろうとする。これ以上、話すことなどないはずだ。


「そういえば」


 また、サラが思い出したように言った。だんだんと、ジルダの目には演技がかって見えてきた。

 早く立ち上がりたいが、ジルダは仕方なく座ったままでいる。


「もう一つ、大事な特徴があったんだった」


 ジルダは、自分の視線が刃物のように鋭くなっているのにも気がつかないでサラを見ていた。心が危険を感じると、人の顔は険しくなる。

 しかし、サラはそんなジルダを見て表情一つ変えないどころか、逆ににやりと笑って見せた。不敵で妖しい笑みだった。


「その娘は、右と左で、目の色が違うんだ」


 言いながら、ジルダの目を指さしていた。

 

 ジルダはばっと木箱から腰を上げると、走り去ろうとする。

 何が目的か知らないが、少しでも気を許してしまったのがいけなかった。よく考えれば、わざわざこんな人気(ひとけ)のない場所まで来て話すなんておかしいし、話の内容も、とてもそこらの少女にするような話じゃない。

 彼らは最初から、「探している娘」がジルダであることを知っていたのだろう。


 ジルダが逃げることは叶わなかった。素早くサラが手を伸ばしてジルダの腕を掴み上げ、おまけに空いた方の手で口も塞がれる。これで大声で助けを呼ぶことはできない。

 ジルダと同じ女性なのに、その体格差からか、かなり力が強い。


「サラ、やりすぎだよ」

 

 少し後ろでノアが、咎めるようにサラを見ていた。しかしサラは、それを無視する。

 ジルダの耳に口を近づけると、囁くように言ったのだ。


「兄の行方を知りたいか?」 


 ジルダはただただ、目を見開いた。


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