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5話 怪しい商人


「食料が減ってきてるの。ジルダ、買ってきて」


 朝、診療所に行く前に姉がジルダに言い残していった。買う物が一覧になっているメモを渡し、ジルダが返事をする前に家を出てしまった。相当急いでいるようだった。


(二日前なら、ちょうど目抜き通りの方に言ってたんだけどな)


 少し面倒臭い気もしてしまうが、暇なのがジルダしかいないので断れない。

 先に済ませてしまおうと思い、着替えて朝食を食べ終えると、ジルダは預かったメモとお金を持って買い出しに出かけた。


(大丈夫かなー)


 ぼんやりとしたまま歩きながら、ヴィタリを思い出す。出て行ってしまってから、忘れたことなどもちろん一度もなかったのだが。

 ヴィタリがいなくなってしまってから、ジルダはぼさっとしていることが増えた。

 

 せめてどこにいるのか分かればいいのだが、生憎、自分にそんな力はない。毎日、ただ兄の安全を祈るばかりだ。


(自分から出て行ったから、きっと危なくはないんだろうけど)


 少し前までジルダはしょんぼりしていたが、最近になって腹が立つようになってきた。

 元長男といいヴィタリといい、どうして急に家から出て行ってしまうのだろう。あらかじめ言っておくなり昼間に発つなり、もう少し身内に配慮できないのだろうか。

 この流れでいくとテオまで家出しかねないと思いながら、ジルダは手提げに食材を詰めていく。

 

 姉が渡したメモには、ちゃっかりと実用品の類も紛れていた。その四分の一くらいが、姉の私物である。

 ジルダは冷めた目でそれを見つつ、順番に店を回っていった。


 買い物自体は一時間の半分もかからなかった。余ったお金で何か買いたくなったが、自分の手持ちではないので我慢する。

 お昼までにはまだ時間があった。


(先生のところに行こうかな)


 ジルダ一人で行ったことはないが、あの夫妻は付き合いやすい人柄なので訪ねやすい。ヴィタリが不在なことも、一応言っておいた方がいい気がした。

 なんなら買い物よりも先に先生宅を訪ねたほうがよかったかと考えながら、ジルダはてくてくと歩いた。


「お嬢さん、この髪飾りはどうです?似合いますよ」

「まあ!」


 少し先に行ったところで、後ろのほうからそんなやりとりが聞こえてきた。

 ジルダはちらっと背後に目をやる。商人らしき男と、ジルダと同い年くらいに見える若い娘が話していた。

 男は手に髪飾りを持っていて、どことなく胡散臭い笑みを浮かべながら娘にそれを勧めている。

 確かに娘は整った顔立ちをしており、花の飾りが付いたその飾りはよく似合いそうだった。

 

 人が集まる場所ではよくある光景だ、とジルダが見ていると、娘はまんざらでもない顔でその飾りを見る。どうやら気に入り始めているようだった。

 しかし、どうもジルダには何か引っかかる。商人の笑顔が薄っぺらいからか。


「少し先の本店の方に、もっと良いのがあるんですよ。少し寄って見てはどうです?」

「あら、それはいいかもしれないわね」


 嬉しそうな顔の商人が、その娘を引き連れて歩いて行った。

 ジルダは呆れた目で一連の流れを見ていた。


(警戒心ないなぁ)

 

 ジルダなら、町中で話しかけてきた知らない人について行ったりはしない。普通はそうじゃないだろうか。相手が商人ならば尚更だ。色々と売り付けられるに決まっている。

 しかし、娘の良い服装を見れば少し納得できた。いいところのお嬢さんなのだろう。従者がいればよかったのだが、周りにそのような人はいない。

 

 ジルダは迷いつつも、商人と娘の後を追う。

 もしも店で娘が何か高級品を買わされかけてもジルダには助けられない。むしろお嬢様ならそのくらい大したことはないのだろうが、この場面に出くわしてしまってから見なかったことにするのも気が引けた。

 それに、あの胡散臭い男がどことなく怪しい。


(ただ髪飾りを買わされただけなら、さっさと引き返そう)


 そう思いながら、ジルダは二人について行った。


 そしてそれを、後悔することとなった。

 わずか十分後……ジルダは、複数のいかつい男たちに囲まれていた。

 


 商人に娘が連れられた先は、店ではなく路地。それも、大通りからかなり外れたところだった。

 そこまでくるとさすがに育ちのいいお嬢さんも怪しく思ったようで、これ以上は行かないと男に行った。すると男は娘の腕を掴み、強引に連れ去ろうとしたのである。

 どう見ても犯罪だった。ジルダは嫌な顔で、物陰からそれを見ていた。

 何かしらあるとは思ったが、まさかこうなるとは思わなかった。


 周囲を見れば、人が通らず光が遮られた暗い道。これは、かなりまずい。

 

(でも私、太刀打ちできないもんなあ)


 そう思っていたのだが、なんとかなるかもしれないとジルダは思った。

 相手は中肉中背の男一人。あの娘が人通りのある所まで逃げられれば良い。


 ジルダは買った食材の中にあった林檎を取り出す。心の中で家族と林檎に謝りながら、それを男の顔めがけて勢いよく投げた。

 林檎は男の頭に命中し、少し砕けて地面に転がる。間髪入れずに投げた林檎は、今度は片目に当たった。

 その間に男の手が娘から離れ、涙目だった娘は引っ張りあっていた反動で後ろに尻もちをつく。

  

「逃げて!」


 ジルダが物陰から叫ぶと、怯えていた娘ははっと我に返り、すぐに光のある大通りに全力疾走した。

 それを見てほっとしている場合ではない。ジルダもすぐにこの場から離れないと危ない。


 そう思って娘が去った方向に走ったのだが、目と頭を押さえて痛がっていた商人が、ジルダに足を引っかけたのだった。

 勢いよく、ジルダは前に転ぶ。男は立ち上がり、ジルダを見下ろしていた。


「ったく、手荒な真似しやがって!」


(どっちが)

 

 怒った表情の男を、ジルダは無表情のまま見ていた。


「商品を逃がしちまったじゃねぇか」


 ん? と、ジルダは何かに思い当たる。

 そういえばこのところ、この近辺に住む少女が次々と行方不明になっていなかったか。

 先生からその話を聞き、二日前に茶店に入った時も町人が噂していた。

 考えてから、ジルダは青くなる。


(これか!)


 ということは、やはり少女たちは拉致されていたということだ。この男の言葉からすると、どこかに売られたというわけか。

 ジルダはすぐさま立ち上がり、無理矢理にでも逃げようとした。ところが、男の後ろから見える人影に、絶望した。


 

 そういうわけで、今に至る。

 大男は四人。そして目の前に商人、いや、商人のふりをした誘拐犯がいる。


「仕方ない。この際、こいつでもいい。連れて行けっ」


 唾を飛ばしながら商人が言うと、大男の一人がこちらに近づいてきた。ジルダはそっと後退るが、先ほど、四人の男のうち二人が素早くジルダの背後に回り込んでいた。

 つまり、進んでも下がっても結局は捕まる。当然ジルダは、捕まりたくない。


(来るんじゃなかった)


 先生に気をつけるように言われていたのにと、ジルダは反省した。近頃は、自分の行いに反省してばかりだ。


 そう思っていると、急にジルダの後ろの男が一人、地面に倒れ込んだ。

 視線を向けると、首を押さえて唸っている。


「へ?」


 ジルダが目をパチパチさせていると、今度はその隣の男が、脇腹に手をあてて崩れ落ちる。

 ますます訳が分からずにいると、ジルダの横を風が通った。


 いや、実際には“風”ではない。人だった。

 

 その人物は素早く地面を蹴って飛び上がると、商人の後ろにいた男の顔に蹴りを入れる。着地すると、その足を軸にして、もう一人の大男の腹に回し蹴りを決めた。

 見覚えのある外套が風ではためく。

 あっという間に、その場に立っているのは偽商人のみとなった。


 外套を羽織った人物はフードの隙間から見えていた口元をにっと歪ませると、力を込めて一発、偽商人の顔面に拳を入れた。

 もともと肉体派には見えなかった偽商人だが、やはりその通りだったようだ。あっけなく倒れ込んでしまった。


 ジルダは目を見開き、自分を取り囲む惨状を見渡す。

 こうなるまでに、何十秒もかからなかった。

 

 この男たちが弱すぎるのか、それとも……。

 

 大男どもを一瞬で叩きのめしてしまったその人物は、殴った手をぷらぷらとほぐしながら、ジルダの方を向く。

 

「大丈夫だった?」


 そしてジルダを目に捉えて、揺らしていた手を止めた。


「あ、この前いた!」


 言いながら、被っていたフードをさっと取る。

 ジルダが思っていた通り、そこにいたのは背の高い男。


 二日前にジルダを口説いた、白銀色の髪をした青年だった。


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