4話 落としもの
姉も兄も去ったあと、ジルダは一人で座っていた。もやもやとした気持ちが固まり、動く気になれない。
かといって、そのままここにいるのも癪だった。
結局、ジルダは玄関の扉を開けた。今、テオがいる家にいても、また顔を合わせたときにうるさくしてしまいそうだったので、とりあえず家から出る。
もう夕方近くで、あたりはうっすらと赤みがかっていた。
(日がのびたなあ)
ジルダの住む町は、ついこの間までこの時間でも暗くなっていた。暖かくなってきたから、日が沈むのも遅くなったのだろう。
(それにしても)
歩きながら、ジルダは考える。
居心地が悪いからこうやって家から出てきたものの、特に行くあてもない。
日はのびたのだが、やっぱり夕方になってくると少し肌寒く感じる。
とりあえず、室内に入りたい。
ジルダの住む家は、町の中心部からはずれていた。ご近所と言えるほど近い家はなく、もう少し行かないと店はない。なんとも不便な場所にあるのだった。
だから買い物に行くときは、いつも町の中心部まで行っている。
(辺鄙なところだ)
ジルダは小走りで、目抜き通りに向かった。
やはり慣れないことはするものじゃないと、ジルダは反省した。
店が集まる通りまで来たはいいが、早速戸惑った。
ここに来るとき、ジルダはたいてい兄姉と一緒だ。 たとえ一人で来るとしても、母から頼まれたおつかいや、すぐに終わる買い物ばかりだった。
この状況で特に買うものなどないジルダは、勢いで茶店に入ってしまったのだった。
カップに入った紅茶をゆらゆらと揺らしながら、ため息をつく。
紅茶は好きだが、今は別に飲みたい気分じゃない。
(もう帰ろうかなぁ)
そう思っていると、横の席に座る数人の小父さんたちの会話が耳に入った。どうやら、仕事終わりにここに立ち寄り、休んで喋っているような雰囲気だ。
「また一人、行方不明になったんだってなあ」
人が多くざわざわとした店内で、ジルダは別に他人の会話を盗み聞くつもりはなかった。しかし、気になる単語が出てきたので、つい耳を傾けてしまう。
「またストルーガの女の子か?」
「ああ。それも今度は、この町の子だとよ」
「この町にストルーガの子なんて、そういないだろう」
「ほら、この通りの先にある粉屋の子だよ」
「店主も、気の毒だなあ」
話を聞きながら、ジルダは目を伏せた。注がれた紅茶に、曇った瞳が映る。
噂をする男たちは皆、他人事のように見えた。
「うちは、みんなアーテリガだから、まだ安心できるけど」
「とは言っても、娘と同じ年頃の少女が姿を消してるんじゃ、気味悪いよなぁ」
アーテリガ━━何も力を持たず、妖精や獣の血も混じっていない。いわゆる、一般の人だ。
その言葉には、“高潔な人”という意味があると、ジルダは本で読んだことがある。言葉の意味をわかっている人は、いったいどのくらいいるのだろうか。
ジルダは冷めた紅茶をぐいっと一気に飲み干し、席を立った。
ここにいてもつまらない、そろそろ家に帰ってもいいだろうと思い始めた。
カップ一杯分のお金を払い、店の出入口に足を向ける。
ちょうど、ひと組の客が店から出て行ったところだった。ドアにかかっている鈴が揺れている。
開いて閉じたばかりの扉をまた開き、ジルダも外に出る。
(あれ?)
店を出てすぐのところに、皮革の手袋が落ちていた。二つ揃っておらず、一つだけだ。大きさからして、男物だろうか。
落ち着いた色の物で、地面の色とも同化していたので、よく見なければ気がつかなかっただろう。偶然ジルダの足にあたり、気がついたのだった。
おそらく、ジルダよりわずかに先に店を出た客の物だろう。よく見ていなかったが、背の高い二人組が出て行ったことくらいは覚えている。
見れば、その客は店の前の階段を下りて歩いていた。
(あ、行っちゃう)
ジルダはとっさにその手袋を拾うと、少しだけ踏ん付けてしまった部分を手で軽く払い、階段を駆け下りた。
背の高い二人は外套を頭から被っていて、後ろ姿ではどんな人物なのかよく分からなかった。
手袋を拾ったにしても、ジルダにはどちらの落とし物か分からなかったので、とりあえずすぐ後ろまで来てから頑張って大きな声で呼びかけた。
「あの、手袋を落としませんでしたか?」
ピタリと、左側の人が立ち止まった。それを見て、もう一人も足を止める。先に立ち止まった方は背を向けたままゴソゴソと懐を確認し始めた。
人違いじゃないといいがと思いながらジルダが待っていると、やがて左側の人が外套を翻してジルダの方を振り返った。
「本当だ、片方無い!」
振り向いた拍子に頭を覆っていたフードがふぁさっと外れ、そこに眩いばかりの白銀の髪が見える。
浅黒い肌をした青年だった。
(珍しい色……)
半ば感心したようにジルダが見ていると、その銀髪の青年は少し引き返してきてジルダの目の前に立つ。
「全然気づかなかった、拾ってくれてありがとう」
背の高いその青年をジルダが見上げると、そこに感じの良い笑顔があった。
身なりからして、旅人だろうか。愛想の良い旅人も時々いる。ジルダは持っていた手袋を渡し、小さく頭を下げた。
ジルダが顔を上げると、また目が合う。ふと、青年の顔から笑顔が消えた。
何を思ってか知らないが、そのままじっとジルダの目を見ている。
(あ、目の色か)
ジルダはようやく気がつき、さっと視線を逸らした。暗い外では気づかれにくいのだが、近くで見るとジルダの左右の瞳の色の違いははっきりしている。
「持ち主が見つかってよかったです。それでは」
昔からよくあることだが、人と違う色だからといって観察されるのはあまり気分のいいものではない。
そう思ったのだが、そういえばジルダも青年の銀の髪をじっと見てしまっていた。それは反省しないとなと思いながら、ジルダは去ろうとした。
ところが、
「君の目、綺麗だね」
目の前の青年の口から出た言葉に、ジルダは唖然とする。
青年の表情はといえば、先ほどと変わらず真っ直ぐジルダの目を見ていた。
「は、はあ……」
つい間抜けな返事をしてしまう。
奇妙だと陰で言われたことはあるが、綺麗だとはっきり言われたことなど、初めてだ。
「うん」
ジルダの返事に、少年はまたニコリと笑った。何に対する「うん」なのか、ジルダにはさっぱりだ。
(軟派……?)
だとしたら相手を選ぶセンスが無いぞと思いながら、ジルダは顔が引き攣りそうになるのを堪える。
「おい、口説くんじゃない」
ジルダが困っていると、青年と一緒にいたもう一人がぺしっと銀髪を叩いた。
フードがあるせいでよく顔は見えないが、こっちの人の方がさらに背が高い。
声では性別が判断しづらい、つまり、高すぎず低すぎずの声をしていた。
そのもう一人は青年に注意すると、ずんずんと先に行ってしまった。
青年が慌てたようにそれを見て、ちらっとジルダに顔を向けた。
「これ、ありがとね」
明るく言って受け取った手袋を掲げると、すぐにもう一人を追いかけて行ってしまった。
その間ジルダは、ただぼけっとしていただけだった。
二人組が去り、ほんの少し間があってからジルダははっとする。
(いい加減、帰らなくちゃ)
この一瞬の出来事に、ジルダはつい先刻まで自分が苛々していたことも忘れてしまった。
ストルーガ……特殊な力を持つ者
アーテリガ……特殊な力を持たない生粋の人間
ちょっとややこしいですね(^^;




