3話 川向こうの蛮族
目的地までは、言われた通り馬を走らせて行く。
途中で宿をとって休みつつ、二日と半日で三人は例の村へ到着した。
ちなみにジルダは一人で馬に乗れないので、サラの後ろに乗せてもらっていた。
「面倒だから、そろそろ一人で馬に乗れるようになれよな」
道中、ジルダは何度もサラからそう言われた。
たしかにその通りだとジルダも思っている。一人で乗ることができるようになれば移動のときに便利な上に、格好良い。
「この任務が終わったら、乗馬の稽古でもするか」
そのためサラが言ったその言葉には、喜んで頷いたのだった。
ジルダたちがやってきた場所は『村』というだけあり、大都会プレアデスとは一変して小さな集落だった。
店や家よりかは、畑が多い。
一言でまとめれば、プレアデスとは逆の『田舎』というところだ。
以前ジルダとサラが訪れたプレアデス郊外も、市内で見ればかなり田舎に近いようだったが、ここは市からは外れているだけあって雰囲気が全く違う。
人の住む家は基本一階建てで地面に近く、色も地味な色に統一されている。どことなく殺風景な場所だった。
サラの後ろで馬に揺られながら、ジルダはぼんやりとあたりの風景を眺める。そうしているうちに、なんとなくこの村の雰囲気が寂しい理由が分かった。
「緑が少ないですね」
ジルダが小声で呟くと、サラは頷いた。
「土地が枯れてるんだろう」
どうやらそのようだ。
ジルダが地面に目を落とすと、その表面が乾燥しすぎてひび割れている。
それだけではなかった。
畑や家の周囲にちらほらいる村人たちが皆、気力のない顔をしていた。畑仕事をしている人たちの動きも、どこかふらふらとしていて危なっかしい。
(私の勘違いじゃないよね?)
ジルダはだんだんと不安になってきて、そわそわと目を動かす。
前を行くノアも、怪訝な表情をしていた。
ジルダが気がついているのだから、サラはすでにこの村の淀んだ空気を察していたのだろう。
眉間にしわを寄せると、ジルダに素早く耳打ちした。
「顔は隠しておけ」
「あ、はい」
突然言われて間抜けな返事をしつつも、ジルダは外套を頭から被った。
サラは船を出発したときからずっと、その赤い髪を隠すように外套を羽織っている。ノアも同じく、人の流れが多い場所では頭まで覆う様式の上着を纏っていた。
ジルダはそういうことかと思いながら、フードを目のすぐ上までずり下ろす。
からっと暑い気候だが、外ではこうしていたほうが安全だろう。
やがて三人は、ある一軒の家に辿り着いた。
外観は他と似通った地味な色合いの建物だが、サラが言うにはこれが村長の住う家だそうだ。
サラが扉を叩いた少しあとに玄関先から顔を出したのは、四十路ほどの華奢な女性だった。肌は浅黒いが、あまり顔色がよくない。
この女性もまた、村に来てからここまでの道のりで見かけた人々と同じように、活気のない様子をしていた。
つい観察するようにじっと見つめるジルダの前で、サラは手短に身元と用件を口にする。
そして出迎えてくれたその女性は、三人を家の中へと案内した。
ジルダがなんとなく思っていた通り、その女性は村長の妻だ。
村長は現在外出しているためいないが、もう少ししたら戻ってくるので今しばらく待っていてほしいと言うと、奥方は茶の準備をしに部屋を出て行った。
その間に三人は、やや声を落として話し合う。
「なんか妙だ」
最初にそう言ったのはノアだった。
ジルダも、首を縦に振って同意する。
何が妙なのかといえば、もちろんこの村の空気だ。
先程から見てきているとおり、住民たちに元気がない上に土地も乾燥して痩せている。
いや、土地が枯れてしまっているからこそ村人たちに元気がないのか。
「おやじが言うには、それが今回の任務に関係してる」
ジルダの隣に座っていたサラが、腕を組んだまま言った。
サラはダンから直接、今回の任務の詳細を聞いている。
ジルダとノアは、ここに来るまでそのことについての話は聞かせてもらっていなかった。
「それはつまり、この村の環境を改善するのが役目ってこと?」
ノアの言葉を聞きながらジルダは、それは難しいのではないかと思っていた。
もしも村長がジャバルにそれを望んでいるのだとしたら、できることは限られている。
ジャバルにはサラやノアのように強い人が多いが、彼らにも限界というものがあるのだ。
いうなれば、自然や天候については人の力ではどうすることもできない。
ここらの地域はプレアデスやジルダの地元よりも、乾燥した気候だ。
だからこそ地面が乾き、ひび割れているのだろう。
しかし、それはどうしようもないことだ。
世界には乾いている土地もあれば、雪に閉ざされた国もある。そこに住む人々は、知恵を出してその地に合う生き方をするしかない。
ノアもそう思ったのだろう。
村人たちには申し訳ないが、人では自然の力に抗えない。
しかしサラは、違うことを考えているようだった。
静かな瞳で前を見据えたまま、口を結んでいる。
「今回の件について、おやじはなんて言ってたんだ」
ノアはサラに尋ねる。
サラはしばし黙っていたが、目線だけをジルダとノアに向けた。
「ここの主が、すべて話してくれるだろう」
その言葉と同時に、扉が開く音がした。
「見て分かる通り、我々の村にはめったに雨が降らないために大地は乾ききり、水は我々にとって命と同じくらい大事なものなのです」
ジルダたちの正面で深刻な顔をして話すのは、この村をまとめる人、すなわち村長だ。
先程ジルダたちを案内してくれた奥方よりも少し歳が上のようだが、顔つきも身体もどこか貧弱だった。
やはり顔色がよろしくない上に、目の下にはくっきりとくまができている。ひと目見ただけでも分かる。相当お疲れのようだ。
村長やその妻だけでなく、途中で見かけた村人たちも全体的に貧相な体型をしていたが、ジルダは村長の話を聞いて理由がわかった気がした。
水が足りないから、十分な食事も運動もできないのかもしれない。
「しかし、我々は長らくこの村で暮らしています。乾燥した土地でも生きていけるように対策をしてきました。乾燥に強い作物を育て、家の造りもなるべく日差しを避けられるようなもので統一しています」
だからこの村の家はどれも似た外観なのかと、ジルダは納得した。
屋根が大きく、細かい壁の隙間が多いためか家の中の風通しも良くなっている。
「決して楽な生活ではありませんが、この地に住む人々は皆たくましくやってきました。もちろんこれからも、村人同士で力を合わせて暮らしていくつもりです」
この村は住民同士の結束が固いらしい。
土地柄、そうしないと生きていけないのだろう。
ジルダたちが村長の話を聞く限り、彼らは環境面ではそれほど悩んでいないようだ。やはり自然を相手に戦うことはできない。ここの村人たちは、それをよく理解した上で生活しているのだろう。
つまり、本題はここから先ということだ。
「ただ近頃、困ったことが起こりまして」
予感していたとおり、村長がそう切り出した。
不安げな顔をしていて、その目線は下がっている。
「どうしたんですか」
詳細を知っているにもかかわらず、サラは尋ねた。
さっきから何かとおどおどしている村長に、気を遣ったのだろう。
村長は眉が下がった困り顔のまま顔を上げると、遠慮がちに言った。
「私たちの村に、危害を加えようとする者たちがいるのです」
そうして村長は、ジャバルに助けを求めた理由を話し始めた。
「この村の端には雑木林があり、そこの奥に川が流れています。その川の向こうには、混血族の集落があります」
突然出てきた『混血族』という言葉に、ジルダだけでなくノアも驚きの色を見せる。
獣の血を持つ彼らは、基本的に人間とは距離を置いて生きている。
そのため人の住む場所に混じることはないということはジルダも知っていたが、まさか川一つ隔てた先で暮らしているとは。
妖精族と同じく、未だ多くの詳細が明らかでない種族だが、そんな近くで暮らしていて村人たちは危険ではないのだろうか。
ジルダが思っていると、その疑問に答えるように村長が話を続けた。
「私が生まれる前、当時の村長だった私の曽祖父は、川向こうに集まって住む混血族と契約を交わしました。川を境目とし、互いの領域に踏み入らないことを」
それまで、村に住む人間と集落の混血族はたびたび小さな喧嘩を繰り返していたそうだ。主に川の水や、土地の作物を巡って。
もともと争い好きの混血族は人間と比べて力も強く、やがては大怪我をする村人まで出てきてしまったという。
このままでは大きな争いに発展しかねないと判断した当時の村長は、川の水だけは共有し、他は一切干渉しないという約束をしたそうだ。
互いの住民が川の向こうへ立ち入らないのは勿論のこと、相手に手を出して傷つけることも禁止した。
一切の関わりを絶ったことで、ここ百年以上は何の問題もなくやってこられたそうだ。
契約後、混血族は姿を見せなくなり、それによって怪我をする村人もいなくなった。
ところが……。
「ここ最近、その混血族たちがまたこの村に足を踏み入れるようになったのです」
憂鬱そうに、村長は言った。




