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プロローグ

第二章突入です


「ほかに、何か聞きたいことはある?」


 そう言ってトイニは、にっこりと微笑んだ。

 彼女は今、すこぶる機嫌が良い。


「ない」


 そんな浮かれた声色とは対照的に、ばっさりと遠慮のない声が返ってきた。トイニは、やや寂しそうな顔をする。


 正面に座っているのは、どこか愛想の欠けた少年、妖精族の子だった。

 いつにも増して上機嫌な薬師に若干冷めた目を向けている。本人は隠しているつもりだろうが、元からの目つきはそう簡単に変えられるものではない。


 トイニがこんな調子なのも、当然のことだった。


「賢い子が来てくれて良かったわ。正直なところ、そろそろ私一人ではちょっとなぁって思っていたの。だって私が永遠にここにいるなんて無理でしょ?いずれ誰かに継ごうと思っていたけど、それがなかなか見つからなくて。でも、もう安心ね。あなたが来てくれたから」


 放っておけば、トイニの話は永遠と続くだろう。一日中医務室に籠もっているのがよほど退屈だったのか、ここ数日はずっとこの調子だ。


 まだまだ話が途切れる気配がなかったが、ルースは気にせずに割り込んだ。


「賢いわけじゃないよ。ただ、ちょっと知識があっただけ」


 ルースは先週、ジャバルヘやって来た。同じ日にもう一人、齢十六の少女も加入していた。

 来てから数日間、ルースは傷の経過観察のために医務室に通っていた。


 その数日間で、ルースは意外な才能を見せたのだった。

 それというのも、医務室に置いてある薬品や薬草の効能を一度に何十種類も記憶した上に、トイニがその場で教えたこともすぐに頭に入れてしまうような優秀さだった。

 簡単な薬の調合を教えればすぐに覚え、包帯や湿布作りも器用にこなした。

 

 話によれば、もともとルースは薬品の類に少しだけ触れていたらしい。

 トイニも詳しいことは聞かせてもらえなかったが、ジャバルに来る以前の仕事で必要な時があったらしい。

 概ね、診療所の手伝いでもやっていたのだろうと、問いには思うことにしていた。

 実際、重要なことはもっと他にある。

 トイニの頭にまず浮かんだのは、『後継ぎ』という言葉だった。

  

 ルースの優秀さを知ったトイニは彼を勧誘し、頭領であるダンにも話をつけ、無事に薬師見習いを得たのだった。


 そんなわけで、ルースはこれから医務室勤務となる。トイニの手伝いをしながら仕事を学び、ゆくゆくはトイニの後を継いでジャバルの薬師となる。

 これが、トイニの希望もとい野望である。


 そういうわけで、トイニは近頃ずっとご機嫌だった。

 

 対してルースの意思も、それなりに前向きだった。

 そもそもトイニの勧誘を受け入れたのは、本人である。


 ルースの表情があまりにも一定なので、他の団員たちはルースが無理やり医務室に配属されたのではと心配しているが、それは違う。

 彼の表情が乏しいのは元からなので、決してトイニが強引に医師見習いにさせたわけではないと念を押しておく。


「今まで一人でここをまわしてたの?」

「ジルダにも同じことを聞かれたことがあったわ」


 ルースが自分から何かいうのは珍しいので、トイニは嬉しそうにしていた。


「そうよ。私がここに来てからずっと、仕事は一人でやってたわね。それまでジャバルにはちゃんとした薬師がいなくて、団員たちは軽症なら自分で処置、もし重病にかかったときは、他所(よそ)の診療所にお世話になってたみたい」

「へえ、大変そう」


 ルースはどこか他人事のように言う。

 しかし、以前よりも関心はあるようだった。


 ひと月前にこの船に現れたとき、この少年にはまるで活気がなかった。

 しかし、再びジルダとサラに連れられてやって来たとき、トイニはルースの変化に気がついていた。


 死んだようだった目には生気があり、整った容貌に少年らしさが戻ってきていた。

 きっと、本来の姿はもっと幼いのだろうと、トイニは思う。

 ルースは妖精族の子だが、まだ十四年間しか生きていない。本当なら、もっと伸び伸びと人生を歩んでいるべき年だ。


 彼の詳しい背景を、トイニは聞かされていない。探ろうとも思っていないし、重要なのはこれからだ。

 多少複雑な生い立ちであることは薄々予想できるが、それとは関係なくここで自由に過ごしてくれればいいと、トイニは思っている。


「薬師見習いになったからって、四六時中ここにいないといけないことはないからね」


 トイニは、念のためそう言っておいた。

 実際のところトイニ自身は一日中医務室にいるのだが、それは今までは薬師が一人しかいなくてその場を空けられなかったのと、他に特にやることがなかったためだ。


「ルースはまだ若いし、室内にずっといるのも健康的じゃないものね。友だちはできたかしら?」

「よく分かんないけど、ジルダと銀色の髪の人とはたまに喋るかもしれない」


 それを聞いて、トイニはふふっと笑った。

 まるで、母親のようである。


「あなたのことだから、自分からは話しかけないんでしょうね。きっと寂しがってるわよ、二人とも。特にジルダはここのところ、前みたいにたくさんはここに来られなくなってしまったものねぇ」

「何かあったの」

「しごかれてるのよ、お姉さんに」


 ルースは首を傾げた。何のことやらさっぱりだが、自分には関係ないので特に気にせずそのまま流す。


「でもまあ、ジャバル(ここ)の空気はなんか良いよね」


 ルースの口からそんな言葉が出てくるとは思わず、トイニは目を丸くした。

 やはり、無表情の奥にも、いろいろ思いがあるらしい。


「気に入ってくれて私も嬉しいわ」


 トイニは頬杖をつくと、目を細めた。

 たおやかな笑みを浮かべて、明るく言う。

 

「これからよろしくね」

 

 ルースは何も言わず、じっとそれを見ていた。

 時々目を逸らし、またトイニを見る。


 そのようなことを何度か繰り返すのを、トイニは首を傾げながらも優しく見ている。

 いつも人に気をつかうようなそぶりを見せない彼にしては、少し不自然な動作だと思っていた。


 ルースはもう一度トイニを見ると、ようやく何かを決めたような顔で、口を開いた。

 

「俺には関係ないことだし、聞き過ごしてもらって構わないけど」


 そう前置きをして、素朴な口調で尋ねた。


「どうして隠してるの?」


 その途端、トイニの顔から笑みが消える。


「悪いけど、分かるんだ。()()()()()は」


 ルースは静かにトイニを見据えていた。そこに害意はなく、ただ不思議に感じている顔だった。

 このときのトイニには珍しく、表情がなかった。その目線はルースを通り越し、どこか遠くを見ていた。

 

 そのまま二人の間に、しばし沈黙が流れる。

 船の外で波がさざめく音と、医務室の近くを通り過ぎていく誰かの足音だけが妙によく聞こえた。


 ルースは手元を見たあと、もう一度顔を上げた。

 何かを察すると、平然とした口調で言う。


「今のは聞き流していいよ、俺も忘れるから」


 それを聞いたトイニは、静かにため息をついた。そして、ようやくぎこちない笑みを見せた。

 眉を下げ、どこか困ったような顔をしていた。

 それが少し悲しそうにも見えたのは、ルースの気のせいだろうか。


「……やっぱりきみは、賢いなぁ」

 

 それだけ言うと、トイニはまた深く息を吐き出しながら、目を伏せる。

 いまいち、感情の読み取れない様をしていた。

 ルースもこれ以上は口を開かない。トイニの言う通り、彼は賢い少年だった。


「あなたとは、仲良くやっていきたいなぁ」

「そうだね」

「あら、あなたもそう思う?」

「俺は、会話はあんまり得意じゃないけど」

「大丈夫よ、大事なのは心情よ」


 普段通り涼しげな顔のルースに、トイニもいつも通りの穏やかな声で喋る。

 先程、一瞬だけ淀んだ空気が嘘のようだった。いや、嘘だったという共通認識をした。

 ルースは人形のような綺麗な大きな瞳をじっと向けつつ、さっき少し前に思っていたことを口にした。


「自分で決めてここに来たから、トイニさんを手伝えるように努力するよ」


 珍しく素直な態度だった。

 やはり、こういうところはしっかりした少年である。


「頑張ってくれると嬉しいけど、気負うことはないわ。それに、困ったことがあったら何でも言ってちょうだいね。話を聞くのは好きだから」


 トイニはそう言って、また笑った。

 それからさらに、冗談めかしく首を傾げる。


「なんなら私のことを、お姉さんだと思ってくれてもいいのよ?」


 もちろんこれは彼女なりのおふざけだったが、まだそのあたりの常識に疎いルースは特に反応せず、静かに見ていた。

 そしてふと、真面目な面持ちで呟く。

 

「お姉さんって歳じゃ」


 全てを言い切っていないルースの頭に、にこやかな拳骨が落ちた。


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