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28話 朝日がのぼる


「ひどいわねぇ、女の子の顔を殴るなんて」


 トイニは、ジルダの口の中を見ながら口を尖らせる。

 ジルダの頬は腫れていたが、幸い口の中は切れていなかった。


「びっくりしたわ、みんな怪我をして帰ってくるんだもの」 

「あたしは怪我してないけどな」


 そう言ったサラにトイニは、珍しく厳しい目を向けた。


「鎖を切るために手首から血を出して、湖に落ちた時に、ぶつかった木片で脇腹を切った娘が何を言っているの?首にも痣があるじゃないの」

「え、手首以外にも怪我してたんですか」


 話を聞いて、ジルダは不安げな顔で詰め寄った。

 サラはだるそうに、女二人を押し除ける。


 船に到着して早々、ジルダたちは医務室に向かわされた。

 三人それぞれが怪我をしており、ルースから順番に見てもらっていたのだ。

 そして今、ジルダの手当ても終わったところだ。


「ジルダちゃんはまず、自分のことを考えましょうね」


 トイニがにこにこと顔を近づける。

 なぜだろうか、笑っているのに怖い。圧が凄い。


 というのも、ジルダは外傷よりも体力の消耗が激しかった。

 一日の間でフォスラトを使いすぎた上に、足場の悪い地下水路を長距離歩き、そのあともなんだかんだ後処理で動いていたのだ。


 湖で妖精と話していたときはジルダも我慢できたのだが、帰り道の途中で潰れてしまった。そのせいで、行きは半日もかからなかったのが、帰りは一日半かかった。


「でもまあ、やるべきことを達成できたようでよかったわ」


 トイニはおおらかに笑ってから、その目を部屋の隅に向けた。


「見覚えのある顔も引き連れてきたことだし」


 ルースは、少し困ったように口を結んでいる。

 あまり口数が多い少年ではないので、いつも通りといえばそうなのだが。


 トイニは、人が増えたことにどこか楽しそうにしていた。三人の若人を見て、目をきらきらさせている。


「みんな、今日はよく休んだ方がいいわよ」

「報告が済んだらな」

「そうだったわねぇ」


 ジャバルでは、各々の任務が終わるたびに、頭領に達成及び終了報告をする。

 ジルダはジャバルの団員ではないのだが、今回はサラとともにジルダにも任されていた案件なので、一緒に報告に行くのだ。


 サラは首や肩を回してほぐすと、すくっと立ち上がる。


「ジルダ、坊。そろそろ行くよ」

「あら、ルースも?」


 トイニが首を傾げるのも当然だった。ルースは今回の件ではかなり微妙な立場であり、報告に連行する必要はない。

 しかし、別の件で頭領と話をしなければいけない。

 その話というのは、ルースをジャバルに加入させてもらう相談だ。

 

 そして、()()()()は、ジルダにもあった━━。




「無事に戻って来てくれて何よりだ。ご苦労だった」


 椅子に座り、ダンは言った。

 その前には、報告を終えたサラとジルダ、そしてルースが横一列に並んでいる。

 三人ともそれぞれ怪我を負っているが、危険な仕事が多いジャバルの中では、三人の傷はまだまだ『無事』の範疇だ。


 いつもなら、報告が済むと頭領から下がっていいと言われるそうだが、今日はまだ何も言われない。

 空気を察しているのか、それとも他に何かあるのか。

 

 そんな中、最初に口を開いたのはサラだった。


「おやじ、話がある」

「私もだ。だが、お前の話を先に聞こう」


 ダンは手を組みあわせたまま、低い声で言った。

 

 ジルダは無意識に背筋に力が入ったが、サラはいたって冷静な顔で、なおかつはっきりとその言葉を口にした。


「ルースとジルダを、ジャバルに推薦したいと思ってる」


 ジルダが帰路でサラに話したことと言うのは、これだった。

 ジャバルに加わりたい。

 それは、ジルダが自ら言い出したことだ。そしてサラは、それなら推薦すると言ってくれていた。


「ほう。それは、本人たちの意思か」


 ダンは目元だけを動かし、ジルダとルースを交互に見る。

 頭領が(いか)つい見かけによらず優しい男だということを、ジルダは知っていた。だが今は、緊張感が漂っている。


(なんか、ピリピリしてるような)


 サラとダンを見ながら、ジルダは思った。

 

「勿論だ」


 その空気に圧されることなく、サラは短く答える。

 それに対して、ダンが頷いた。


「分かった。それなら、本人たちにも話を聞こうか。ルース」


 ルースは名を呼ばれ、静かに顔を向ける。

 ジルダたちに対してふてぶてしい彼でも、今は少し緊張しているようだ。表情が固まっている。


「お前の思っていることを聞かせてくれ」


 そう言われると、ルースは真っ直ぐにダンを見たまま、たどたどしく話しだした。


「俺は……今回の問題を発生させた原因です」


 初っ端から、自分が不利になるようなことを口にしたルースは、何を考えているかよく分からない顔をしていた。

 もちろんダンは、そのことを知っているはずだ。さっきの報告で、サラが全て話していたからだ。頭領への報告は、少しも偽ってはいけない。

 それでもダンは、静かに聞く姿勢でいた。

 

 ルースは、そのまま続ける。

 

「ここにいる二人を含め関係のない人々を巻き込み、害を及ぼしてしまったことは、反省と謝罪で済まされることではありません。主の影響があったとは言え、それは言い訳にしかならない」


 ルースは潔かった。

 表情は乏しいものの、姿勢や態度から本当のことを言っているのが分かる。


 ジルダは心の中でルースを応援しながら、良い姿勢を保っていた。 


「赦してもらう気はありません。それだけのことをしてきました。俺は……自分のやってしまったことに向き合います。この(なが)い生命をかけて、償います」


 ルースはそう言うと、深く頭を下げる。

 ダンはその様子を見て、ふっと目を伏せた。


「“償う”ということは」


 (おごそ)かに、話し始める。

 

「容易なことではない。お前は、人のために自らの命を差し出すことができるか」

「……俺の生命は、半永久です」


 思いがけないことを言われたようで、少し間をあけてルースは答えた。何気に、ダンの問いに対してずれている。

 ジルダは少し不安になりながら、ちらっと横を見た。


「そういう問題ではない。要は、誠意があるかということだ」

「……」


 ルースは押し黙った。

 これはちょっとまずいぞ、という顔でサラが前を向いている。


 しかしルースは、答えられずに困っているわけではなかった。

 ただ自分の考えを、頭の中でまとめていただけだ。


「正直に申しますと」


 やがて言葉がまとまったのか、ルースが口を開く。


「自分は妖精族なので、命の重さの感じ方が人と違います。かといって、残念ながら人のために己を削るような大きな器を持ち合わせていません。しかし」


 ルースは言葉を切ると、隣にいる二人に目を向けた。

 ジルダとサラが不思議そうな顔をしていると、ルースがふっと微笑んだ。


「俺が男爵から刃物を向けられたとき、この二人は、自らを盾にしてまで守ろうとしてくれました。自分よりも相手のことを考えて行動できるその心は、尊いものだと思いました」


 それを聞いたジルダの目が輝く。あのときは何も言っていなかったが、ルースがこんな風に思っていたのだと知り、感動してしまった。


 思わず口元が綻ぶジルダの横で、ルースはそれからまた真面目な顔に戻る。


「こんな自分でも、何も思わないわけではありません。もらったものは、それに見合った誠意で返します」


 言いたいことを全て言い終えたルースは、どこか清々しい様子をしていた。


 それまでずっと堅かったダンは、ようやく顔を緩ませた。


「では、楽しみにしていよう」


 つまりそれは、ルースを受け入れるということだ。

 その言葉を聞いてルースの肩の力も抜けたようだった。


「お前が言うとおり、やってしまったことが元に戻ることはないし、それを忘れてはいけない。ならば尽くせ。他者を大事にしろ」

「はい」


 ルースは返事をすると、再び頭を下げた。

 ダンに感謝しているようでもあり、自分の心を示しているようでもあった。


「下がっていい」


 ダンに言わて顔を上げると、ルースは部屋から出て行った。

 去り際に一瞬ジルダを見たが、その気持ちはジルダには読み取れなかった。


 部屋から一人減ると、鳶色の目がジルダに向けられる。

 自分の番が来たのだと、ジルダは気を引き締めた。


「ジルダ、お前もジャバルに入りたい気持ちがあるんだな」


 ダンは組んでいた手を解くと、そのまま机の上に置いた。さっき微かに笑っていた口元は、気がつけば元に戻っていた。

 先ほどよりもどこか暗い顔をしているのは、ジルダの気のせいだろうか。


「あります」


 ダンの顔をじっと見ながら、ジルダはすぐに答える。


「ジャバルは基本、来るものを拒まない。どんな者にも出来ることがあると思っている」


 ダンは静かな口調で言う。

 それならと、話を聞いていたジルダが顔を明るくしたときだった。


「だが、これだけは先に言っておく。お前は、この組織には向かない」


 突き放すような、冷たい言い方だった。

 眉根を寄せるサラの横で、ジルダは唖然とする。

 さらに追い討ちをかけるように、ダンは言った。


「決断する前に、やめておいた方がいい」


(なんで……)


 拒まないと言わなかったか。

 ジルダは訴えかけるような目でダンを見る。言いたいことは色々あるが、まず心を落ち着けた。

 深呼吸し、動揺するなと自分自身に言い聞かせる。


「私は、役に立てます」


 ジルダは口を開くなり、そう言った。

 ダンが何も言わずにいるので、その先を続ける。


「私の力は、使い方によっては人を守ることができます。これまでずっと力を隠し、敢えて使わないようにしてきましたが、そうするべきではなかったのだと実感しました」


 ジルダの瞳に、揺るがない光がともっていた。

 ダンはそれをじっと見て、目だけを細めた。その視線が、どこか遠い。


「まだ使いこなすことはできませんが、フォスラトは必ず、誰かを救う手段になります」


 ジルダは、ざっと頭を下げた。その真剣さは、見ている人にもひしひしと伝わっていた。

 

「頭領様、私を使ってください。誰かのためになると知っていながら、何もしないのは嫌なんです」

 

 ジルダがこんなに必死になったのは、初めてかもしれない。


 ジルダは今回、フォスラトのおかげで多くの危機を回避した。これまで、あれだけ疎ましく思っていた力が、自分や周囲を助けたのだ。

 だからジルダは気がついてしまった。

 壊すだけだと思っていた力が、もしかすれば違う形で役に立つかもしれないことに。


(ただのストルーガでいるのは嫌だ)

 

 どうせなら、自分以外のためにいたい。


 頭を下げたまま強く目を閉じるジルダに、ダンは額をおさえた。

 しばらく机の上を見ていたが、やがてゆっくりと頭を上げた。


「私が言ったことは、あくまで忠告だ。言っただろう、拒むことは基本しない」

 

 それはつまりどういうことかと、困った顔をするジルダに、ダンはやや厳しい目を向ける。

 反射的に、ジルダの肩が上がった。


「ただし、もう一つ言っておこう。己のことを尊重しない者にできることは限られている。お前は少し、そういう傾向があるように見える」


 ジルダは黙ったまま、ダンの顔を見返した。

 ルースのときと違って、やはり当たりが強い。


(嫌われているのか)

 

 もしそうだとしても、だからなんだというのか。

 ジルダはとっくに決心しているのだ。頭領に嫌われようと、怯むわけにはいかない。


「心得ておきます」

「私がさっき言ったことも忘れるな。このジャバルに入るということは、それ相応のリスクが伴う。当然、簡単に退くこともできない。それを踏まえた上で、お前の意志は揺るがないと言えるか」


 どこか試すような口調だった。

 しかし、どんなに叩きのめされようと、ジルダは一度決めたら貫く。そんな少女だ。


「心は、すでに固まっています」


 口の端を上げ、はっきりと言った。

 その言葉を聞いたサラも、笑みを浮かべている。


 しかしジルダは、ダンの顔を見るなり目を見開いた。


(どうして、そんな顔……)


 ダンは、悲しそうな表情をしていた。意外なことだった。

 鳶色の寡黙な瞳がわずかに揺れ、どこか苦しげにも見える。

 それに気がついたジルダは戸惑い、口を半開きにする。なぜ今、彼がそんな顔をするのか見当もつかなかった。


 だがそれは一瞬のことだった。

 ダンは目を伏せると、再び顔を上げると同時に右手をジルダに向かって差し出す。

 そして、一言。


「期待している」


 ジルダの勝ちだった。

 




「やあ」


 突然後ろから声をかけられ、ジルダは素直に驚いた。

 危うく船から落ちそうに……とまではいかないが、その場で軽く跳ねてしまった。


 そんな様子を見て、声をかけてきた当人はあははと笑う。

 

「久しぶりだな」

「そうだね、ノア」


 そこに立っていたのは、銀髪の青年、ノアだった。

 ジルダは、サラと例の任務に行く少し前からノアとは会っていなかった。だから、随分と久々にその顔を見た気がした。


 少し見ない間にまた日に焼けていたが、相変わらず人の良い笑顔は健在だった。


(人の良い、笑顔……)


 ジルダはぶるっと体を震わせる。


 ノアが()()とは関係ないことはジルダにも分かっているが、しばらくはトラウマになりそうだ。

 人は見かけによらないということを、先日、身をもって知った。


 人は柔らかい微笑みの下で、どんなえげつないことを考えているか分からないのである。


「どしたの?」


 ノアが不思議そうに首を傾げている。

 ジルダはひきつった笑みを浮かべると、なんでもないと首を振った。


「そういえば、ジャバルに入ったんだね」


 ノアが少しだけ目を大きくしながら言った。


 それももう、三日前のことだ。

 ジルダとルースが加入すると決まった翌日には、団員全員に通達された。


「ジルダが来たことにも驚いたけど、まさかあの少年がなぁ」


 驚くのも当然だろう。

 ノアは一度、ルースを見ている。港町で倒れていたルースを船まで運んだのも、ノアだった。


「ルースには会ったの?」

「いや」


 ノアは喋りながら、ジルダの隣に来る。

 まだ日は昇ったばかりだったが、ジルダは船の上で外を見ていたのだった。

 いずれまた、船は次の場所へと向かう。まだ先だろうが、首都の景色を目に留めておきたかった。


「でもなー。たぶん、あっちは俺のこと知らないもんなぁ」


 船縁にだらんと寄りかかりながら、ノアがこぼす。

 その様子は、しょんぼりする犬のようだった。犬と言っても子犬ではない。ノアは図体がでかいので、大型犬だ。


 言われてみれば、ノアがルースを憶えていてもその逆は怪しいかもしれないと、ジルダも思った。

 あのときルースは気絶していたし、目を覚ましたときにはノアは仕事で居なかった。それからすぐにルースは去ってしまったので、よく考えれば関わりは薄い。


 そのせいか、ノアはどこか落ち込んでいた。

 せっかく助けたのに、相手からは赤の他人だと思われているのは、確かに複雑な気持ちかもしれない。


「寂しい?」

「ちょっとね」


 ノアは項垂れたまま、小さく頷く。

 年上感の薄いその姿に、ジルダは笑いながら声をかけた。


「大丈夫だよ」

「うーん」

「ノアはいい人だから、きっとルースもすぐ好きになる」


 すると、ノアはきょとんとした。

 ジルダは、思ったことをそのまま言ったまでだ。どうしたかな、と首を傾げる。


 ノアは、少しジルダの方に身を乗り出した。


「ほんとにそう思う?」

「ここで嘘はつかないよ」

「そりゃ、嬉しいな」


 ノアはそう言うと、へへっと笑った。

 彼はいつも、つられそうになるような笑みを見せる。

 居心地の良さを感じながら、ジルダもつい顔が緩んだ。


「遅くなったけど、これからよろしく」


 ノアに言われ、ジルダはぴしっと敬礼した。


「頑張ります」


 そう言ったジルダの瞳は、以前よりも明るく輝いていた。


 ノアはじっとそれを見ていると、不意に真面目な顔をした。

 ジルダは手を下ろし、ぱちぱちと瞬きをする。


「ノア?」

「ねえジルダ、俺が初めてきみと会ったときに言った言葉、憶えてる?」


 突然聞かれて、ジルダは疑問符を浮かべた。

 ノアと最初に会ったときのことは憶えている。ジルダが住んでいた町で、手袋を落としたノアを追いかけたことがきっかけだ。


 しかし、そのときに言っていたことまではさすがに憶えていない。会話の詳細をいちいち記憶している方が、逆に凄いだろう。


「……ちょっと分からない」


 ジルダが正直に答えると、ノアは少し眉を下げた。

 申し訳なく感じながら、ジルダは言う。


「ごめん、もう一度言ってくれないかな」

「えー」

 

 ジルダのお願いに対し、ノアは渋る様子を見せた。

 そんなに大切なことだったのかと、ジルダは気になり始めた。


「まあ、忘れちゃったならいいや」

「えー」


 今度は、ジルダが口を横に広げた。ここまできて教えてもらえないと、かえって知りたくなってしまう。

 何度もせがむジルダに、ノアは聞こえないふりをし始めた。


「いいんだよ、心の中で呟いとくから」


 ノアはそう言うと、笑みを含んだ目でジルダを見る。

 余裕そうに頬杖をつく様子が、ジルダには少し悔しかった。


「自分だけ解決して」


 じとっとした目を向けられても、ノアは平気そうにしている。

 船の縁から手を離すと、ひらひらと手を振った。


「もういくよ。それじゃ」


 不満げなジルダを残して、ノアは素早く去っていく。

 悔しいが、最後まで颯爽としていた。


 ジルダは小さくため息をつくと、また外に目をやった。


 少し前にトイニと歩いた市場が見える。

 まだ朝は早いので、ほとんどの店は準備中である。店の前を掃除する人や、煙突から煙を出す建物もちらほらある。


(そういえば、頭領様の()って、なんだったんだろう)


 ふと、ジルダは三日前のことを思い出していた。


 サラがジルダとルースをジャバルに推薦する話を持ちかけたとき、ダンのほうからも話があると言っていた。

 結局、ジルダはその話というのを聞かないまま部屋を出てしまった。

 あのあと、サラだけはその場に残っていたようなので、ダンはサラだけに話があったのだろう。


 どちらにせよ、ジルダが首を突っ込むようなことではない。


 ジルダをジャバルに迎えると言ったときのダンの様子も気になるところだ。

 ダンは忠告をしつつ受け入れてくれたが、ジルダが組織に加わることに渋っていたのも確かだ。

 あのときダンは、どんな思いで言ったのだろう、とジルダは考えた。


 しかし、実際のところは本人にしか分からないものだ。

 あちらが難色を見せるのならば、こちらは行動で示すしかない。

 

 ここに来てから、ジルダは妙に前向きになってきていた。

 果たしてそれは、周囲の人の影響か、自分自身の変化なのか。どちらにせよ良い兆しであると、ジルダは思う。


 そしてジルダには、ある思いがあった。

 ジャバルに入った、もう一つの理由。


(どこかで、ヴィタリに会えるかもしれない)


 ジャバルは色々な土地に寄る。

 世間は思っているよりもずっと広いが、家に留まっているよりは遭遇率は上がるかもしれない。


 ジルダとて、家に帰って来いと兄に強いる気はない。

 ただ、突然家出した理由を聞きたいだけだ。何かしらあるのだろうが、音信不通はやはり不安である。


「今頃、何してるんだろうなぁ」


 ぼんやりと空中を見ながら、ジルダは独りごとを言った。

 

 朝日は、さっきよりもだいぶ上がってきていた。

 そろそろ厨房が混み始める時間だろう。


 ジルダは踵を返して、部屋へと戻った。


一章は、これでひとまず完結です。読んでくださった方々、ブクマ登録もありがとうございます!

本編でまだまだ定かではないことがたくさんありますが、それも踏まえて二章に続きます。

思ったよりも長くなりそうな予感がしますが、どうぞよろしくお願いします(^◇^)

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