27話 模様の意味
ファルク卿は罪に問われる前に、医者に看てもらうことになった。
数年前から精神状態が安定していなかったようで、療養した後に相応の処置が取られるのだろう。
不法な品まで集めていた上に部下に長年暴行を加え、今回は女を二人監禁している。少なくとも、現在の地位を剥奪されることは間違いない。
男爵が正気に戻り、反省した上でしっかりと償ってくれるといいと、ジルダは思っている。
風の妖精は流し笛を取り戻し、ようやく精霊に顔向けできると言って安心していた。
それにしても、その流し笛の威力を思い知らされることになるとは、誰も思いはしなかっただろう。
妖精の話では、あの笛は精霊とそれに仕える妖精にしか扱えないという。人を遠くまで吹き飛ばせるほどの風を起こすのが、流し笛の力だ。
あと四つの笛がどのような風を作るのかなど、ジルダには恐ろしくて聞けない。
「あなたたち、そろそろ帰るの?」
ファルク卿を診療所に届けたあと、再び湖に戻ってきたところで風の妖精は待っていた。
木の枝にちょこんと腰をかけ、可愛らしい目を向けていた。
吹っ飛ばされたのは散々だったが、逆を言えばそのおかげで助かったともいえる。もしもあの場で妖精が現れていなかったら、誰かしらが大怪我をしていたかもしれない。
笛と風の妖精には、感謝しなければいけない。
「うん。そうですよね、サラさん」
「任務は完了したからな。やっと船に戻れる」
サラは大きく欠伸をした。寝不足のようだ。
妖精はふーんと言うと、パッと枝から地面に降りてくる。
ささやかな風が通り抜けた。
ジルダは少し身をかがめ、妖精に笑いかける。
「助けてくれて、ありがとうね」
「私はあの男だけを飛ばすつもりだったけどね」
妖精はよそ見をしながら、毛先を仕切りに触っている。
白い頬が、ほのかに赤く染まっていた。
「あなたたちこそ、ちゃんと約束を守って笛を見つけてくれたようだし、その点にはお礼を言うわ」
そう言いながら目を向けた妖精は、ジルダの首元を見て突然固まった。
急に近づいてくるなり、一点を見たまま手を伸ばす。
ジルダはそんな妖精に戸惑った。
「これ、どこでに入れたの」
妖精が触れていたのは、ジルダのペンダントだった。
ヴィタリから貰った、青い石のものである。
いつもは首から下げて飾り部分は服の内側にしまっているのだが、湖に落ちたあと一度外して拭き取ってから、服の上からかけたままにしていた。
ジルダはそれを今頃思い出して、青い石に目を落とす。
「ああ、これは兄から」
「あなたのお兄さんは人間なの?」
唐突におかしなことを聞いてくるものだ。人間の兄は、人間以外の何者でもない。
ジルダが頷くと、さらに妖精は詰め寄ってくる。
「じゃあ、そのお兄さんは首飾りを誰からもらったの?」
「それはちょっと分からないなぁ」
そういえばヴィタリは、このペンダントは貰い物だと言っていた。しかし、誰からとはジルダも聞かされていない。
ジルダが首を傾げると、妖精は残念そうな顔をした。
それにしても、なぜ急に食いついてきたのだろうか。
「あなた、何も気が付かないわけ。流し笛を見ておきながら」
妖精が、呆れたような目で言ってくるが、分からないものは仕方ない。ジルダはしっかりと首を横に振る。
それを見てため息をつくと、妖精はジルダのペンダントをくるっと裏返した。
石が嵌められていない金色の土台だけが見える。
もらった時にも確認した、細かい模様が彫られていた。
(ん?この模様……)
ジルダは目を凝らし、その模様の部分をよく見つめる。
やっとかと、妖精の強気な目が言っていた。
「あ!」
ジルダの胸に少し引っかかっていたことが解決したような気がして、ジルダは声を上げた。
隣で同じようにペンダントを覗いていたサラが、うるさそうにしている。
何が分かったのかといえば、風の妖精の五つの笛に彫られた模様に、ジルダがなんとなく既視感があった理由だ。
ジルダのペンダントの裏に彫られた模様と、その笛の模様が一致していた。
だからジルダは、見たことがあるような気がしていたのだ。実際、ずっと手元に持っていた。
しかし、もやもやが解消されたところで、新たな疑問が浮かび上がる。
「どうして同じ模様なのか、気になるようね」
ジルダが思っていたことを妖精が言い当て、また得意げな顔をした。もともと高い鼻が、さらに持ち上がる。
それでもジルダは、素直に認めた。
「この模様が刻まれているものはね、全て精霊様の持ち物なのよ」
いきなり、突飛なことを言ってくれる。
首を傾げるしかない人間たちに、妖精は説明した。
精霊には、風を司るほかにも様々な力を持ったものがいて、彼らは目に見えないが各地に存在している。
自分が守っているその地から動くことができない精霊は、自らの手足となる妖精を使う。
それが、精霊の使い。風の妖精のようなものだ。
「精霊様たちはみんな、己の力に相応した物を持っているの。この五つの笛みたいにね。そして、偉大な精霊の所有物であるという印に、この模様が刻まれるのよ」
そう言って妖精は、笛とジルダのペンダントを交互に指さした。
ジルダはその説明を理解したが、やはり謎が残る。
「その精霊の物が、どうしてここに……?」
ジルダが呟くと、皆同時に首を傾げる。
妖精ですら、そうしていた。
「盗んだりしてないわよね」
疑いの目線を送られ、ジルダが強く反対する。
ジルダが盗んでいないのは確かだが、ヴィタリもそんなことをするはずはないだろう。
しかし、その前を辿っていくと、盗み出された可能性がないともいえない。何も知らない故に、どちらともいえないのだ。
「まあ、精霊様のものは人間には使えないから大丈夫だとは思うけど、大元の持ち主に怒られないといいわねー」
妖精はけろっとした顔で、恐ろしいことを言う。
ジルダはペンダントを見ると、少し顔をひきつらせた。
「兄は、この石が私を守ってくれるって言ってたけど……」
「精霊様の加護がなければ、どちらにせよ使えないわよ」
妖精はそう言いながら、けたけたと笑った。
ジルダは、ここ数日のことを思い出す。
林の傾斜を転がり落ち、おかしな男には監禁されてぶっ叩かれ、挙句には風に飛ばされ湖にどぼんだ。
(うん、全然守られてないや)
遠い目をするジルダの肩を、サラがぽんぽんと叩いた。
「気休め程度に考えとけ」
「綺麗だし、装飾品としては良いじゃない」
妖精まで、精霊の持ち物に対してお粗末なことを言ってくる。
ジルダは一気に疲れを感じながら、苦笑いを浮かべた。
「それで、あなた」
話が一区切りしたところで、妖精は腕を組みながらジルダの隣に目を向けた。
そこには、浮かない顔のルースがいた。
ずっと静かにしていたが、ずっとジルダとサラと共にいたのだった。
ルースは自分よりも背の低い妖精に目線だけ送り、声は出さない。先程からずっとこの調子だった。
酷いことをされていたとはいえ、長年仕えていた主人がいなくなり、思うことがあるのだろうか。
「笛を盗み出したのはあなただったみたいね」
「……ごめん」
すんなりと認めて謝る。彼にしては、素直すぎるようにジルダたちは感じた。
思ったよりも手応えがなかったような顔で、妖精は瞬きをした。
「まあいいわ。最優的にはこうやって手元に戻ってきたんだもの」
意外にも、妖精は寛大な態度を見せる。
と、思っていたが。
「なんて言わないわよ!」
妖精が突然大きな声を出し、ジルダまでびくっとしてしまった。
妖精は頬を膨らませ、ルースに向かってびしっと指を突きつけた。
「なに、ちょっとしんみりしてるのよ。謝る時くらい、ちゃんと相手の目を見なさい!いや、地面に頭をつけなさい!」
ぴーぴーと口うるさい妖精に、最初はルースも戸惑いを見せたものの、やがていつもの冷めた無表情へと戻っていく。
それどころか、だんだん呆れまなこになりつつあった。
それでも口は出さず、表情を保ったまま見ている。
「精霊様の物を盗るなんて、同じ妖精として恥ずかしいわ」
その言葉を聞いて、ジルダは反応した。
「彼が妖精って、分かるの?」
言った後ではっとし、ルースのほうにそっと目をやるが、特に気にしてはいないようだった。
ジルダが驚いたのは、風の妖精がルースを妖精族だと気がついたことに対してだ。
ルースにはもう羽がなく、見かけも、少し美形だが普通の少年だ。
風の妖精にはそのことは話していないのに、さらっと言ってのけた。
「分かるわよ、同じ種族だもの」
当然のように、妖精は言う。
そうなの?とでも聞くようにジルダがルースを見ると、小さく頷いていた。
感心するジルダをよそに、妖精はまじまじとルースを見た。
「でもあなた、まだまだお子様ね。身体の成長も止まっていないようだし」
「そんなのも、見て分かるんだ」
ジルダが興味深々で聞くと、妖精は少し嬉しそうな顔をした。
なんだかんだ言って、こういったしぐさは彼女もそれなりの分かりやすさだ。
「五百年も生きていればね。少年はそうね……十年ちょっとといったところかしら」
「十四だ」
若干幼く見られて、ルースは少しだけ不機嫌になった。
確かに、歳の割には顔というよりも体格が華奢である。
「坊、もっと鍛えな」
それを察してか、サラに茶化されルースはますますぶすくれた。
妖精はその様子を見ながら、真面目に言った。
「色々あったんでしょうけど、まだまだ先は長いわよ。へこたれてないで、気合を入れなさい」
幼い見かけながらも肝の座ったその態度には、やはり年上らしさがある。
この妖精はやっぱり長く生きているのだなと、ジルダは実感した。
同時に、少し寂しくもなる。
人間のジルダには無縁なことだが、周囲の景色が変わっていくのに自分だけそのままというのは、辛いこともあるだろう。
だからジルダは、気がつけば口が動いていた。
「あなたに、また会えたらいいな」
不意に出た独り言のようなそれは、ジルダの本心だった。
妖精は言葉を聞いて少し固まると、目を伏せて顔を背けた。腕組みしながら、早口で言う。
「帰るなら、早く行ったらいいわ」
最後まで素直になりきれないようだが、それがまた可愛らしい。
ジルダが笑い、三人は妖精に別れを告げて去って行った。
「本当に手ぶらでいいのか、坊?」
この呼び方は、そろそろ彼女の中で定着してきている。
ルースは眉間にしわを寄せてサラを見つつも、頷いた。
「いいよ、大したものは持ってないし、大事なものはもう渡しちゃったから」
ルースはこれから、ジルダたちと一緒にジャバルの船に行く。
そこで受け入れてもらえるかは頭領であるダン次第だが、提案したのはジルダである。
もともとルースは、どこか違う土地で新たに職を探そうとしていたらしいが、ジルダはてっきり、彼もジャバルに来るものだと思っていた。
二人の間で認識の差が生じたものの、一緒に来るよう説得し、最終的にジルダが勝ったのだった。
その点はサラも、面白いからいいんじゃないの、と承認している。
ルースには新しい場所でまた前を向いて欲しいと、ジルダは思っていた。
そして今回のことを経て、ジルダも内心思うところがあった。
「サラさん。私、一つ考えたのですが」
船への道中、ジルダはこっそり、サラに声をかけた。
サラは前を向いたまま、耳を傾ける。
ジルダはかかとを浮かせてサラの耳に口を寄せると、小声で手短に何かを言った。
話が終わると、サラは無表情のままジルダに目を向ける。
そのままじっと見ていたが、やがて形の良い唇をにやっとさせた。
「いいじゃん、おもしろい」
「そう思いますか」
少しそわそわした様子のジルダの背中を、サラはぱしっと叩く。
その力加減にジルダは思わず、前にのめってしまった。
サラは両手を自分の頭の後ろに回すと、普段よりも上機嫌に歩みを進めた。
相変わらず、その口に微かな笑みを浮かべて。
「あたしが、まとめて薦めてやるよ」




