2.手紙
短編小説朗読チャンネル「サカイメの書架」から、採用の連絡を受けた私。
すっかり舞い上がってエッセイを書き始めたが、早くも壁にぶち当たった。
「お礼として、アクリルキーホルダーを送付させて頂きたいので、送付先住所を教えて頂けますでしょうか?」
自分らしさを思い出す。
そう見栄を切っておいて早々、私は正体を隠したくなっていた。
住所と名前である。この世で最もセットで知られてはならないものだ。昔は芸能人や漫画家の住所がファンレターの宛先として雑誌に晒されていたこともあったらしいが、さすがに時代が違いすぎる。そういやFGOの赤いアイツって、もう真名隠す必要なくなったのか。セイバーも普通に晒してるじゃないか。じゃあ私も晒したって――
んなこたぁない。
いくらダイレクトメッセージといったって、パソコンを使って個人情報を書き込むことは、何かの不手際で大公開されてしまうリスクを負うということだ。そういう意味では電話だって危ないんだ。あれは肉声がそのまま届いているのではなく、途中で合成音声に変換されるって話だから、のうのうと生きている一般人には知り得ないどこかしらに記録されている可能性がある。不手際があったらやはり大公開だ。
もちろんそのあたりにぬかりのないサカイメの書架様は「かんたんSNSお届け」なるサービスも紹介してくれたのだが、スライムから復活したばかりの私の脳みそは、文明に触れるには幼すぎた。検索してもまったく理解できない。普通に住所を伝えるしかない。不安でしょうがない私は、生意気にも次のように提案した。
「電子の海に住所のログを残すのは少し不安なので、 サカイメの書架様の私書箱など、教えても差し支えない送り先があれば、 そちらに葉書を郵送してお伝えしたく思います」
何者でもないくせに何言ってんだこいつ。そう思われても仕方なかったが、快く承諾していただき、私は年賀状ハガキをガン無視して、年明け早々にハガキを求めてさすらうことになった。もう開き直って年賀状で送ろうかと思ったくらい。
ハガキを買うために100円ショップをふらふらしているうちに、思いついた。
そうだ、手紙を書こう。
ハガキだと裏側に住所を書いてしまえばそれで終わりで、そっけない。
そっけない自称物書きだとは、あまり思われたくない。角掛女史はお忘れかもしれないが、サカイメの書架の前身である「小さな図書室」で、一度拙作を朗読していただいた恩があった。そのときの感謝を伝えるためにも、どうせならハガキじゃなく手紙を送ろう。
そう決めて、私はレターセットを購入した。
だが、そもそも手紙って何を書いたらいいものか。
まず、出だしは決まっている。『拝啓』だ。
拝啓以外で始まる手紙なんて聞いたことがない。そう思って検索した結果、頭の中でオーキド博士が「そこに3つの定型文があるじゃろう」と言ってくるものだから、自分の常識を信じて『拝啓』キミに決めた。
そんな調子で、一文一文を手探りで進める作業は困難を極めた。そもそも私はそっけない奴だと思われたくなくて手紙を選んだわけだが、それを先方に伝えているわけではなく、「ハガキで送るってそっけない態度をとっていたのに手紙を寄越すとはどういうこっちゃ、気持ち悪いやつだな」と思われるリスクがあった。「いや、それは興奮するだけでリスクにはならんやろ」と仰る諸兄もいるだろう。私はしないのだ。
ふと思う。これはファンレターになるのではないだろうか。
手が止まった。ファンレターなんて今まで書いたことがなかった。
ファンレターだとしたら、『拝啓』で始めること自体が間違っているのではないか。ラジオで読まれるような、頭のネジが緩んだ挨拶から入らなければならないのではないか。本文はどうすればいいんだ。私は角掛女史の遍歴をよく知っているわけではないぞ。ダメだ、このままでは書けない。もっともっと時間をかけて研究しないと――
「おーい、そっちにいってはいかん!」
オーキド博士……。
呼び止められて、私は正気を取り戻した。そうだ、もともとはアクリルキーホルダーの送り先を伝えるために出す手紙だった。このまま深入りしていたら「住所を書くと言っていたのにウィキペディア丸写しみたいな記事を書いて寄越すとはどういうこっちゃ、気持ち悪いやつだな」と思われていたに違いない。
シンプルでいいんだ、シンプルで。小さな図書室や、サカイメの書架のような新しいことにチャレンジするところを見習いたいですとか、そういう感じのことをシンプルで。
かくして、私は角掛女史に「がんばります!」と一方的に宣言する、受け取った方が困惑しそうな手紙を書くことになった。もう投函してしまった。吐いた唾は飲めぬ、覆水盆に返らず、送ったメッセージは削除できぬ。この手紙を送るという証拠写真とか。
「投函いたしました。お手元に届きましたら、よろしくお願いします」
闇組織のような仕草だな、と思った。