ダンジョンちゃん
その後、僕は残っていたMP5を使用して更にガモス(幼体)を1体召喚し、2体のHPが全回復するまで、その経過を観察しつつ、その間にスライム共が通ったダンジョン内の道の記録を地面に石で書き込んでいた。どうせ土なので誰かが踏めばすぐ消えてしまうが、1階層の全体マップが見えてきたので、一度地面に書いて整理しておきたかった。
「ふーむ。こことここが繋がっているのか。この仕組みは、多くのスライムがいなければ気づくのに相当時間がかかっていたな」
僕はダンジョンの仕組みについて知る。ダンジョンは奥に行くに連れて深く潜る仕組みになっているのかと思っていたが、そうではないらしい。奥へと進み続けていてもダンジョン入り口へと戻ってきてしまうこともあるし、気がつくまで同じところをグルグル回ってしまう複雑に入り組んだ場所も存在する。また、行き止まりの箇所も複数存在し、その中には壁を崩せば向こう側へと繋がっている通路も存在する。
もちろんいくら掘り進めても通路がない場合もあり、全体像がわかってしまえば簡単なことでも、知らない側からすれば、来た道を引き返すか、1つ1つ確認する他ない。
「ここまで出来ているのに、2階層への入り口はまだ見つからないのか。もう全体マップの穴は数えられる程度しかないしな。どれだけ隠れるのが上手いんだ。というより、スライムの知能では探せない場所にあるのか、あるいは気づけない場所にあるのか。はたまた、段差か何かでスライムが通り越してしまっているのか」
スライムたちは敵モンスターたちに気づかれないよう神回避しながら上手く探索を続けていた。しかし、さっきからスライムたちは穴の開いた箇所を避けるように一度通った場所ばかりぐるぐる回っている。穴の空いた箇所は、敵モンスターが徘徊している所ばかりだ。ということは、2階層への入り口は敵モンスターのいる場所の近くにある可能性が高い。この分だと、全体マップの穴は、僕が直接回って確かめるしかないかもしれない。
「ここまで短時間で全体マップ完成に近づけたのはスライムたちのおかげだ。ダンジョンマスターの僕が最後まで何もせず静観しているわけにもいくまい。……よし、『スライム共に告ぐ! 全員、一度、我のいる部屋まで可及的速やかに戻ってきてくれ! 休憩を挟み、準備が整い次第、残った全体マップの穴を埋めに、全員で出撃する! 以上だ、よろしく頼む!』」
僕はダンジョン探索に出かけたスライムたちに帰還指示を送った。
「ふぅ。これでじきにスライムたちも戻ってくるだろう。早いのだと、15分くらいか。それまでに、穴の開いた箇所以外の全体マップを書き終えてしまおう。あと、穴の開いた箇所を回る効率のいい順番も確認しておかないとな」
僕は再び地面に顔を落とした。
もうすぐ、もうすぐ、マップ、完成……。
僕がマップ完成に向けて脳に送られてくる情報をフル回転させて整理している、その時だった。
「ねえ、何してるの?」
「いやね、マップをさ……」
自分以外誰もいないはずのダンジョン内で、目の前から降って湧いたその声に、僕はフル回転させていた脳の片隅で返答をしながら、身体の内側から警告音という名の『危機察知』スキルが突如発動し、心臓をバクバクと鳴らせた。
僕は脳の情報処理を強制終了させ咄嗟に後ろに飛び退いた。
強制終了させた反動、ではなく、あまりのイレギュラーな自体に脳が追いつかず、頭が真っ白になった。
「え……だ、だれだ? てか、どこから湧いた!?」
突然出現した、目の前で微笑む少女。
目の前で微笑む少女の身体は、半透明で、奥の土壁が透けて見えた。背中から、左右非対称の黒と白の小さな羽を生やしてはいるが、その見た目はもはや、人間の形であった。
しかし、そこから人間の臭いはせず、臭いも気配も、全く感じられなかった。
感じられなかったからこそ、目の前に誰かがいるなど、考えすら出来なかった。
魔物なのか、人間なのか。
味方なのか、敵なのか。
それすらわからない。だが。
……そんなことよりなにより。
「梳きたくなるような金髪のショートヘアに……くりりとした大きな瞳……小鼻なのに通った鼻筋……少女だてに魅惑のスタイル……白磁のような肌……そのくせ、それを全て台無しにしてしまうような、葉っぱで作ったズボラな服装……そのセンス、そのギャップが萌える……そんなお前は、誰だ!?」
相手の微笑みがあまりにも柔和なもんで、警戒を忘れつい出てしまった正直な言葉に、
なおも僕に微笑み続ける、ダンジョンでの疲れを全てふっ飛ばしてしまいそうな魅惑のその相手は、おもむろに口を開き、こう言った。
「わたし、ダンジョンちゃん」
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