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寂しがり屋のゴーレム  作者: 畑中みね
第二章 人を学ぶ
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第八十五話 カーテンコールは聞こえない

 

 ジルベールは高笑いを上げながらティアを追った。戦場を囲むように魔法省の部隊を展開させつつ、レーベン家の刺客を率いて戦場を駆ける。


「アッハハ! 逃がさないよ! その姿をもっと僕に見せてくれ!」


 ジルベールの周りで亡者が爆ぜた。もちろん剣も扱えるが、彼の真骨頂は魔法だ。色鮮やかなジルベールの魔法が戦場を彩る。清らかな水が亡者の核を撃ち抜き、清廉なる風が死臭を吹き飛ばし、紅蓮の炎が死体を焼き払った。笑い声と共に戦場が燃えていく。


 ジルベールの後ろに付き従う刺客も優秀だ。彼らはレーベン家に代々仕える間者の集団。ジルベールが討ち漏らした亡者を淡々と仕留めていく。ピケが育て上げた部隊でもあり、その腕は確かなものだ。


 ティアに追い付くのも時間の問題だと思われた。天才と呼ばれるジルベールですらそう思った。

 空から黒い影が墜ちてくるまでは。


「なっ!?」


 視界いっぱいに光球が弾けた。咄嗟にジルベールは回避したが、間に合わなかった彼の刺客は爆発に巻き込まれてしまう。「あぁ、勿体ない!!」と天才が嘆いた。手足のように動かせる人間は貴重なのだ。


「久しぶりだな。いつかの借りを返しにきた」

「んん? あいにく、僕は興味の無いものは覚えないんだ。どこかで会ったかな?」

「すぐに思い出させてやろう!」


 パルテッタだ。ティアとの戦闘で片腕を失った彼は、ナイフのみを構えて天才と対峙する。瞳には強い覚悟。

 隻腕の道化が再び踊る。


 ○


 後方での爆発音を聞いてティアは振り返った。亡者の壁のずっと奥、パルテッタの姿が目に映る。既にティアは戦場の端まで抜けており、パルテッタとの距離は引き返せないほど離れていた。常人ならば顔の表情なんて分かるはずがない距離だ。


 しかし、ほんの一瞬だけ二人の目が合った。


 彼女たちにとってはそれで十分だろう。互いの想いは通じた。パルテッタはティアを許したわけではない。たまたま仇である男がいたからティアを見逃すだけだ。次に会えば今度こそ――と彼の瞳が言っていた。


 ティアはそれに感謝した。戦場の最中で再会の約束とは粋なものだ。センスの良い彼のことだから、きっと素敵なもてなしをしてくれるのだろう。いつかまた――と彼女の瞳が言った。


 二人が出会うのは恐らくこれが最後だろう。お互いに理解した上での約束だ。ビザーレでの出会いも、花屋での語らいも、全ては過去のもの。進む限り道は分かたれ続けるのだ。


 ティアとパルテッタは同時に目を離した。一瞬の会合であり今生の別れ。もし生まれ変わって会うことがあれば、その時は本当の意味で笑い合えれば良い。そんな柄でもない祈りを捧げてから、彼女は小さく別れを告げた。


 ○


 パルテッタによる魔法の嵐、それをジルベールは的確に撃ち落とす。始めこそ不意打ちをされたが、正面から戦えば遅れは取らない。それが天才。それがジルベールという男。


「大見得を切ったわりにはそんなものかい!? 僕は急いでいてね。本気でいくよ!」


 パルテッタは顔を歪めた。ジルベール相手に魔法勝負では敵わない。亡霊の力を得てもなお、自身の魔法では彼に届かないのだ。それが悔しい。しかし、感情だけではどうにもならないのが現実だ。


 天才の魔法がパルテッタの足を撃ち抜いた。反応することは不可能。片足を失ったパルテッタが膝をつく。



「もう終わりかい?」


 ジルベールはそれを冷めた瞳で見下ろした。これが亡霊の限界。シェルミーのように捨てられない何かがあれば結果は違ったかもしれない。奔流するほどの想いがあれば彼も死神へと昇華できただろう。しかし、パルテッタにとって亡霊の枷は過去への執着。限界まで達した想いがこれ以上膨らむことはない。


 ジルベールはゆっくりと近付いた。既に相手は満身創痍である。そもそも、戦う前からボロボロだったパルテッタに勝ち目など無かった。そんな状態で自らの前に立つ彼の心情をジルベールは理解できない。


「捨て身の特攻を僕は美しいと思わない。ただの自暴自棄に価値は無いからね」

「ふん、捨て身か……」

「なぜ笑うんだい?」

「天才様には分からんさ」


 パルテッタは笑った。それをジルベールは訝しむ。ここにきて笑う意味、それは果たして諦念か。亡霊にまで堕ちた彼が簡単に諦めるのだろうか。


「本当に美しいものは、お前が思っているような価値のあるものじゃないさ。少なくとも、そんな冷めた瞳では見えんだろうな」

「一体何の話だい?」

「俺が生きる理由についてだ」

「君は既に死んでいるだろう。全く……僕は常々理解できないんだよね。届かないものに手を伸ばすのは本当に無益だ」

「だからお前には理解できない。無益が最善なことだってあるんだ。凡人は無駄を重ねて成長する生き物なんだよ」

「無駄を重ねたって何も生まれないさ。それはただの言い訳だね」


 彼らの価値観はどこまでも平行線だ。決して交わることはない。


「お前が思っていた通りのクズで安心した」

「そうかい。じゃあ終わらせようか」

「あぁ……終わりだ」


 その言葉を合図に、パルテッタの魔素が急激に膨れ上がった。膨張する魔素はジルベールも見たことがないほどの規模。屋敷を飲みこまんとする膨大な魔素が集中する。


「なっ!?」


 ジルベールの瞳が初めて驚愕の色に染まる。彼の目には信じられないものが映っていた。死にかけの男が最後の炎を燃やす姿だ。その勢いは自らの核すらも焼き尽くす勢いである。


「どこにそんな力が!?」

「さぁ、受け取れよ天才! カルブラットのために用意した秘策だ!」

「それが君の最善だとでも言うのかい!? そんな非合理的な選択が!」

「そうだ! まさに無駄なあがきだろう!?」

「あぁ、これだから凡人の考えは嫌いなんだよ!」


 ジルベールは彼の思惑に気が付いた。そして、やはり理解できないと彼は嘆いた。勝てないと分かった時点で逃げれば良いのだ。それから何故失敗したのかを考え、今度はもっと入念に準備する。少なくともジルベールならそうするだろう。なのにここで切り札を切る理由が彼には理解できなかった。


 ジルベールは脳をフル回転させながら障壁を構築していく。天才と呼ばれるだけあって構築速度は見事なものだ。


 しかし、もう遅い。凝縮されたパルテッタの魔力は、亡霊の瘴気と混ざってとてつもない光を放った。彼のもとに全ての光球が集まっていく。ぐるぐると高速で回る光球は、まるでショーを盛り上げる演出のようだ。パルテッタは両手を大きく広げた。


「世界に轟くビザーレ・サーカス団、最後は派手に締め括ろうか!!」


 一瞬の静寂。


 続けて目を焼くほどの極光と耳をつんざく轟音の嵐。仇敵を亡者諸とも滅ぼさんとする、道化師パルテッタの最後の煌めきだ。戦場の中心で引き起こされた大爆発はトーカスの夜を明るく照らした。


 長い、長い夜が終わる。




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